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第98話 王家の者としての責任
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エルフ領に属する土地の約九十八パーセントを占めているという森、アルヴァンデュースの森。
アバンディラの街に住む人間たちからは『魔の森』という俗称で呼ばれているが、その理由は森で暮らしているエルフ以外の存在にある。
アルヴァンデュースの森は、古来から『森の神の加護を受け精霊によって護られた神聖な場所』としてエルフたちに信じられてきた。そしてそれを証明するかのように、森にはエルフ以外にもトレントを初めとする様々な森の精霊が確かに棲んでいるという。
エルフと、森と、精霊は共生関係にある。誰かが危機に瀕すれば別の者が救いの手を差し伸べる、そうして、彼女たちは長い時代を共に過ごしてきた。
森がアバンディラの街と森の木を巡って対立するようになってからは、人間とエルフとの交流は絶たれ、エルフ領に足を踏み入れた人間はその時以来存在していないという。
つまり、エルフの国にとって俺たちは久々の人間の来訪者ということになるわけだ。
果たして、どんな歓迎をされるのだろう。
馬車が森の入口まで来たところで、それまでずっと黙っていたアヴネラが「降ろして」と言ってリュウガに馬車を停めさせた。
馬車から降りた彼女は、弓を左手に携えてすたすたと森へと向かって歩いていく。
その姿に引き寄せられるかのようにして、森の中から一人の女が姿を現した。
身長は……見た感じ、俺と同じくらいだろうか。全体的にほっそりとしており、髪は黄緑色で、肌の色は白い。ほんのりと緑掛かった白くて袖のないワンピースのような服を着ており、体のあちこちに青々とした葉を茂らせた蔓草のようなものを巻き付けている。顔はなかなかの美人だが、胸がかなり残念なことになっているのが勿体無いなと思う。
女はアヴネラのことを無表情のままじっと見下ろしている。
それに向かって、アヴネラは手にした弓を見せながらこう言った。
「ボクはグルーヴローブ国第一王女、アヴネラ・リィン・グルーヴローブ。アルヴァンデュースの森が滅びの危機から救われたことを、女王に伝えるために戻ってきた。一緒にいる人間たちは、森を危機から救ってくれたボクたちの恩人。どうか、この者たちが森を通ってグルーヴローブ国に向かうことを認めてほしい」
「────」
女が口を開いて何かを言っている。が、小声すぎるのか俺たちがいる位置からでは全く聞き取れない。
彼女は発言を終えた後、森の奥へと戻っていった。それを見送って、アヴネラもまた馬車へと戻ってきた。
「……今のは誰だ? 知り合いか?」
「彼女は、ドライアド。トレントと同じようにこの森を護っている精霊の一種だよ。ドライアド族は『森の監視者』と言われていてね、森に入ろうとするものが危険な存在かどうかを彼女たち独自の監視網を使って監視しているんだ」
森全体を見張っていて、危なそうな奴が来たら防衛役に知らせる役目を持った存在ってところか。
例えば俺が森の中で火を使って料理をして、うっかり小火でも起こそうものならすぐさまその情報が森全体に伝わるということなのだろう。
もちろんエルフの国に着く前に夜になってしまったら森の中で料理させてもらうことにはなるだろうが、なるべく精霊たちに目を付けられないように注意しないとな。
ん……でも、そうなると、待てよ。
ふと疑問に思った俺は、アヴネラに尋ねた。
「監視者がいるのに、木を採られてるっておかしくないか? 精霊の力があれば、森の伐採なんて幾らでも止めようがあるだろうに」
「君は精霊を神様か何かと勘違いしてない? 精霊だって万能な存在じゃないんだよ」
アヴネラは心底呆れた様子で言った。
この森に棲む精霊は、森に満ちた魔力を糧にして生きているという。森の外へ出れば魔力を得ることができなくなり、生きられなくなってしまう。故に、森の外へは基本的に出ることができないらしい。
アバンディラの人間は、森の外から木を伐採して運び出していた。だから精霊たちは人間が森の木を採っているということ自体は知ってはいたものの、その場で制裁を加えることができなかったというのだ。
