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閑話 その頃の男神
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二十メートル四方ほどの広さを持つその部屋には彫刻がびっしりと施された台座のような寝台があるのみで、他に家具らしい家具は一切ない。
燭台も存在せず、言ってしまえば柱ばかりの空間ではあるが、その部屋は昼間のように煌々とした光で満たされていた。
寝台の上に寝転がっているのは、相当数の首飾りを身に着けた群青色の髪の男。
黒い丸まった角を生やした頭をぼりぼりと掻きながら、彼は目の前に浮かんでいる五十センチほどの大きさの鏡を見つめていた。
鏡の中には、焚き火を囲みながら談笑している玲の姿が映っている。
「……つまんねぇ」
くぁ、と欠伸を噛み殺し、彼はそのようなことを呟いた。
「ったく、何でこんなに周りに女がいるのにヤらねぇんだよ……せっかく魅了の力を与えてやったってのに目を隠しちまいやがるし……」
半眼になり、溜め息をつく。
「こんなことならもっと女好きな野郎を選んで召喚するんだったぜ……失敗したな」
「何を見てるのぉ? アクゥオス」
不意に、横手から掛けられる女の声。
アクゥオスが面倒臭そうにそちらに振り向くと、寝台の傍に、一人の女が佇んでいるのが視界に入った。
くるくると巻いた真紅の髪を天頂で結い上げ、大きな金の髪飾りで飾った小麦色の肌の女だ。淡いピンクのレオタードに似たデザインの服の上にシースルーの羽衣のような、この世界では変わったデザインとも言える上着を羽織っている。
彼女の名は、ハレルヤ。アクゥオスと同じ、この世界を統括する古き神々の一人である。
彼女はアクゥオスと仲が良く、時折こうして彼の居住地である神殿に様子を見に来るのだ。
アクゥオスはふんと鼻を鳴らして、ハレルヤに向けた視線を鏡へと戻した。
「何だ、おめぇか。此処に来ても何もねぇぞ」
「また下界の様子を覗いてるのぉ? ほんっと飽きないねぇ、人間なんて観察してて、楽しい?」
「ただの人間なんかにゃ興味はねぇよ。ヤってる連中くらいだな、見ていて面白ぇって思えるのは」
「相変わらずのエロ邪神だねぇ、君は」
「エロ邪神って言うんじゃねぇ。おめぇだって大概だろうが」
アクゥオスは鏡に右手を翳し、それを横に払う仕草をした。
鏡に映っている映像が渦を巻いて変化する。
次に鏡が映し出したのは、玲が大勢の人狼たちに囲まれている光景だった。
これは、過去の出来事だ。この鏡には、下界で起きた出来事を記録して好きな時に再生できる機能が備わっているのである。
「誰? これ」
「オレが召喚した異世界の人間だよ。魅了の神眼と希望の光弾の能力を与えて下界に送り込んでやったんだ」
「あー、ここ最近ずっと下界の様子を見てると思ったら、そんなことをしてたのぉ? その二つの能力を揃えて付けてあげるなんて、また思い切ったことをしたもんだねぇ」
鏡の中の玲は、人狼の一人を組み伏せて一生懸命に腰を打ち付けていた。
肉のぶつかり合う音に混じって、人狼の艶かしい声が聞こえてくる。
『あぁっ、こんな凄いの、知らないっ、もっと、もっと激しくしてっ、頭が溶けちゃう、気持ちいいよぉっ!』
「へぇ、結構刺激的な画じゃない。君が酒の肴にしてるのも分かる気がするよぉ」
鏡を見つめながらくすくすと笑うハレルヤ。
彼女も何のかんので人の情事の場面を見るのが好きなので、普通の女神だったら咎めるであろうアクゥオスの覗き趣味を責めることはしないのだ。
類は友を呼ぶというやつである。
「けど、いいのぉ? 魅了の神眼って、男に付けちゃったら魅了した相手とセックスして射精するまで効果が切れないんでしょぉ? 希望の光弾持ちってことは、将来英雄の素質を持った子供が次々生まれるってことになるんじゃないのぉ?」
そういうことになる。
