三十路の魔法使い

高柳神羅

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第89話 勇者とは大衆ありき存在

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「……はいよ、焼きバナナお待ち。最近調子はどうだい? シキさん」
 屋台の店主から串に刺さったバナナを受け取って、シキは気さくに答えた。
「ははっ、もち、絶好調だよ! 俺がいる限り、化け物には街のみんなに指一本触れさせないから安心してよ」
「流石は勇者を名乗るだけのことはあるな。シキさんがいるから、俺たちも安心してこの街で暮らすことができるんだ。これからも宜しく頼むよ」
「任せとけって!」
 焼きバナナの代金を支払って、手を振りながら店主と別れるシキ。
 熱々で湯気が立っているバナナを頬張って美味いと呟きながら大通りを歩いていく。
「──やっと見つけたよ。あんたと少し話がしたいんだが、付き合ってもらえるか」
 それを背後から呼び止める一人の男。
「……んー?」
 振り向いたシキの視界の中央に、腕を組みながら佇む俺の姿が映っていた。

 俺がシキを連れてやって来たのは、商店街からは少し離れた場所にある小さな広場だった。
 普段は材木置き場として使われている場所らしく、そこかしこに丸太が積まれている。
 基本的に此処には丸太しかないので、わざわざ此処に訪れる街の人間はいない。他人に聞かれたくない話をするにはうってつけの環境だ。
 俺たちは丸太の山のひとつに並んで腰を下ろした。
「君は……ラウルウーヘンさんの屋敷に来てた人だね。俺に何の用?」
 シキは俺のことを警戒する風もなく、知り合いと話をするようにフレンドリーに話しかけてくる。
 俺がラウルウーヘンと友好的に接していたから自分にとっても害がない人間だと思っているのか、それとも自分は勇者だから万が一襲われても返り討ちにできるという絶対的な自信を持っているのか、果たしてどっちなのだろう。
 まあ、どっちでもいい。俺は予定通りに、話すべきことを話すだけだ。
 俺はボトムレスの袋から、あるものを取り出してシキに渡した。
「ま、ただ話をするだけってのもあれだろ。それでも飲みながら聞いてくれ」
「これって……コーラ? え?」
 受け取ったものと俺の顔を交互に見比べて、シキが微妙に戸惑ったような表情を見せる。
 そう。今俺がシキに渡したのは、日本ではお馴染みのペットボトル入りのコーラである。有名大手メーカーが長らく販売している超ロングセラー商品だ。フォルテに頼んで召喚してもらったものである。
 わざわざ何でそんなものを渡したのかというと、理由は二つある。
 ひとつは相手にこちらが敵意がないことを示すため。もうひとつは、俺の身の上を証明するためだ。
「コーラは嫌いか? カフェオレもあるから、そっちがいいなら交換してやるが」
「ああ、いや、コーラは好きだ……けど」
 シキは丸く開いた目を何度もぱちぱちとさせている。
「一体何処で手に入れたんだ? こんなの売ってる店なんて見たことないんだけど」
「それはそうだろうな。そいつはわざわざ日本から取り寄せたものだから、この世界じゃまず手に入れることはできないと思うぞ」
 俺が取り寄せたわけではないのだが、それは敢えて口にはしない。交渉のためにカードを切る時は、手の内を全て明かさずに必要な部分だけをちらつかせる手法が大事なのだ。
「俺は、六道春という。あんたと同じ、日本から召喚された人間だ。あんたの言葉を借りて言うなら『異邦の勇者』ってやつだな」
「……まさか、俺みたいに日本から来た奴が他にもいたなんてなぁ……」
 シキは感心した様子で俺の全身をまじまじと見つめた。
 へぇ、ほぉ、と声を漏らして、しみじみと言う。
「……何ていうか、結構おっさんなんだな」
「おいこら」
 普段のノリで相手の頭をどつこうと手を伸ばす俺。
 シキはそれを笑いながらあっさりとかわした。
