上 下
22 / 33

22 魔法医

しおりを挟む
 あんなことがあったけれど、翌日もメアリーを連れて王宮に向かった。アルフ様に聖水を届けるためだ。
 王妃は怖かったけれど、アルフ様に会いたい。
 アルフ様は王妃が私にやろうとしたことを知っているのだろうか?

 アルフ様の真っ青な瞳を思い出す。
 いいえ。あんなに真っ直ぐな方が、そんな違法なことを黙っているとは思えない。きっと知らされてない。
 陛下が私に守秘契約を結ばせたから、相談はできない。

 今までは大聖女が魔力を譲渡していた。彼女は王弟と結婚して、親類になったので法的には問題はない。でも、大聖女を王室が利用することは良くないので、公にはされていない。
 魔力譲渡のせいで大聖女の力が弱まっている。だから、王妃は次の魔力供給者を探している。


 物思いに浸りながら、馬車から外の景色を眺めていたら、通りの向こうにいる人と目が合った気がした。! 赤い目。あれは……。

「止まって!」

 馬車が止まるとすぐに駆け下りた。

「お待ちください!」

 後ろからメアリーが追いかけてくる。
 行きかう馬車を避けながら、その人を見つけた。

 どうしてここに?!

「やあ、具合はいかがかな。俺の患者さん」

 男は黒い髪をかき上げながら、私を見て不敵に笑った。

「元気にしてる?」

「! あなた、いったい……」

 ゼオン・イースタン。魔力核の移植手術をリリアーヌに勧めた魔法医。王都に来るなんて。

「久しぶりに会えたんだ。よかったら、そこのカフェでお茶でもどう? その後の患者の診察もかねて」

 彼に話したいことがあった。追いかけて来たメアリーには馬車で待つように告げて、ゼオンと二人でカフェに入った。
 メアリーは不満そうだったけど、ゼオンがほほ笑むと、真っ赤になってすぐに従った。


「僕にはコーヒーを。君は何がいい? 紅茶でいいかな?」

 王都にできたばかりのカフェは豪華な内装で、上流階級の人間でにぎわっている。お忍びで利用する紳士や淑女もいるため、各席が個室のように配置されている。
 私は用心深くまわりを見渡してから、ゼオンに向き直った。

「なぜ王都にいるの?」

 ゼオンはコーヒーにたっぷりのミルクを入れてから、私に顔を近づけた。

「もちろん、患者を診るためだよ」

 そのまま、私のことを赤い瞳でじろじろと観察した。

「顔色がよくないね。何か悩みでもあるのかな?」

 ゼオンの赤い瞳から視線をそらして、私も紅茶に砂糖を入れてかき混ぜた。一瞬、第一王子の魔力譲渡のことを話してしまいたい気持ちになったけれど、開きかけた口を紅茶を飲んでごまかした。砂糖を入れすぎたせいか、のどに甘さが残った。

「ねえ、せっかく自由になったのに、なんでまた、囚われてるの?」

 ゼオンの質問の意味が分からなかった。

「わたしは、自由よ。囚われてなんかいないわ」

 赤い瞳がまっすぐに私を見つめていた。

「囚われているよ。神殿に、王家に、そしてリリアーヌに」

 魔物と同じ真っ赤な瞳に見つめられて、凍り付いたように動けない。どこか退廃的で怪しい美貌の持ち主は、手を伸ばして私の頬に触れた。視界が真っ赤に染まったような気がした。
 どうしたらいいのか分からない。見開いた目が涙であふれた。

 ゼオンはすぐに手をのけて、困ったように笑った。 

「僕たちは賭けに勝った。君は楔から解放された。もう自ら鎖をかける必要はないんだよ」

 その声はどこまでも優しく聞こえた。
 でも、そんなこと聞きたくなかった。
 だって、私は、

「囚われてなんかないわ。私は、大聖女になって、王子の妃になって、みんなを見返してやるのよ!」

 首をふって答えると、あふれた涙がぽたりと落ちた。
 歪んだ視界でゼオンの赤い瞳をにらみつけた。

 私はもう、同情されるような弱い子供じゃない。私は、完璧なリリアーナになって、みんなの上に立ってやるのよ。

「それ、全然楽しくなさそう」

 ふう、とゼオンは困ったようにため息をついた。

「僕は魔法医だから、たくさんの人を手術してきたよ。でも救えない人もいた。仕方ないよね、そういうこともある。でも、そんな時に衝撃的な出会いがあったんだ」

 ゼオンは黒髪をかき上げながら、私を見つめた。

「虹色の聖水だよ。知人にねだって手に入れてもらった。値段がものすごかったけど、効果は素晴らしかった。どれだけ純度の高い聖の魔力が入っているのか。絶対無理だと思った患者があっという間に良くなった。本当に世界が変わるぐらいの衝撃だった」

