47 / 82
戻りゆく記憶、失われゆく命
第47話 密林に潜む赤
しおりを挟む
木漏れ日がちらちらと地面を照らす、ほんのりと薄暗い世界に数多の声が満ちている。
ウホホホホホ、と何かが叫んでいる。どうやら鳥だけではなく、それなりに大きな獣も此処には棲んでいるようだ。
さわさわと弱い風に揺れる木々の枝葉がしゃらしゃらと音を立てている。
その中を、二人は木の間を縫うように進んでいた。
「……よく見えない」
足下に広がる雑草に目を向けながら、アメルは呟いた。
前を見ていなかったからだろう、そのまま大きな蜘蛛の巣に顔から突っ込んでしまい、もわっとした感触に思わず彼女は声を上げる。
「きゃっ」
「イーニャの花はアメルの花よりも探すのが難しいよ。他の草に紛れてることが多いから、よく見てね」
顔に付いた蜘蛛の巣を掌でごしごしと擦って落としながら、雑草の絨毯をよく観察するアメル。
イーニャの花は、すずらんの花によく似た形の黄色い花を咲かせる香草だ。すずらんのような形の花を咲かせる植物は珍しいので、見分けることに関してはさほどの苦労はしないだろう。
しかし、この雑草の量だ。肝心の花が咲いている場所を見つけるまでが苦労しそうだった。
雑草をひとつひとつ見分けて、これは違う、これも違うと口内でぶつぶつ言いながらアメルはどんどん先へと進んでいく。
レオンは立ち止まって、すう……と大きく深呼吸をした。
何もしていないのに、息が上がっている。
体力が落ちてきているのだ。
……僕はまだ、力尽きるわけにはいかない。今僕が倒れたら、誰がアメルを……
自分に言い聞かせ、こくんと息を飲み、歩みを再開する。
彼がちょっと立ち止まっている間に、アメルは大分先へと進んでいた。
彼女はしゃがんで、目の前に生えている花を懸命に調べていた。
「レオン、あったよ。イーニャの花」
「どれどれ」
レオンは歩みを少し速めてアメルの元へと急いだ。
アメルが指差す花を見つめて、そうだねと頷く。
「間違いないね。イーニャの花だ」
アメルはイーニャの花を刈り取って、麻袋の中に入れた。
目的の花がひとつ見つかると、次々と同じ花が近くで見つかった。アメルの花ほどの群生具合ではないが、それでも、辺りを懸命に探すとそれなりの数を収穫することができた。
集まった香草を見つめて、アメルは不思議そうに言った。
「これが、怪我を治すお薬になるなんて……何だか信じられない」
「食べてみるかい?」
レオンは麻袋からアメルの花を取り出して、彼女に差し出した。
アメルは花を受け取って、口に含んだ。
咀嚼して、幾分もせずに渋い顔をして、べっと舌を出す。
「苦い……」
「はは、そうかもね。良薬は口に苦しって言うからね。アメルもイーニャもそのまま食べるには独特のえぐみがあって美味しいものではないよね」
その味は僕も慣れないな、と言ってレオンは笑った。
「でも、命が懸かってたらそんなことも言っていられないよね。せめて生の草のまま食べる羽目にならないように、怪我はなるべくしないように心掛けるんだよ」
「うん……」
ぺっぺっと唾を吐くアメル。
レオンは鞄から飲み水の入った水筒を出して、アメルに渡した。
「これで薬草採集の仕事は完了だ。後はこの袋を冒険者ギルドに納品すれば報酬が貰える。少し休憩したら、街に帰ろうか」
「うん」
アメルは水をごくんと飲んで辺りを見回した。
獣の声はすれど、姿が見えない緑の世界。
その中に、ありえないほどの鮮やかさを持つ赤を見つけて動きを止める。
「……何? あれ」
「?」
アメルから受け取った水筒を鞄に入れて、レオンは彼女が指差す方向を見た。
木々の間に見え隠れしている赤いものの存在を知って、表情を険しくする。
「!……あれは」
声を潜めて、彼は言った。
「レッドドラゴン……!」
ウホホホホホ、と何かが叫んでいる。どうやら鳥だけではなく、それなりに大きな獣も此処には棲んでいるようだ。
さわさわと弱い風に揺れる木々の枝葉がしゃらしゃらと音を立てている。
その中を、二人は木の間を縫うように進んでいた。
「……よく見えない」
足下に広がる雑草に目を向けながら、アメルは呟いた。
前を見ていなかったからだろう、そのまま大きな蜘蛛の巣に顔から突っ込んでしまい、もわっとした感触に思わず彼女は声を上げる。
「きゃっ」
「イーニャの花はアメルの花よりも探すのが難しいよ。他の草に紛れてることが多いから、よく見てね」
顔に付いた蜘蛛の巣を掌でごしごしと擦って落としながら、雑草の絨毯をよく観察するアメル。
イーニャの花は、すずらんの花によく似た形の黄色い花を咲かせる香草だ。すずらんのような形の花を咲かせる植物は珍しいので、見分けることに関してはさほどの苦労はしないだろう。
しかし、この雑草の量だ。肝心の花が咲いている場所を見つけるまでが苦労しそうだった。
雑草をひとつひとつ見分けて、これは違う、これも違うと口内でぶつぶつ言いながらアメルはどんどん先へと進んでいく。
レオンは立ち止まって、すう……と大きく深呼吸をした。
何もしていないのに、息が上がっている。
体力が落ちてきているのだ。
……僕はまだ、力尽きるわけにはいかない。今僕が倒れたら、誰がアメルを……
自分に言い聞かせ、こくんと息を飲み、歩みを再開する。
彼がちょっと立ち止まっている間に、アメルは大分先へと進んでいた。
彼女はしゃがんで、目の前に生えている花を懸命に調べていた。
「レオン、あったよ。イーニャの花」
「どれどれ」
レオンは歩みを少し速めてアメルの元へと急いだ。
アメルが指差す花を見つめて、そうだねと頷く。
「間違いないね。イーニャの花だ」
アメルはイーニャの花を刈り取って、麻袋の中に入れた。
