50 / 74
第50話 夢の宴の後で
しおりを挟む
演奏される音楽は、どれも見事なものだった。
アレクはまるで本物の楽団員のように、それは見事なバイオリンの腕前を披露した。
ミカはすっかり彼に釘付けだ。
バイオリンを奏でる彼の表情。手つき。佇まい。その全てに魅了されていた。
アレク、凄い……!
ミカの前にいる時は見せることのない、厳しい面持ち。音楽に集中した、真面目な顔。
それを、彼女は素直に美しいと思った。
演奏が終わると、大きな拍手が沸き起こった。
客たちに向かって一礼をするアレクは、いつもの穏やかな表情に戻っていた。
微笑みを浮かべて皆の呼びかけに応え、手を振る。
そのギャップもまた良いと、ミカは思ったのだった。
一時間はあっという間に過ぎ去り、音楽会は大成功で幕を閉じた。
ばらばらと客人たちが各々の部屋に戻っていく中、ミカはぼんやりとした様子で椅子に腰掛けていた。
テーブルの上に残された空っぽのワイングラスを片付けながら、ローゼンは彼女に声を掛けた。
「どうした? ミカちゃん」
「うん……」
ミカは心此処にあらずといった様子でローゼンの呼びかけに応えた。
「夢みたいだった……」
「そんなに音楽会が楽しかった? そう言ってもらえるなんて、開いた甲斐があったってもんだよ」
ローゼンは我が事のように嬉しそうだ。
「この旅館に来るお客さんは、此処で何があるかなんて知らない人ばかりだからね。今日泊まるお客さんは運が良かったってことだね」
器用に片手で五本のワイングラスを持ちながら、彼は大広間の入口に目を向ける。
「ほら、バイオリニストさんが来たよ。感想言ってあげて」
彼の視線の先には、ステージの後片付けに来たアレクが立っていた。
アレクと入れ替わるようにワイングラスを持って去っていくローゼン。
アレクは微笑みながら、ミカのことを見つめていた。
「ミカさん。音楽会は如何でしたか?」
「……格好良かった」
ミカは静かに席を立った。
「アレクがバイオリン弾けるなんて知らなかったから……いつものアレクじゃないみたいで、凄かった」
アレクの顔を見て、恥らうように視線を這わせて、ぽつりと言う。
「……もっと、好きになった」
「!……」
面と向かって好きだと言われ、どきりとするアレク。
彼はミカの目の前に来ると、そっと、彼女の頬に手を伸ばした。
彼の指先が、彼女の頬に触れようとした瞬間。
「おーい、アレク。楽器運び出すけど、いいのかー?」
ぱっ、と手を引っ込めて、アレクは大広間の入口に立っているホテルマンに呼びかけた。
「ああ。頼むよ」
ミカの方に向き直り、彼は彼女に笑いかけた。
「僕は此処の片付けがありますので、これで。ミカさんも気を付けてお部屋の方にお戻り下さいね」
一礼をして、彼は部屋に来たホテルマンと共に大広間を出ていってしまった。
残されたミカは、自分が口にした言葉の余韻に浸りながら、それを黙って見つめていた。
アレクはまるで本物の楽団員のように、それは見事なバイオリンの腕前を披露した。
ミカはすっかり彼に釘付けだ。
バイオリンを奏でる彼の表情。手つき。佇まい。その全てに魅了されていた。
アレク、凄い……!