玲は現在、その殆どが已む無しであるとはいえ魅了してきた全ての相手とまぐわり、その欲を吐き出している。
射精したからといって相手に必ず子供ができるということにはならないが、いつそういう状況になっても不思議ではないのだ。
「英雄って世界に一人しかいないから英雄って呼ぶんじゃない。そんな人間がたくさんいたら、逆に世界は混乱しちゃうんじゃないのかなぁ」
「別に英雄は一人じゃなきゃいけねぇって決まりがあるわけでもねぇだろが。別にいいじゃねぇか、そんな些細なことはよ」
小首を傾げるハレルヤに、アクゥオスは肩を竦めた。
ぺろりと唇を舐めて、にやりとする。
「オレは面白ぇもんが見られりゃそれでいい。別に世界が困ったことになってるわけじゃねぇんだし、今更固ぇことは言いっこなしだ」
鏡の中の人狼は口から涎を垂らしながらびくびくと痙攣していた。玲に射精されて達してしまったのだろう。
『あふぅ……熱い、あたしのお腹の中、ミルクで一杯……もっと、もっと飲ませてぇ』
「やっぱり君はエロ邪神だねぇ。エロを追求させたら君に敵う神なんていやしないよぉ」
「だからエロ邪神なんて呼ぶなっつっただろ」
ぴしゃりと言い放って、アクゥオスは鏡に意識を集中させた。
ハレルヤの相手を切り上げて、映像を楽しむことに集中することにしたらしい。
ハレルヤは微苦笑して、アクゥオスの顔の横に肘をつき、一緒になって鏡の映像を眺め始めた。
神も生きている以上、刺激というものが必要だ。
それは神によって食べることであったり、瞑想することであったりと様々だが、アクゥオスにとっては玲が魅了した女を組み敷く様子を覗くことがこの上ない刺激なのだ。
だから、玲が目隠しで目を覆い隠してしまったことは、アクゥオスにとっては想定外のことであり、面白くないことであると言えた。
どうにかして玲から目隠しを奪い取ることはできないものかと、彼は神らしからぬことを考えていた。
もっとも、神が下界の人間に物理的に干渉することは掟で禁じられている。そのようなことなどできるわけがないのだが。
そんな感じで、彼が住む神殿は、鏡から発せられる情事の音を流しながら今日も穏やかな時を送るのであった。
燭台も存在せず、言ってしまえば柱ばかりの空間ではあるが、その部屋は昼間のように煌々とした光で満たされていた。
寝台の上に寝転がっているのは、相当数の首飾りを身に着けた群青色の髪の男。
黒い丸まった角を生やした頭をぼりぼりと掻きながら、彼は目の前に浮かんでいる五十センチほどの大きさの鏡を見つめていた。
鏡の中には、焚き火を囲みながら談笑している玲の姿が映っている。
「……つまんねぇ」
くぁ、と欠伸を噛み殺し、彼はそのようなことを呟いた。
「ったく、何でこんなに周りに女がいるのにヤらねぇんだよ……せっかく魅了の力を与えてやったってのに目を隠しちまいやがるし……」
半眼になり、溜め息をつく。
「こんなことならもっと女好きな野郎を選んで召喚するんだったぜ……失敗したな」
「何を見てるのぉ? アクゥオス」
不意に、横手から掛けられる女の声。
アクゥオスが面倒臭そうにそちらに振り向くと、寝台の傍に、一人の女が佇んでいるのが視界に入った。
くるくると巻いた真紅の髪を天頂で結い上げ、大きな金の髪飾りで飾った小麦色の肌の女だ。淡いピンクのレオタードに似たデザインの服の上にシースルーの羽衣のような、この世界では変わったデザインとも言える上着を羽織っている。
彼女の名は、ハレルヤ。アクゥオスと同じ、この世界を統括する古き神々の一人である。
彼女はアクゥオスと仲が良く、時折こうして彼の居住地である神殿に様子を見に来るのだ。
アクゥオスはふんと鼻を鳴らして、ハレルヤに向けた視線を鏡へと戻した。
「何だ、おめぇか。此処に来ても何もねぇぞ」
「また下界の様子を覗いてるのぉ? ほんっと飽きないねぇ、人間なんて観察してて、楽しい?」
「ただの人間なんかにゃ興味はねぇよ。ヤってる連中くらいだな、見ていて面白ぇって思えるのは」
「相変わらずのエロ邪神だねぇ、君は」
「エロ邪神って言うんじゃねぇ。おめぇだって大概だろうが」
アクゥオスは鏡に右手を翳し、それを横に払う仕草をした。
鏡に映っている映像が渦を巻いて変化する。
次に鏡が映し出したのは、玲が大勢の人狼たちに囲まれている光景だった。
これは、過去の出来事だ。この鏡には、下界で起きた出来事を記録して好きな時に再生できる機能が備わっているのである。
「誰? これ」
「オレが召喚した異世界の人間だよ。魅了の神眼と希望の光弾の能力を与えて下界に送り込んでやったんだ」
「あー、ここ最近ずっと下界の様子を見てると思ったら、そんなことをしてたのぉ? その二つの能力を揃えて付けてあげるなんて、また思い切ったことをしたもんだねぇ」
鏡の中の玲は、人狼の一人を組み伏せて一生懸命に腰を打ち付けていた。
肉のぶつかり合う音に混じって、人狼の艶かしい声が聞こえてくる。
『あぁっ、こんな凄いの、知らないっ、もっと、もっと激しくしてっ、頭が溶けちゃう、気持ちいいよぉっ!』
「へぇ、結構刺激的な画じゃない。君が酒の肴にしてるのも分かる気がするよぉ」
鏡を見つめながらくすくすと笑うハレルヤ。
彼女も何のかんので人の情事の場面を見るのが好きなので、普通の女神だったら咎めるであろうアクゥオスの覗き趣味を責めることはしないのだ。
類は友を呼ぶというやつである。
「けど、いいのぉ? 魅了の神眼って、男に付けちゃったら魅了した相手とセックスして射精するまで効果が切れないんでしょぉ? 希望の光弾持ちってことは、将来英雄の素質を持った子供が次々生まれるってことになるんじゃないのぉ?」
そういうことになる。
玲は現在、その殆どが已む無しであるとはいえ魅了してきた全ての相手とまぐわり、その欲を吐き出している。
射精したからといって相手に必ず子供ができるということにはならないが、いつそういう状況になっても不思議ではないのだ。
「英雄って世界に一人しかいないから英雄って呼ぶんじゃない。そんな人間がたくさんいたら、逆に世界は混乱しちゃうんじゃないのかなぁ」
「別に英雄は一人じゃなきゃいけねぇって決まりがあるわけでもねぇだろが。別にいいじゃねぇか、そんな些細なことはよ」
小首を傾げるハレルヤに、アクゥオスは肩を竦めた。
ぺろりと唇を舐めて、にやりとする。
「オレは面白ぇもんが見られりゃそれでいい。別に世界が困ったことになってるわけじゃねぇんだし、今更固ぇことは言いっこなしだ」
鏡の中の人狼は口から涎を垂らしながらびくびくと痙攣していた。玲に射精されて達してしまったのだろう。
『あふぅ……熱い、あたしのお腹の中、ミルクで一杯……もっと、もっと飲ませてぇ』
「やっぱり君はエロ邪神だねぇ。エロを追求させたら君に敵う神なんていやしないよぉ」
「だからエロ邪神なんて呼ぶなっつっただろ」
ぴしゃりと言い放って、アクゥオスは鏡に意識を集中させた。
ハレルヤの相手を切り上げて、映像を楽しむことに集中することにしたらしい。
ハレルヤは微苦笑して、アクゥオスの顔の横に肘をつき、一緒になって鏡の映像を眺め始めた。
神も生きている以上、刺激というものが必要だ。
それは神によって食べることであったり、瞑想することであったりと様々だが、アクゥオスにとっては玲が魅了した女を組み敷く様子を覗くことがこの上ない刺激なのだ。
だから、玲が目隠しで目を覆い隠してしまったことは、アクゥオスにとっては想定外のことであり、面白くないことであると言えた。
どうにかして玲から目隠しを奪い取ることはできないものかと、彼は神らしからぬことを考えていた。
もっとも、神が下界の人間に物理的に干渉することは掟で禁じられている。そのようなことなどできるわけがないのだが。
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