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12 お茶会

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『……魔力核の損傷により、魔法の発動が阻害される。損傷の原因は、生命を脅かす病や怪我が考えられる。また、魔力譲渡もその一因であり、魔力核に直接針を突き刺し、魔力を無理やり抜き取る行為は、魔力核を著しく損傷する危険がある』

 やっぱり、魔力譲渡のせいだったのね。

 神殿の図書室には、世の中に出回らない本も集められている。私は魔力核について考察された本を探し出し、何度も何度も読んだ。
 魔力譲渡のせいで私の魔力核は傷があるんだ。生まれてすぐに始められた魔力譲渡のせいで、私はせっかくの聖の魔力をうまく操ることができない! こんなの、あまりにもひどいじゃない!

 私はテーブルの上に積み重ねている本を、なぎ払って床に落とした。もう、見たくない!

 ねえ、リリアーヌ。あなたの望んだ大聖女への道はもう閉ざされたも同然だわ。魔法の使えないリリアーヌに何の価値があるというの?
 大声で、泣きわめきたかった。

 一緒に来ているメアリーが驚いて、床に投げた本を机に戻してくれた。手が滑ったと言い訳してお礼を言う。
 彼女がいつもくっついてくるせいで、リリアーヌの仮面をはがすことができない。プライドの高いリリアーヌは人前で泣き叫んだりしないもの。だから、私はこの先ずっとリリアーヌのふりをして、惨めな思いをしないといけないの?
 どんなにつらくても、穏やかな笑みを浮かべていなくてはいけないの? それが、リリアーヌだから……。

 机に戻された本の開いたページが目に入った。書いてある文字を見て、一瞬で周りの音が消えたように感じた。

『……魔力核には魂が宿ると言われている。もしも、魔力核を移植したならば、魂が入れ替わる可能性があるのだろうか。実際、伝説の魔法医の手によって行われた手術は……』


「リリアーヌ様」

 集中して読み進めていると、目の前に人影があった。
 昨日、紹介された若い聖女だ。たしか伯爵令嬢と子爵令嬢。

「ごきげんよう」

 すぐに優しい笑みを張り付けて、挨拶をした。

「私の父が外国のお茶を送ってきたので、仲の良い聖女と一緒に試飲会をしようと思いますの。よろしかったらご一緒しませんか」

「ありがとう。もちろん伺わせていただくわ」

 治癒魔法が使えない醜態を見せたとしても、私は侯爵令嬢なのだから、寄ってくる者は多いのよ。
 いいわ。この子たちを味方に引き入れてやる。

 家庭教師から習ったお茶会のマナーを実践するよい機会だと思っていたけれど、貴族の令嬢といっても、幼い時から神殿で育っている聖女たちは、それほど格式にこだわっていなかった。お茶会に参加したのは貴族出身の聖女10人ほど。若い女の子だけのお茶会だから、次から次へと話題が変わる。でも、一番好まれる話題はアルフレッド様のことだった。

「アルフレッド殿下は、この間もいらっしゃっていたでしょう」

「本当に素敵な方だわ。私にも笑顔で挨拶してくれますのよ。頑張っているねってほめてくださったわ」

「あら? あなた、その時は治療院をさぼって神殿でお茶をしていただけでしょう」

「ふふ、だって、リリアーヌ様がいらっしゃる日だったから、絶対アルフレッド殿下も来られるって分かってたのよ」

「まあ、賢いわね」

 お茶会では、聖女たちの話題が途切れることはない。神殿に住んでいる貴族の聖女は12歳から18歳まで。それ以上の年齢になると嫁いでいくのだ。おしゃべりが楽しい年齢の聖女は、毎日こうして集まっては一緒にお茶会を楽しんでいる。
 地下室で一人で育った私は、自分から話しかけるのは苦手だけど、振られる話に穏やかで優しい笑顔を作って相づちを打っていた。

「ねえ、聞いてくださる? この前もオディットに嫌味を言われてしまったのよ!」

 オディットの名前が出たとたん、和やかやな雰囲気が一変した。

「本当よ! アルフレッド殿下に少し気に入られているからって、調子に乗って」

「私のことを、かすり傷しか治せない役立たずって言ったのよ!」

「まあ、ひどいわ。平民のくせに何様よ!」

「ちょっと、聖の魔力が高いからって偉そうに。神殿長を味方につけて、平民の聖女たちにおだてられて、調子に乗っているのよ」

「でも、リリアーヌ様が来られたから、これからは生意気な態度も懲らしめられるわ。そうですよね、リリアーヌ様」

 !

 好き好きにオディットを罵っていた聖女が、期待を込めて私を見た。
 ああ、でも、私は、治癒魔法すら使えない。
 私に何ができるというの?
 オディットどころか、この中の誰よりも役立たずだ。

 困ったように微笑んだ私に、彼女たちは少しがっかりしたようだったけど、また、次の話題に移っていった。

「この前、騎士団へ治療に行ったのだけど、ドレーン伯爵子息は、無骨だけど優しい方だったわ」

「ワーンズ子爵の嫡男もいいわよ。顔はまあまあだけど、あの家は商会を持っているでしょう。人柄もよさそうだし」

「私はせっかく聖女になったんだから、もっと上の爵位の嫡男と結婚したいわ。申し込みはいくつも来てるのよ」

 次の話題は結婚相手の男性のことだった。
 貴族の聖女は成人すると結婚して神殿から出ることが許される。聖の魔力持ちを取り込みたい貴族からは引く手あまただ。身分は聖女のままで、年に数回神殿に赴く必要はあるが、ほとんどの聖女は望んだ男性と結婚して子供を作る。
 だから、大聖女を目指さない貴族の聖女の目的は婚活だ。平民の治療院には平民の聖女が行き、騎士団の治療室等へは貴族の聖女が行く。そこでより良い出会いを求める。

 平民出身の聖女は違う。一生独身で最前線で働かされる。だから、この神殿の聖女は人数で言うと平民の方が圧倒的に多かった。

「でも、アルフレッド殿下は王太子になる可能性があるかもしれないって噂があるわよ」

 話題はいつの間にか、王子に戻っていた。

「第一王子のヴィルフレム様がいらっしゃるのに?」

「あの方は怪我して以来あまり表に出てこられないでしょ」

「ああ、大聖女様が治癒しに王宮に行ってるって噂もあるわね」

「じゃあ、次の大聖女のリリアーヌ様は将来王妃になられるのかしら」

 また、私に振られる。答えにくい質問には、ただ困ったように笑っておく。

 本当に、どうしたらいいのか。大聖女になって、アルフレッド様と結婚することが目標だったのに。魔法が使えないことをいずれは皆に知られてしまうのだ。
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