上 下
6 / 70
第1部 貴族学園編

6 異世界版PTA

しおりを挟む
 オスカー様に見とれた自分が恥ずかしかった。逃げるように、中庭のガーデンパーティ会場に向かう。大きなパラソルの設置されたテーブルが、いくつも並んでいる。着飾ったご夫人の席から、賑やかな笑い声が聞こえてきた。

 母様はどこだろう? 紺色のドレスを目印に探してたら、木の陰のテーブルで発見した。隣にいるのはだれ? ってまた黒髪?!
 オスカー様のお母様の辺境伯夫人かな? それとも侯爵夫人? 勇者の黒髪は、この両家にだけ受け継がれているんだって。
 でも、母様ったら、大丈夫なの? 上級貴族と一緒にお茶をしてるの? 絶対やめた方がいいってば!

 急いで、母様の側に駆け寄った。

「あ! レティちゃん~!」

 母様は私に気が付くと、泣きそうな声を出して手招きした。私は急いで母様の隣に立ち、その前の椅子に座る黒髪の女性に挨拶する。

「ごきげんよう。マッキントン侯爵夫人」

 黒髪に赤い目だから、マッキントン侯爵夫人の方だとあたりをつけて呼んでみた。勇者の血を引くマッキントン侯爵家は、近親婚を繰り返して黒髪の維持に努めている。でも、マッキントン家は辺境伯家とは違って、黒眼ではなく赤眼なんだよね。だから、この呼び方で正解のはず。

「こっ、この子は私の、娘で、レティシア、です」

 ちょこんとお辞儀をした私の横で、母様がどもりながらも紹介した。

 マッキントン侯爵夫人は、大きな赤い扇を広げて、ゆっくりと顔を扇いだ。そして、私と母様を真っ赤な目で見て、ふんっと鼻で笑った。

 なんだか感じが悪い夫人だなぁ。身分差があるから仕方ない? 上級貴族ってみんなこうなの? 5歳の女の子が挨拶したら、少しぐらいは笑顔を見せてくれてもいいんじゃない?

「男爵の娘のくせに、王族の紫眼を持つなんて、生意気ね」

 侯爵夫人はそう言って、笑顔どころか蔑むような視線をくれた。
 ビクトル王子と同じこと言ってる! 同類なの?! もう、貴族なんかヤダ! 幼児をにらみつけるなんて、ほんともう、性格悪いよ。

 母様は、隣で泣きそうな顔をして、口をパクパクさせた。私はこの場所に来ない方が良かったのかな? 侯爵夫人の冷たい視線に耐え切れずにうつむいていると、

「ゴールドウィン公爵家の血筋ですもの。綺麗な紫眼も当然ですわよ」

 鈴の音のような声が響いた。
 顔をあげたら、綺麗な女の人が目に入った。ホワイトブロンドの髪に青い瞳の美女が、侯爵夫人の隣に立っている。

「マッキントン侯爵夫人、幼い子供にそんなことを言うなんて、大人げないですわよ。わたくし、ゴールドウィン男爵夫人とお話がしたかったの。席を代わってもらっても、よろしくて?」

 ホワイトブロンドの美女は、返事を待たずに空いている椅子にすっと座った。

 王太子から私をかばってくれた美少女に似てる! ってことはもしかしてベアトリス様のお母様?

「ふん、いいわよ。私も、男爵夫人になんて関わってる暇はないわ。じゃあ、あなた、さっきの件、分かってるでしょうね。覚えておきなさいよ」

 黒髪の侯爵夫人は捨て台詞を残して、テーブルから去って行った。

 母様は、「あう、あう」とアシカみたいな声をだして、それを見送った。

「お嬢さんもお座りなさい。このお菓子はとてもおいしいわよ」

 ベアトリス様によく似た夫人は、優しく私にお菓子を勧めてくれた。私は母様の隣の椅子に座って、夫人の綺麗な顔に見とれた。母様は、ようやく肩の力を抜いて息を吐いた。

「あ、あの、あ、ありがとう……ございます」

「もう、ナタリー様ったら。あのクリス様と結婚できたのに、マッキントン夫人ごときをあしらえなくてどうするんですの? また厄介ごとを押し付けられたのじゃなくて?」

「あ、えと、その、クリス様が勇者の遺産を見つけたら、その所有権は勇者の子孫のマッキントン家にあるから、自分に渡せって言ってきて。……その、そんな法律はないんですけど、でも……」

「まあ、あきれたこと。そうね、今はマッキントン侯爵家は落ち目ですものね。領地の鉱山が廃坑になって、借金を重ねているって噂もあるし」

 向き合って話す二人は知り合いだったみたい。そうだよね。母様は平民になる前は伯爵家の令嬢だったから、魔法学校で交流があるよね。これなら、私が心配することなかったのかも。この優しそうな公爵夫人が母様を守ってくれる。

