三十路の魔法使い

高柳神羅

文字の大きさ
上 下
146 / 164

第138話 結ばれた円と六つの宝石

しおりを挟む
 台座に描かれている魔法陣みたいな模様と、そこに置かれていた六種類の宝石。
 仕掛けを作動させるには、この魔法陣と宝石が何を表しているのかを理解する必要がある。
 まずひとつの可能性として挙げられる謎解きに必要な行為は、魔法陣に描かれている小さな円の中に一個ずつ宝石を並べて置いていくことだ。
 円の数は六つで、宝石の数も六個。数が同じだし、一緒に揃えられた状態で結界に封印されていたものだから、これに関してはほぼ確定事項だと思う。
 だが、どのように宝石を置くか? それが問題だ。
 適当に置けばいいってものじゃないことは流石に予想が付く。そんなことをしたら、先の杯の部屋みたいに謎解きを間違えた『おしおき』が来るかもしれない。それはなるべく避けたい。
 宝石が意味しているものは何なのか。それを解明しない限り、並べる順番が分からない。
 でも、六個の宝石で表せるもの……そんなものって、あるのか?
「……分かるか?」
 フォルテに尋ねると、俺の隣で真剣に魔法陣と宝石を見比べていたフォルテは、首を捻った。
「……ううん、分からない。小さい丸の中に宝石を置けばいいのかなってことは、何となく分かるんだけど」
「それは俺も分かった。でもどういう置き方をするかだ。杯の部屋もパネルの部屋もそうだったし、適当に置いて済むような仕掛けなんて、今更此処で出してこないと思う」
 強力な結界で封印された仕掛けの一部。ひょっとしたら結界を解除する手段を発見することこそが最大の謎解きだったのかもしれないが……仮にそうだったとしても、封印までしていた仕掛けの動かし方がそんな粗末すぎる内容のものだとは、思いたくなかった。
「何か、思い当たるものはないか? 六個の宝石で表現できる何か。例えば、生き物とか、星とか……このダンジョン自体が相当古いものだから、昔でも当たり前みたいに存在していた何かだと思う。何でもいいんだが」
「誰でも知ってる、昔からあるもの……神様、とか?」
「……ふむ」
 この世界に存在している神々、か……
 昔の人が神の存在を信じていた、という話はよく耳にすることだが、仮に宝石が示しているものが神だとして、六個の宝石で表現できるような特定の神なんて、いるのか?
 俺が実在していると知っている神だけで既に四人。あいつらを管轄しているらしい更に偉い神を含めたら五人、エルフや精霊たちの守護神であるアルヴァンデュースを加えれば六人になる。アマテラスは日本の神なので数には含めないが、既にそれだけの人数の神が存在していると分かっているのだ。
 神の寿命なんて平気で何千年以上もありそうだし、このダンジョンができた頃から地上の人々に存在を知られている神なんて、それこそ山のようにいそうな気がする。そこから特定の六人を割り出すというのは……
 いや、此処で俺だけが考え込んでいても分からないものは分からない。こういうのは、素直に当人たちに訊いた方が早そうだ。
 神に頼るというのは反則な気がしないでもないが、状況が状況である。利用できるものは何でも利用する、それが俺だ。
『おい、アルカディア。ちょっと訊きたいことがある。聞こえてたら返事してくれ』
 俺は頭の中で神界にいるであろうアルカディアに呼びかけてみた。
 以前こちらから呼びかけた時には反応したから、俺の声が神界に届いていないってことはありえない。俺を無下に扱ったらビールが手に入らなくなることをあいつは理解しているから、面倒だと思っても無視はしないはずだ。
 だが、俺の予想に反してアルカディアからの反応はなかった。
『……アルカディア? いや、もうこの際誰でもいいんだが。ソルレオン? シュナウス? スーウール? 誰もいないのか? 気付いてたら返事してくれよ』
 やはり反応はない。
『アルカディア、あんたいつも一方的に俺に話しかけてくるくせに俺からの話は無視するのかよ。次回からのビール献上なしにするぞ。聞いてるのか、おい』
 俺の必殺ビール献上やめるぞ攻撃にも全く返事がない。
 ……どうやら、俺の声が届かない場所にいるか、それとも反応ができないくらいに何かに追われているのか……とりあえずあいつらの助言が期待できないということだけは理解した。
 俺は溜め息をついて頭を掻いた。
 それを怪訝そうに見つめながら、フォルテが俺の心配をしてくる。
「大丈夫? ハル。疲れたの?」
「……いや、大丈夫だ。まあ体はそこそこ疲れてるけどな。でも頭はまだまだ回るから、心配しなくていい」
「そう」
「神様、な……なかなかいい線いってる考えだとは思うんだが、どの宝石が何の神を表しているのかが予想付かない。神って下手したら何十人もいそうだろ。そこから特定の六人を割り出すってのは厳しいんじゃないか?」
「神様ってそんなにたくさんいるものなの? ……でも、そうよね。召喚獣だって何十種類っているくらいだもの。神様だってそのくらいいたって不思議じゃないわよね」
 召喚獣ってそんなに種類があるのか。俺はヴァイス以外を召喚したことはないし、召喚獣は同時に二匹以上の存在を同じ場所に召喚することはできないって決まりがあるから、ヴァイスを送還できない俺にしてみれば召喚魔法なんて既に使えないものと同じような代物と化している。だから興味を抱くことも気にしたこともなかったな、今まで。
