三十路の魔法使い

高柳神羅

文字の大きさ
上 下
155 / 164

第146話 最後の邂逅

しおりを挟む
 剣と魔法が存在する世界にある城、と言うと、大抵の人は優雅で窓の多い、いわゆるゴシック建築とかバロック建築様式を取り入れて建てられた豪華な建物を想像するだろう。パラス王国にあった城はまさにそういうタイプの建物だったので、俺が初めてそれを目にした時は「まさしく城だ」という感想を抱いたものだった。
 しかし厳密に言うと、『城』のカテゴリに区分される建物には幾つか種類が存在していて、その用途に応じて構造や呼び名が変わるらしい。
 外敵から戦略上重要となる地点を守り、攻撃から防ぐために建てられる『砦』。
 砦を更に発展させ、敷地面積を広く取り多くの施設を設けて城壁を厚く頑丈にさせた『城塞』。
 戦に対する防衛機能よりも居住性や壮大さ、豪華さを重視した『城館』。パラス王国の城がこのタイプだ。
 領地の中心部に建てられ、行政機関としての役割を大きく担う『宮殿』。
 今目の前に存在しているこの城は──外観的には、城塞と呼ぶのが最も相応しいと言えるだろう。
 背の高い建物はなく、この世界にある一般的な貴族の屋敷をもう少しだけ大きくしたような外観は、黒一色で統一されている。微妙に光沢があるようにも見える謎の石で継ぎ目もなく造られているその城は、千里眼の魔法で上空から見下ろすと、正五角形の形をしていることが分かった。かつて見たファルティノン王国の六芒星を思い出させる、綺麗に整えられた形だ。
 外壁はなく、城の周囲は崖で完全に分断されており、城だけが周囲から孤立したような形になっている。元々そういう地形で後からそこに城を建てたのか、それとも城を建てた後に魔帝が魔法か何かで地面を切り離したのかは分からないが……そういう地形なので、徒歩では城に近付くことすらできないようになっていた。
 崖の幅はかなりあり、跳んで渡ることすら到底不可能だ。周辺に橋になるものが隠されているような痕跡もない。魔帝は空を飛んでるから橋なんてなくても困らないのだろうが、飛べない奴はどうやって城に出入りしているんだろうかと首を捻りたくなる。
 まあ、外敵からの襲撃を防ぐという意味で言えば、この形は理想的なんだろうが……
「……お約束だよな。ラスボスの城にすんなり入れるわけがないってのは」
 崖を覗き込んでみるが、底は見えなかった。奈落、と呼べるほどではないにせよ、相当深いことは間違いなさそうだ。多分生身の人間が落ちたら間違いなく助からない。
 絶対に、何処かに向こう側に渡るための方法はあるはず。まずはそれを見つけ出さないと。
 とりあえず、崖の周辺を回って様子を詳しく調べてみるか……
 俺たちが移動しようとした、その時だった。

「お久しぶりですね、ハルさん」

 聞き覚えのある声が、俺のことを背後から呼び止めた。
 振り向くと──いつの間にそこにいたのか、白いローブを纏って片手に真紅の大鎌を携えたエルフの青年が、微笑を浮かべて俺のことを見つめていた。
 以前会った時と同様に赤い鬼の仮面を被っているため、口元の様子しか見えていない。しかしそれでも、仮面の裏で目元を細めている様子が、何となくだが発せられる雰囲気で感じ取れる。
「……あの御方のお膝元……私たちの家へと、遠路はるばる、ようこそ。ダンジョンの方では……随分と、御苦労をなされたようですね? でも、それにも屈せずに此処までいらして下さって、私は大変嬉しいです。それでこそ、此処でこうしてお待ちしていた甲斐があったというものです」
「ユーリル……」
 魔帝の忠実な下僕を公言する男。
 彼が此処に姿を現したということは、その目的は、ひとつしかない。
「……始末しに来たというわけか。俺たちのことを」
「無論、最終的にはそうなるでしょうけどね。それが私に与えられた使命なので。……ですが、今は違います」
 ユーリルは俺の言葉を否定して、あっさりと首を振った。
「今の私は、単なる見物人です。……約束、してしまいましたので。貴方と彼の決着が着くまで、私は一切手を出さないと。大切な家族の願い事は……聞いてあげなければ、あの御方に叱られてしまいますからね?」
 その言葉を待っていたかのように。
 ユーリルの方へと意識を向けていた俺たちの背後に、新たな気配が現れる。
 そちらに視線を向ければ。
 全身黒で身を固め、鳥の兜を目深に被って顔を隠し、巨大な剣を持った騎士が、無言でその場に佇んでいた。

