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第130話 海溝迷宮に眠る千年来の伝説
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海溝迷宮シーノルド・ブリーズ。
魚人領と魔族領を隔てる大海の間には巨大な海溝が存在し、そこから湧き出るように発生している海流によって潮の流れが複雑化しているせいで、普通の船では渡航することは不可能なのだという。
その海溝の底に隠されるようにして千年以上も前から存在しているダンジョン。それが、海溝迷宮と呼ばれる所以なのだ。
ダンジョンは、通常出入口はひとつしか存在しない。何故此処だけが出入口が二つ存在し、それらがそれぞれ魚人領と魔族領を結ぶ形で繋がっているのか。その理由は明らかになっていないらしい。ダンジョンが成長する過程で偶然出口が複数できてそれがたまたま二つの大陸を繋ぐ形になったのだと言う者もいれば、このダンジョンは意図的に誰かが設計して作ったものなのだと言う者もいる。ダンジョンが水没しているせいで調査もままならないため、結果として此処は現存するダンジョンの中で最も謎の多いダンジョンとして認知されていた。
このダンジョンに最後に人が足を踏み入れたのが、およそ二百年ほど前だと言われている。その時は内部調査の名目で、当時の人間領や魔族領や魚人領から選出された騎士や魔法使いで編成された混成部隊三十名余りがダンジョンへと入っていったそうだ。戦士としては参加しなかったが、エルフやドワーフも物資の提供といった形で調査隊に協力していたという。
それだけの大規模な部隊であったにも拘らず、調査隊は壊滅。瀕死の状態で戻ってきた一人の斥候役の人間以外は、そのまま二度と戻って来ることはなかったらしい。
その生き残りが言うには、ダンジョンの奥地に、信じられないほどに巨大な何かが巣食っていたという。
それが何だったのかは巨大すぎるせいで確認できなかったのだそうだ。ただ、それに殺されないように逃げ延びることしかできなかったらしい。
この話が決め手となって、ダンジョンの調査は断念された。ダンジョンは協議の結果誰も立ち入ることができないように封印されることが決まり、その封印と管理役を魚人族が担うことになった。
ダンジョンは、当時の状態のまま長らく封印されて眠りについていた。当時目撃されたその巨大な何かも、寿命で死んでいなければ今でもそのままダンジョンの何処かに棲んでいるだろうとのことだった。
その災禍を封じていたダンジョンの封印が、今、解かれていく──
ナナルリが扉に設けられた鍵穴に例の短剣を差し込んで、一時間。
遂に、閉ざされていたその扉が重たい音を立てて左右に開いたのだった。
中から流れてくる濃い水の匂いと、冷やりとした空気。
その中に溶け込んだ何かがとても濃く、真正面に立っているだけで胃の辺りをきゅっと掴まれたような感覚を感じる。
かつて足を踏み入れたアマヌのダンジョンとは全然違う。
まさに此処は、死地だった。
「……わたしたちにできるのは、ここまでです。申し訳ありません……せめて内部の様子に詳しければ、出口まで御案内することもできたでしょうに」
「その気持ちだけで十分だよ。ありがとな」
開いた入口の横で申し訳なさそうに頭を下げるナナルリたちに、気にするなと笑顔を返す。
ダンジョンの入口は小さな石造りの祠のような建物の中に下り階段が存在していて、そこを下っていくと青緑の珊瑚で作られているかのような質感の扉が立っている、そういう構造になっている。
因みに祠とは言ったが、それほど立派な建物ではない。等間隔に円形に並んだ岩の上に屋根代わりの岩が無造作に乗っかっている、そんな代物だ。鯨みたいにでかい生き物が体当たりしてきたら余裕で屋根も柱代わりの岩も吹っ飛ぶだろう。そうなったらまず間違いなくこの階段も埋もれてダンジョンの中には入れなくなる。先に虚無を駆除しておいたのは正解だったな。あいつらに目をつけられていたら今頃祠を壊されてダンジョンの封印を解くどころではなくなっていたはずだ。
祠の中には何らかの力が働いているのか、柱に囲まれている内側の部分だけは空気で満たされており、水は一切入ってこない。そのお陰で、俺たちは風の障壁で防御しなくても普通に呼吸することができていた。
風の障壁を展開させる必要がある状況だと、ゼファルトは障壁の維持に手一杯で妖異との戦闘には参加できなくなる。戦力が一人いるのといないのとでは危険度が全然変わるのだ。だから空気がある環境というのは有難い。
だが、この状況は封印を解かれたことによって一時的に作り出されたものでしかない。ナナルリの予想通りなのだとしたら、六時間──それを過ぎれば、ダンジョンは水没して俺たちの行動は大きく制限されることになる。
何としても、タイムリミットが来る前に魔族領側の出口を見つけて外へと出なければ。
「時間が惜しい。早速突入するぞ」
「ああ。分かってる」
先陣を切ってゼファルトが扉をくぐり中へと入っていく。
俺はこちらを心配そうに見つめているナナルリの方へと向き直った。
「……それじゃあ、俺たちは行くよ。元気でな。あの卵もちゃんと元気な赤ん坊が産まれてくるといいな」
「わたしたちを救って下さり、そしてわたしの子供に未来を与えて下さった貴方たちのことは、一生忘れません。……いつかまた、貴方たちがニクロウルズに訪れた時。その時に、かつての賑わいをお見せできるように……精一杯頑張ってこの国を再建してみせます。旅の目的を果たし、世界に平和が訪れた暁には……また、いらして下さい。お待ちしております」