アバンディラに度々トレントを送り込んでいたのは、言わば苦肉の策のようなもの。森からの魔力供給を絶たれて弱体化してしまったトレントでは人間とまともに応戦することはできないであろうということは、森の精霊たちも分かってはいたらしい。
「確かに……手応えなかったもんなぁ、あいつら」
シキが顎に手を当てながらしみじみと呟いている。
「今は森の魔力が弱まっているから、精霊たちも弱っているけれど……森が元通りに復活すれば、みんなもきっと元気になる。何としても、森に元の力を戻してあげなくちゃ。森の恩恵を受けているのは精霊たちだけじゃない、エルフも同じなんだから」
成程……そういう仕組みになっているのか、森とエルフと精霊の関係っていうのは。
エルフは人間よりも魔法の才能に長けた種族だって聞いたが、その理由を垣間見たような気がした。
アルヴァンデュースの森は……此処に住む存在にとっては、本当に命にも等しい大切なものなんだな。
再びゆっくりと動き始めた馬車は、森の中へと入っていく。
森の中は、以前足を踏み入れたアルマヴェイラが隠れ住んでいた森とは異なり、静謐な雰囲気に満ちていた。
こんなにも自然に溢れているというのに、鳥や獣の声が全くしない。時折吹く風が木々の枝葉を揺らす音が聞こえてくるだけだ。しかし、動物が全くいない……という感じも、しない。姿は見えないが何処かにはいる、そんな雰囲気がある。
精霊たちの姿も見えない。入口でドライアドがアヴネラから話を聞いていたから俺たちが森の中へ入ってきたことは既に情報として森全体に伝わっているのだろうが、それにしては静か過ぎる気がする。俺たちが害がない存在だと分かっているから静観するに努めているだけなのか、それとも単に人間の前にいたずらに姿を見せるのを良しとしていないだけなのか……平穏であるのは良いことなのだが、友好の挨拶くらいはしてほしいものだと思う。
そんな感じで特に何もないまま三時間ほど森の中を進んでいった末に、巨大な木の根の塊らしきものがある場所へと到着した。
手首ほどの太さがある木の蔓がみっしりと絡み合って壁を形成しており、それはずっと遠くまで伸びていた。まるで土地を分断している塀のようだ。
「これは、何? 木の根っこみたい」
「国境の壁だよ」
フォルテの問いにアヴネラはある一方に指先を向けながら答えた。
「この壁の向こうが、ボクたちエルフの国、グルーヴローブ。向こうに行けば門があるから、そっち側まで回ってくれるかな」
「リュウガ、頼む」
俺たちはアヴネラの案内に従って、壁に沿って馬車を進めていく。
やがて、アヴネラが言う通りに、大きく口を開いた門がある場所が見えてきた。
此処が国の正面玄関となる場所だからか、今までの鬱蒼とした緑一色の景色とは異なり、道に沿ってヒヤシンスを人間サイズに巨大化させたようなピンク色の花が生えている。元々此処に自生している花なのかエルフたちが植えた花なのかは分からないが、緑ばかりの中にぽんとピンクの明るい色があるのはなかなか映える。
だが、目についたのは綺麗なものばかりではない。
草むらの中に隠れるようにして、切り株があった。それもひとつや二つではない、何個もある。どれもまだ比較的新しいもので、断面も斧や鋸で切ったような綺麗なものではなく、横から力の塊を叩きつけて強引に折ったような、そんな形をしている。
アヴネラは金属の武具を持つのを嫌っていたから、ひょっとしたらエルフ自体が金属製の道具を忌避している種族で、これは彼女たちが斧や鋸の代わりとなる道具を使って木を倒した跡なのかもしれないが……森を大事にしている彼女たちが、こんな手当たり次第といった風に木を切ったりするものなのだろうかという疑問が生まれた。
「……止まれ、何者だ」
馬車が門を通ろうとした時、門の両脇に立っていた二人の衛兵らしき人物が道を塞いできた。
蔓草を編んで拵えたと思わしき緑色のビキニみたいな服を身に着けた金髪の若い女だった。よく見ると双子なのか全く同じ顔をしているが、瞳の色が若干異なるので、それでどうにか見分けが付いた。右の女の瞳は黄緑色をしており、左の女の瞳は空色だ。二人共手に大きな弓を持っており、背中に大量の矢を入れた大きな矢筒を背負っている。
