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第50話 夢の宴の後で

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 演奏される音楽は、どれも見事なものだった。
 アレクはまるで本物の楽団員のように、それは見事なバイオリンの腕前を披露した。
 ミカはすっかり彼に釘付けだ。
 バイオリンを奏でる彼の表情。手つき。佇まい。その全てに魅了されていた。
 アレク、凄い……!
 ミカの前にいる時は見せることのない、厳しい面持ち。音楽に集中した、真面目な顔。
 それを、彼女は素直に美しいと思った。
 演奏が終わると、大きな拍手が沸き起こった。
 客たちに向かって一礼をするアレクは、いつもの穏やかな表情に戻っていた。
 微笑みを浮かべて皆の呼びかけに応え、手を振る。
 そのギャップもまた良いと、ミカは思ったのだった。
 一時間はあっという間に過ぎ去り、音楽会は大成功で幕を閉じた。
 ばらばらと客人たちが各々の部屋に戻っていく中、ミカはぼんやりとした様子で椅子に腰掛けていた。
 テーブルの上に残された空っぽのワイングラスを片付けながら、ローゼンは彼女に声を掛けた。
「どうした? ミカちゃん」
「うん……」
 ミカは心此処にあらずといった様子でローゼンの呼びかけに応えた。
「夢みたいだった……」
「そんなに音楽会が楽しかった? そう言ってもらえるなんて、開いた甲斐があったってもんだよ」
 ローゼンは我が事のように嬉しそうだ。
「この旅館に来るお客さんは、此処で何があるかなんて知らない人ばかりだからね。今日泊まるお客さんは運が良かったってことだね」
 器用に片手で五本のワイングラスを持ちながら、彼は大広間の入口に目を向ける。
「ほら、バイオリニストさんが来たよ。感想言ってあげて」
 彼の視線の先には、ステージの後片付けに来たアレクが立っていた。
 アレクと入れ替わるようにワイングラスを持って去っていくローゼン。
 アレクは微笑みながら、ミカのことを見つめていた。
「ミカさん。音楽会は如何でしたか?」
「……格好良かった」
 ミカは静かに席を立った。
「アレクがバイオリン弾けるなんて知らなかったから……いつものアレクじゃないみたいで、凄かった」
 アレクの顔を見て、恥らうように視線を這わせて、ぽつりと言う。
「……もっと、好きになった」
「!……」
 面と向かって好きだと言われ、どきりとするアレク。
 彼はミカの目の前に来ると、そっと、彼女の頬に手を伸ばした。
 彼の指先が、彼女の頬に触れようとした瞬間。
「おーい、アレク。楽器運び出すけど、いいのかー?」
 ぱっ、と手を引っ込めて、アレクは大広間の入口に立っているホテルマンに呼びかけた。
「ああ。頼むよ」
 ミカの方に向き直り、彼は彼女に笑いかけた。
「僕は此処の片付けがありますので、これで。ミカさんも気を付けてお部屋の方にお戻り下さいね」
 一礼をして、彼は部屋に来たホテルマンと共に大広間を出ていってしまった。
 残されたミカは、自分が口にした言葉の余韻に浸りながら、それを黙って見つめていた。
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