 私は安心して、目の前のクッキーをかじった。サクサクしてバターの香り広がる。おいしい。

「それはそうと、ナタリー様。わたくし、保護者会の会計を任されましたの。ナタリー様は学園時代から計算がお得意でしょ? 代わりに書類をまとめていただけないかしら?」

「え、ええ?」

「後で、資料を運ばせますわ。早急に予算案が必要なんですって。来週までに公爵家に持ってきてちょうだいね。……まったく、契約獣を得るためだけの貴族学園なのに、幼児教育とか保護者活動とか面倒の多いことが増えて……。なんでこんなことしなくちゃいけないのかしら。全部、園でやってくれたらいいのに。保護者の負担が多すぎるわよ。わたくしだって暇じゃありませんのよ……まあ、でも、ナタリー様がいてくれてよかったですわ。魔法学校の時みたいに、また私のために役に立ってくれるでしょ? お願いするわね」

 公爵夫人は、母様に断る暇も与えずに、一方的に要求を伝えてからすぐに席を立った。そして、そのまま賑やかなテーブルの方へ向かって行った。断ろうと口を開いた母様を、振り返りもせずに。

「え? 無理無理ぃ。なんで、なんで私? 予算? え? ええっ? 私?……」

 母様、かわいそう。魔法学校時代もいいように使われてたんだね。
 涙目になって落ち込んでいる母様の隣で、私はクッキーのお代わりをした。
 日陰のテーブルで座って、暗い顔をした母様の元には、この後誰も来なかった。
しおりを挟む
感想 29

あなたにおすすめの小説

ひめさまはおうちにかえりたい

あかね
ファンタジー
政略結婚と言えど、これはない。帰ろう。とヴァージニアは決めた。故郷の兄に気に入らなかったら潰して帰ってこいと言われ嫁いだお姫様が、王冠を手にするまでのお話。(おうちにかえりたい編)

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシャリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

追放したんでしょ?楽しく暮らしてるのでほっといて

だましだまし
ファンタジー
私たちの未来の王子妃を影なり日向なりと支える為に存在している。 敬愛する侯爵令嬢ディボラ様の為に切磋琢磨し、鼓舞し合い、己を磨いてきた。 決して追放に備えていた訳では無いのよ?

何かと「ひどいわ」とうるさい伯爵令嬢は

だましだまし
ファンタジー
何でもかんでも「ひどいわ」とうるさい伯爵令嬢にその取り巻きの侯爵令息。 私、男爵令嬢ライラの従妹で親友の子爵令嬢ルフィナはそんな二人にしょうちゅう絡まれ楽しい学園生活は段々とつまらなくなっていった。 そのまま卒業と思いきや…? 「ひどいわ」ばっかり言ってるからよ(笑) 全10話+エピローグとなります。

失われた力を身に宿す元聖女は、それでも気楽に過ごしたい~いえ、Sランク冒険者とかは結構です!~

紅月シン
ファンタジー
 聖女として異世界に召喚された狭霧聖菜は、聖女としての勤めを果たし終え、満ち足りた中でその生涯を終えようとしていた。  いや嘘だ。  本当は不満でいっぱいだった。  食事と入浴と睡眠を除いた全ての時間で人を癒し続けなくちゃならないとかどんなブラックだと思っていた。  だがそんな不満を漏らすことなく死に至り、そのことを神が不憫にでも思ったのか、聖菜は辺境伯家の末娘セーナとして二度目の人生を送ることになった。  しかし次こそは気楽に生きたいと願ったはずなのに、ある日セーナは前世の記憶と共にその身には聖女としての癒しの力が流れていることを知ってしまう。  そしてその時点で、セーナの人生は決定付けられた。  二度とあんな目はご免だと、気楽に生きるため、家を出て冒険者になることを決意したのだ。  だが彼女は知らなかった。  三百年の時が過ぎた現代では、既に癒しの力というものは失われてしまっていたということを。  知らぬままに力をばら撒く少女は、その願いとは裏腹に、様々な騒動を引き起こし、解決していくことになるのであった。 ※完結しました。 ※小説家になろう様にも投稿しています

だから聖女はいなくなった

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」 レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。 彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。 だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。 キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。 ※7万字程度の中編です。

誰にも愛されずに死んだ侯爵令嬢は一度だけ時間を遡る

ファンタジー
癒しの能力を持つコンフォート侯爵家の娘であるシアは、何年経っても能力の発現がなかった。 能力が発現しないせいで辛い思いをして過ごしていたが、ある日突然、フレイアという女性とその娘であるソフィアが侯爵家へとやって来た。 しかも、ソフィアは侯爵家の直系にしか使えないはずの能力を突然発現させた。 ——それも、多くの使用人が見ている中で。 シアは侯爵家での肩身がますます狭くなっていった。 そして十八歳のある日、身に覚えのない罪で監獄に幽閉されてしまう。 父も、兄も、誰も会いに来てくれない。 生きる希望をなくしてしまったシアはフレイアから渡された毒を飲んで死んでしまう。 意識がなくなる前、会いたいと願った父と兄の姿が。 そして死んだはずなのに、十年前に時間が遡っていた。 一度目の人生も、二度目の人生も懸命に生きたシア。 自分の力を取り戻すため、家族に愛してもらうため、同じ過ちを繰り返さないようにまた"シアとして"生きていくと決意する。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

処理中です...