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第107話 更に神が増えた
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最近何かを忘れているなとうっすら懸念してはいたのだが、ようやく思い出した。
あの酒飲み女神の存在を、忘れていたのだ。
無視するのは容易いが、そんなことをすればあいつは俺が相手をするまで延々と騒ぎ続けるだろう。
流石にあのくそやかましい声を長時間にも渡って聞かされ続けるのは御免である。
俺は周囲には分からない程度に小さく溜め息をついて、さり気なく店内の隅の方にあるテーブル席へと移動した。
そこにある椅子のひとつに腰を下ろし、頭の中で返事を返す。
『聞こえてるぞ。……何だよ、ビールの催促か? それならみんなが寝静まるまで待ってくれ。俺の方も、神様と頻繁に接触してるってあまり人に知られたくないんだよ』
俺はアルカディアたちに献上するビールを調達するためにフォルテに頼んで日本からわざわざビールを召喚してもらっているのだが、表向きは俺が飲みたいからってことにしているのだ。
召喚を頼む度にフォルテからは「そんなに飲むの?」的なニュアンスを含んだ目で見られているが……俺が神たちと頻繁に遣り取りしていると知られて無用な騒ぎを引き起こすよりは、俺が大酒飲みだと思われていた方が何倍もマシなのである。
俺の考えていることが筒抜けになっているなら、俺がそう思っていることも分かっているはずなのだが、アルカディアだからな……
アルカディアの反応を待っていると、彼女は普段と異なる何処となく歯切れの悪い言葉を返してきた。
『そうね。貴方の言いたいことは分かるわよ。私たちにしても、下界で貴方が神の能力を持っているって知れ渡って大騒ぎになって大主神様に感付かれるよりかは内緒にしてもらってた方が都合がいいし……分かってるのよ。分かってるんだけどね。今回は……その、貴方にお願いしたいことがあるっていうか』
『……何だよ』
神の頼みなんてろくなものじゃないからな。今回は何を頼んでくる気なんだか。
憮然と俺が問いかけると、アルカディアのものとは異なる、女の声が聞こえてきた。
『おお、ようやく話せるのか。そち、ただ話の席を設けるだけだというのにどん臭いのう。まあ、そちはポンコツじゃからな、仕方なきことか』
随分と幼い声だ。少女……と言うよりか、幼女だな。これは。
喋り方はかなり独特だ。イメージとしては平安時代くらいの日本にいる上流階級の姫って感じがする。
しかし、アルカディアを容赦なくポンコツ呼ばわりするとは……言動のイメージが上流階級の姫ってだけで、性格はあまりおしとやかではなさそうだな。
『おっさんよ。妾はスーウールと申す者。この神界一やんごとなき雅で可愛き女神じゃ。今日はそちに願い事がある故、アルカディアに話の席を設けてもらった次第じゃ』
……こいつも俺をおっさん呼ばわりするのか。アルカディアが俺のことを名前じゃなくおっさんって呼んでるから、ひょっとしたらそれを名前だと勘違いしているのかもしれないが……
同じ名前じゃない呼び方でも、ソルレオンの『異世界人』の方がまだ礼儀がなっていると思う。
……そういえば、先程からソルレオンの声は全く聞こえないが、今回は彼はこの場にはいないのだろうか?
