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第26話 巨大ゴーレム

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 大通りに沿って進んでいくと、前方に煉瓦造りの巨大な建物が見えてきた。
 形はドーム型で、入口がやたらと大きい。天頂部には幾つもの大きな窓が設けられており、煙突のようなものが壁から突き出ているのが見える。
 店……というよりも、何かの工房のような雰囲気の建物だ。
 俺が何となくその建物に注目していると、その視線に気付いたらしいリンネが説明してくれた。
「あれはゴーレムの工房だよ。この街で利用されているゴーレムの殆どは、あそこで作ってるんだ」
 街を巡回する警備用のゴーレムから店番をするゴーレムまで。訪れる客の要望に合わせて、様々な用途のゴーレムを作っているらしい。
 本当に、この街の人間にとってゴーレムは身近な生活用品みたいな存在なんだな。
 ふうんと思いながら工房の前を通り過ぎると。
 工房の中から、男の野太い悲鳴が聞こえてきた。
 何だ!?
 ばがん、と入口横の壁が内側から派手に弾け飛ぶ。
 煉瓦の欠片を撒き散らしながらそこから出てきたのは、身長五メートルほどはあろうかという馬鹿でかい大きさのゴーレムだった。
 工房の前を歩いていた通行人たちが一斉に悲鳴を上げる。
 ゴーレムはそちらに象形文字のような模様が刻まれた顔を向けると、その鈍重なフォルムからは想像も付かないようなスピードで彼らに迫っていった。
「誰か、止めてくれ! ゴーレムが暴走した!」
 工房の中から飛び出してきた男が叫ぶ。さっきの悲鳴の主か。
 ゴーレムは足下で固まっているロングドレス姿の女に狙いを定めると、右の拳を高々と振り上げた。
 女は──逃げようという素振りがない。おそらく恐怖で全身が硬直してしまい、動けないのだ。
 このままでは彼女は叩き潰される。
「ソル! リンネ! 辺りにいる人を避難させてくれ!」
 俺は二人にそう言い残して、駆け出した。
 駄目だ、この速度じゃ間に合わない。ゴーレムが腕を振り下ろす方が早い!
 俺は叫んだ。
「エンチャント・デクスタリティ!」
 俺の魔力が全身を包み込む。
 魔力を纏った足が一気に軽くなる。軽くなった足は驚異的なスピードを生み、俺を一瞬にして女の元へと移動させた。
 エンチャント・デクスタリティ。身体強化魔法の一種で、全身の速度を飛躍的に上昇させる効果がある。本来は素早い魔物を捉えるための手段のひとつとして用いられる魔法である。
 それほど持続力のある魔法ではないが、遠い距離を一瞬で移動するのに使うのならばそれでも十分だ。
 俺は女の体を背後から掻っ攫うようにお姫様抱っこして、急いでその場を離れた。
 俺たちが今し方いた位置を、ゴーレムの拳が叩き潰す。どしん、と重たい音がして、石畳の地面に蜘蛛の網のような形の罅が入った。
 俺はゴーレムから離れた位置に移動して、女を地面に下ろした。
 女の顔は恐怖で強張ったまま固まっていた。皿のように見開かれた青い色の瞳が、ゆっくりと俺の顔に焦点を合わせる。
 よく見ると、それなりに整った顔立ちをしている。年の頃は二十代半ばくらいか……大人の色気を備えた女だ。
「……あの……貴方は……」
「通りすがりのしがない冒険者さ」
 俺は彼女に笑いかけて、左右の剣を抜いた。
「今のうちに逃げてくれ。あいつは俺が何とかする!」
 標的を見失って左右をゆっくりと見回しているゴーレムに、気付かれないように近付いていく。
 この大きさだ。おそらく普通に剣を振るっても通用はしないだろう。
 巨大なものを倒すための鉄則──それは、足を狙うこと。
 どんなに大きな存在でも、足を地に着けている限り体は重力に支配されている。足を砕いてしまえば体のバランスを保てなくなり、倒れる。
 まず足を砕いて相手の動きを封じて、それから原動力になっている核を探し出し、潰す。それしかない。
 ゴーレムの顔が、ぐりっとこちらを向いた。
 気付かれた!
「魔法剣技──アルテマソード!」
 俺は二振りの剣に魔力を込め、地を蹴った。
 そのままゴーレムの足下を駆け抜けて、すれ違いざまに足首の細くなっている部分を斬りつける!
 最強の破壊の魔力を宿した剣が、ゴーレムの足を易々と斬り飛ばす。体の支えを失ったゴーレムは、蹴り倒されたダルマのように派手な音を立てながら地面に倒れた。
 俺はゴーレムの体の上に飛び乗った。
 さあ……何処にあるんだ、こいつを動かしている核は!
 普通に考えるなら人間と同じ位置、心臓がある胸だが……
 こいつは人工的に作られた人形だ。急所が人間と同じ場所にあるとは限らない。
 とりあえず、抉ってみるか。意を決して剣を振り上げた、その瞬間。
 遠くから、リンネが叫ぶ声が聞こえてきた。
「レイ! ゴーレムの核は頭にあるんだ! メンテナンスをしやすいように、取り外しができる頭に核を埋め込んでるんだよ!」
 成程……頭か!
 俺は胸を抉るのをやめて、ゴーレムの頭の上に移動した。
 剣を十文字に構えて、そのまま一息に、足下めがけて振り下ろす!
 剣が纏った魔力がゴーレムの頭を粉微塵に破壊する。
 俺を捕まえようと腕を伸ばそうとしていたゴーレムは力を失って、ごろりと無機質な岩のように地面の上に転がった。
 幾ら大きかろうと、所詮は単純な動きしかできない人形だ。勇者の敵じゃない。
 俺はふうっと息をついて剣を鞘に納め、地面の上でこちらを心配そうに見つめているリンネたちに手を振った。
 俺とゴーレムとの戦いを遠巻きに見つめていた通行人や工房の人間たちが、わっと歓声を上げながらゴーレムの周囲に集まってくる。
 俺はゴーレムの上から飛び降りて、彼らに笑顔を向けた。
「……あの……」
 そんな中、俺に近付いてくる一人の人物。
 先程俺が助けた女だ。
 逃げろって言ったのに、逃げてなかったんだな。
 彼女は俺の手を取って、言った。
「先程は、助けて下さってありがとうございました。お陰で殺されずに済みました」
 石鹸の良い香りがした。この世界で石鹸を使うのはそれなりに稼ぎのある裕福な家だけだから、服装が示す通り、彼女はそこそこ良い家に暮らしているお嬢様なのだろう。
 彼女は俺の手をぎゅっと強く握って、微笑んだ。
「私はこの街で領主を務めているアーシャ・スワルフレインと申します。是非とも、助けて下さった御礼をさせて下さい」
 彼女が御礼として申し出たのは、俺を彼女の屋敷に招待することだった。
 俺は連れがいるし大したことはしてないからと断ったのだが、彼女がどうしてもと頑として譲らなかったので、一日だけならという約束で彼女の屋敷にお邪魔することを承諾した。
 俺が彼女の屋敷にいる間、ソルたちには街の宿に滞在してもらうことにした。ソルもリンネも個人の持ち合わせはあるし、彼女たちもおれたちは殆ど何もしてないからなと言って自分たちが別行動になることに関しては不服を言わなかった。
 そんな感じでソルたちとは明日の朝にこの工房前で待ち合わせをすることを約束し、一旦別れた。
 俺はアーシャに連れられて、彼女の屋敷があるという街の中心地からはちょっと離れた場所にある居住区に向かったのだった。
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