 そういうと、ゼオンはうっとりと私を見て微笑んだ。

「だから、この国に来たんだ。この聖水を作った聖女がどんな女性なのか気になって、リリアーヌに会ったんだ。でも、全然違った。同じ聖の魔力だけれど、全然違った。こう、なんていうのかな、聖水から感じる戦慄さや飢餓感、絶望感を全く感じなかった。ただの、女性。それだけだった。ああ、違う、この女じゃない。絶対違うぞ、本物はどこにいる、会いたい、絶対に会うんだって……それで、君を知ったんだよ」

 まるで、美しい悪魔のような微笑みを浮かべて、ゼオンは話し続けた。

「君の看護師から話を聞いて、あの偽物の女に魔力核の移植手術を持ちかけたんだよ。愚かな女とその両親だったね。魔力核の移植の危険性など全く知りもしないしね。簡単な手術のわけないのに。本当に愚かな者たちだ。でも、そのおかげで、君を助け出せただろう?」

 うっとりした表情で話す男の話を私は震えながら聞いていた。
 姉は、なぜこの男を信じてしまったのだろう。両親もなぜ、こんな男を信用したのか。まるで、精神攻撃されているかのようにこの男の声には魔力がある。

「せっかく助けてあげたのに、なんで君はこんなにつまらない場所にいるの? ずっと、待ってたんだよ。君が自由に逃げ出すところを。なぜなのかな? なぜ、リリアーヌの世界にずっと囚われてるの?」

 そんなこと、この男に言われたくない。だって、私はリリアーヌになってしまったんだもの。リリアーヌを演じるしかないじゃない。

「あなたが、私をリリアーヌにしたんじゃない。あなたのせいで、私はリリアーヌとして生きるしかないのよ!」

 心の声を絞り出すように告げると、彼は大げさに驚いた。

「ええ? 俺のせいなの? うわ、参ったな」

「そうよ、あなたのせいよ。自由になんかなれるわけないじゃない。だって、私はリリアーヌになってしまったんだから、だから、私は姉よりも完璧なリリアーヌになるしかないのよ」

 涙がぽたぽたとテーブルに落ちた。ずっと、言いたかったことを、やっと言えた。私はリリアーヌになりたくなかった。
 あれほど、姉をうらやましいと思っていたけど、リリアーヌになっても、私は私なのだから。
 堰が切れたように泣き続ける私を、ゼオンはぶしつけにもじろじろ見ていた。

「じゃあさ、俺と一緒に行こう」

 ゼオンの手が伸びてきて、私の頬の涙をぬぐった。

「全部放り出して、一緒にこの国から出て行こうよ」

 誘われたのはこれで二度目だ。ふざけた口調にもかかわらず、顔つきはとてもまじめだった。

「一緒に外国で暮らそうよ。俺は魔法医だし、妹ちゃんはどこかで泉を見つけて聖水を作ったらいいよ。とりあえず、闇で流せば生活に困らないくらい稼げるし、ああ、楽勝だね」

 人生を変えさせるには、ものすごく軽い調子の言葉だった。

「そんなの、信用できないあなたと一緒に行けるわけないわ」

「えー? 俺は君の命の恩人だよ」

「いいえ、あなたは詐欺師だわ。信じられない」

「ふーん。それは残念」

 今度もあっさりとゼオンは引き下がった。
 帰り際に、

「まあ、どうしても俺と一緒に行きたくなったら教えて。きっと後悔させないから」

 と、手のひらに口づけを落とされた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】 私を忌み嫌って義妹を贔屓したいのなら、家を出て行くのでお好きにしてください

ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
苦しむ民を救う使命を持つ、国のお抱えの聖女でありながら、悪魔の子と呼ばれて忌み嫌われている者が持つ、赤い目を持っているせいで、民に恐れられ、陰口を叩かれ、家族には忌み嫌われて劣悪な環境に置かれている少女、サーシャはある日、義妹が屋敷にやってきたことをきっかけに、聖女の座と婚約者を義妹に奪われてしまった。 義父は義妹を贔屓し、なにを言っても聞き入れてもらえない。これでは聖女としての使命も、幼い頃にとある男の子と交わした誓いも果たせない……そう思ったサーシャは、誰にも言わずに外の世界に飛び出した。 外の世界に出てから間もなく、サーシャも知っている、とある家からの捜索願が出されていたことを知ったサーシャは、急いでその家に向かうと、その家のご子息様に迎えられた。 彼とは何度か社交界で顔を合わせていたが、なぜかサーシャにだけは冷たかった。なのに、出会うなりサーシャのことを抱きしめて、衝撃の一言を口にする。 「おお、サーシャ! 我が愛しの人よ!」 ――これは一人の少女が、溺愛されながらも、聖女の使命と大切な人との誓いを果たすために奮闘しながら、愛を育む物語。 ⭐︎小説家になろう様にも投稿されています⭐︎