目的の花がひとつ見つかると、次々と同じ花が近くで見つかった。アメルの花ほどの群生具合ではないが、それでも、辺りを懸命に探すとそれなりの数を収穫することができた。
集まった香草を見つめて、アメルは不思議そうに言った。
「これが、怪我を治すお薬になるなんて……何だか信じられない」
「食べてみるかい?」
レオンは麻袋からアメルの花を取り出して、彼女に差し出した。
アメルは花を受け取って、口に含んだ。
咀嚼して、幾分もせずに渋い顔をして、べっと舌を出す。
「苦い……」
「はは、そうかもね。良薬は口に苦しって言うからね。アメルもイーニャもそのまま食べるには独特のえぐみがあって美味しいものではないよね」
その味は僕も慣れないな、と言ってレオンは笑った。
「でも、命が懸かってたらそんなことも言っていられないよね。せめて生の草のまま食べる羽目にならないように、怪我はなるべくしないように心掛けるんだよ」
「うん……」
ぺっぺっと唾を吐くアメル。
レオンは鞄から飲み水の入った水筒を出して、アメルに渡した。
「これで薬草採集の仕事は完了だ。後はこの袋を冒険者ギルドに納品すれば報酬が貰える。少し休憩したら、街に帰ろうか」
「うん」
アメルは水をごくんと飲んで辺りを見回した。
獣の声はすれど、姿が見えない緑の世界。
その中に、ありえないほどの鮮やかさを持つ赤を見つけて動きを止める。
「……何? あれ」
「?」
アメルから受け取った水筒を鞄に入れて、レオンは彼女が指差す方向を見た。
木々の間に見え隠れしている赤いものの存在を知って、表情を険しくする。
「!……あれは」
声を潜めて、彼は言った。
「レッドドラゴン……!」
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
【全話挿絵】発情✕転生 〜何あれ……誘ってるのかしら?〜【毎日更新】
墨笑
ファンタジー
『エロ×ギャグ×バトル+雑学』をテーマにした異世界ファンタジー小説です。
主人公はごく普通(?)の『むっつりすけべ』な女の子。
異世界転生に伴って召喚士としての才能を強化されたまでは良かったのですが、なぜか発情体質まで付与されていて……?
召喚士として様々な依頼をこなしながら、無駄にドキドキムラムラハァハァしてしまう日々を描きます。
明るく、楽しく読んでいただけることを目指して書きました。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。
克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位
私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】
小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。
他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。
それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。
友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。
レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。
そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。
レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
妹しか愛していない母親への仕返しに「わたくしはお母様が男に無理矢理に犯されてできた子」だと言ってやった。
ラララキヲ
ファンタジー
「貴女は次期当主なのだから」
そう言われて長女のアリーチェは育った。どれだけ寂しくてもどれだけツラくても、自分がこのエルカダ侯爵家を継がなければいけないのだからと我慢して頑張った。
長女と違って次女のルナリアは自由に育てられた。両親に愛され、勉強だって無理してしなくてもいいと甘やかされていた。
アリーチェはそれを羨ましいと思ったが、自分が長女で次期当主だから仕方がないと納得していて我慢した。
しかしアリーチェが18歳の時。
アリーチェの婚約者と恋仲になったルナリアを、両親は許し、二人を祝福しながら『次期当主をルナリアにする』と言い出したのだ。
それにはもうアリーチェは我慢ができなかった。
父は元々自分たち(子供)には無関心で、アリーチェに厳し過ぎる教育をしてきたのは母親だった。『次期当主だから』とあんなに言ってきた癖に、それを簡単に覆した母親をアリーチェは許せなかった。
そして両親はアリーチェを次期当主から下ろしておいて、アリーチェをルナリアの補佐に付けようとした。
そのどこまてもアリーチェの人格を否定する考え方にアリーチェの心は死んだ。
──自分を愛してくれないならこちらもあなたたちを愛さない──
アリーチェは行動を起こした。
もうあなたたちに情はない。
─────
◇これは『ざまぁ』の話です。
◇テンプレ [妹贔屓母]
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾もあるかも。
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング〔2位〕(4/19)☆ファンタジーランキング〔1位〕☆入り、ありがとうございます!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる