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第1部 貴族学園編

4 タンポポは踏まれて強くなる?

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 国王夫妻の真実の愛の物語は有名だ。
 政略結婚の悪女と別れて、かしこく心優しい男爵令嬢と結ばれる。国王が積極的に広めた演劇は、二人の結婚式のシーンで花びらが舞い散り、ハッピーエンドで終わるんだけど、現実にはその続きがある。

 なんで先王が、仲の悪い公爵令嬢と無理やり結婚させたのかっていうと、魔力の問題なんだよね。貴族って魔力主義なところがあるんだけれど、上級貴族は魔力が高くて、下級貴族は低い。魔力は遺伝するから、先の国王は男爵令嬢との結婚には反対していた。

 そしたら、案の定。
 真実の愛で生まれた国王夫妻の子供、王太子ビクトルと一つ年下の王女マリアンヌ。二人とも、王族の特徴の紫の瞳を持たなかった。王太子は薄い水色、王女はピンク色の瞳で生まれた。当然、魔力も低い。

 ここ、タンポポ組の教室に集まった園児たちは下級貴族なので、みんな淡い色の瞳をしている。ここでは濃い紫色の瞳の私とリョウ君はとても目立っていた。
 父親に似て、キラキラした金髪だし。
 貴族は金髪が多い。まあ、色合いは家系によって変わるけど、魔力が多い人は、光輝く髪色をしている。例外は黒髪だけど、このクラスにはいない。薔薇組の侯爵令嬢と辺境伯爵令息の黒髪は遠くからも目立っていた。

「ねえ、レティシアちゃんは、どうして王族じゃないのに紫眼なの?」

 隣の席になった子爵令嬢のルビアナちゃんが、ずばりと聞いて来た。その隣の席の男爵令嬢のアニータちゃんも、身を乗り出して聞き耳を立てている。

「えーと、ね。うちの父はね、冒険者になる前はゴールドウィン公爵の子供だったんだよ」

 これで通じるかな?

「父のね、父親、おじいさまがね、先王様の弟で、王族だったんだけど、公爵家に婿入りしてるの」

 つまりは、うちの父様は今の王様の従弟にあたる。祖父が王族で紫眼だったから、魔力の高い父様も紫眼で、その子供のリョウ君も紫眼。私の実母は父様の妹なんだけど、やっぱり紫眼だった。実の父親である今の国王も紫眼なんだけどね。ゴールドウィン公爵家って王族と政略結婚を繰り返しているから、ほぼ王族と同等の血筋になってる。魔力も多い。

「公爵の子供だったのに、男爵になっちゃったんですの?」

 よく分からないって顔をして、ルビアナちゃんが首を傾げた。

「うん、だって、跡継ぎ以外は公爵になれないでしょ。うちの父は次男だったから」

「あっ、そうですわね」

 両手をぱんと合わせて、ルビアナちゃんが大きくうなずいた。その隣のアニータちゃんも納得したって顔をした。

「長男じゃないと後を継げないですもんね。うちもお父様が子爵になった時に、伯父さんが平民になったのですわ。私も、貴族と結婚しないと平民になっちゃうんですの」

「そうだよね。私も、がんばって貴族と結婚しなきゃ。ママがね、いい結婚相手を見つけてきなさいだって」

 恐るべし、貴族。5歳から婚活が始まってる。

 その後、担任の先生が来て、自己紹介が始まった。タンポポ組でトップは子爵令嬢のルビアナちゃんだった。サザストン子爵家の経営する商会は、帝国との独占貿易で大儲けしているからね。そうやって、みんなが順番に自己紹介していく。

「ぼくは、リョウ・ゴールドウィンです。勇者リョウ様とおんなじ名前を父様がつけてくれました。好きなものは、勇者様の魔道具です。将来は、父様みたいに冒険者になって、勇者様の遺産を見つけたいです」

 リョウ君がビシッと起立して自己紹介をした。男の子ってこれぐらいの年齢の時は、みんな勇者にあこがれるんだよね。リョウ君以外にも勇者について言及した自己紹介があったよ。まあ、大人になっても、勇者を引きずってるうちの父様みたいな人も、たまにいるけど。

