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32 契約と誓約
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私はシリイさんと一緒に、イザベラのいる保健室を訪ねた。もう、忘れたふりなんてできない。ちゃんと向かい合わなきゃ。逃げるのはやめた。
当事者のイザベラも、精霊の事情を知っておいたほうがいいと思ったから、以前ロビーで盗み聞いたコウモリ精霊たちの会話を全部イザベラに話した。
「わたくしは犯罪者だと思われているの?」
イザベラはベッドの上で、緑の瞳を見開いた。
「異世界での犯罪は気にしない。私の世界でも政治的な理由で死刑になる国があったから。イザベラさんがどうかは知らないけど、話さなくていい」
「そう」
イザベラがおとなしすぎて、調子が狂う。静かにベッドで座っていた。イザベラの白いローブに散っている乾いた血から目をそらした。そうだよね。今は休んでたいよね。それなのに、こんなふうに押しかけて、私は嫌なやつだ。
何を言っていいのか、かける言葉が分からない。
「で、聞きたいことって何かしら」
黙りこんだ私とイザベラに、シリイさんが話を促した。
「精霊契約を破棄することってできる?」
「契約書の破棄ならできるわ。お互いの性格の不一致で解除することも、たまにあるわね」
だったら、イザベラはコウモリ精霊と解約したらいいんじゃない? って思ったけど、シリイさんは、ただし、と続けた。
「精霊貴族は契約ではなく、誓約をするのよ。病める時も健やかなる時もって永遠を誓うの。だから死が二人を分かつまでは契約は解除できない」
ああ、そういえば、私がシャルと交わしたのも契約書じゃなくて誓約書だった。誓いの言葉を交わした。だから、解約はできない。
イザベラがシーツをぎゅうって握りしめた。その左手の薬指から指輪がなくなっていることに気がついてしまった。大きな緑色の飴玉みたいな宝石がついた指輪。リス精霊からのプレゼントだったんだ。精霊が死ねば指輪がなくなる。そこにはうっすらと指輪の跡だけが残っていた。
「もしも、もしもカナデさんの契約精霊が、他の精霊に殺されたら、カナデさんはその殺した精霊と契約しないといけないのかしら?」
イザベラが小さな声でシリイさんに聞いた。
「オーギュスト様がおっしゃっていたの。カナデさんの精霊を殺して契約するって。でも、精霊は複数の聖女と同時に契約できないはずでしょう?」
「そうね。聖女は多数の精霊と同時契約できるけど、その逆はできないわ。聖女の数が少ないからね。」
ああ、じゃあなんで?
「でも、精霊貴族と契約した聖女は、よく衰弱死や事故死するわ。」
それって、どういうこと?
「契約者を直接傷つけることは契約違反だけど、あくまでも、事故と言われたらね。不審に思ってもどうしようもないの。相手が精霊貴族だったら、人間は無力なのよ」
最悪だ。あのコウモリ精霊はイザベラから聖力を搾り取って殺して、私に乗り換えようとしてるってこと? それで、いつか私も同じように殺すつもり? 聖女を使い捨てできると考えているんだ。吐き気がする。
「でも、契約はこっちが拒否したらできないんでしょう?」
「うーん。微妙なところね。決闘で男爵に成り代わったなら、死んだ男爵の所有物をすべて得ることができるらしいわ。だから、契約聖女がいれば所有物とみなされるのかも。」
うわ、本当に、最悪。
あれ? でも、私の契約精霊はロイじゃない。ってことは、ロイに成り代わっても、私、関係ないよね。シャルは男爵じゃないし。ああ、コウモリ精霊は誤解してるんだなって思ったけど、イザベラも同じく誤解してるんだった。
ごめん。心配してもらってるけど、私は大丈夫だわ。
「イザベラさんは、その準男爵精霊とはしばらく会わないほうがいいわね。面会を拒否できるように、適当な理由を考えておくわ。それと、もうひとりのアライグマの精霊が狙われるなら、彼を強化しましょう。いい方法があるわ。少し大変だけど、イザベラさん、やる気はあるかしら」
何か秘策があるらしい。さすが情報通のシリイさん。
さっきまでぼんやりしていたイザベラの緑色の目に力が戻った。
当事者のイザベラも、精霊の事情を知っておいたほうがいいと思ったから、以前ロビーで盗み聞いたコウモリ精霊たちの会話を全部イザベラに話した。
「わたくしは犯罪者だと思われているの?」
イザベラはベッドの上で、緑の瞳を見開いた。
「異世界での犯罪は気にしない。私の世界でも政治的な理由で死刑になる国があったから。イザベラさんがどうかは知らないけど、話さなくていい」
「そう」
イザベラがおとなしすぎて、調子が狂う。静かにベッドで座っていた。イザベラの白いローブに散っている乾いた血から目をそらした。そうだよね。今は休んでたいよね。それなのに、こんなふうに押しかけて、私は嫌なやつだ。
何を言っていいのか、かける言葉が分からない。
「で、聞きたいことって何かしら」
黙りこんだ私とイザベラに、シリイさんが話を促した。
「精霊契約を破棄することってできる?」
「契約書の破棄ならできるわ。お互いの性格の不一致で解除することも、たまにあるわね」
だったら、イザベラはコウモリ精霊と解約したらいいんじゃない? って思ったけど、シリイさんは、ただし、と続けた。
「精霊貴族は契約ではなく、誓約をするのよ。病める時も健やかなる時もって永遠を誓うの。だから死が二人を分かつまでは契約は解除できない」
ああ、そういえば、私がシャルと交わしたのも契約書じゃなくて誓約書だった。誓いの言葉を交わした。だから、解約はできない。
イザベラがシーツをぎゅうって握りしめた。その左手の薬指から指輪がなくなっていることに気がついてしまった。大きな緑色の飴玉みたいな宝石がついた指輪。リス精霊からのプレゼントだったんだ。精霊が死ねば指輪がなくなる。そこにはうっすらと指輪の跡だけが残っていた。
「もしも、もしもカナデさんの契約精霊が、他の精霊に殺されたら、カナデさんはその殺した精霊と契約しないといけないのかしら?」
イザベラが小さな声でシリイさんに聞いた。
「オーギュスト様がおっしゃっていたの。カナデさんの精霊を殺して契約するって。でも、精霊は複数の聖女と同時に契約できないはずでしょう?」
「そうね。聖女は多数の精霊と同時契約できるけど、その逆はできないわ。聖女の数が少ないからね。」
ああ、じゃあなんで?
「でも、精霊貴族と契約した聖女は、よく衰弱死や事故死するわ。」
それって、どういうこと?
「契約者を直接傷つけることは契約違反だけど、あくまでも、事故と言われたらね。不審に思ってもどうしようもないの。相手が精霊貴族だったら、人間は無力なのよ」
最悪だ。あのコウモリ精霊はイザベラから聖力を搾り取って殺して、私に乗り換えようとしてるってこと? それで、いつか私も同じように殺すつもり? 聖女を使い捨てできると考えているんだ。吐き気がする。
「でも、契約はこっちが拒否したらできないんでしょう?」
「うーん。微妙なところね。決闘で男爵に成り代わったなら、死んだ男爵の所有物をすべて得ることができるらしいわ。だから、契約聖女がいれば所有物とみなされるのかも。」
うわ、本当に、最悪。
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ごめん。心配してもらってるけど、私は大丈夫だわ。
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何か秘策があるらしい。さすが情報通のシリイさん。
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