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第67話 騎士の顔を持つ領主

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 街の西部。居住区の中心に、領主が住むという屋敷はあった。
 それなりに大きくて立派ではあるが、やはりこの街の建物らしく、堅固な造りをした建物だった。
 庭はなく、直接通りに面した玄関扉の前に門番と思わしき装いの大柄な男が槍を片手に佇んでいる。
「あの……」
 俺は門番にアーシャからの紹介状を渡した。
 門番は俺の手から紹介状を受け取ると、無言で屋敷の中に入っていった。
「無愛想な奴だな」
「しっ」
 眉間に皺を寄せるソルをリンネが嗜めている。
 そのまま、待つこと五分。
 一人の女を連れて、門番が戻ってきた。
 がっちりとした銀の鎧を着込んで腰に一振りの剣を差した女だった。背は俺よりも高く、おそらく百八十センチはあるだろう。ショートカットにした金の髪の陰に隠れて、鎧と同じ色をしたサークレットがきらりと光っている。
 彼女は鋭い眼光を放つ瞳を俺たちに向けて、言った。
「紹介状は確かに受け取った。私が領主のレイア・スワルフレインだ」
 え……この女騎士が、アーシャの妹?
 てっきりアーシャに似たおしとやかな雰囲気の貴族が出てくるものとばかり思っていたのに。
 でも……まあ、よく見れば雰囲気はかなり違うが顔つきは似ていなくもない……と、思う。
 彼女は玄関扉を大きく開いた。
「詳しい話は中で伺おう。入ってくれ」
 厳しそうな雰囲気の領主ではあるが……本気で話をすればきっと分かってもらえるものと信じている。
 必ず、国境の門を開いてみせるぞ。
 俺は小さく意気込んで、先に屋敷の中に入っていくレイアの背中を追って玄関をくぐり抜けた。

 応接間に案内された俺たちは、レイアの正式な客人としてもてなされた。
 これもアーシャの紹介状があったお陰だろう。本当に彼女には感謝である。
 俺は自分たちが世界中の国を巡る旅をしていることを話し、そのためにどうしても国境の門を開いてもらう必要があるのだということを真剣に訴えた。
 レイアは俺の話に黙って耳を傾けていた。
 そして、こう言った。
「……この国の王が他国と国交を始めようとしていることは知っている。そのきっかけを作ったのが貴君らであるということも」
 彼女が俺に向ける眼差しは、領主としてのそれだった。
 まだ二十歳という若さだというのに、それを微塵も感じさせない威厳を彼女から感じた。まるで何倍もの年齢の人間を相手にしているようだった。
 きっと、この街で領主として務めるに当たって、相当苦労してきたのだろう。
「貴君は巷で噂の『盲目の勇者』だそうだな。貴君の力は、これから他国の門を開くために必ず必要になることだろう」
 目の前のカップを手に取り、お茶を一口飲んで。
 真面目な表情を保ったまま、言った。
「貴君らが国境の門を通ることを許可しよう。国のために、是が非とも貴君らの旅を成功させてくれ。期待しているぞ」
 レイアは国境の門を開くための通行許可証を発行して、俺たちに渡してくれた。
 これを国境の門にいる兵士に見せれば、門を開いてくれるらしい。
 厳しそうな人だと思ってたけど……案外話が通じる人で良かった。
 通行許可証を受け取った俺たちは、話もそこそこに屋敷をおいとますることにした。
 出されたお茶はそれなりに美味いしもてなしてくれるのは嬉しいけど、俺としては一刻も早く国境を越えて隣国へと行きたいからな。
 もてなしてくれた礼を述べて、俺たちは席を立った。
 それを、唐突にレイアが呼び止めた。
「勇者殿。国境の門の通行を許可した代わりにと言っては何だが、ひとつ頼みがある。宜しいだろうか」
 ……すんなり事が運んだと思っていたが、どうやらただでとはいかないらしい。
 一体何だろう。あまり厄介な頼み事でなければ良いのだが……
 通行許可証を貰った以上、無下には断れない。
 俺はソルたちに先に屋敷の外に出ているように言って、レイアの方に向き直った。
「頼みって?」
 俺の言葉に、レイアは付いてきてくれと言い残して応接間を出ていった。
 俺は小首を傾げながら、彼女の後を追った。

