上 下
45 / 70
第2部 魔法学校編

45 貴族学園卒園式(8年前)

しおりを挟む
 最初で最後の薔薇組の教室に入ったら、そこはタンポポ組とは違って、とても豪華な部屋だった。机も椅子も、壁紙やシャンデリアさえも全て高級品。でも、一番違うのは、私を遠巻きに見る園児たち。
 そりゃあ、避けるよね。今までバカにしていたタンポポ組の下級貴族が、突然、自分たちより格上の公爵令嬢になってたりしたら。普通はね。

「どういうことなの! 身の程知らずね! 男爵令嬢が公爵家の養女になるなんて」

 普通じゃないのはスカラ・マッキントン。相変わらず敵意丸出し。

「いい? ビクトル様の婚約者になるのはこのわたしよ! 陛下がわたしがいいって言ってるんだからね! 男爵令嬢が王太子妃になれるわけないわ! ねえ、ビクトル様」

 スカラに腕を絡められていた王太子は、私を殺さんとばかりに、にらみつけた。

「おまえが俺のことが好きだから、婚約者にしてやれとおばあさまに言われた! だが! 俺は決して、おまえなんかを愛することはない!」

 王太子は、ありえないことを言いだした。
 え? 誰があんたを好きだって? まじ、ありえないんだけど? 王太后ってば適当なこと言ってんじゃないよ! 腹が立ちすぎて、我を忘れた。

「ふざけん、んんー!」

 突然、後ろから伸びて来た手に口を覆われた。ふざけんな、バカ王子と叫ぶつもりだった私の言葉が、喉の奥に消えた。

「レティシアちゃん!」

 手の持ち主は、オスカー様だった。久しぶりに見るその姿は、またちょっと大きくなって、またちょっとカッコよくなっていた。

「つらかったね。リョウ君のこと」

 その名前を聞いたとたん、涙がじわっと瞳にあふれた。とっさに、オスカー様が自分の胸に抱え込んで、みんなから泣き顔を隠してくれた。

「おい! 公爵養女、婚約者候補なのに、さっそく浮気か」

 王太子の側近候補のダニエルのからかうような声が聞こえて、すぐにオスカー様から離れる。だめだ、しっかりしなきゃ。毒を送った犯人を捕まえるために、婚約者候補の地位を利用してやるのだから。

「私たちは、ただの候補者ですのよ。婚約者に決まるまでは自由ですわ。そうでしょう? ビクトル様」

 鈴の音のようなベアトリス様の声がした。

「ああ」

 熱い視線を美少女に向けて、凶暴な王太子はおとなしくなった。

「そろそろ講堂に出発する時間ですわ。先生、行きましょう」

 ベアトリス様の仕切りで、薔薇組の生徒たちはおとなしく卒園式に出席した。


 卒園式で読み上げられた成績優秀者は忖度ありの王太子だった。そして、二位のベアトリス様、三位のオスカー様と続き、四位はなぜか私。契約獣のランクが高かったからだそうだ。それ以外は足を引っ張りまくりだったみたいだけど。それから多分忖度で五位になったスカラからは、表彰式の間、ずっと睨まれていた。

 卒園を迎えられなかったリョウ君については、何も触れられなかった。本当だったら、リョウ君が表彰されるべきだったのに……。私はこみ上げる感情を必死で隠した。

 入園式の時には、リョウ君と母様が側にいた。卒園式の今は、父様と伯父様が両脇にいる。

 来賓として卒園を祝いに来た国王が舞台に上がった時、一瞬私と視線が合った。隣にいる伯父たちを見たのかもしれない。でも、私とよく似た紫の瞳には、濁った光が見えた気がした。

 式の後、園庭でタンポポ組の仲間が待っていてくれた。みんなが口々にリョウ君の思い出を語った。全員で大泣きしながら、お別れの言葉を言い合った。私の真っ赤になった目を、濡らしたハンカチで拭いてくれたのは、オスカー様だった。オスカー様は別れ際に紫の宝石のついたペンダントをくれた。リョウ君の瞳と同じ色の宝石だった。