「私は、リョウの双子の姉のレティシアです。将来は母のような魔道具職人になりたいです」

 前世、14歳だからね、私もしっかりと自己紹介したよ。でも、ここの5歳児って本当にレベル高すぎ。さすがは貴族の子女だなぁ。

 全員の自己紹介が終わると、豪華なドレスにエプロンをつけた女性が前に出て来た。

「はい、じゃあ、最後は先生ね。私は子爵夫人のマーガレットです。タンポポ組の担任です。では、一番大切なことを教えますね。王太后様もおっしゃってましたけど、学園では身分は関係なく、みんな平等です。だから、私のことは子爵夫人ではなく、『先生』と呼んでくださいね。お友達には『様』をつけずに、『ちゃん』とか『君』をつけて呼びましょう」

 マーガレット先生が難しいことを言ってくる。
 だからって、王太子を、『ビクトル君』なんて呼べないよね。建前は平等でも、あのわがまま王子相手にそんな呼び方できる人はいないって。まあ、タンポポ組だと、部屋が遠いから話をすることもないだろうけど。
 平等教育よりも、身分差をしっかり言い聞かせて、上級貴族を怒らせるなって教えた方が将来のためになるんじゃない?

 別室で保護者会をしている母様のことが心配になってきた。だいじょうぶかな? 失言して上級貴族を怒らせていなければいいけど。

「じゃあ、次は学園の紹介をしますね。ここには、私のような貴族の先生と平民の召使い先生がいます。何か欲しい物がある時は召使い先生に言いなさいね。お茶とお菓子はいつでも用意させることができるわよ。それから、向こうの校舎は薔薇組専用なので、たんぽぽ組さんは立ち入り禁止です。運動場や中庭は共用なので、わきまえた行動をしましょうね。あと、園庭の遊具もね。さあ、今からみんなで見に行きましょう」

 先生が笑顔で言ってること、どこが平等? めちゃくちゃ身分差あるよ。召使い先生って何?
 納得できない説明だけど、おとなしく聞いておく。長い物には巻かれろ精神だ。


「うわー!」
「すごい」
「遊んでいい? ねえ、先生!」

 お行儀のよかった園児たちも、園庭に出てくると走り出した。お目当てはすべり台とブランコ。
 でも、歓声をあげながら駆け出した子たちは、遊具にたどり着く前に立ち止まった。
 そして、そこから悲しそうな顔をして、すべり台で遊んでいる子供たちを見つめた。
 ああ、そうか。薔薇組が先に遊んでたんだ。上級貴族の子たちだもん。割り込めないよね。

 幼稚園児の時から貴族の階級差を実体験で教えられてしまった。

 さあ、マーガレット先生。「みんな平等」を教える時間ですよ。
 私は期待を込めて、先生を探したけど、近くにはいなかった。園庭を見渡せる位置に作られた休憩所で、屋根付きのテーブルの側の椅子に座って優雅にくつろいでいる。

 あれ? 先生?
 タンポポ組の子供たちが、困ってますよ?


「姉さま、ぼくたちはすべり台で遊べないの?」

 私の隣でリョウ君が悲し気な顔をした。紫色の瞳はうるんでいる。もうっ、王太后様が演説していた平等精神はどこへ行ったの?! 下級貴族の子供にがまんさせるなんて、かわいそうだよ!

「いいよ。リョウ君。みんなを呼んできて。もっと楽しい遊びをしよう」

 前世、14歳。前世でも弟がいた私は、子供と遊ぶなんて楽勝なのだ。

「うん、姉さま!」

 リョウ君は、さっそく友達になった男の子を誘うために走って行った。私の隣にルビアナちゃんとアニータちゃんもやってきた。

「レティシアちゃん、何をするの?」

 ルビアナちゃんの期待のこもった顔に答えた。

「みんなでね、『ドラゴンさんがころんだ』をするよ!」
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