 レイアが俺を連れてきたのは、屋敷の中にある広い間取りの部屋だった。
 剣道の道場に、雰囲気は何となく似ている。家具の類はなく、壁に剣と盾が飾られているだけの殺風景な部屋だ。
 よく見ると、床には細かな傷が無数に付いている。
 この部屋は何なのかと彼女に尋ねると、彼女からは剣の修行をするための専用の部屋だという答えが返ってきた。
 レイアは俺を部屋に残して何処かへと行き、幾分もせずに何かを持って戻ってきた。
 彼女が持っていたもの。それは刀身から柄まで全てが木でできた剣だった。
「貴君の持つ勇者としての力……私に体験させてもらえないだろうか」
 彼女は二つある木の剣の一方を俺へと渡してきた。
「私はこれでも騎士の端くれでな。後学のために、是非とも『盲目の勇者』の力を目にしてみたいのだ」
 それは……つまり、俺と剣で勝負しろということなのだろうか。
 俺としては別に彼女と一戦交えても構いはしないのだが……勇者と戦いたがるとは、随分と思い切ったことを考える領主である。
「手加減は不要。全力で向かってきてほしい。私も持てる力を全て出してそれに応じよう」
 見た感じ、レイアの体はそれなりに引き締まっている。彼女が言う通り、彼女が普段は騎士としても活動していることは分かる。
 それでも、実力は俺の方が上だ。俺がちょっと本気を出せば、彼女はあっという間に叩きのめされて床に転がることになるだろう。
 彼女は全力で来いと言っているが……果たして、その言葉通りに本気を出して良いものなのだろうか。
 複雑な顔をして考え込んでいる俺を残してレイアは部屋の端の方に行き、剣を構えて声を張り上げた。
「さあ、来い!」
「…………」
 俺は小さく息を吐いて、片手で剣を構えた。
 考えていても仕方ない。気絶させない程度に打ち込んで、早いところ実力の違いを知ってもらうことにしよう。
 とんとんと爪先で軽く床を叩き、彼女めがけて大きく床を蹴る。
 一瞬でレイアの目の前に移動した俺は、彼女の手首を狙って縦に剣を振り下ろした。
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みんなの感想(4件)

紫堂
2018.06.16 紫堂

うん、代金を支払ってでも読みたいと思うぐらい、楽しんでます

高柳神羅
2018.06.16 高柳神羅

ネタ全開な内容の作品ではありますが、当方は至って真面目に内容を考えて書いております。
お楽しみ頂けて幸いです。

解除
こんばいん
2018.04.15 こんばいん
ネタバレ含む
高柳神羅
2018.04.15 高柳神羅

作中で主人公が考えていた通り、強盗たちは目的を果たしたら何もない場所で列車を停車させて逃走するつもりでした。運行が再開したばかりの列車を襲ったのも、彼らにとっては列車を利用する乗客がこの上なく美味しい獲物で、それを襲う機会をずっと街中に潜んで待っていたからです。それらの指示を出したのは強盗たちを率いていたボスで、彼の目論見では自分の魔法剣技の腕前があれば犯行は完遂できるはずでした。あの列車に主人公が乗っていたのは彼にとっては運が悪かったことなんですね。

解除
ぱる
2018.03.19 ぱる

余計なお世話かもしれませんが、
作者さまへ

さいか様の感想は「ネタバレ含む」とした方が良いと思います。

ちなみにこの感想は表示しなくて良いですよ。

高柳神羅
2018.03.20 高柳神羅

感想を頂くことがあまりないので、ネタバレになるかどうかをあまり考えずに承認していました。
今後はよく考えてから承認しようと思います。御意見ありがとうございます。

解除

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