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第48話 騎士の願いと悠久の想い
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「『虚無』が北の林に現れた」
庭先で。レンはアレクに先程彼女が雑木林で体験した出来事を語った。
『虚無』の名に、アレクの表情が引き締まる。
彼にとって、日常の平穏を脅かす存在は放っておけないことなのだ。
「天冥騎士団の詰め所、ワイズマン通り西の空き地、雑木林……出現ポイントが、少しずつ南に移動してきている」
レンはきっぱりと言った。
「そのうち、この旅館にも『虚無』は現れる」
「……それを討伐するのがお前の役目だろう? どうしてそれを僕に言うんだ」
アレクの言葉に、レンは表情を全く動かさぬまま右手を突き出した。
アレクの顔の横に、レンの右腕が突き立てられる。
壁とレンの間に挟まれて、彼女に顔を近付けられても、アレクは動じなかった。
まっすぐに自分の目を見るアレクの目を見つめ返し、レンは言った。
「子供などに現を抜かしている場合じゃないとお前に教えるためだ」
子供、が指すものがミカであると悟ったアレクの表情が、僅かに険しくなる。
ミカは、子供だ。それはアレクにも分かっていることではあったが、それを面と向かって言われるのが彼には気に入らなかったのだ。
「ミカさんを子供と言うな。彼女は──」
「アレク。いい加減に現実を見ろ。お前が自分のことを何と思っていようと、お前は『旋風の銀剣』なんだ」
アレクの言葉を遮るレン。
「お前がやるべきはこの旅館で働くことじゃない。天冥騎士団に戻り、騎士として戦い世の秩序を守ることなんだ。この閉ざされた世界が何事もなく世界の狭間としての役割を果たせるように騎士であることなんだ」
「……またその話か」
目を僅かに伏せ、アレクは小さく溜め息をついた。
「僕の騎士としての人生は、僕が死んだ時に終わったんだ。分からないと言うなら、分かってくれるまで何度でも言うぞ。僕はもう、騎士なんかじゃない──」
「私は、お前が騎士としての誇りを忘れてこんな辺境の地で腐っていくところを見ていられないんだ!」
レンはアレクの顎を掴んで、強引に彼に自分の目を見つめさせた。
「私は、騎士として皆の前を歩くお前の姿を見るのが好きだった。憧れだった! どうしてそれを分かってくれない! 私には、お前を愛しく思う権利すら与えられないと言うのか!」
言って、レンはアレクの唇に自らの唇を重ねた。
強い、全てを食らおうとするような口付け。
まるで噛み付かれているようだ、とアレクは何処か他人事のように思った。
アレクから顔を離し、レンは眉を撓めた。
「頼む。騎士に戻ってくれ。私と共に戦ってくれ。『旋風の銀剣』として、私を導いてくれ」
こつん、とレンの額がアレクの肩に乗る。
レンの体は、震えていた。
騎士として気丈に振る舞っている彼女も、一皮剥けばただの女だ。
今アレクの目の前にいるのは、アレクを恋う一人の女に過ぎなかった。
アレクには、彼女の気持ちは伝わっていた、いくら朴念仁と人から言われる彼でも、ここまではっきりと想いを伝えられては分からないはずがない。
それでも──
アレクはかぶりを振った。
「……今の僕には、過去の栄光よりも何よりも、大切なものがある。それを守るために此処にいるのが、僕の使命なんだ。だから悪いけど──お前の想いには、応えることができない」
そっと顔の横に突き立てられたままのレンの腕に手を触れる。
レンの腕は力を失って、ゆっくりと、下りていった。
アレクはそっと踵を返し、レンの前から立ち去った。
一人残されたレンは、八つ当たりをするように壁を殴りつけて、呟いた。
「……私とお前は同類なんだ。どうして、それを理解してくれないんだ……アレク」
さあっと地上を浚うような風が吹く。
それは木々の枝葉を揺らし、さらさらと音を奏でて遠くの空へと去っていった。
庭先で。レンはアレクに先程彼女が雑木林で体験した出来事を語った。
『虚無』の名に、アレクの表情が引き締まる。
彼にとって、日常の平穏を脅かす存在は放っておけないことなのだ。
「天冥騎士団の詰め所、ワイズマン通り西の空き地、雑木林……出現ポイントが、少しずつ南に移動してきている」
レンはきっぱりと言った。
「そのうち、この旅館にも『虚無』は現れる」
「……それを討伐するのがお前の役目だろう? どうしてそれを僕に言うんだ」
アレクの言葉に、レンは表情を全く動かさぬまま右手を突き出した。
アレクの顔の横に、レンの右腕が突き立てられる。
壁とレンの間に挟まれて、彼女に顔を近付けられても、アレクは動じなかった。
まっすぐに自分の目を見るアレクの目を見つめ返し、レンは言った。
「子供などに現を抜かしている場合じゃないとお前に教えるためだ」
子供、が指すものがミカであると悟ったアレクの表情が、僅かに険しくなる。
ミカは、子供だ。それはアレクにも分かっていることではあったが、それを面と向かって言われるのが彼には気に入らなかったのだ。
「ミカさんを子供と言うな。彼女は──」
「アレク。いい加減に現実を見ろ。お前が自分のことを何と思っていようと、お前は『旋風の銀剣』なんだ」
アレクの言葉を遮るレン。
「お前がやるべきはこの旅館で働くことじゃない。天冥騎士団に戻り、騎士として戦い世の秩序を守ることなんだ。この閉ざされた世界が何事もなく世界の狭間としての役割を果たせるように騎士であることなんだ」
「……またその話か」
目を僅かに伏せ、アレクは小さく溜め息をついた。
「僕の騎士としての人生は、僕が死んだ時に終わったんだ。分からないと言うなら、分かってくれるまで何度でも言うぞ。僕はもう、騎士なんかじゃない──」
「私は、お前が騎士としての誇りを忘れてこんな辺境の地で腐っていくところを見ていられないんだ!」
レンはアレクの顎を掴んで、強引に彼に自分の目を見つめさせた。
「私は、騎士として皆の前を歩くお前の姿を見るのが好きだった。憧れだった! どうしてそれを分かってくれない! 私には、お前を愛しく思う権利すら与えられないと言うのか!」
言って、レンはアレクの唇に自らの唇を重ねた。
強い、全てを食らおうとするような口付け。
まるで噛み付かれているようだ、とアレクは何処か他人事のように思った。
アレクから顔を離し、レンは眉を撓めた。
「頼む。騎士に戻ってくれ。私と共に戦ってくれ。『旋風の銀剣』として、私を導いてくれ」
こつん、とレンの額がアレクの肩に乗る。
レンの体は、震えていた。
騎士として気丈に振る舞っている彼女も、一皮剥けばただの女だ。
今アレクの目の前にいるのは、アレクを恋う一人の女に過ぎなかった。
アレクには、彼女の気持ちは伝わっていた、いくら朴念仁と人から言われる彼でも、ここまではっきりと想いを伝えられては分からないはずがない。
それでも──
アレクはかぶりを振った。
「……今の僕には、過去の栄光よりも何よりも、大切なものがある。それを守るために此処にいるのが、僕の使命なんだ。だから悪いけど──お前の想いには、応えることができない」
そっと顔の横に突き立てられたままのレンの腕に手を触れる。
レンの腕は力を失って、ゆっくりと、下りていった。
アレクはそっと踵を返し、レンの前から立ち去った。
一人残されたレンは、八つ当たりをするように壁を殴りつけて、呟いた。
「……私とお前は同類なんだ。どうして、それを理解してくれないんだ……アレク」
さあっと地上を浚うような風が吹く。
それは木々の枝葉を揺らし、さらさらと音を奏でて遠くの空へと去っていった。
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