そう俺が訝っていると、男の声が聞こえてきた。しかしソルレオンの声ではない。
『はぁい、異世界人ちゃん。初めまして。あたしはシュナウス、此処にいるスーウールとは兄妹の関係にある男神よ。神界では武神って呼ばれてるの。宜しくね』
地鳴りのように低い声だが、喋り方はまるで女である。
一瞬髭の濃い強面のオネエがウインクしている光景が脳裏に浮かび、俺は思わず鳥肌が立った腕を軽く擦った。
『実はね……異世界人ちゃん。あたしたち、聞いちゃったの。アルカディアちゃんとソルレオンちゃんが、貴方から美味しいお酒を貰ってるって話』
挨拶もそこそこに、シュナウスが本題を切り出してくる。
彼は穏やかに──これ以上にないってくらいに不気味なオーラ全開の女言葉で──言った。
『突然こんなお願いをするのは不躾だと思うんだけど……あたしたちにも、アルカディアちゃんたちと同じように異世界の美味しいお酒を貰えないかしら? もちろん、ただでなんて厚かましいことは言わないわ。お酒をくれた御礼に、あたしたちしか使えない神の能力をひとつ、授けてあげるから』
『妾は酒などという不味いものに興味はないでの。それよりも妾は異世界の美味しい馳走が味わいたいぞ。先程、そちは何か作っていたであろう? あれでも構わぬが……妾としては、やはり甘味が欲しいのう。この世界よりも美味しいものがたんと存在するそちの世界ならば、きっと甘味も素晴らしきものが揃っているであろうからな!』
『……どういうことだ、アルカディア』
半眼になって呻く俺に、アルカディアが慌てて弁解を始めた。
『私は秘密にしてたのよ! この二人が此処に来ちゃったのは、ソルレオンが軽々しくビールの話をシュナウスにしちゃったからでっ……ちょっとソルレオン、何自分は被害者だみたいな顔してるのよ! 逃げようったってそうはいかないからねっ!』
『……あー、うっかり口を滑らせたってのは認めるよ。けどそれに関してはもう謝っただろ。詫びにビールを一本分けてやるって言ったじゃないか』
ぼそっと呟くように聞こえてくるソルレオンの声。
いたのか、ソルレオン。普段と違って静かだからいるのが分からなかったよ。
まあ、今日は献上日だからアルカディアがいてソルレオンがいないなんてことがあるはずないしな。
それにしても、神が二人追加か……何かアルカディア以上に癖がありそうだし、無下に扱ったら後が怖そうだな。
俺としては神の能力なんていらないからこれ以上関わらないでほっといてほしいというのが本音だが、相手は神だし、それを馬鹿正直に言ったところで追い払えるとは到底思えない。
ここは要求を飲んで、相手が欲しがっているものを献上して能力を授けてもらってさっさと帰ってもらおう。
もう、二人も神を相手にしているのだ。それが今更四人に増えたところで大差はない。
『そういうわけだ、オレからも頼む。シュナウスたちにもビールを献上してやってくれ。……ああ、シュナウスは酒精が強い酒の方が好みだから、もしビール以上に強い酒があるなら、そっちをやった方が喜ぶかもしれないな。オレもビール以外の酒に興味があるし、お前次第ではあるんだが、今回はビール以外の酒を献上してくれると嬉しい』
ソルレオンが一歩引いた感じで言ってくる。この状況を生んだ原因が自分にあるという自覚があるからなのか、随分と大人しめだ。
酒精の強い酒……っていうと、ウイスキーとか、ウォッカとかか?
俺もそこまで酒の種類に詳しいわけじゃないし、所持金との兼ね合いもあるから、選択肢は限られてくるだろうが……試しに当たり障りのないところを選んでやるとするか。
後は……甘味か。酒を不味いと称するってことは、スーウールは大人が好むような癖や苦味のある食べ物が苦手な子供寄りの味覚の持ち主なのだろう。
子供が好きな甘味──といえば、菓子だ。それも和菓子よりは多分洋菓子の方が好みに合うはずである。例えばケーキとか、シュークリームとか……生クリーム系がふんだんに使われている菓子なんか、ぴったりなんじゃないか? その辺から適当に見繕ってやることにしよう。
俺は料理の話で皆と盛り上がっているフォルテをこっそり傍に呼んで、日本から物を召喚してくれとお願いした。
今回俺が献上用に選んだのは、ビールに並んで多くの人に嗜まれている昔ながらの酒、ウイスキーだ。
ウイスキーには主に大麦麦芽から作るモルトウイスキーと穀物から作るグレーンウイスキーの二つのタイプがある。更にその二つを組み合わせたものはブレンデッドウイスキーと呼ばれており、それぞれに異なった味わいがあるという。
ウイスキーの種類には幾つかあり、有名なのが世界の五大ウイスキーと呼ばれているものだろう。
ひとつ目がスコッチウイスキー。スコットランドで製造されているウイスキーで、ピートと呼ばれる麦芽を乾燥させる時に用いる泥炭から発生するスモーキーな燻し香が特徴のウイスキーだ。
