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第4話 手違い
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「手違い……ですか?」
アレクはミカにちらりと視線を向け、再度ルーブルの方を見た。
その表情は、驚きと若干の困惑の色に染まっている。
「そんなことがあるんですか?」
「たまに、あるんじゃよ。世界の境界線が揺らいで、勝手に世界の通り道が繋がってしまうことが。おそらくその時にこちらに引き込まれて此処に来たんじゃな」
ミカは黙したままアレクとルーブルの遣り取りを見つめている。
明らかに人間とは異なる姿のルーブルを目にしても、驚きもしない。
そういう存在がいるものなんだ、と認識しているんだろうね。君の世界の出身者にしては珍しいくらいの適応力の高さだよ。
ルーブルは顎に生えている白い髭を撫でた。
「困ったのう。神の誰かが呼んだ者なら元の世界に送り返すことができたんじゃろうが、勝手に来てしまったとなると送り返す手段がない。儂らがどうにかできる問題じゃないのう」
世界渡りをした者を元の世界に送り返せるのは、その者を召喚した神だけなのだ。
彼らには、彼女を元の世界に送り返す術がない。
もっとも……自殺しようとしていた少女だ。今更元の世界に帰りたいとは思っていないだろうがね。
「かといって、せっかく此処に来たのを追い出すわけにもいかん」
ルーブルはカウンターの上に置いてある台帳を手に取り、細い指でページを何枚か捲った。
羽根ペンを取って何かをさらさらと書き込んで、アレクに渡す。
「まだ空き部屋があったじゃろう。そこに泊めてあげなさい」
「分かりました」
台帳を受け取るアレク。
ルーブルはこくりと頷いて、再度ミカに目を向けた。
「お嬢さん、御主が此処に来たのも何かの縁じゃ。この宿を我が家だと思って寛いでいきなさい。此処で暮らしているうちに、ひょっとしたら元の世界に帰る方法が見つかるかもしれんて」
ルーブルは骨なので表情は変化しないが、おそらく今は笑いかけたのだろう。それが手に取れるような言葉であった。
ミカは顔を伏せて、それまでずっと閉じていた口を開いた。
「……此処はあの世なの? 私、死ねたの?」
ずっと黙っていたのは、此処が死者の世界であるかどうかを探っていたからか。
どれだけ死にたがりなのだろう。彼女は。
アレクは静かに首を振って、ミカの疑問に答えた。
「先程も言いましたが、此処は世界と世界の狭間です。世界渡りをする人間が訪れる、世界の架け橋の役目を担っている場所です。死者の世界とは違いますし、貴女は死んではいませんよ」
「お嬢さん」
ルーブルはミカの手首を見つめて、言った。
「そんなに死に急がんでも、人間いつかは必ず死ぬものじゃ。今しかない命を使ってできることを見つけてみなさい。そうすれば、御主の世界を見る目も変わるじゃろう」
歯をかたかたと鳴らしてほっほっと笑い、彼は扉の奥に帰っていった。
扉が静かに閉まる。
アレクは台帳を置いて、カウンターから出てくると、ミカの前に立った。
腰を少し屈めてミカと視線の高さを合わせて、微笑みかける。
「……此処に滞在している間は、僕がカワイ様の御世話を致します。困ったことがありましたら、遠慮なくお申し付け下さいね」
「……それなら」
ミカはアレクの目をじっと見つめて、はっきりと言った。
「私を殺して」
「…………」
アレクは困ったようにこめかみの辺りをくしゃりと掻いた。
死にたがり少女の世話……どうやら、一筋縄ではいかないようだね。
アレクはミカにちらりと視線を向け、再度ルーブルの方を見た。
その表情は、驚きと若干の困惑の色に染まっている。
「そんなことがあるんですか?」
「たまに、あるんじゃよ。世界の境界線が揺らいで、勝手に世界の通り道が繋がってしまうことが。おそらくその時にこちらに引き込まれて此処に来たんじゃな」
ミカは黙したままアレクとルーブルの遣り取りを見つめている。
明らかに人間とは異なる姿のルーブルを目にしても、驚きもしない。
そういう存在がいるものなんだ、と認識しているんだろうね。君の世界の出身者にしては珍しいくらいの適応力の高さだよ。
ルーブルは顎に生えている白い髭を撫でた。
「困ったのう。神の誰かが呼んだ者なら元の世界に送り返すことができたんじゃろうが、勝手に来てしまったとなると送り返す手段がない。儂らがどうにかできる問題じゃないのう」
世界渡りをした者を元の世界に送り返せるのは、その者を召喚した神だけなのだ。
彼らには、彼女を元の世界に送り返す術がない。
もっとも……自殺しようとしていた少女だ。今更元の世界に帰りたいとは思っていないだろうがね。
「かといって、せっかく此処に来たのを追い出すわけにもいかん」
ルーブルはカウンターの上に置いてある台帳を手に取り、細い指でページを何枚か捲った。
羽根ペンを取って何かをさらさらと書き込んで、アレクに渡す。
「まだ空き部屋があったじゃろう。そこに泊めてあげなさい」
「分かりました」
台帳を受け取るアレク。
ルーブルはこくりと頷いて、再度ミカに目を向けた。
「お嬢さん、御主が此処に来たのも何かの縁じゃ。この宿を我が家だと思って寛いでいきなさい。此処で暮らしているうちに、ひょっとしたら元の世界に帰る方法が見つかるかもしれんて」
ルーブルは骨なので表情は変化しないが、おそらく今は笑いかけたのだろう。それが手に取れるような言葉であった。
ミカは顔を伏せて、それまでずっと閉じていた口を開いた。
「……此処はあの世なの? 私、死ねたの?」
ずっと黙っていたのは、此処が死者の世界であるかどうかを探っていたからか。
どれだけ死にたがりなのだろう。彼女は。
アレクは静かに首を振って、ミカの疑問に答えた。
「先程も言いましたが、此処は世界と世界の狭間です。世界渡りをする人間が訪れる、世界の架け橋の役目を担っている場所です。死者の世界とは違いますし、貴女は死んではいませんよ」
「お嬢さん」
ルーブルはミカの手首を見つめて、言った。
「そんなに死に急がんでも、人間いつかは必ず死ぬものじゃ。今しかない命を使ってできることを見つけてみなさい。そうすれば、御主の世界を見る目も変わるじゃろう」
歯をかたかたと鳴らしてほっほっと笑い、彼は扉の奥に帰っていった。
扉が静かに閉まる。
アレクは台帳を置いて、カウンターから出てくると、ミカの前に立った。
腰を少し屈めてミカと視線の高さを合わせて、微笑みかける。
「……此処に滞在している間は、僕がカワイ様の御世話を致します。困ったことがありましたら、遠慮なくお申し付け下さいね」
「……それなら」
ミカはアレクの目をじっと見つめて、はっきりと言った。
「私を殺して」
「…………」
アレクは困ったようにこめかみの辺りをくしゃりと掻いた。
死にたがり少女の世話……どうやら、一筋縄ではいかないようだね。
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