馬車から降りたアヴネラが、衛兵たちの前へと歩み出る。
「アカシア、クレイラ、お勤め御苦労様」
「……姫様!?」
それまで険しかった衛兵たちの顔が、一変して歳相応の(といってもエルフの実年齢など見た目からは判断付かないが)娘の顔へと変わった。
「御無事でしたか、姫様!」
「先程ドライアドから全て聞きました。姫様が、この森をお救い下さったと! 姫様は我ら一族の……いえ、アルヴァンデュースの誇りです!」
「そう……それなら、事情は全部知ってるってことだよね。悪いけど急いでるんだ、此処は通らせてもらうよ」
アヴネラがこちらを向いて右手をさっと振って合図をする。
合図を受けたリュウガが、馬車をゆっくりと進めていく。
門を通り抜けたところで停車する馬車。そこにアヴネラがひょいっと飛び乗った。
恐る恐る、といった様子で、馬車の中にいる俺たちにちらちらと視線を向けながら緑目の衛兵(どっちがどっちの名前なのかが分からん)が尋ねてくる。
「あの、姫様……この者たちは、人間ですよね? 何故、人間を此処に……」
「ドライアドから全部聞いてるんでしょ。この人たちはボクに協力して森を救ってくれた恩人だよ。これから母上のところに連れて行く」
「それは、聞いてはいるのですが……我々は、信じられません。人間が、我々エルフを助けるなどとは」
「姫様、姫様は騙されているんですよ! 人間は強欲な生き物です、絶対何か下心があるに違いありません! どうかお考え直しを!」
「……ボクは森の外に出て、本当のことを知った。知ったから、ボクは一族の先頭に立つ王家の者としての責任を果たしたいって思った。万が一この人たちのことで何かあったら、その時はボクが全部の責任を取るよ。だからボクのやることに口を出さないで」
ぴしゃりと毅然とした態度で言い放つアヴネラに、衛兵たちはそれ以上何も言えないようで沈黙してしまった。
御者台に座っているリュウガ以外の全員の目が、彼女へと向いている。
その視線を見つめ返して、彼女は小さく呟いた。
「ボクたちは……変わっていかなきゃいけない。立ち止まるだけの時代は、もう終わったんだよ」
その言葉は、今までに彼女が口にしてきた言葉の中で、一番重みを感じる──一族を代表する立場の者としての責任を感じさせるものだった。
アバンディラの街に住む人間たちからは『魔の森』という俗称で呼ばれているが、その理由は森で暮らしているエルフ以外の存在にある。
アルヴァンデュースの森は、古来から『森の神の加護を受け精霊によって護られた神聖な場所』としてエルフたちに信じられてきた。そしてそれを証明するかのように、森にはエルフ以外にもトレントを初めとする様々な森の精霊が確かに棲んでいるという。
エルフと、森と、精霊は共生関係にある。誰かが危機に瀕すれば別の者が救いの手を差し伸べる、そうして、彼女たちは長い時代を共に過ごしてきた。
森がアバンディラの街と森の木を巡って対立するようになってからは、人間とエルフとの交流は絶たれ、エルフ領に足を踏み入れた人間はその時以来存在していないという。
つまり、エルフの国にとって俺たちは久々の人間の来訪者ということになるわけだ。
果たして、どんな歓迎をされるのだろう。
馬車が森の入口まで来たところで、それまでずっと黙っていたアヴネラが「降ろして」と言ってリュウガに馬車を停めさせた。
馬車から降りた彼女は、弓を左手に携えてすたすたと森へと向かって歩いていく。
その姿に引き寄せられるかのようにして、森の中から一人の女が姿を現した。
身長は……見た感じ、俺と同じくらいだろうか。全体的にほっそりとしており、髪は黄緑色で、肌の色は白い。ほんのりと緑掛かった白くて袖のないワンピースのような服を着ており、体のあちこちに青々とした葉を茂らせた蔓草のようなものを巻き付けている。顔はなかなかの美人だが、胸がかなり残念なことになっているのが勿体無いなと思う。
女はアヴネラのことを無表情のままじっと見下ろしている。
それに向かって、アヴネラは手にした弓を見せながらこう言った。
「ボクはグルーヴローブ国第一王女、アヴネラ・リィン・グルーヴローブ。アルヴァンデュースの森が滅びの危機から救われたことを、女王に伝えるために戻ってきた。一緒にいる人間たちは、森を危機から救ってくれたボクたちの恩人。どうか、この者たちが森を通ってグルーヴローブ国に向かうことを認めてほしい」
