8 / 41
8 青いマント
しおりを挟む
私が泣きやむまで、お兄様は優しく抱きしめてくれた。
でも、マーサが入れてくれた紅茶は飲まずに、あわただしく帰って行った。
この後、学園祭の打ち合わせがあるそうだ。生徒会に入ったばかりのお兄様は、忙しすぎてしばらくお茶会ができないと残念そうに言った。
そんなに忙しい時に、私に会いに来てくれたのね。
お兄様は私のことを一番に思ってくれている。
ブリーゼさんよりも私を……。
ああ、もう!
いやだ。だめ!
こんなことを考える自分は大嫌い……。
ぬるくなった紅茶を一息に飲み干した。色が付いただけで、香りのしない庶民の味。公爵家で出されるお茶とはまるで違う。
「えらく綺麗なお貴族様ですねぇ。あんなに美しい男の人を初めて見ましたよ。目の保養になりました。あはははは」
紅茶のカップを片付けにマーサが入ってきた。公爵家のメイドとは違って、平民のマーサは不躾で品がない笑い声を響かせる。
でも、その明るい笑い声は、私のほの暗い感情をぱっと振り払ってくれた。
「ねえ、マーサ。今から魔物蟹を売りに行くの?」
気持ちを切り替えた私は、あることを思いついて、マーサに尋ねた。
「ええ、行ってきますね。代わりにリボンを買うんでしたっけ? 他に必要なものはありますか?」
「私も、一緒に行きたいわ」
いつもは、家から出ないようにしている。色なしは病弱だからと乳母に外出を禁じられていた。行っていいのは公爵家だけだった。だから、私は近所にあるお店にさえ、自分で行くことはなかった。
でも、このままじゃだめだ。
「ええっ? お嬢様も一緒に?」
快諾してもらえると思ったのに、マーサは困ったような顔をした。
「うーん、大丈夫かねぇ。うん、それならフードを深くかぶってください。絶っ対に、顔を見せちゃいけませんよ」
クローゼットから、冬用のフード付きのマントを取り出して渡される。もう春なのに、マントが必要?
ああ、……やっぱり、私の髪色のせい?
「お嬢様みたいに綺麗な人は、外に出たら誘拐されます。絶対に、顔を出さないでくださいね」
マーサは厳しい顔をした。綺麗だなんてお世辞まで言って。そんなに色なしの髪が見苦しいの?
少し悲しくなりながらも、言われた通りに青色のマントのフードを深くかぶる。これぐらいで傷ついていてはだめよね。
私は、成人したら行く場所がないんだから。お兄様とブリーゼさんと一緒に住むなんてできない。絶対にそんなのいや。だったら、平民になって一人で生きていくしかない。
でも、マーサが入れてくれた紅茶は飲まずに、あわただしく帰って行った。
この後、学園祭の打ち合わせがあるそうだ。生徒会に入ったばかりのお兄様は、忙しすぎてしばらくお茶会ができないと残念そうに言った。
そんなに忙しい時に、私に会いに来てくれたのね。
お兄様は私のことを一番に思ってくれている。
ブリーゼさんよりも私を……。
ああ、もう!
いやだ。だめ!
こんなことを考える自分は大嫌い……。
ぬるくなった紅茶を一息に飲み干した。色が付いただけで、香りのしない庶民の味。公爵家で出されるお茶とはまるで違う。
「えらく綺麗なお貴族様ですねぇ。あんなに美しい男の人を初めて見ましたよ。目の保養になりました。あはははは」
紅茶のカップを片付けにマーサが入ってきた。公爵家のメイドとは違って、平民のマーサは不躾で品がない笑い声を響かせる。
でも、その明るい笑い声は、私のほの暗い感情をぱっと振り払ってくれた。
「ねえ、マーサ。今から魔物蟹を売りに行くの?」
気持ちを切り替えた私は、あることを思いついて、マーサに尋ねた。
「ええ、行ってきますね。代わりにリボンを買うんでしたっけ? 他に必要なものはありますか?」
「私も、一緒に行きたいわ」
いつもは、家から出ないようにしている。色なしは病弱だからと乳母に外出を禁じられていた。行っていいのは公爵家だけだった。だから、私は近所にあるお店にさえ、自分で行くことはなかった。
でも、このままじゃだめだ。
「ええっ? お嬢様も一緒に?」
快諾してもらえると思ったのに、マーサは困ったような顔をした。
「うーん、大丈夫かねぇ。うん、それならフードを深くかぶってください。絶っ対に、顔を見せちゃいけませんよ」
クローゼットから、冬用のフード付きのマントを取り出して渡される。もう春なのに、マントが必要?