【完結】私を虐げる姉が今の婚約者はいらないと押し付けてきましたが、とても優しい殿方で幸せです 〜それはそれとして、家族に復讐はします〜

ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
侯爵家の令嬢であるシエルは、愛人との間に生まれたせいで、父や義母、異母姉妹から酷い仕打ちをされる生活を送っていた。 そんなシエルには婚約者がいた。まるで本物の兄のように仲良くしていたが、ある日突然彼は亡くなってしまった。 悲しみに暮れるシエル。そこに姉のアイシャがやってきて、とんでもない発言をした。 「ワタクシ、とある殿方と真実の愛に目覚めましたの。だから、今ワタクシが婚約している殿方との結婚を、あなたに代わりに受けさせてあげますわ」 こうしてシエルは、必死の抗議も虚しく、身勝手な理由で、新しい婚約者の元に向かうこととなった……横暴で散々虐げてきた家族に、復讐を誓いながら。 新しい婚約者は、社交界でとても恐れられている相手。うまくやっていけるのかと不安に思っていたが、なぜかとても溺愛されはじめて……!? ⭐︎全三十九話、すでに完結まで予約投稿済みです。11/12 HOTランキング一位ありがとうございます!⭐︎

自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのはあなたですよね?

長岡更紗
恋愛
庶民聖女の私をいじめてくる、貴族聖女のニコレット。 王子の婚約者を決める舞踏会に出ると、 「卑しい庶民聖女ね。王子妃になりたいがためにそのドレスも盗んできたそうじゃないの」 あることないこと言われて、我慢の限界! 絶対にあなたなんかに王子様は渡さない! これは一生懸命生きる人が報われ、悪さをする人は報いを受ける、勧善懲悪のシンデレラストーリー! *旧タイトルは『灰かぶり聖女は冷徹王子のお気に入り 〜自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのは公爵令嬢、あなたですよ〜』です。 *小説家になろうでも掲載しています。

妹が真の聖女だったので、偽りの聖女である私は追放されました。でも、聖女の役目はものすごく退屈だったので、最高に嬉しいです【完結】

小平ニコ
ファンタジー
「お姉様、よくも私から夢を奪ってくれたわね。絶対に許さない」  私の妹――シャノーラはそう言うと、計略を巡らし、私から聖女の座を奪った。……でも、私は最高に良い気分だった。だって私、もともと聖女なんかになりたくなかったから。  退職金を貰い、大喜びで国を出た私は、『真の聖女』として国を守る立場になったシャノーラのことを思った。……あの子、聖女になって、一日の休みもなく国を守るのがどれだけ大変なことか、ちゃんと分かってるのかしら?  案の定、シャノーラはよく理解していなかった。  聖女として役目を果たしていくのが、とてつもなく困難な道であることを……

幼馴染が熱を出した? どうせいつもの仮病でしょう?【完結】

小平ニコ
恋愛
「パメラが熱を出したから、今日は約束の場所に行けなくなった。今度埋め合わせするから許してくれ」 ジョセフはそう言って、婚約者である私とのデートをキャンセルした。……いったいこれで、何度目のドタキャンだろう。彼はいつも、体の弱い幼馴染――パメラを優先し、私をないがしろにする。『埋め合わせするから』というのも、口だけだ。 きっと私のことを、適当に謝っておけば何でも許してくれる、甘い女だと思っているのだろう。 いい加減うんざりした私は、ジョセフとの婚約関係を終わらせることにした。パメラは嬉しそうに笑っていたが、ジョセフは大いにショックを受けている。……それはそうでしょうね。私のお父様からの援助がなければ、ジョセフの家は、貴族らしい、ぜいたくな暮らしを続けることはできないのだから。

聖水を作り続ける聖女 〜 婚約破棄しておきながら、今さら欲しいと言われても困ります!〜

手嶋ゆき
恋愛
 「ユリエ!! お前との婚約は破棄だ! 今すぐこの国から出て行け!」  バッド王太子殿下に突然婚約破棄されたユリエ。  さらにユリエの妹が、追い打ちをかける。  窮地に立たされるユリエだったが、彼女を救おうと抱きかかえる者がいた——。 ※一万文字以内の短編です。 ※小説家になろう様など他サイトにも投稿しています。

嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜

𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。 だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。 「もっと早く癒せよ! このグズが!」 「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」 「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」 また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、 「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」 「チッ。あの能無しのせいで……」 頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。 もう我慢ならない! 聖女さんは、とうとう怒った。

神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜

星井柚乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」 「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」 (レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)  美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。  やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。 * 2023年01月15日、連載完結しました。 * ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました! * 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。 * この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。 * ブクマ、感想、ありがとうございます。

処理中です...