「────」
女が口を開いて何かを言っている。が、小声すぎるのか俺たちがいる位置からでは全く聞き取れない。
彼女は発言を終えた後、森の奥へと戻っていった。それを見送って、アヴネラもまた馬車へと戻ってきた。
「……今のは誰だ? 知り合いか?」
「彼女は、ドライアド。トレントと同じようにこの森を護っている精霊の一種だよ。ドライアド族は『森の監視者』と言われていてね、森に入ろうとするものが危険な存在かどうかを彼女たち独自の監視網を使って監視しているんだ」
森全体を見張っていて、危なそうな奴が来たら防衛役に知らせる役目を持った存在ってところか。
例えば俺が森の中で火を使って料理をして、うっかり小火でも起こそうものならすぐさまその情報が森全体に伝わるということなのだろう。
もちろんエルフの国に着く前に夜になってしまったら森の中で料理させてもらうことにはなるだろうが、なるべく精霊たちに目を付けられないように注意しないとな。
ん……でも、そうなると、待てよ。
ふと疑問に思った俺は、アヴネラに尋ねた。
「監視者がいるのに、木を採られてるっておかしくないか? 精霊の力があれば、森の伐採なんて幾らでも止めようがあるだろうに」
「君は精霊を神様か何かと勘違いしてない? 精霊だって万能な存在じゃないんだよ」
アヴネラは心底呆れた様子で言った。
この森に棲む精霊は、森に満ちた魔力を糧にして生きているという。森の外へ出れば魔力を得ることができなくなり、生きられなくなってしまう。故に、森の外へは基本的に出ることができないらしい。
アバンディラの人間は、森の外から木を伐採して運び出していた。だから精霊たちは人間が森の木を採っているということ自体は知ってはいたものの、その場で制裁を加えることができなかったというのだ。
アバンディラに度々トレントを送り込んでいたのは、言わば苦肉の策のようなもの。森からの魔力供給を絶たれて弱体化してしまったトレントでは人間とまともに応戦することはできないであろうということは、森の精霊たちも分かってはいたらしい。
「確かに……手応えなかったもんなぁ、あいつら」
シキが顎に手を当てながらしみじみと呟いている。
「今は森の魔力が弱まっているから、精霊たちも弱っているけれど……森が元通りに復活すれば、みんなもきっと元気になる。何としても、森に元の力を戻してあげなくちゃ。森の恩恵を受けているのは精霊たちだけじゃない、エルフも同じなんだから」
成程……そういう仕組みになっているのか、森とエルフと精霊の関係っていうのは。
エルフは人間よりも魔法の才能に長けた種族だって聞いたが、その理由を垣間見たような気がした。
アルヴァンデュースの森は……此処に住む存在にとっては、本当に命にも等しい大切なものなんだな。
再びゆっくりと動き始めた馬車は、森の中へと入っていく。
森の中は、以前足を踏み入れたアルマヴェイラが隠れ住んでいた森とは異なり、静謐な雰囲気に満ちていた。
こんなにも自然に溢れているというのに、鳥や獣の声が全くしない。時折吹く風が木々の枝葉を揺らす音が聞こえてくるだけだ。しかし、動物が全くいない……という感じも、しない。姿は見えないが何処かにはいる、そんな雰囲気がある。
精霊たちの姿も見えない。入口でドライアドがアヴネラから話を聞いていたから俺たちが森の中へ入ってきたことは既に情報として森全体に伝わっているのだろうが、それにしては静か過ぎる気がする。俺たちが害がない存在だと分かっているから静観するに努めているだけなのか、それとも単に人間の前にいたずらに姿を見せるのを良しとしていないだけなのか……平穏であるのは良いことなのだが、友好の挨拶くらいはしてほしいものだと思う。
そんな感じで特に何もないまま三時間ほど森の中を進んでいった末に、巨大な木の根の塊らしきものがある場所へと到着した。
手首ほどの太さがある木の蔓がみっしりと絡み合って壁を形成しており、それはずっと遠くまで伸びていた。まるで土地を分断している塀のようだ。
「これは、何? 木の根っこみたい」
「国境の壁だよ」
フォルテの問いにアヴネラはある一方に指先を向けながら答えた。