 我はラルガで待つ。そこで決着を着けよう。

 奴が俺に言い残していった言葉が記憶に蘇る。
 ──そうか。此処が、その決着の場所として奴が選んだ舞台だということか……
「ハルさん。彼は、貴方との一騎打ちを望んでいます。貴方にその気がなくても、受けて頂きますよ。……他の方々は、邪魔です。しかし好き勝手にうろつき回られてもこちらとしては迷惑ですから、貴方たちには、私と共に二人の決闘の見届け人となって頂きましょう」
 ばきばきばきばきッ!
 ユーリルの言葉が終わると同時に、フォルテたちの足下から赤い鉱物の結晶が幾つも生えてきた。
 それらは結合しながら巨大な壁へと成長していき、その場にいた俺以外の全員を取り込んで、拘束してしまった!
「なっ!?」
「な……何、これっ!? 体が、取り込まれて……!」
「嫌っ、動けな、……きゃああああっ!」
「……完全に魔血の中に閉じ込めてしまうこともできたんですけどね。しかしそれでは貴方たちも退屈でしょうから、二人の決闘を見学できるように頭だけは自由に動かせるようにしておきましょう。ただし、余計なことはできないように頭以外の箇所は拘束させてもらいます。発言は許しますから、そこで大人しくなさっていて下さい」
 真紅に輝くルビーのような岩の中から頭だけを生やすような格好にされた皆を見上げながら、ユーリルもまたその岩の一角に飛び乗り、そこに腰を下ろした。
「……さあ、こちらの準備は整いましたよ、バルムンク。存分に戦り合って下さい。お約束通り、決着が着いてどちらか一方が死ぬまで、私は一切手を出しませんから……せいぜい楽しませて頂くとしましょうか。……ああ、そうそう」
 何やらわざとらしく何かを思い出したような素振りを見せながら、彼は言う。
「せっかくですから、貴方もハルさんにサービスしてあげたら如何です? 例えば……そうですね。あの御方以外誰も目にしたことのない、貴方の素顔を見せて差し上げるとか」
「……無意味なことはしない。我の顔など、晒したところで何になる。この男とて、これから殺し合いをする相手の顔など興味はないはずだ」
 バルムンクはユーリルの言葉をあっさりと切って捨てた。
 人前では常に兜を被って隠した奴の顔。全く気にならないといえば、それは嘘になるが……
 やれやれ、とユーリルは苦笑して肩を竦めた。
「そうですか、それは残念ですね。最後なんですから、見せて下さっても良いと思うのですが。……まあ、無理強いは致しません。ですが、私も前々から気になってはいましたので……もしも、貴方が敗れて死んだ場合。その時は、私が貴方の兜を脱がせて皆さんに素顔を晒してしまっても、構いませんよね? ハルさんだって、勝者となった褒美くらいは、欲しいでしょうから」
「………… 死人に口はない。その時は好きにするがいい」
 一瞬だけバルムンクが返答を躊躇ったように見えたのは、俺の気のせいだったのだろうか。
 ひょっとして……ユーリルは、からかったのか? バルムンクがこういう反応をすることを分かってて、わざとこんなことを言って。
 バルムンクは大剣を右手一本で無造作に真横に構え、俺に告げた。
「召喚勇者ハル。神に愛され神から力を授かった選ばれし勇者ものよ。長らく続いてきたお前と我との関係も、これで終いだ。我が主の前に立ちたくば、囚われた仲間を救いたくば、我と戦い……討ってみせよ。しかし我とて我が主に選ばれし力を授けられた騎士、そう簡単に倒されはせん。……最高の、殺し合いをしようではないか」
 奴の全身から殺気が滲み出て、周囲へと広がっていく。
 その時じゃないからと戦うことを拒否し、囚われた俺をわざと助けるような真似をして、己の仲間まで容赦なく手にかけた魔道騎士。
 奴が得体の知れない存在であることは相変わらずだ。今だってあの兜の下で何を考えているのか皆目見当もつかないし、できることならば関わりたくはない。
 だが……此処で奴と戦い、倒さない限り、囚われた皆を助けることはできない。
 ……やってやる。この勝負、絶対に勝ってみせる!
 俺たちの目的は、魔帝を討つこと。そのために犠牲を払ってまで此処まで来たのだ。こいつは行く手を阻むだけの単なる障害であって、ただの通過点にしか過ぎないのだから!
 俺は深く息を吸い、構えを取った。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

小さな大魔法使いの自分探しの旅 親に見捨てられたけど、無自覚チートで街の人を笑顔にします

藤なごみ
ファンタジー
※2024年10月下旬に、第2巻刊行予定です  2024年6月中旬に第一巻が発売されます  2024年6月16日出荷、19日販売となります  発売に伴い、題名を「小さな大魔法使いの自分探しの旅~親に見捨てられたけど、元気いっぱいに無自覚チートで街の人を笑顔にします~」→「小さな大魔法使いの自分探しの旅~親に見捨てられたけど、無自覚チートで街の人を笑顔にします~」 中世ヨーロッパに似ているようで少し違う世界。 数少ないですが魔法使いがが存在し、様々な魔導具も生産され、人々の生活を支えています。 また、未開発の土地も多く、数多くの冒険者が活動しています この世界のとある地域では、シェルフィード王国とタターランド帝国という二つの国が争いを続けています 戦争を行る理由は様ながら長年戦争をしては停戦を繰り返していて、今は辛うじて平和な時が訪れています そんな世界の田舎で、男の子は産まれました 男の子の両親は浪費家で、親の資産を一気に食いつぶしてしまい、あろうことかお金を得るために両親は行商人に幼い男の子を売ってしまいました 男の子は行商人に連れていかれながら街道を進んでいくが、ここで行商人一行が盗賊に襲われます そして盗賊により行商人一行が殺害される中、男の子にも命の危険が迫ります 絶体絶命の中、男の子の中に眠っていた力が目覚めて…… この物語は、男の子が各地を旅しながら自分というものを探すものです 各地で出会う人との繋がりを通じて、男の子は少しずつ成長していきます そして、自分の中にある魔法の力と向かいながら、色々な事を覚えていきます カクヨム様と小説家になろう様にも投稿しております

