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第1話 ホテル・ミラージュ
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おや……此処に来たということは、君も世界を渡る宿命を背負った『勇者』なのかな?
違う? まあ、此処は昔から来る者拒まずの精神で営業している旅館だ。気兼ねせずにゆっくりしていくといい。
此処が何処か、だって?
此処はホテル・ミラージュ。世界を渡る者たちに一晩の宿と最高級のもてなしを提供している旅館だ。
私は、この旅館が建てられた時から此処にいて、旅館で起きた様々な出来事をこうして眺めてきた者だ。
人とは異なる存在なのでね、名はないが……そうだね、敢えて名乗るなら『マインド』とでもしておこうか。
……ほう、この旅館のことを詳しく知りたいと。
それを語るには、この旅館が存在しているこの世界のことから話した方が早いだろうね。
少々長くなるが、お付き合い頂ければ幸いだ。
君は、世界を渡る宿命を背負った『勇者』のことを知っているだろうか。
君の世界では、世界渡りのことは『異世界転移』とか『異世界転生』と言われているね。その現象によって元いた世界から別なる世界に渡ることになった人間のことだ。
これはそれぞれの世界を管理する神々が起こす現象なのだが、最近になってどうもこの現象があちこちで多発しているようでね。
そのせいで、世界と世界の狭間──つまりこの世界に、許容量以上の人間が足を踏み入れることになってしまったのだ。
人間が本来いた世界から別なる世界に渡る時は、必ずこの世界を通らなければならない。しかしこの世界には、これ以上人間を受け入れる余裕がない。
そんなことなどお構いなしに、神々は勇者召喚を行い続ける始末だ。
これにはこの世界の管理者もほとほと困り果ててしまったようでね。
考えた末に、世界の一角に待機場所を作り、そこで一時的に勇者たちを預かることにしたのだ。
その待機場所というのが、此処。ホテル・ミラージュなのだよ。
この旅館は世界を渡るという旅をする者たちを迎える、言わばこの世界の顔なのだ。
この旅館には実に様々な客人が訪れるが、その殆どは若い男女だ。たまには年老いた者も来るかな。
そんな様々な者たちの数々の要望に応えるために、旅館にはもてなしのプロフェッショナルたちが勤めている。
彼らがいるからこそこの旅館は成り立っていると言えるね。
一癖も二癖もある者たちではあるが……この旅館にとっては必要不可欠な人材だ。
これから旅館の日常を垣間見ながら、彼らの活躍ぶりを覗いてみることにしよう。
この旅館は我が家のように寛げる場所というコンセプトで設計されている。
高級感漂うリゾートホテルのような造りではなく屋敷風の造りになっているのはそのためだ。
大きな玄関をくぐれば、ゴシック調に設計された広々としたフロントが客人を出迎える。
カウンターには呼び鈴が備え付けられており、『御用の際は押して下さい』のプレートが掛けられている。
本来ならばカウンターの中にいるはずのスタッフの姿はない。
彼らは仕事を兼任している者ばかりだから、大方何処かで別の仕事をしているのだろう。
おや。早速客人が来たようだよ。
君の世界ではよく見かける、黒髪黒目の若者だ。かっちりとした制服を着ているので、おそらく高校生だろう。
若者は辺りを忙しく見回しながらカウンターに近付いて、早速呼び鈴を見つけた。
りんりん、と呼び鈴を鳴らして、その場で待つ。
沈黙の時が流れることしばし。
カウンター奥の扉が開いて、黒い燕尾服を身に着けた銀髪の青年が顔を出した。
線の細い体つきに日焼けしていない白い肌が特徴の、柔らかそうな物腰の男だ。
彼の名は、アレクサンダー・スウェル。名前が長いので旅館に勤めている者は彼のことをアレクと呼んでいるがね。
アレクは扉から出てくると、一礼をしながらカウンターの前に立った。
「お待たせしました。御宿泊のお客様ですね」
「えーと……俺、気付いたら此処にいたんで。何が何だか」
「此処にいらっしゃるお客様は皆そう仰られるんですよ」
アレクは笑いながら、カウンターの下から台帳を取り出した。
立ててある羽根ペンを手に取って、台帳のページをぱらぱらと捲っていく。
「お名前を確認したいのですが、宜しいですか?」
「えっと……御剣湊です」
「ミツルギミナト様ですね。少々お待ち下さい」
台帳のページを必死に捲るアレク。
ああ、そんなに俯くと……
ごどん。
ごろごろ、とカウンターの上にアレクの頭が転がった。
……やっぱりやった。あんなに俯くからだよ。
若者はぎょっとしてアレクの頭のなくなった体を見つめている。
そりゃ、無理もないよね。いきなり目の前で人間の首が落ちるところを見せられたんだから。
アレクは台帳を捲る手を止めて、すみませんと言いながら落ちた頭を拾った。
元通り首の上に頭を乗せて、首に填めている黒い首輪を指でちょいちょいと引っ張って、首の継ぎ目を綺麗に隠す。
小さく頭を下げて、言った。
「驚かせてしまいましたよね、すみません。僕、首が繋がってないものですから……」
「…………」
若者は未だにショックから立ち直れずにいるようだ。
君の世界の若者は幽霊とか怪物とかの話に明るいって聞くけど、実際に目にする機会はないから驚くんだろうね。
まあ、それも含めて此処での体験を楽しんでほしいと思うよ。私は。
此処は、ホテル・ミラージュ。世に幽霊や怪物と揶揄される者たちが働く、世界の狭間に存在する小さな旅館だ。
彼らが紡ぐ日常の物語を、是非とも楽しんでいってくれたまえ。
違う? まあ、此処は昔から来る者拒まずの精神で営業している旅館だ。気兼ねせずにゆっくりしていくといい。
此処が何処か、だって?