二つ目がアメリカンウイスキー。これに属するウイスキーで最も知名度が高いのがバーボンだろう。とうもろこしから作り、内側を焼いたホワイトオーク材の樽で熟成させたバーボンは、甘く香ばしい芳香が特徴だという。
三つ目がカナディアンウイスキー。五大ウイスキーの中では最も癖がなく、飲みやすいのが特徴だと言われている。
四つ目がアイリッシュウイスキー。アイルランドで製造されているウイスキーで、スコッチウイスキーとは異なり大麦の乾燥に石炭を使うので、スモーキーフレーバーがない。まろやかで軽く穏やかな風味がするウイスキーだ。
五つ目がジャパニーズウイスキー。その名の通り日本で製造されている。熟成香や味わいがソフトなのが特徴で、他国産のウイスキーにはない日本特有の繊細さや上品さがある、日本人の好みに合わせて造られたウイスキーだ。
ウイスキーって聞くと馬鹿高い高級志向の酒ってイメージを持たれがちだが、実は安価なものになると一リットル当たり千円程度の価格で気軽に買うことができる。高価なやつと比較すると確かに風味は薄いが、ストレートではなく何かで割ってしまえば薄さは気にならなくなる。ものによってはアイスに掛けたりコーヒーに入れたりしても美味いらしい。その辺りは色々と試してみて、自分の好みに合った一本を見つけてほしい。
今回は、安価ではあるが飲んでも飽きの来ないすっきりとした味わいが評判となっている庶民に人気の一本を選ばせてもらった。俺も興味本位で飲んだことがあるが、確かに安い割に美味い酒だと思う。
大瓶だし、五日分ならこいつ一本もあれば十分だろう。ソルレオンは一気に飲み散らかしたりしないし、シュナウスも雰囲気的にそこまで節操なしって感じはしなかったからな。
アルカディアには、普段通り缶ビールを。でも今回はソルレオンにはウイスキーを献上するので、少しだけ趣向を変えて今までよりもちょっとだけプレミアムな種類のやつにしてやった。最初は瓶に入ってるやつにしてやろうかと思ったのだが、あの酒飲み女神は節操なく飲みまくるからな……見た目的に一本しかないよりはたくさんあるように見える缶入りの方がいいだろうと思って、敢えて缶のままにした。
最後に、スーウールに献上する甘味だが……俺は普段菓子なんてあまり食べないしケーキ屋に行ったこともほぼないので、ケーキにどんな種類があるのかもよく分からない。なので、コンビニとかでも普通に売っているカップアイスの中から定番どころを幾つか見繕ってやった。そこそこいい値段がする高級なやつにしても良かったのだが、この世界にはそもそもアイスなんて存在しないから、肝心のスーウールが気に入るかどうかが分からないからな……まずは安価なロングセラー商品で様子を見ることにする。
これらのアイテムを、名前や特徴をなるべく細かく正確にフォルテに伝えて日本から召喚してもらう。召喚主であるフォルテ自身は召喚するもののことを全く知らないというのに、俺から伝えた知識だけでよくここまで正確に狙ったものを召喚できるもんだ。これはもはや天才とも言える才能なんじゃないか? フォルテはもう少し自分の召喚の才能に自信を持っていいと思う。
召喚してもらった物を、テーブルの上に並べる。フォルテは再びシキたちとの会話の輪に入っていった──当分はこちらの様子を怪訝に思われることはないだろう。
『それじゃあ……神様たち、約束の献上品だ。受け取ってくれ』
俺が神界に呼びかけると、目の前に並んだ酒やアイスが光に包まれて消えていく。
一瞬遅れて、わっと沸き上がる歓声が頭の中にこだました。
『やったわ、ビール、ビールよっ! うぅぅ、遂に待ちに待った命の水が……この時をどんなに待っていたことか……』
『いつもありがとな、異世界人。ほう……今回はビールとは違う酒なんだな。オレのお願いを聞いてくれて感謝するよ。帰ったら早速味わわせてもらうからな』
『あら、前にソルレオンちゃんに見せてもらったお酒とは違うのね。綺麗な瓶に入ってて、素敵じゃないの』
『それは、ウイスキーっていう酒だ。ビールと比べると独特の味で酒精もきついから、そのまま飲めなかったら水で割るとかして工夫してくれ』
日本だったら炭酸とかで割ってハイボールにするんだが、流石にこの世界には炭酸なんてないだろうしな。
俺はウイスキーを渡した二人に、この世界でも簡単にできそうなウイスキーの飲み方をレクチャーしてやった。まあ、俺が教えた飲み方が絶対に正しいって言うつもりもないから、後は勝手に自分たちで楽しんでくれって感じだが。
一方スーウールはというと、やたらと興奮した声を上げていた。
『こっ……これは一体何なのじゃ!? おっさんよ! この氷のように冷たき物体は! 入れ物も色鮮やかで、まるで妾の服のようじゃぞ!』
『それは、アイスっていう牛乳……ミルクを材料にして作られた甘味だ。触って分かると思うが、熱に物凄く弱いから、もしもすぐに食べずに保存したい時は氷と一緒に入れておくとかして必ず凍らせた状態を保ってくれ』
