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8 青いマント

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 私が泣きやむまで、お兄様は優しく抱きしめてくれた。
 でも、マーサが入れてくれた紅茶は飲まずに、あわただしく帰って行った。
 この後、学園祭の打ち合わせがあるそうだ。生徒会に入ったばかりのお兄様は、忙しすぎてしばらくお茶会ができないと残念そうに言った。

 そんなに忙しい時に、私に会いに来てくれたのね。
 お兄様は私のことを一番に思ってくれている。
 ブリーゼさんよりも私を……。

 ああ、もう!
 いやだ。だめ!

 こんなことを考える自分は大嫌い……。

 ぬるくなった紅茶を一息に飲み干した。色が付いただけで、香りのしない庶民の味。公爵家で出されるお茶とはまるで違う。

「えらく綺麗なお貴族様ですねぇ。あんなに美しい男の人を初めて見ましたよ。目の保養になりました。あはははは」

 紅茶のカップを片付けにマーサが入ってきた。公爵家のメイドとは違って、平民のマーサは不躾で品がない笑い声を響かせる。
 でも、その明るい笑い声は、私のほの暗い感情をぱっと振り払ってくれた。
 
「ねえ、マーサ。今から魔物蟹を売りに行くの?」

 気持ちを切り替えた私は、あることを思いついて、マーサに尋ねた。

「ええ、行ってきますね。代わりにリボンを買うんでしたっけ? 他に必要なものはありますか?」

「私も、一緒に行きたいわ」

 いつもは、家から出ないようにしている。色なしは病弱だからと乳母に外出を禁じられていた。行っていいのは公爵家だけだった。だから、私は近所にあるお店にさえ、自分で行くことはなかった。
 でも、このままじゃだめだ。

「ええっ? お嬢様も一緒に?」

 快諾してもらえると思ったのに、マーサは困ったような顔をした。

「うーん、大丈夫かねぇ。うん、それならフードを深くかぶってください。絶っ対に、顔を見せちゃいけませんよ」

 クローゼットから、冬用のフード付きのマントを取り出して渡される。もう春なのに、マントが必要? 
 ああ、……やっぱり、私の髪色のせい?

「お嬢様みたいに綺麗な人は、外に出たら誘拐されます。絶対に、顔を出さないでくださいね」

 マーサは厳しい顔をした。綺麗だなんてお世辞まで言って。そんなに色なしの髪が見苦しいの?

 少し悲しくなりながらも、言われた通りに青色のマントのフードを深くかぶる。これぐらいで傷ついていてはだめよね。
 私は、成人したら行く場所がないんだから。お兄様とブリーゼさんと一緒に住むなんてできない。絶対にそんなのいや。だったら、平民になって一人で生きていくしかない。 
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