衰弱勇者と災禍の剣

高柳神羅

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戻りゆく記憶、失われゆく命

第47話 密林に潜む赤

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 木漏れ日がちらちらと地面を照らす、ほんのりと薄暗い世界に数多の声が満ちている。
 ウホホホホホ、と何かが叫んでいる。どうやら鳥だけではなく、それなりに大きな獣も此処には棲んでいるようだ。
 さわさわと弱い風に揺れる木々の枝葉がしゃらしゃらと音を立てている。
 その中を、二人は木の間を縫うように進んでいた。
「……よく見えない」
 足下に広がる雑草に目を向けながら、アメルは呟いた。
 前を見ていなかったからだろう、そのまま大きな蜘蛛の巣に顔から突っ込んでしまい、もわっとした感触に思わず彼女は声を上げる。
「きゃっ」
「イーニャの花はアメルの花よりも探すのが難しいよ。他の草に紛れてることが多いから、よく見てね」
 顔に付いた蜘蛛の巣を掌でごしごしと擦って落としながら、雑草の絨毯をよく観察するアメル。
 イーニャの花は、すずらんの花によく似た形の黄色い花を咲かせる香草ハーブだ。すずらんのような形の花を咲かせる植物は珍しいので、見分けることに関してはさほどの苦労はしないだろう。
 しかし、この雑草の量だ。肝心の花が咲いている場所を見つけるまでが苦労しそうだった。
 雑草をひとつひとつ見分けて、これは違う、これも違うと口内でぶつぶつ言いながらアメルはどんどん先へと進んでいく。
 レオンは立ち止まって、すう……と大きく深呼吸をした。
 何もしていないのに、息が上がっている。
 体力が落ちてきているのだ。
 ……僕はまだ、力尽きるわけにはいかない。今僕が倒れたら、誰がアメルを……
 自分に言い聞かせ、こくんと息を飲み、歩みを再開する。
 彼がちょっと立ち止まっている間に、アメルは大分先へと進んでいた。
 彼女はしゃがんで、目の前に生えている花を懸命に調べていた。
「レオン、あったよ。イーニャの花」
「どれどれ」
 レオンは歩みを少し速めてアメルの元へと急いだ。
 アメルが指差す花を見つめて、そうだねと頷く。
「間違いないね。イーニャの花だ」
 アメルはイーニャの花を刈り取って、麻袋の中に入れた。
 目的の花がひとつ見つかると、次々と同じ花が近くで見つかった。アメルの花ほどの群生具合ではないが、それでも、辺りを懸命に探すとそれなりの数を収穫することができた。
 集まった香草ハーブを見つめて、アメルは不思議そうに言った。
「これが、怪我を治すお薬になるなんて……何だか信じられない」
「食べてみるかい?」
 レオンは麻袋からアメルの花を取り出して、彼女に差し出した。
 アメルは花を受け取って、口に含んだ。
 咀嚼して、幾分もせずに渋い顔をして、べっと舌を出す。
「苦い……」
「はは、そうかもね。良薬は口に苦しって言うからね。アメルもイーニャもそのまま食べるには独特のえぐみがあって美味しいものではないよね」
 その味は僕も慣れないな、と言ってレオンは笑った。
「でも、命が懸かってたらそんなことも言っていられないよね。せめて生の草のまま食べる羽目にならないように、怪我はなるべくしないように心掛けるんだよ」
「うん……」
 ぺっぺっと唾を吐くアメル。
 レオンは鞄から飲み水の入った水筒を出して、アメルに渡した。
「これで薬草採集の仕事クエストは完了だ。後はこの袋を冒険者ギルドに納品すれば報酬が貰える。少し休憩したら、街に帰ろうか」
「うん」
 アメルは水をごくんと飲んで辺りを見回した。
 獣の声はすれど、姿が見えない緑の世界。
 その中に、ありえないほどの鮮やかさを持つ赤を見つけて動きを止める。
「……何? あれ」
「?」
 アメルから受け取った水筒を鞄に入れて、レオンは彼女が指差す方向を見た。
 木々の間に見え隠れしている赤いものの存在を知って、表情を険しくする。
「!……あれは」
 声を潜めて、彼は言った。
「レッドドラゴン……!」
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