『ほう、乳で作られた甘味とな……このような冷たき甘味は初めてじゃ。どれ、味の方はどうなのかの……』
ぺりぺりとカップアイスの蓋を剥がす音が聞こえてくる。
どうやらスーウールは我慢できずにその場で食べることにしたようである。
『……ふぉおおおおおっ! こっ、これはっ!』
奇妙な叫び声を発する彼女。
『口の中であっという間にとろけていきおる! 上品な甘さがくどくない! そしてこの乳の甘い香り! これは今までに食してきたどんな甘味よりも美味じゃ! 異世界には、このような甘味が山のように存在しておるのか……やはり、そちに異世界の甘味を献上させた妾の判断は正しかったのう! おっさんよ、褒めてつかわすぞ!』
その後もスーウールは始終ハイテンションな謎の叫びを発しながら、じっくりとカップアイスを堪能したようだった。
しかしこいつ……アルカディアに匹敵するやかましさだな。この世界の女神って全員こんな感じなのだろうか?
今回献上したアイスはバニラだけじゃなくてチョコとか苺とか味が被らないようにしてあるから、彼女も途中で飽きたとは言わないだろう。
とりあえず無事に献上が終わったことに、俺はほっと安堵の息をつく。
『それじゃあ……ウルちゃん。今度はあたしたちが約束を守る番よ。いいわね?』
アイスを完食したスーウールが大人しくなった頃を見計らって、シュナウスが口を開く。
うむ、とそれに応えるスーウール。
『もちろんじゃ。やんごとなき雅な女神である妾は、約束は決して違えぬ。おっさんよ、素晴らしき異世界の甘味を献上した礼として、妾たちから素晴らしき贈り物を授けてしんぜる。心して受け取るが良いぞ』
さて……一体どんな能力を授けてくれることやら。
できればこれから先魔帝と真っ向から戦うことになった時に役立つ能力だと有難い。そんなことを密かに期待しながら、俺は二人の言葉の続きを静かに待ったのだった。
あの酒飲み女神の存在を、忘れていたのだ。
無視するのは容易いが、そんなことをすればあいつは俺が相手をするまで延々と騒ぎ続けるだろう。
流石にあのくそやかましい声を長時間にも渡って聞かされ続けるのは御免である。
俺は周囲には分からない程度に小さく溜め息をついて、さり気なく店内の隅の方にあるテーブル席へと移動した。
そこにある椅子のひとつに腰を下ろし、頭の中で返事を返す。
『聞こえてるぞ。……何だよ、ビールの催促か? それならみんなが寝静まるまで待ってくれ。俺の方も、神様と頻繁に接触してるってあまり人に知られたくないんだよ』
俺はアルカディアたちに献上するビールを調達するためにフォルテに頼んで日本からわざわざビールを召喚してもらっているのだが、表向きは俺が飲みたいからってことにしているのだ。
召喚を頼む度にフォルテからは「そんなに飲むの?」的なニュアンスを含んだ目で見られているが……俺が神たちと頻繁に遣り取りしていると知られて無用な騒ぎを引き起こすよりは、俺が大酒飲みだと思われていた方が何倍もマシなのである。
俺の考えていることが筒抜けになっているなら、俺がそう思っていることも分かっているはずなのだが、アルカディアだからな……
アルカディアの反応を待っていると、彼女は普段と異なる何処となく歯切れの悪い言葉を返してきた。
『そうね。貴方の言いたいことは分かるわよ。私たちにしても、下界で貴方が神の能力を持っているって知れ渡って大騒ぎになって大主神様に感付かれるよりかは内緒にしてもらってた方が都合がいいし……分かってるのよ。分かってるんだけどね。今回は……その、貴方にお願いしたいことがあるっていうか』
『……何だよ』
神の頼みなんてろくなものじゃないからな。今回は何を頼んでくる気なんだか。
憮然と俺が問いかけると、アルカディアのものとは異なる、女の声が聞こえてきた。
『おお、ようやく話せるのか。そち、ただ話の席を設けるだけだというのにどん臭いのう。まあ、そちはポンコツじゃからな、仕方なきことか』
随分と幼い声だ。少女……と言うよりか、幼女だな。これは。
喋り方はかなり独特だ。イメージとしては平安時代くらいの日本にいる上流階級の姫って感じがする。
しかし、アルカディアを容赦なくポンコツ呼ばわりするとは……言動のイメージが上流階級の姫ってだけで、性格はあまりおしとやかではなさそうだな。
『おっさんよ。妾はスーウールと申す者。この神界一やんごとなき雅で可愛き女神じゃ。今日はそちに願い事がある故、アルカディアに話の席を設けてもらった次第じゃ』
……こいつも俺をおっさん呼ばわりするのか。アルカディアが俺のことを名前じゃなくおっさんって呼んでるから、ひょっとしたらそれを名前だと勘違いしているのかもしれないが……
同じ名前じゃない呼び方でも、ソルレオンの『異世界人』の方がまだ礼儀がなっていると思う。
……そういえば、先程からソルレオンの声は全く聞こえないが、今回は彼はこの場にはいないのだろうか?