『ありがとうございました! 勇者様!』
声を揃えて礼を言う侍女たち。
俺たちは魚人族たちに見送られながら、扉の向こうに広がる闇の中へと足を踏み入れたのだった。
魚人領と魔族領を隔てる大海の間には巨大な海溝が存在し、そこから湧き出るように発生している海流によって潮の流れが複雑化しているせいで、普通の船では渡航することは不可能なのだという。
その海溝の底に隠されるようにして千年以上も前から存在しているダンジョン。それが、海溝迷宮と呼ばれる所以なのだ。
ダンジョンは、通常出入口はひとつしか存在しない。何故此処だけが出入口が二つ存在し、それらがそれぞれ魚人領と魔族領を結ぶ形で繋がっているのか。その理由は明らかになっていないらしい。ダンジョンが成長する過程で偶然出口が複数できてそれがたまたま二つの大陸を繋ぐ形になったのだと言う者もいれば、このダンジョンは意図的に誰かが設計して作ったものなのだと言う者もいる。ダンジョンが水没しているせいで調査もままならないため、結果として此処は現存するダンジョンの中で最も謎の多いダンジョンとして認知されていた。
このダンジョンに最後に人が足を踏み入れたのが、およそ二百年ほど前だと言われている。その時は内部調査の名目で、当時の人間領や魔族領や魚人領から選出された騎士や魔法使いで編成された混成部隊三十名余りがダンジョンへと入っていったそうだ。戦士としては参加しなかったが、エルフやドワーフも物資の提供といった形で調査隊に協力していたという。
それだけの大規模な部隊であったにも拘らず、調査隊は壊滅。瀕死の状態で戻ってきた一人の斥候役の人間以外は、そのまま二度と戻って来ることはなかったらしい。
その生き残りが言うには、ダンジョンの奥地に、信じられないほどに巨大な何かが巣食っていたという。
それが何だったのかは巨大すぎるせいで確認できなかったのだそうだ。ただ、それに殺されないように逃げ延びることしかできなかったらしい。
この話が決め手となって、ダンジョンの調査は断念された。ダンジョンは協議の結果誰も立ち入ることができないように封印されることが決まり、その封印と管理役を魚人族が担うことになった。
ダンジョンは、当時の状態のまま長らく封印されて眠りについていた。当時目撃されたその巨大な何かも、寿命で死んでいなければ今でもそのままダンジョンの何処かに棲んでいるだろうとのことだった。
その災禍を封じていたダンジョンの封印が、今、解かれていく──
ナナルリが扉に設けられた鍵穴に例の短剣を差し込んで、一時間。
遂に、閉ざされていたその扉が重たい音を立てて左右に開いたのだった。
中から流れてくる濃い水の匂いと、冷やりとした空気。
その中に溶け込んだ何かがとても濃く、真正面に立っているだけで胃の辺りをきゅっと掴まれたような感覚を感じる。
かつて足を踏み入れたアマヌのダンジョンとは全然違う。
まさに此処は、死地だった。
「……わたしたちにできるのは、ここまでです。申し訳ありません……せめて内部の様子に詳しければ、出口まで御案内することもできたでしょうに」
「その気持ちだけで十分だよ。ありがとな」
開いた入口の横で申し訳なさそうに頭を下げるナナルリたちに、気にするなと笑顔を返す。
ダンジョンの入口は小さな石造りの祠のような建物の中に下り階段が存在していて、そこを下っていくと青緑の珊瑚で作られているかのような質感の扉が立っている、そういう構造になっている。
因みに祠とは言ったが、それほど立派な建物ではない。等間隔に円形に並んだ岩の上に屋根代わりの岩が無造作に乗っかっている、そんな代物だ。鯨みたいにでかい生き物が体当たりしてきたら余裕で屋根も柱代わりの岩も吹っ飛ぶだろう。そうなったらまず間違いなくこの階段も埋もれてダンジョンの中には入れなくなる。先に虚無を駆除しておいたのは正解だったな。あいつらに目をつけられていたら今頃祠を壊されてダンジョンの封印を解くどころではなくなっていたはずだ。
祠の中には何らかの力が働いているのか、柱に囲まれている内側の部分だけは空気で満たされており、水は一切入ってこない。そのお陰で、俺たちは風の障壁で防御しなくても普通に呼吸することができていた。
風の障壁を展開させる必要がある状況だと、ゼファルトは障壁の維持に手一杯で妖異との戦闘には参加できなくなる。戦力が一人いるのといないのとでは危険度が全然変わるのだ。だから空気がある環境というのは有難い。
だが、この状況は封印を解かれたことによって一時的に作り出されたものでしかない。ナナルリの予想通りなのだとしたら、六時間──それを過ぎれば、ダンジョンは水没して俺たちの行動は大きく制限されることになる。
何としても、タイムリミットが来る前に魔族領側の出口を見つけて外へと出なければ。
「時間が惜しい。早速突入するぞ」
「ああ。分かってる」
先陣を切ってゼファルトが扉をくぐり中へと入っていく。
俺はこちらを心配そうに見つめているナナルリの方へと向き直った。
「……それじゃあ、俺たちは行くよ。元気でな。あの卵もちゃんと元気な赤ん坊が産まれてくるといいな」
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『ありがとうございました! 勇者様!』
声を揃えて礼を言う侍女たち。
俺たちは魚人族たちに見送られながら、扉の向こうに広がる闇の中へと足を踏み入れたのだった。
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