「リョウ君と約束したんだ。君を守れるくらいに強くなるから。だから、覚えていて」

 オスカー様はそう言って、私の手をぎゅっと握った。まるで、リョウ君のように。

 貴族学園卒園と同時に、幸せだった私の子供時代も、この日終了した。



※※※※※※※
8年前の回想シーンはここまでです。次回から現在に戻りますが、魔法学校編は、さっくりサクッと進みます。
しおりを挟む
感想 29

あなたにおすすめの小説

ひめさまはおうちにかえりたい

あかね
ファンタジー
政略結婚と言えど、これはない。帰ろう。とヴァージニアは決めた。故郷の兄に気に入らなかったら潰して帰ってこいと言われ嫁いだお姫様が、王冠を手にするまでのお話。(おうちにかえりたい編)

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシャリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

追放したんでしょ?楽しく暮らしてるのでほっといて

だましだまし
ファンタジー
私たちの未来の王子妃を影なり日向なりと支える為に存在している。 敬愛する侯爵令嬢ディボラ様の為に切磋琢磨し、鼓舞し合い、己を磨いてきた。 決して追放に備えていた訳では無いのよ?

何かと「ひどいわ」とうるさい伯爵令嬢は

だましだまし
ファンタジー
何でもかんでも「ひどいわ」とうるさい伯爵令嬢にその取り巻きの侯爵令息。 私、男爵令嬢ライラの従妹で親友の子爵令嬢ルフィナはそんな二人にしょうちゅう絡まれ楽しい学園生活は段々とつまらなくなっていった。 そのまま卒業と思いきや…? 「ひどいわ」ばっかり言ってるからよ(笑) 全10話+エピローグとなります。

失われた力を身に宿す元聖女は、それでも気楽に過ごしたい~いえ、Sランク冒険者とかは結構です!~

紅月シン
ファンタジー
 聖女として異世界に召喚された狭霧聖菜は、聖女としての勤めを果たし終え、満ち足りた中でその生涯を終えようとしていた。  いや嘘だ。  本当は不満でいっぱいだった。  食事と入浴と睡眠を除いた全ての時間で人を癒し続けなくちゃならないとかどんなブラックだと思っていた。  だがそんな不満を漏らすことなく死に至り、そのことを神が不憫にでも思ったのか、聖菜は辺境伯家の末娘セーナとして二度目の人生を送ることになった。  しかし次こそは気楽に生きたいと願ったはずなのに、ある日セーナは前世の記憶と共にその身には聖女としての癒しの力が流れていることを知ってしまう。  そしてその時点で、セーナの人生は決定付けられた。  二度とあんな目はご免だと、気楽に生きるため、家を出て冒険者になることを決意したのだ。  だが彼女は知らなかった。  三百年の時が過ぎた現代では、既に癒しの力というものは失われてしまっていたということを。  知らぬままに力をばら撒く少女は、その願いとは裏腹に、様々な騒動を引き起こし、解決していくことになるのであった。 ※完結しました。 ※小説家になろう様にも投稿しています

だから聖女はいなくなった

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」 レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。 彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。 だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。 キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。 ※7万字程度の中編です。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

誰にも愛されずに死んだ侯爵令嬢は一度だけ時間を遡る

ファンタジー
癒しの能力を持つコンフォート侯爵家の娘であるシアは、何年経っても能力の発現がなかった。 能力が発現しないせいで辛い思いをして過ごしていたが、ある日突然、フレイアという女性とその娘であるソフィアが侯爵家へとやって来た。 しかも、ソフィアは侯爵家の直系にしか使えないはずの能力を突然発現させた。 ——それも、多くの使用人が見ている中で。 シアは侯爵家での肩身がますます狭くなっていった。 そして十八歳のある日、身に覚えのない罪で監獄に幽閉されてしまう。 父も、兄も、誰も会いに来てくれない。 生きる希望をなくしてしまったシアはフレイアから渡された毒を飲んで死んでしまう。 意識がなくなる前、会いたいと願った父と兄の姿が。 そして死んだはずなのに、十年前に時間が遡っていた。 一度目の人生も、二度目の人生も懸命に生きたシア。 自分の力を取り戻すため、家族に愛してもらうため、同じ過ちを繰り返さないようにまた"シアとして"生きていくと決意する。

処理中です...