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第69話 止まった時は動き始める

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「……さあ、綺麗になったよ」
 ミカの体から手を離し、シャルドフはゆっくりと立ち上がった。
「食べられてしまった内臓は元には戻せなかったけれど……お腹は綺麗に繕ったから、見た目は普通になったはずだ」
「…………」
 アレクはミカの枕元に立ち、彼女の頬に優しく触れた。
 三階の、ミカの部屋。
 そこにはアレクを始めとする、ミカと深い関わりを持った者たちが集まっていた。
 アレクの背後で彼を静かに見守るローゼンとリルディア。
 扉に寄り掛かって腕を組み、無言のまま床を見つめているレン。
 皆から離れた場所に佇むルーブル。
 彼らの視線を浴びながら、アレクはミカに静かに語りかけた。
「……辛いことも何もかも忘れて、ゆっくりおやすみ」
 ミカは答えない。四肢を揃えてベッドの上に横たわり、眠り続けている。
 綺麗に拭われた彼女の顔は、白い。まるで高級な茶器の皿のようだった。
「僕の全ては……君のものだ。安心して、眠っておくれ」
「……アレク」
 ローゼンがアレクに呼びかけた。
「世界渡りはどうするんだ? あれは死人でも容赦なく連れていっちまうだろ?」
 世界渡りをする人間は、生きていようが死んでいようが関係ない。
 生きていれば異世界転移、死んでいれば異世界転生という形で世界渡りを行うからだ。
 だから、ミカが死んでしまっても委員会にとっては何の問題もない。約束通りに七日後の朝、彼女を連れに此処へと訪れるだろう。
「…………」
 アレクはゆっくりとローゼンの方に振り向いた。
 強い意思を秘めた眼差しを、彼へと向けて、言う。
「……考えていることがある」
「──それが、どんな結論であっても」
 アレクの言葉に応えたのはルーブルだ。
 彼はアレクをじっと見つめて、諭すように言った。
「お前さんの後悔がないようにしなさい。儂らは、お前さんがどんな答えを掲げてもそれを受け入れるつもりじゃよ」
「……はい」
 頷くアレク。
 リルディアは腰に手を当てて、厳しい目を彼に向けた。
「ミカちゃんを泣かせるようなことだけはするんじゃないわよ。そんなことをしたらあたしが許さないからね」
「……心配はいらないよ」
 アレクは微笑んだ。
 何処か淋しさを含ませたような──そんな、微笑だった。
「ミカさんは、僕が守ると決めたんだ。その決心を裏切るようなことはしない……僕は、男だから」
 彼の言葉は、部屋の静寂に溶けて消えていった。
 脅威が去り、元の平穏な場所に戻った旅館の中で──彼が抱いた決意は、何かを大きく動かそうとしていた。
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