ああ、……やっぱり、私の髪色のせい?
「お嬢様みたいに綺麗な人は、外に出たら誘拐されます。絶対に、顔を出さないでくださいね」
マーサは厳しい顔をした。綺麗だなんてお世辞まで言って。そんなに色なしの髪が見苦しいの?
少し悲しくなりながらも、言われた通りに青色のマントのフードを深くかぶる。これぐらいで傷ついていてはだめよね。
私は、成人したら行く場所がないんだから。お兄様とブリーゼさんと一緒に住むなんてできない。絶対にそんなのいや。だったら、平民になって一人で生きていくしかない。
1
お気に入りに追加
395
あなたにおすすめの小説
【完結】初恋の騎士様の事が忘れられないまま、帝国の公爵様に嫁ぐことになりました
るあか
恋愛
リーズレット王女は、幼少期に一緒に遊んでくれていた全身鎧の騎士に恋をしていた。
しかし、その騎士は姉のマーガレットに取られてリーズレットのもとからいなくなってしまう。
それでもその初恋が忘れられないまま月日は流れ、ついに彼女の恐れていた事態が次々と訪れる。
一途に初恋の騎士を想い続けてきた彼女に待っていたものは……。
あなたのおかげで吹っ切れました〜私のお金目当てならお望み通りに。ただし利子付きです
じじ
恋愛
「あんな女、金だけのためさ」
アリアナ=ゾーイはその日、初めて婚約者のハンゼ公爵の本音を知った。
金銭だけが目的の結婚。それを知った私が泣いて暮らすとでも?おあいにくさま。あなたに恋した少女は、あなたの本音を聞いた瞬間消え去ったわ。
私が金づるにしか見えないのなら、お望み通りあなたのためにお金を用意しますわ…ただし、利子付きで。
酒の席での戯言ですのよ。
ぽんぽこ狸
恋愛
成人前の令嬢であるリディアは、婚約者であるオーウェンの部屋から聞こえてくる自分の悪口にただ耳を澄ませていた。
何度もやめてほしいと言っていて、両親にも訴えているのに彼らは総じて酒の席での戯言だから流せばいいと口にする。
そんな彼らに、リディアは成人を迎えた日の晩餐会で、仕返しをするのだった。
私は人形ではありません
藍田ひびき
恋愛
伯爵令嬢アリシアには誰にも逆らわず、自分の意志を示さない。そのあまりにも大人しい様子から”人形姫”と揶揄され、頭の弱い令嬢と思われていた。
そんな彼女はダンスパーティの場でクライヴ・アシュリー侯爵令息から婚約破棄を告げられる。人形姫のことだ、大人しく従うだろう――そんな予想を裏切るように、彼女は告げる。「その婚約破棄、お受けすることはできません」
※なろうにも投稿しています。
※ 3/7 誤字修正しました。
前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る
花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。
その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。
何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。
“傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。
背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。
7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。
長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。
守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。
この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。
※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。
(C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。
人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。
喋ることができなくなった行き遅れ令嬢ですが、幸せです。
加藤ラスク
恋愛
セシル = マクラグレンは昔とある事件のせいで喋ることができなくなっていた。今は王室内事務局で働いており、真面目で誠実だと評判だ。しかし後輩のラーラからは、行き遅れ令嬢などと嫌味を言われる日々。
そんなセシルの密かな喜びは、今大人気のイケメン騎士団長クレイグ = エヴェレストに会えること。クレイグはなぜか毎日事務局に顔を出し、要件がある時は必ずセシルを指名していた。そんなある日、重要な書類が紛失する事件が起きて……
悪役令嬢が行方不明!?
mimiaizu
恋愛
乙女ゲームの設定では悪役令嬢だった公爵令嬢サエナリア・ヴァン・ソノーザ。そんな彼女が行方不明になるというゲームになかった事件(イベント)が起こる。彼女を見つけ出そうと捜索が始まる。そして、次々と明かされることになる真実に、妹が両親が、婚約者の王太子が、ヒロインの男爵令嬢が、皆が驚愕することになる。全てのカギを握るのは、一体誰なのだろう。
※初めての悪役令嬢物です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる