神様のたまご

高柳神羅

文字の大きさ
上 下
76 / 78

第76話 運命は誰に微笑む

しおりを挟む
 全身が温かい。天気の良い日に外でひなたぼっこをしているような、そんな心地良さが僕の全身を包み込んでいた。
 体は動かない。完全に脱力して、この心地良さに身を委ねている。
 ああ、僕は死んだんだな。
 此処は神界だし、魂を天国に運ぶ手間が省けたね。
 エル……メネ……カエラ。
 彼女たちは無事で、本当に良かった。
 彼女たちを守るための力になれたのなら、僕が死んだことにも意味はあるというものだ。
「……キラ」
 僕を呼ぶ声がする。
 どうやらお迎えが来たみたいだ。
 僕は瞼に力を込めて、ゆっくりと開いた。
 僕の周囲を取り巻いていた柔らかな闇が、薄れていく。
 日の光が差し、穏やかな風が吹いてきて──

「…………」
 目の前に、青い空が広がっている。
 そして、僕の顔を覗き込んでいるメネの顔が視界の端の方に映っている。
 彼女は目に涙を一杯浮かべて、僕の顔に縋り付いてきた。
「……良かった、良かったよぅ、死んじゃったかと思った……!」
「……メネ」
 僕はゆっくりと上体を起こした。
 体は、痛まなかった。固い地面の上に寝ていた痛さはあるが、そんなものは痛みのうちに入らない。
 服が破れてぼろぼろになった腹に、掌を当てる。
 ウロボロスに食われかけていた僕の腹は、傷ひとつなかった。
 メネが魔法で治してくれたんだね。
 僕は傍らで泣いているメネの頭を、指先でちょいちょいと撫でた。
「僕は……大丈夫だよ。メネのお陰だ、ありがとう」
「全く、ちょっとは強くなったかと思ったらやっぱり泣き虫メネちゃんね。全然変わってないじゃない」
 メネの横で呆れた声を漏らすカエラ。
 彼女は肩を竦めると、僕の方へと視線を移して、
「貴方も貴方よ。大丈夫なら大丈夫だってさっさと言いなさい。もう少しで本殿に死人が出たって言いに行くところだったわ」
 こんな言い方ではあるが、カエラもカエラなりに僕のことを心配してくれていたのだということは分かる。
 僕は笑いながら、彼女の言葉に応えた。
「あはは、ごめんね」
「……全く」
 カエラはつんとそっぽを向いて──
 佇んでいる神たちの姿を見つけて、言った。
「御覧の通りよ。『蛇』は倒して、皆無事よ」
「そうみたいだな」
 アラキエルはウロボロスの死骸を見つめながら、こちらに静かに歩み寄ってきた。
「本当に、よくやってくれたな。お前たちはこの神界だけじゃねぇ、下界も救ってくれた恩人だ。礼を言わせてもらうぜ」
 僕に手を差し伸べる。
 僕はアラキエルの手を借りて、その場に立ち上がった。
「もうこれで、神界や下界の平穏が脅かされることはねぇ」
 アラキエルはそこまで言うと、急に真面目な面持ちになり、横を向いた。
「後は──」
「…………」
 彼女が目を向けた先には、無言で佇むラファニエルの姿がある。
 ラファニエルは、こんな時でも微笑んだままだった。
 まるで、これから起こる出来事を、全て予測しているかのように──
「ラファニエル。これも掟だ。『蛇』を利用して神界を混乱させたお前は、魂の牢獄行きになる」
「……承知しています」
 ラファニエルは静かに答えた。
 最後の抵抗をするかと思っていたら、意外と大人しい。
「『蛇』を倒された今、私に貴女たちに対抗できる手段はありません。大人しく従うことにしましょう」
 アラキエルの後方に控えていた神たちが、ラファニエルに近付く。
 神たちはラファニエルを後ろ手に拘束すると、彼女の手首に光の輪っかを填めた。
 ラファニエルは僕たちの顔を順番に見つめて、言った。
「私は、何としてもこの神界を作り変えたかった……しかし、運命は私には微笑みませんでした。それはきっと、私は神界に手を出すべきではなかったという運命のお告げだったのでしょう」
「……連れていけ」
 アラキエルの言葉に、神たちはラファニエルを連れて神殿へと向かっていく。
 ラファニエルは僕の目の前を通り過ぎる瞬間、僕の方を見て、言葉を残した。
「貴方とは……もう会うことはないでしょう。さようなら、樹良さん。異世界から来た勇気ある人」
「──魂の牢獄に入れられた神は、存在が浄化されてただの魂に戻るんだ」
 ラファニエルが去っていった方を見つめたまま、アラキエルは僕に言う。
 存在が浄化される……ということは、ラファニエルとしての個は消えてしまうということに他ならない。
 それだけ、ラファニエルが犯した罪は重いということなのだろう。
「お前には迷惑を掛けっぱなしだな。本当にすまねぇ。それでもこんな俺たちに力を貸してくれて……本当にいい奴だよ、お前は」
 アラキエルは僕の肩を抱いた。
「さあ、本殿に戻ろう。創造神様に、『蛇』が倒れたことを伝えないとな」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

華都のローズマリー

みるくてぃー
ファンタジー
ひょんな事から前世の記憶が蘇った私、アリス・デュランタン。意地悪な義兄に『超』貧乏騎士爵家を追い出され、無一文の状態で妹と一緒に王都へ向かうが、そこは若い女性には厳しすぎる世界。一時は妹の為に身売りの覚悟をするも、気づけば何故か王都で人気のスィーツショップを経営することに。えっ、私この世界のお金の単位って全然わからないんですけど!?これは初めて見たお金が金貨の山だったという金銭感覚ゼロ、ハチャメチャ少女のラブ?コメディな物語。 新たなお仕事シリーズ第一弾、不定期掲載にて始めます!

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

慟哭の時

レクフル
ファンタジー
物心ついた時から、母と二人で旅をしていた。 各地を周り、何処に行くでもなく旅をする。 気づいたらそうだったし、何の疑問も持たなくて、ただ私は母と旅を続けていた。 しかし、母には旅をする理由があった。 そんな日々が続いたある日、母がいなくなった。 私は一人になったのだ。 誰にも触れられず、人と関わる事を避けて生きていた私が急に一人になって、どう生きていけばいいのか…… それから母を探す旅を始める。 誰にも求められず、触れられず、忘れ去られていき、それでも生きていく理由等あるのだろうか……? 私にあるのは異常な力だけ。 普通でいられるのなら、こんな力等無くていいのだ。 だから旅をする。 私を必要としてくれる存在であった母を探すために。 私を愛してくれる人を探すために……

処理中です...