 フォルテは同時に何個も日本からものを召喚しているが……あれは召喚獣じゃなくて『物体』だからな。多分召喚獣扱いじゃないから、その法則は適用されていないのだろう。便利といえば便利だから、今更それをおかしいと指摘する気はないが。
「神様じゃないとすると……何があるかしら。きっと六つの丸が円で繋がってるのにも意味はあるのよね。繋がった関係性のあるもの。優劣のない同じもの。……宝石の数が六個じゃなくて三個だったら、王家と領民と奴隷の関係性を表してるのかなって、思ったんだけど」
「……何だ? それ」
「賭け事なんかでよく遊ばれてるカードゲームに、そういうものがあるの。カードゲーム自体はそんなに大昔からあるものじゃないんだけど、ゲームのルールになってる三者の関係のルーツは古来の歴史とか文化を記した貴重な記録書の内容が元になってるって聞いたことがあるわ」
 王家と、領民と、奴隷。それは一方に対して強く、もう一方に対しては弱い、いわゆる三竦みの関係にある存在らしい。
 王家は領民を支配して身分と財を成し、領民は奴隷を支配して己の生活を成り立たせ、奴隷は人間としての権利を持たぬが故に王家の支配の影響を受けることもないため玉砕覚悟で王家を滅ぼすことが可能な唯一の存在。すなわち王家は領民に強く、領民は奴隷に強く、奴隷は王家に強い。そういう関係性を持っているのだという。
 カードゲームでは、対戦者同士が同時に任意のカードを場に出してその図柄の種類で勝敗を決めているらしい。
 つまり、日本で言うじゃんけんのようなもの……有名な例え話で言うと、蛇と蛙とナメクジの関係と同じようなものだ。
 一方に強く一方に弱いから、これらの三者は対等な立場として図にすると正三角形もしくは円で繋がれた存在として描き表されることが多い。
 その法則を当てはめて考えるのなら、此処にある六個の宝石は三竦みならぬ六竦みの関係性を持っているものということになる。六つの円がひとつの円で繋がれている図形の構図も、それに因んで描かれたものとして考えることができる。
 可能性は、ある。特定の神などという分からないもののことを考えるよりも、そちらの方がよほど内容が明確で分かりやすい。
 だが……六竦みの関係を持つもの。そんなものってあるのか?
 そもそも、此処にある六種類の宝石。宝石なんて他にも種類は山ほどあるというのに、どうしてこの六種類なんだ?
 ルビーやサファイアは宝石としては有名どころだし、他の宝石もまあ珍しいものではないが、どれも此処にはないエメラルドとかダイヤモンドと比較したらマイナーな種類だし、アンバーは要は琥珀のことなのだが琥珀なんて宝石じゃなくて単なる樹液の塊だって言う奴もいるように、そもそも宝石だと認識していない人間だっているような代物だ。昔の人間にも、そういう考え方をしていた奴は少なからずいたはずである。
 きっと、どうしてこの種類の宝石が使われているのかにも意味があるのだ。宝石の種類そのものが何かを表現しているのである。
 何だろう。色? パワーストーンとしての効果? でも宝石をパワーストーンとして見る文化は地球のものだから、同様の文化が千年以上も昔のこの世界に浸透していたのかと問われたら微妙な気はする。そもそも種類が違う石でも効果は同じってやつは結構あるらしいからな。
 仮に、色にこそこの宝石が選ばれたという理由があると考えよう。
 此処にある色は、赤、青、黄緑、水色、紫、黄……
 赤青黄は三原色だから此処にあるのは不思議じゃないとして、残りの三色が選ばれた理由は何だ?
 色に明確な差を付けたいのなら、もっと他に適している色があったと思う。例えば白とか黒とか。黄緑と水色は淡色系で曖昧な色だし、そもそも水色なんて青の同系色なんだから青と一緒に揃える必要性は殆どないように思える。紫は赤と青の中間色だし色的にもはっきりしているから選ばれたのは分かるが、それだったら何故青と黄の中間色である緑を用意しないで代わりに黄緑を選んだのかという疑問が出てくる。
 そこにこそ、色の関係性を解くヒントが隠されていると思う。どうして緑でなく黄緑でなければならなかったのか。青が既にありながら更に水色を用意したのか。
 本格的に長考に入ろうとした俺の足先が、ひやりとした感覚を感じ取った。
 何かと思い足下に視線を落とすと──俺の足先が水に浸かっている光景が目に飛び込んできた。
 この水は、さっきから水路から溢れ出てきている水だ。水の流出量が尋常ではない上に全く止まっていないから、遂に此処の床全体が水没してしまったのである。
 今はまだ足の裏が浸っている程度で済んでいるが、このまま水が止まらなければ、此処は水没してしまう。
 水かさが増えればそのまま泳ぐ要領で上まで運ばれて出口に行けるようになるかもしれないが、それを暢気に待っている時間なんてない。下手をすればこの部屋どころではなくダンジョン全体が水の底だ。
「……フォルテ、この宝石の種類や色から連想できる六つのものがないか考えてくれ。ぐずぐずしてると俺たち全員魚になっちまう」
「うん、分かった!」