「この壁の向こうが、ボクたちエルフの国、グルーヴローブ。向こうに行けば門があるから、そっち側まで回ってくれるかな」
「リュウガ、頼む」
俺たちはアヴネラの案内に従って、壁に沿って馬車を進めていく。
やがて、アヴネラが言う通りに、大きく口を開いた門がある場所が見えてきた。
此処が国の正面玄関となる場所だからか、今までの鬱蒼とした緑一色の景色とは異なり、道に沿ってヒヤシンスを人間サイズに巨大化させたようなピンク色の花が生えている。元々此処に自生している花なのかエルフたちが植えた花なのかは分からないが、緑ばかりの中にぽんとピンクの明るい色があるのはなかなか映える。
だが、目についたのは綺麗なものばかりではない。
草むらの中に隠れるようにして、切り株があった。それもひとつや二つではない、何個もある。どれもまだ比較的新しいもので、断面も斧や鋸で切ったような綺麗なものではなく、横から力の塊を叩きつけて強引に折ったような、そんな形をしている。
アヴネラは金属の武具を持つのを嫌っていたから、ひょっとしたらエルフ自体が金属製の道具を忌避している種族で、これは彼女たちが斧や鋸の代わりとなる道具を使って木を倒した跡なのかもしれないが……森を大事にしている彼女たちが、こんな手当たり次第といった風に木を切ったりするものなのだろうかという疑問が生まれた。
「……止まれ、何者だ」
馬車が門を通ろうとした時、門の両脇に立っていた二人の衛兵らしき人物が道を塞いできた。
蔓草を編んで拵えたと思わしき緑色のビキニみたいな服を身に着けた金髪の若い女だった。よく見ると双子なのか全く同じ顔をしているが、瞳の色が若干異なるので、それでどうにか見分けが付いた。右の女の瞳は黄緑色をしており、左の女の瞳は空色だ。二人共手に大きな弓を持っており、背中に大量の矢を入れた大きな矢筒を背負っている。
馬車から降りたアヴネラが、衛兵たちの前へと歩み出る。
「アカシア、クレイラ、お勤め御苦労様」
「……姫様!?」
それまで険しかった衛兵たちの顔が、一変して歳相応の(といってもエルフの実年齢など見た目からは判断付かないが)娘の顔へと変わった。
「御無事でしたか、姫様!」
「先程ドライアドから全て聞きました。姫様が、この森をお救い下さったと! 姫様は我ら一族の……いえ、アルヴァンデュースの誇りです!」
「そう……それなら、事情は全部知ってるってことだよね。悪いけど急いでるんだ、此処は通らせてもらうよ」
アヴネラがこちらを向いて右手をさっと振って合図をする。
合図を受けたリュウガが、馬車をゆっくりと進めていく。
門を通り抜けたところで停車する馬車。そこにアヴネラがひょいっと飛び乗った。
恐る恐る、といった様子で、馬車の中にいる俺たちにちらちらと視線を向けながら緑目の衛兵(どっちがどっちの名前なのかが分からん)が尋ねてくる。
「あの、姫様……この者たちは、人間ですよね? 何故、人間を此処に……」
「ドライアドから全部聞いてるんでしょ。この人たちはボクに協力して森を救ってくれた恩人だよ。これから母上のところに連れて行く」
「それは、聞いてはいるのですが……我々は、信じられません。人間が、我々エルフを助けるなどとは」
「姫様、姫様は騙されているんですよ! 人間は強欲な生き物です、絶対何か下心があるに違いありません! どうかお考え直しを!」
「……ボクは森の外に出て、本当のことを知った。知ったから、ボクは一族の先頭に立つ王家の者としての責任を果たしたいって思った。万が一この人たちのことで何かあったら、その時はボクが全部の責任を取るよ。だからボクのやることに口を出さないで」
ぴしゃりと毅然とした態度で言い放つアヴネラに、衛兵たちはそれ以上何も言えないようで沈黙してしまった。
御者台に座っているリュウガ以外の全員の目が、彼女へと向いている。
その視線を見つめ返して、彼女は小さく呟いた。
「ボクたちは……変わっていかなきゃいけない。立ち止まるだけの時代は、もう終わったんだよ」
その言葉は、今までに彼女が口にしてきた言葉の中で、一番重みを感じる──一族を代表する立場の者としての責任を感じさせるものだった。
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