そう俺が訝っていると、男の声が聞こえてきた。しかしソルレオンの声ではない。
『はぁい、異世界人ちゃん。初めまして。あたしはシュナウス、此処にいるスーウールとは兄妹の関係にある男神よ。神界では武神って呼ばれてるの。宜しくね』
地鳴りのように低い声だが、喋り方はまるで女である。
一瞬髭の濃い強面のオネエがウインクしている光景が脳裏に浮かび、俺は思わず鳥肌が立った腕を軽く擦った。
『実はね……異世界人ちゃん。あたしたち、聞いちゃったの。アルカディアちゃんとソルレオンちゃんが、貴方から美味しいお酒を貰ってるって話』
挨拶もそこそこに、シュナウスが本題を切り出してくる。
彼は穏やかに──これ以上にないってくらいに不気味なオーラ全開の女言葉で──言った。
『突然こんなお願いをするのは不躾だと思うんだけど……あたしたちにも、アルカディアちゃんたちと同じように異世界の美味しいお酒を貰えないかしら? もちろん、ただでなんて厚かましいことは言わないわ。お酒をくれた御礼に、あたしたちしか使えない神の能力をひとつ、授けてあげるから』
『妾は酒などという不味いものに興味はないでの。それよりも妾は異世界の美味しい馳走が味わいたいぞ。先程、そちは何か作っていたであろう? あれでも構わぬが……妾としては、やはり甘味が欲しいのう。この世界よりも美味しいものがたんと存在するそちの世界ならば、きっと甘味も素晴らしきものが揃っているであろうからな!』
『……どういうことだ、アルカディア』
半眼になって呻く俺に、アルカディアが慌てて弁解を始めた。
『私は秘密にしてたのよ! この二人が此処に来ちゃったのは、ソルレオンが軽々しくビールの話をシュナウスにしちゃったからでっ……ちょっとソルレオン、何自分は被害者だみたいな顔してるのよ! 逃げようったってそうはいかないからねっ!』
『……あー、うっかり口を滑らせたってのは認めるよ。けどそれに関してはもう謝っただろ。詫びにビールを一本分けてやるって言ったじゃないか』
ぼそっと呟くように聞こえてくるソルレオンの声。
いたのか、ソルレオン。普段と違って静かだからいるのが分からなかったよ。
まあ、今日は献上日だからアルカディアがいてソルレオンがいないなんてことがあるはずないしな。
それにしても、神が二人追加か……何かアルカディア以上に癖がありそうだし、無下に扱ったら後が怖そうだな。
俺としては神の能力なんていらないからこれ以上関わらないでほっといてほしいというのが本音だが、相手は神だし、それを馬鹿正直に言ったところで追い払えるとは到底思えない。
ここは要求を飲んで、相手が欲しがっているものを献上して能力を授けてもらってさっさと帰ってもらおう。
もう、二人も神を相手にしているのだ。それが今更四人に増えたところで大差はない。
『そういうわけだ、オレからも頼む。シュナウスたちにもビールを献上してやってくれ。……ああ、シュナウスは酒精が強い酒の方が好みだから、もしビール以上に強い酒があるなら、そっちをやった方が喜ぶかもしれないな。オレもビール以外の酒に興味があるし、お前次第ではあるんだが、今回はビール以外の酒を献上してくれると嬉しい』
ソルレオンが一歩引いた感じで言ってくる。この状況を生んだ原因が自分にあるという自覚があるからなのか、随分と大人しめだ。
酒精の強い酒……っていうと、ウイスキーとか、ウォッカとかか?