 ──その時、海溝王の怒号とも呼べる激しい咆哮が空間全体に響き渡った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

キャンピングカーで往く異世界徒然紀行

タジリユウ
ファンタジー
《第4回次世代ファンタジーカップ 面白スキル賞》 【書籍化!】 コツコツとお金を貯めて念願のキャンピングカーを手に入れた主人公。 早速キャンピングカーで初めてのキャンプをしたのだが、次の日目が覚めるとそこは異世界であった。 そしていつの間にかキャンピングカーにはナビゲーション機能、自動修復機能、燃料補給機能など様々な機能を拡張できるようになっていた。 道中で出会ったもふもふの魔物やちょっと残念なエルフを仲間に加えて、キャンピングカーで異世界をのんびりと旅したいのだが… ※旧題)チートなキャンピングカーで旅する異世界徒然紀行〜もふもふと愉快な仲間を添えて〜 ※カクヨム様でも投稿をしております

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

娘の命を救うために生贄として殺されました・・・でも、娘が蔑ろにされたら地獄からでも参上します

古里@10/25シーモア発売『王子に婚約
ファンタジー
第11回ネット小説大賞一次選考通過作品。 「愛するアデラの代わりに生贄になってくれ」愛した婚約者の皇太子の口からは思いもしなかった言葉が飛び出してクローディアは絶望の淵に叩き落された。 元々18年前クローディアの義母コニーが祖国ダレル王国に侵攻してきた蛮族を倒すために魔導爆弾の生贄になるのを、クローディアの実の母シャラがその対価に病気のクローディアに高価な薬を与えて命に代えても大切に育てるとの申し出を、信用して自ら生贄となって蛮族を消滅させていたのだ。しかし、その伯爵夫妻には実の娘アデラも生まれてクローディアは肩身の狭い思いで生活していた。唯一の救いは婚約者となった皇太子がクローディアに優しくしてくれたことだった。そんな時に隣国の大国マーマ王国が大軍をもって攻めてきて・・・・ しかし地獄に落とされていたシャラがそのような事を許す訳はなく、「おのれ、コニー!ヘボ国王!もう許さん!」怒り狂ったシャラは・・・ 怒涛の逆襲が始まります!史上最強の「ざまー」が展開。 そして、第二章 幸せに暮らしていたシャラとクローディアを新たな敵が襲います。「娘の幸せを邪魔するやつは許さん❢」 シャラの怒りが爆発して国が次々と制圧されます。 下記の話の1000年前のシャラザール帝国建国記 皇太子に婚約破棄されましたーでもただでは済ませません! https://www.alphapolis.co.jp/novel/237012270/129494952 小説家になろう カクヨムでも記載中です

処理中です...