此処はホテル・ミラージュ。世界を渡る者たちに一晩の宿と最高級のもてなしを提供している旅館だ。
私は、この旅館が建てられた時から此処にいて、旅館で起きた様々な出来事をこうして眺めてきた者だ。
人とは異なる存在なのでね、名はないが……そうだね、敢えて名乗るなら『マインド』とでもしておこうか。
……ほう、この旅館のことを詳しく知りたいと。
それを語るには、この旅館が存在しているこの世界のことから話した方が早いだろうね。
少々長くなるが、お付き合い頂ければ幸いだ。
君は、世界を渡る宿命を背負った『勇者』のことを知っているだろうか。
君の世界では、世界渡りのことは『異世界転移』とか『異世界転生』と言われているね。その現象によって元いた世界から別なる世界に渡ることになった人間のことだ。
これはそれぞれの世界を管理する神々が起こす現象なのだが、最近になってどうもこの現象があちこちで多発しているようでね。
そのせいで、世界と世界の狭間──つまりこの世界に、許容量以上の人間が足を踏み入れることになってしまったのだ。
人間が本来いた世界から別なる世界に渡る時は、必ずこの世界を通らなければならない。しかしこの世界には、これ以上人間を受け入れる余裕がない。
そんなことなどお構いなしに、神々は勇者召喚を行い続ける始末だ。
これにはこの世界の管理者もほとほと困り果ててしまったようでね。
考えた末に、世界の一角に待機場所を作り、そこで一時的に勇者たちを預かることにしたのだ。
その待機場所というのが、此処。ホテル・ミラージュなのだよ。
この旅館は世界を渡るという旅をする者たちを迎える、言わばこの世界の顔なのだ。
この旅館には実に様々な客人が訪れるが、その殆どは若い男女だ。たまには年老いた者も来るかな。
そんな様々な者たちの数々の要望に応えるために、旅館にはもてなしのプロフェッショナルたちが勤めている。
彼らがいるからこそこの旅館は成り立っていると言えるね。
一癖も二癖もある者たちではあるが……この旅館にとっては必要不可欠な人材だ。
これから旅館の日常を垣間見ながら、彼らの活躍ぶりを覗いてみることにしよう。
この旅館は我が家のように寛げる場所というコンセプトで設計されている。
高級感漂うリゾートホテルのような造りではなく屋敷風の造りになっているのはそのためだ。
大きな玄関をくぐれば、ゴシック調に設計された広々としたフロントが客人を出迎える。
カウンターには呼び鈴が備え付けられており、『御用の際は押して下さい』のプレートが掛けられている。
本来ならばカウンターの中にいるはずのスタッフの姿はない。
彼らは仕事を兼任している者ばかりだから、大方何処かで別の仕事をしているのだろう。
おや。早速客人が来たようだよ。
君の世界ではよく見かける、黒髪黒目の若者だ。かっちりとした制服を着ているので、おそらく高校生だろう。
若者は辺りを忙しく見回しながらカウンターに近付いて、早速呼び鈴を見つけた。
りんりん、と呼び鈴を鳴らして、その場で待つ。
沈黙の時が流れることしばし。
カウンター奥の扉が開いて、黒い燕尾服を身に着けた銀髪の青年が顔を出した。
線の細い体つきに日焼けしていない白い肌が特徴の、柔らかそうな物腰の男だ。
彼の名は、アレクサンダー・スウェル。名前が長いので旅館に勤めている者は彼のことをアレクと呼んでいるがね。
アレクは扉から出てくると、一礼をしながらカウンターの前に立った。
「お待たせしました。御宿泊のお客様ですね」
「えーと……俺、気付いたら此処にいたんで。何が何だか」
「此処にいらっしゃるお客様は皆そう仰られるんですよ」
アレクは笑いながら、カウンターの下から台帳を取り出した。
立ててある羽根ペンを手に取って、台帳のページをぱらぱらと捲っていく。
「お名前を確認したいのですが、宜しいですか?」
「えっと……御剣湊です」
「ミツルギミナト様ですね。少々お待ち下さい」
台帳のページを必死に捲るアレク。
ああ、そんなに俯くと……
ごどん。
ごろごろ、とカウンターの上にアレクの頭が転がった。
……やっぱりやった。あんなに俯くからだよ。
若者はぎょっとしてアレクの頭のなくなった体を見つめている。
そりゃ、無理もないよね。いきなり目の前で人間の首が落ちるところを見せられたんだから。
アレクは台帳を捲る手を止めて、すみませんと言いながら落ちた頭を拾った。
元通り首の上に頭を乗せて、首に填めている黒い首輪を指でちょいちょいと引っ張って、首の継ぎ目を綺麗に隠す。
小さく頭を下げて、言った。
「驚かせてしまいましたよね、すみません。僕、首が繋がってないものですから……」
「…………」
若者は未だにショックから立ち直れずにいるようだ。
君の世界の若者は幽霊とか怪物とかの話に明るいって聞くけど、実際に目にする機会はないから驚くんだろうね。
まあ、それも含めて此処での体験を楽しんでほしいと思うよ。私は。
此処は、ホテル・ミラージュ。世に幽霊や怪物と揶揄される者たちが働く、世界の狭間に存在する小さな旅館だ。
彼らが紡ぐ日常の物語を、是非とも楽しんでいってくれたまえ。
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