俺もそこまで酒の種類に詳しいわけじゃないし、所持金との兼ね合いもあるから、選択肢は限られてくるだろうが……試しに当たり障りのないところを選んでやるとするか。
後は……甘味か。酒を不味いと称するってことは、スーウールは大人が好むような癖や苦味のある食べ物が苦手な子供寄りの味覚の持ち主なのだろう。
子供が好きな甘味──といえば、菓子だ。それも和菓子よりは多分洋菓子の方が好みに合うはずである。例えばケーキとか、シュークリームとか……生クリーム系がふんだんに使われている菓子なんか、ぴったりなんじゃないか? その辺から適当に見繕ってやることにしよう。
俺は料理の話で皆と盛り上がっているフォルテをこっそり傍に呼んで、日本から物を召喚してくれとお願いした。
今回俺が献上用に選んだのは、ビールに並んで多くの人に嗜まれている昔ながらの酒、ウイスキーだ。
ウイスキーには主に大麦麦芽から作るモルトウイスキーと穀物から作るグレーンウイスキーの二つのタイプがある。更にその二つを組み合わせたものはブレンデッドウイスキーと呼ばれており、それぞれに異なった味わいがあるという。
ウイスキーの種類には幾つかあり、有名なのが世界の五大ウイスキーと呼ばれているものだろう。
ひとつ目がスコッチウイスキー。スコットランドで製造されているウイスキーで、ピートと呼ばれる麦芽を乾燥させる時に用いる泥炭から発生するスモーキーな燻し香が特徴のウイスキーだ。
二つ目がアメリカンウイスキー。これに属するウイスキーで最も知名度が高いのがバーボンだろう。とうもろこしから作り、内側を焼いたホワイトオーク材の樽で熟成させたバーボンは、甘く香ばしい芳香が特徴だという。
三つ目がカナディアンウイスキー。五大ウイスキーの中では最も癖がなく、飲みやすいのが特徴だと言われている。
四つ目がアイリッシュウイスキー。アイルランドで製造されているウイスキーで、スコッチウイスキーとは異なり大麦の乾燥に石炭を使うので、スモーキーフレーバーがない。まろやかで軽く穏やかな風味がするウイスキーだ。
五つ目がジャパニーズウイスキー。その名の通り日本で製造されている。熟成香や味わいがソフトなのが特徴で、他国産のウイスキーにはない日本特有の繊細さや上品さがある、日本人の好みに合わせて造られたウイスキーだ。
ウイスキーって聞くと馬鹿高い高級志向の酒ってイメージを持たれがちだが、実は安価なものになると一リットル当たり千円程度の価格で気軽に買うことができる。高価なやつと比較すると確かに風味は薄いが、ストレートではなく何かで割ってしまえば薄さは気にならなくなる。ものによってはアイスに掛けたりコーヒーに入れたりしても美味いらしい。その辺りは色々と試してみて、自分の好みに合った一本を見つけてほしい。
今回は、安価ではあるが飲んでも飽きの来ないすっきりとした味わいが評判となっている庶民に人気の一本を選ばせてもらった。俺も興味本位で飲んだことがあるが、確かに安い割に美味い酒だと思う。
大瓶だし、五日分ならこいつ一本もあれば十分だろう。ソルレオンは一気に飲み散らかしたりしないし、シュナウスも雰囲気的にそこまで節操なしって感じはしなかったからな。
アルカディアには、普段通り缶ビールを。でも今回はソルレオンにはウイスキーを献上するので、少しだけ趣向を変えて今までよりもちょっとだけプレミアムな種類のやつにしてやった。最初は瓶に入ってるやつにしてやろうかと思ったのだが、あの酒飲み女神は節操なく飲みまくるからな……見た目的に一本しかないよりはたくさんあるように見える缶入りの方がいいだろうと思って、敢えて缶のままにした。
最後に、スーウールに献上する甘味だが……俺は普段菓子なんてあまり食べないしケーキ屋に行ったこともほぼないので、ケーキにどんな種類があるのかもよく分からない。なので、コンビニとかでも普通に売っているカップアイスの中から定番どころを幾つか見繕ってやった。そこそこいい値段がする高級なやつにしても良かったのだが、この世界にはそもそもアイスなんて存在しないから、肝心のスーウールが気に入るかどうかが分からないからな……まずは安価なロングセラー商品で様子を見ることにする。