ミカの前にいる時は見せることのない、厳しい面持ち。音楽に集中した、真面目な顔。
それを、彼女は素直に美しいと思った。
演奏が終わると、大きな拍手が沸き起こった。
客たちに向かって一礼をするアレクは、いつもの穏やかな表情に戻っていた。
微笑みを浮かべて皆の呼びかけに応え、手を振る。
そのギャップもまた良いと、ミカは思ったのだった。
一時間はあっという間に過ぎ去り、音楽会は大成功で幕を閉じた。
ばらばらと客人たちが各々の部屋に戻っていく中、ミカはぼんやりとした様子で椅子に腰掛けていた。
テーブルの上に残された空っぽのワイングラスを片付けながら、ローゼンは彼女に声を掛けた。
「どうした? ミカちゃん」
「うん……」
ミカは心此処にあらずといった様子でローゼンの呼びかけに応えた。
「夢みたいだった……」
「そんなに音楽会が楽しかった? そう言ってもらえるなんて、開いた甲斐があったってもんだよ」
ローゼンは我が事のように嬉しそうだ。
「この旅館に来るお客さんは、此処で何があるかなんて知らない人ばかりだからね。今日泊まるお客さんは運が良かったってことだね」
器用に片手で五本のワイングラスを持ちながら、彼は大広間の入口に目を向ける。
「ほら、バイオリニストさんが来たよ。感想言ってあげて」
彼の視線の先には、ステージの後片付けに来たアレクが立っていた。
アレクと入れ替わるようにワイングラスを持って去っていくローゼン。
アレクは微笑みながら、ミカのことを見つめていた。
「ミカさん。音楽会は如何でしたか?」
「……格好良かった」
ミカは静かに席を立った。
「アレクがバイオリン弾けるなんて知らなかったから……いつものアレクじゃないみたいで、凄かった」
アレクの顔を見て、恥らうように視線を這わせて、ぽつりと言う。
「……もっと、好きになった」
「!……」
面と向かって好きだと言われ、どきりとするアレク。
彼はミカの目の前に来ると、そっと、彼女の頬に手を伸ばした。
彼の指先が、彼女の頬に触れようとした瞬間。
「おーい、アレク。楽器運び出すけど、いいのかー?」
ぱっ、と手を引っ込めて、アレクは大広間の入口に立っているホテルマンに呼びかけた。
「ああ。頼むよ」
ミカの方に向き直り、彼は彼女に笑いかけた。
「僕は此処の片付けがありますので、これで。ミカさんも気を付けてお部屋の方にお戻り下さいね」
一礼をして、彼は部屋に来たホテルマンと共に大広間を出ていってしまった。
残されたミカは、自分が口にした言葉の余韻に浸りながら、それを黙って見つめていた。
0
お気に入りに追加
39
あなたにおすすめの小説
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
元侯爵令嬢は冷遇を満喫する
cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。
しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は
「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
明日のために、昨日にサヨナラ(goodbye,hello)
松丹子
恋愛
スパダリな父、優しい長兄、愛想のいい次兄、チャラい従兄に囲まれて、男に抱く理想が高くなってしまった女子高生、橘礼奈。
平凡な自分に見合うフツーな高校生活をエンジョイしようと…思っているはずなのに、幼い頃から抱いていた淡い想いを自覚せざるを得なくなり……
恋愛、家族愛、友情、部活に進路……
緩やかでほんのり甘い青春模様。
*関連作品は下記の通りです。単体でお読みいただけるようにしているつもりです(が、ひたすらキャラクターが多いのであまりオススメできません…)
★展開の都合上、礼奈の誕生日は親世代の作品と齟齬があります。一種のパラレルワールドとしてご了承いただければ幸いです。
*関連作品
『神崎くんは残念なイケメン』(香子視点)
『モテ男とデキ女の奥手な恋』(政人視点)
上記二作を読めばキャラクターは押さえられると思います。
(以降、時系列順『物狂ほしや色と情』、『期待ハズレな吉田さん、自由人な前田くん』、『さくやこの』、『爆走織姫はやさぐれ彦星と結ばれたい』、『色ハくれなゐ 情ハ愛』、『初恋旅行に出かけます』)
【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない
堀 和三盆
恋愛
一年にわたる長期出張から戻ると、愛する妻のシェルタが帰らぬ人になっていた。流行病に罹ったらしく、感染を避けるためにと火葬をされて骨になった妻は墓の下。
信じられなかった。
母を責め使用人を責めて暴れ回って、僕は自らの身に降りかかった突然の不幸を嘆いた。まだ、結婚して3年もたっていないというのに……。
そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。
日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
夫は私を愛してくれない
はくまいキャベツ
恋愛
「今までお世話になりました」
「…ああ。ご苦労様」
彼はまるで長年勤めて退職する部下を労うかのように、妻である私にそう言った。いや、妻で“あった”私に。
二十数年間すれ違い続けた夫婦が別れを決めて、もう一度向き合う話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる