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第8話 時には身を張ることもある
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大広間は賑やかだ。
元々賑やかな若者たちに加えて、酒が入って上機嫌になった大人たちが騒いでいるからそうなったんだろうね。
用意された料理も半分以上がなくなっているし、食事を終えて席を立つ人もちらほらと見受けられる。
そろそろ宴も終了かな──そう思った矢先のこと。
がたん、と派手に椅子が倒れ、一人の男が床にひっくり返った。
おやまあ……随分と酔っ払っているようだね。顔が真っ赤だよ。
ワイン一杯でこんなになるなんて、飲まない方が良かったんじゃないかな?
ひっくり返った男の友人と思わしき男が指を指してげらげらと大笑いしている。
隣で静かに料理を食べていたミカは、そちらをちらりと見て迷惑そうに顔を顰めた。
「……ほんと、大人って迷惑な生き物」
ぼそりと呟く。
運悪く、それが聞こえてしまったらしい。ひっくり返った男が起き上がり、ふらふらとした動きでミカに詰め寄ってきた。
「何だ、文句でもあるのか、お嬢ちゃん」
「…………」
びくり、と身を竦めるミカ。
フォークを持つ手がかたかたと震え始める。
表情を動かさないのは立派だと思うけど、男にとっては逆効果だったかもしれないね。
ほら、腕を掴まれた。
ぐいっと引っ張られ、ミカは泣きそうになる顔を懸命に男から背けた。
男が呂律の回っていない口で何やら言葉を吐き出しながら、拳を振り上げる!
がっ!
ぼすっ、とミカの胸に何かが当たり、床に落ちる。
ミカは背けていた顔を元に戻し、目を見開いた。
彼女と男の間に、燕尾服を纏った男の体が立っていた。
体だけ。
本来ならばあるべきはずの頭が、その体にはなかった。
それはミカの足下に転がっていた。
「……他のお客様の御迷惑になる行為はお控え下さい」
ごろり、と男の方を向いたアレクの頭が、静かな声で言う。
頭のないアレクの体を見た男の顔から、みるみる血の気が引いていった。
ひ、と小さな悲鳴のような声を漏らし、その場にぺたんと座り込んだ。
「……ば、化け物」
「どうか、宜しくお願い致します」
腰を折り、一礼するアレクの体。
男は跳ねるように立ち上がると、言葉になっていない叫びを上げながら友人を連れてばたばたとその場から去っていった。
ゆっくりと、アレクの体がミカの方に振り向く。
その場にしゃがんで頭を拾い、首の上に乗せて、彼女に微笑みかけた。
「大丈夫ですか?」
「…………」
アレクの顔を見つめているミカの見開いた目から、ぽろりと涙が一粒零れて落ちる。
怖かったんだね。無理もないよね。
涙はぽろぽろと後から後から零れてくる。
アレクは腰のポケットから小さな白いハンカチを取り出して、彼女にそっと差し出した。
「どうぞ。使って下さい」
「………… ひ」
ミカはしゃくり上げながら、受け取ったハンカチを目元に押し当てた。
アレクはそれを、微笑みながら見つめている。
遠くから、ぱたぱたとリルディアが駆けてきた。
「アレクちゃん、大丈夫? 思いっきり殴られてたみたいだけど」
「大丈夫だよ。痛みは感じないしね」
「……それもそっか」
ふー、とリルディアは大きな溜め息をついた。
「ほんと、酔っ払いはいつもたちが悪いわね。こんな小さな子に絡むなんて」
「……此処でそれは言ったら駄目だよ、リルディア。僕たちの此処での役目は何?」
「分かってるわよ。ほんとアレクちゃんは真面目なんだから」
肩を竦めて、彼女は料理が並ぶカウンターの方へと戻っていった。
アレクはミカの方に向き直って、未だ泣いている彼女に声を掛けた。
「怖い思いをさせてすみません。落ち着いてからでいいので、お食事、楽しんで下さいね」
「…………」
ミカはハンカチで涙を拭き続けている。
アレクは首輪を指でずらして首の継ぎ目を隠すと、元の立ち位置へと戻っていった。
こんな感じでひと騒動あったものの、食事の時間は無事に終わって客人たちは各々の部屋へと帰っていった。
ミカも、大分時間をかけていたけど持ってきた料理は綺麗に完食していたよ。
アレクもそこは気にしていたようだから、綺麗になった皿を見て安心したんじゃないかな。
料理は綺麗に食べてもらった方が、用意した方も嬉しいものだからね。
さあ、後片付けだ。彼らの仕事は、まだまだこれからが本番だ。
元々賑やかな若者たちに加えて、酒が入って上機嫌になった大人たちが騒いでいるからそうなったんだろうね。
用意された料理も半分以上がなくなっているし、食事を終えて席を立つ人もちらほらと見受けられる。
そろそろ宴も終了かな──そう思った矢先のこと。
がたん、と派手に椅子が倒れ、一人の男が床にひっくり返った。
おやまあ……随分と酔っ払っているようだね。顔が真っ赤だよ。
ワイン一杯でこんなになるなんて、飲まない方が良かったんじゃないかな?
ひっくり返った男の友人と思わしき男が指を指してげらげらと大笑いしている。
隣で静かに料理を食べていたミカは、そちらをちらりと見て迷惑そうに顔を顰めた。
「……ほんと、大人って迷惑な生き物」
ぼそりと呟く。
運悪く、それが聞こえてしまったらしい。ひっくり返った男が起き上がり、ふらふらとした動きでミカに詰め寄ってきた。
「何だ、文句でもあるのか、お嬢ちゃん」
「…………」
びくり、と身を竦めるミカ。
フォークを持つ手がかたかたと震え始める。
表情を動かさないのは立派だと思うけど、男にとっては逆効果だったかもしれないね。
ほら、腕を掴まれた。
ぐいっと引っ張られ、ミカは泣きそうになる顔を懸命に男から背けた。
男が呂律の回っていない口で何やら言葉を吐き出しながら、拳を振り上げる!
がっ!
ぼすっ、とミカの胸に何かが当たり、床に落ちる。
ミカは背けていた顔を元に戻し、目を見開いた。
彼女と男の間に、燕尾服を纏った男の体が立っていた。
体だけ。
本来ならばあるべきはずの頭が、その体にはなかった。
それはミカの足下に転がっていた。
「……他のお客様の御迷惑になる行為はお控え下さい」
ごろり、と男の方を向いたアレクの頭が、静かな声で言う。
頭のないアレクの体を見た男の顔から、みるみる血の気が引いていった。
ひ、と小さな悲鳴のような声を漏らし、その場にぺたんと座り込んだ。
「……ば、化け物」
「どうか、宜しくお願い致します」
腰を折り、一礼するアレクの体。
男は跳ねるように立ち上がると、言葉になっていない叫びを上げながら友人を連れてばたばたとその場から去っていった。
ゆっくりと、アレクの体がミカの方に振り向く。
その場にしゃがんで頭を拾い、首の上に乗せて、彼女に微笑みかけた。
「大丈夫ですか?」
「…………」
アレクの顔を見つめているミカの見開いた目から、ぽろりと涙が一粒零れて落ちる。
怖かったんだね。無理もないよね。
涙はぽろぽろと後から後から零れてくる。
アレクは腰のポケットから小さな白いハンカチを取り出して、彼女にそっと差し出した。
「どうぞ。使って下さい」
「………… ひ」
ミカはしゃくり上げながら、受け取ったハンカチを目元に押し当てた。
アレクはそれを、微笑みながら見つめている。
遠くから、ぱたぱたとリルディアが駆けてきた。
「アレクちゃん、大丈夫? 思いっきり殴られてたみたいだけど」
「大丈夫だよ。痛みは感じないしね」
「……それもそっか」
ふー、とリルディアは大きな溜め息をついた。
「ほんと、酔っ払いはいつもたちが悪いわね。こんな小さな子に絡むなんて」
「……此処でそれは言ったら駄目だよ、リルディア。僕たちの此処での役目は何?」
「分かってるわよ。ほんとアレクちゃんは真面目なんだから」
肩を竦めて、彼女は料理が並ぶカウンターの方へと戻っていった。
アレクはミカの方に向き直って、未だ泣いている彼女に声を掛けた。
「怖い思いをさせてすみません。落ち着いてからでいいので、お食事、楽しんで下さいね」
「…………」
ミカはハンカチで涙を拭き続けている。
アレクは首輪を指でずらして首の継ぎ目を隠すと、元の立ち位置へと戻っていった。
こんな感じでひと騒動あったものの、食事の時間は無事に終わって客人たちは各々の部屋へと帰っていった。
ミカも、大分時間をかけていたけど持ってきた料理は綺麗に完食していたよ。
アレクもそこは気にしていたようだから、綺麗になった皿を見て安心したんじゃないかな。
料理は綺麗に食べてもらった方が、用意した方も嬉しいものだからね。
さあ、後片付けだ。彼らの仕事は、まだまだこれからが本番だ。
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