これらのアイテムを、名前や特徴をなるべく細かく正確にフォルテに伝えて日本から召喚してもらう。召喚主であるフォルテ自身は召喚するもののことを全く知らないというのに、俺から伝えた知識だけでよくここまで正確に狙ったものを召喚できるもんだ。これはもはや天才とも言える才能なんじゃないか? フォルテはもう少し自分の召喚の才能に自信を持っていいと思う。
召喚してもらった物を、テーブルの上に並べる。フォルテは再びシキたちとの会話の輪に入っていった──当分はこちらの様子を怪訝に思われることはないだろう。
『それじゃあ……神様たち、約束の献上品だ。受け取ってくれ』
俺が神界に呼びかけると、目の前に並んだ酒やアイスが光に包まれて消えていく。
一瞬遅れて、わっと沸き上がる歓声が頭の中にこだました。
『やったわ、ビール、ビールよっ! うぅぅ、遂に待ちに待った命の水が……この時をどんなに待っていたことか……』
『いつもありがとな、異世界人。ほう……今回はビールとは違う酒なんだな。オレのお願いを聞いてくれて感謝するよ。帰ったら早速味わわせてもらうからな』
『あら、前にソルレオンちゃんに見せてもらったお酒とは違うのね。綺麗な瓶に入ってて、素敵じゃないの』
『それは、ウイスキーっていう酒だ。ビールと比べると独特の味で酒精もきついから、そのまま飲めなかったら水で割るとかして工夫してくれ』
日本だったら炭酸とかで割ってハイボールにするんだが、流石にこの世界には炭酸なんてないだろうしな。
俺はウイスキーを渡した二人に、この世界でも簡単にできそうなウイスキーの飲み方をレクチャーしてやった。まあ、俺が教えた飲み方が絶対に正しいって言うつもりもないから、後は勝手に自分たちで楽しんでくれって感じだが。
一方スーウールはというと、やたらと興奮した声を上げていた。
『こっ……これは一体何なのじゃ!? おっさんよ! この氷のように冷たき物体は! 入れ物も色鮮やかで、まるで妾の服のようじゃぞ!』
『それは、アイスっていう牛乳……ミルクを材料にして作られた甘味だ。触って分かると思うが、熱に物凄く弱いから、もしもすぐに食べずに保存したい時は氷と一緒に入れておくとかして必ず凍らせた状態を保ってくれ』
『ほう、乳で作られた甘味とな……このような冷たき甘味は初めてじゃ。どれ、味の方はどうなのかの……』
ぺりぺりとカップアイスの蓋を剥がす音が聞こえてくる。
どうやらスーウールは我慢できずにその場で食べることにしたようである。
『……ふぉおおおおおっ! こっ、これはっ!』
奇妙な叫び声を発する彼女。
『口の中であっという間にとろけていきおる! 上品な甘さがくどくない! そしてこの乳の甘い香り! これは今までに食してきたどんな甘味よりも美味じゃ! 異世界には、このような甘味が山のように存在しておるのか……やはり、そちに異世界の甘味を献上させた妾の判断は正しかったのう! おっさんよ、褒めてつかわすぞ!』
その後もスーウールは始終ハイテンションな謎の叫びを発しながら、じっくりとカップアイスを堪能したようだった。
しかしこいつ……アルカディアに匹敵するやかましさだな。この世界の女神って全員こんな感じなのだろうか?
今回献上したアイスはバニラだけじゃなくてチョコとか苺とか味が被らないようにしてあるから、彼女も途中で飽きたとは言わないだろう。
とりあえず無事に献上が終わったことに、俺はほっと安堵の息をつく。
『それじゃあ……ウルちゃん。今度はあたしたちが約束を守る番よ。いいわね?』
アイスを完食したスーウールが大人しくなった頃を見計らって、シュナウスが口を開く。
うむ、とそれに応えるスーウール。
『もちろんじゃ。やんごとなき雅な女神である妾は、約束は決して違えぬ。おっさんよ、素晴らしき異世界の甘味を献上した礼として、妾たちから素晴らしき贈り物を授けてしんぜる。心して受け取るが良いぞ』
さて……一体どんな能力を授けてくれることやら。
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しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
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ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
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