転生したら親指王子?小さな僕を助けてくれたのは可愛いものが好きな強面騎士様だった。

音無野ウサギ
BL
目覚めたら親指姫サイズになっていた僕。親切なチョウチョさんに助けられたけど童話の世界みたいな展開についていけない。 親切なチョウチョを食べたヒキガエルに攫われてこのままヒキガエルのもとでシンデレラのようにこき使われるの?と思ったらヒキガエルの飼い主である悪い魔法使いを倒した強面騎士様に拾われて人形用のお家に住まわせてもらうことになった。夜の間に元のサイズに戻れるんだけど騎士様に幽霊と思われて…… 可愛いもの好きの強面騎士様と異世界転生して親指姫サイズになった僕のほのぼの日常BL

愚か者の話をしよう

鈴宮(すずみや)
恋愛
 シェイマスは、婚約者であるエーファを心から愛している。けれど、控えめな性格のエーファは、聖女ミランダがシェイマスにちょっかいを掛けても、穏やかに微笑むばかり。  そんな彼女の反応に物足りなさを感じつつも、シェイマスはエーファとの幸せな未来を夢見ていた。  けれどある日、シェイマスは父親である国王から「エーファとの婚約は破棄する」と告げられて――――?

転生したら幼女でした!? 神様~、聞いてないよ~!

饕餮
ファンタジー
  書籍化決定!   2024/08/中旬ごろの出荷となります!   Web版と書籍版では一部の設定を追加しました! 今井 優希(いまい ゆき)、享年三十五歳。暴走車から母子をかばって轢かれ、あえなく死亡。 救った母親は数年後に人類にとってとても役立つ発明をし、その子がさらにそれを発展させる、人類にとって宝になる人物たちだった。彼らを助けた功績で生き返らせるか異世界に転生させてくれるという女神。 一旦このまま成仏したいと願うものの女神から誘いを受け、その女神が管理する異世界へ転生することに。 そして女神からその世界で生き残るための魔法をもらい、その世界に降り立つ。 だが。 「ようじらなんて、きいてにゃいでしゅよーーー!」 森の中に虚しく響く優希の声に、誰も答える者はいない。 ステラと名前を変え、女神から遣わされた魔物であるティーガー(虎)に気に入られて護られ、冒険者に気に入られ、辿り着いた村の人々に見守られながらもいろいろとやらかす話である。 ★主人公は口が悪いです。 ★不定期更新です。 ★ツギクル、カクヨムでも投稿を始めました。

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

プラス的 異世界の過ごし方

seo
ファンタジー
 日本で普通に働いていたわたしは、気がつくと異世界のもうすぐ5歳の幼女だった。田舎の山小屋みたいなところに引っ越してきた。そこがおさめる領地らしい。伯爵令嬢らしいのだが、わたしの多少の知識で知る貴族とはかなり違う。あれ、ひょっとして、うちって貧乏なの? まあ、家族が仲良しみたいだし、楽しければいっか。  呑気で細かいことは気にしない、めんどくさがりズボラ女子が、神様から授けられるギフト「+」に助けられながら、楽しんで生活していきます。  乙女ゲーの脇役家族ということには気づかずに……。 #不定期更新 #物語の進み具合のんびり #カクヨムさんでも掲載しています

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

自分が作ったSSSランクパーティから追放されたおっさんは、自分の幸せを求めて彷徨い歩く。〜十数年酷使した体は最強になっていたようです〜

ねっとり
ファンタジー
世界一強いと言われているSSSランクの冒険者パーティ。 その一員であるケイド。 スーパーサブとしてずっと同行していたが、パーティメンバーからはただのパシリとして使われていた。 戦闘は役立たず。荷物持ちにしかならないお荷物だと。 それでも彼はこのパーティでやって来ていた。 彼がスカウトしたメンバーと一緒に冒険をしたかったからだ。 ある日仲間のミスをケイドのせいにされ、そのままパーティを追い出される。 途方にくれ、なんの目的も持たずにふらふらする日々。 だが、彼自身が気付いていない能力があった。 ずっと荷物持ちやパシリをして来たケイドは、筋力も敏捷も凄まじく成長していた。 その事実をとあるきっかけで知り、喜んだ。 自分は戦闘もできる。 もう荷物持ちだけではないのだと。 見捨てられたパーティがどうなろうと知ったこっちゃない。 むしろもう自分を卑下する必要もない。 我慢しなくていいのだ。 ケイドは自分の幸せを探すために旅へと出る。 ※小説家になろう様でも連載中

処理中です...