上 下
67 / 74

第67話 忍び寄る影

しおりを挟む
 ミカは自分の部屋に駆け込んで、ベッドの上に身を投げていた。
 枕をぎゅっと抱き締めて、身を縮めて。
 アレクと別れたくない。その言葉を頭の中で繰り返し唱え続けていた。
 急にあんなことを言われても、困るよ……!
 いきなり突きつけられた現実。それは彼女にとって、到底受け入れられるものではなかった。
 世界渡りなんてどうだっていい。規則がどうとか知らない。
 私から、アレクを引き離さないで!
 ことん、と廊下の方で物音がした。
 ひょっとして、アレクが様子を見に来てくれたのだろうか?
 ミカは起き上がって、期待を心に秘めて扉へと向かった。
「……アレク?」
 呼びかけて、そっと扉を開く。
 廊下に佇んでいたのは、アレクではなかった。
 目玉が幾つも顔に並んだ、全身に赤い模様がある大きな怪物だった。
 怪物はミカを見て舌でべろりと口を舐めた。
「……え?」
 ミカは自分が何を見ているのかをすぐには理解できず、呆けた声を漏らして怪物のことをじっと見上げていた。

 悲鳴が起きた。
 アレクは弾かれたように声の聞こえた方──三階の方を見上げた。
 三階にいた客人たちが、必死に踊り場を駆けて階段を下りてくる。
 仕事から上がろうとしていたローゼンが、目を瞬かせてそちらに視線を向けた。
「な、何だ?」
 彼はフロントに下りてきた客人の一人を捕まえて、問うた。
「何かあったのか?」
「ば、化け物が……化け物が女の子を」
 客人は恐怖にかたかたと震える唇で、懸命に答えた。
 ……女の子?
 客人の言葉を聞いたアレクの片眉が跳ねる。
 ──まさか!
 彼はカウンターを飛び出して、階段を駆け上がった。
 問題の場所はすぐに見つかった。
 三階の、奥。客室が並ぶ廊下の果て。
 そこにある光景を目にして、アレクの視界はぐらりと揺れた。
 床に飛び散った大量の血。辺りに漂う生臭い臭い。
 ぶよぶよとした白い体の怪物が、顔を血で濡らして足下に転がっている何かを食べている。
 それは──淡いピンクのワンピースを着た少女だった。
「……ミカさん!」
 アレクは叫んで、怪物めがけて突進した。
 渾身の力を込めた拳を怪物の鼻頭めがけて叩き込む!
 怪物が悲鳴を上げて顔を背ける。
 その隙に彼はミカを掻っ攫い、駆け出した。
 遅れて三階に到着したローゼンと踊り場で鉢合わせする。
 彼は階段を下りながら、彼に言った。
「ローゼン! レンを呼んでくれ! 『虚無ホロウ』が出た!」
「……『虚無ホロウ』!?」
 廊下に目を向けるローゼン。
 『虚無ホロウ』は唸り声を上げながら、のっそりとした動作で廊下の奥から歩いてくるところだった。
 ローゼンは顔を青ざめさせると、階段の手摺りに飛び乗って滑り台のように階下へと下りていった。
 何処か、安全な場所にミカさんを……!
 腕の中のミカをぎゅっと抱き締めて、アレクは懸命に階段を駆け下りた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!

ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、 1年以内に妊娠そして出産。 跡継ぎを産んで女主人以上の 役割を果たしていたし、 円満だと思っていた。 夫の本音を聞くまでは。 そして息子が他人に思えた。 いてもいなくてもいい存在?萎んだ花? 分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。 * 作り話です * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

忌むべき番

藍田ひびき
恋愛
「メルヴィ・ハハリ。お前との婚姻は無効とし、国外追放に処す。その忌まわしい姿を、二度と俺に見せるな」 メルヴィはザブァヒワ皇国の皇太子ヴァルラムの番だと告げられ、強引に彼の後宮へ入れられた。しかしヴァルラムは他の妃のもとへ通うばかり。さらに、真の番が見つかったからとメルヴィへ追放を言い渡す。 彼は知らなかった。それこそがメルヴィの望みだということを――。 ※ 8/4 誤字修正しました。 ※ なろうにも投稿しています。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

ズボラ上司の甘い罠

松丹子
恋愛
小松春菜の上司、小野田は、無精髭に瓶底眼鏡、乱れた髪にゆるいネクタイ。 仕事はできる人なのに、あまりにももったいない! かと思えば、イメチェンして来た課長はタイプど真ん中。 やばい。見惚れる。一体これで仕事になるのか? 上司の魅力から逃れようとしながら逃れきれず溺愛される、自分に自信のないフツーの女子の話。になる予定。

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

処理中です...