「で、その日本から来たおっさんが、わざわざ俺をこんな場所にまで連れてきて話したいことって何?」
 面識の薄い相手を遠慮なくおっさん呼ばわりするとは……全くリュウガといいこいつといい、どうして若い奴って自分より年上の奴をすぐにおっさんって呼ぶんだろうな。悪意があってわざとそういう呼び方をしているわけじゃないのは分かるのだが、当たり前のようにおっさん呼ばわりされるこっちの気持ちも少しは考えてほしいものだ。
 まあ、いい。早いところ本題に入らせてもらおう。
 俺は表情を引き締めて、話を切り出した。
「話というのは他でもない。実は、この街のすぐ傍にあるアルヴァンデュースの森……あんたたちが魔の森と呼んでいるあの森のことなんだが」
 俺は、シキに全てを話した。
 アルヴァンデュースの森が、エルフ族が所有している領土であること。
 その森が、ラウルウーヘンの手による限度を超えた伐採のせいで面積を減らしており、そのせいで森に住むエルフたちが滅びの危機に瀕しているということ。
 俺たちが魔帝の支配国を目指して旅をしている最中であり、そこに向かうのに必要不可欠である情報を得るためにはエルフたちの協力が必要なのだということ。
 その協力を得るためにはエルフの国に行かなければならず、その国に人間である俺たちが入るためには森に人間がエルフの敵ではないことを理解してもらう必要があるということ。
 そのためには、ラウルウーヘンに森から木を伐採することを何としてもやめてもらわなければならないこと。
 その説得を、ラウルウーヘンに最も近しい存在であるシキに頼みたいと俺たちが考えていること。
 ──話が終わると。シキは成程ねぇと頷いた。
「魔帝って呼ばれてる魔王みたいな存在が世界征服を狙ってるってことは知ってるよ。魔帝の使い魔みたいな奴がこの街に現れたこともあるしね」
 手にしたペットボトルの蓋を開けて、中のコーラをくいっと飲む。
 あー美味いと表情を綻ばせながら、彼は続けた。
「けど、だからってそれが君の話が本当の話だって証明することにはならないわけ。君たちがエルフたちと和解したいから森の木を採るのをやめさせたいと思ってるって、それが嘘偽りないことだって証明する証拠って何処にあるの? 俺の立場からしたら、君たちこそがラウルウーヘンさんの邪魔をして森を手に入れようとしている悪い連中だって可能性もあるんだってこと、分からないわけじゃないでしょ?」
 ……確かに、シキの立場からしたら俺たちがそういう輩に見えても無理はないだろう。
 いきなり目の前に現れた素性もろくに知れない俺たちのことを無条件で信じろなんて言ったところで、説得力など皆無であることくらいは俺にも分かっている。
 だが、それでも。
「……あんたにとって、俺たちが胡散臭い存在に見えるってことくらいは理解してる。でも、それを承知の上でこの話をしてるんだ。勇者である、あんたに」
 勇者、の部分を強調して言ってやる。
「勇者として……俺たちに力を貸してくれ。この世界を、魔帝の手から救うために」
「…………」
 口が開いたままのペットボトルを握り締め。シキは、俺の目をまっすぐに見つめていた。
 木漏れ日のような柔らかい表情を浮かべていた顔が、少しずつ引き締まっていく。
 真面目な男の顔になった彼は、ゆっくりと俺から視線を外して前を向き、口を開いた。
「……俺が好きだった漫画の中にさ、こういう言葉があるんだ。『勇者とは大衆ありき存在もの。自ら名乗り勇者となるのではなく、人が己を勇者にするのだ』ってね」
 こめかみの辺りを掻きながら、何かを思い出したのか、微笑する。
「俺はその言葉に憧れて、もしもいつか自分が勇者になる日が来たら、そういう風に人から慕われる勇者になろうって子供の頃から思ってたんだよな」
 彼は再度俺を見た。
 うん、と頷いて、白い歯を見せて笑う。
「そこまで言われちゃ、勇者として黙ってられないよな。分かった、説得できるかどうかは分からないけど、話だけはしてみるよ。今の君の話」
「……そうか」
 ──何とか、シキに協力を仰ぐことには成功したようだ。
 これで森の木の伐採を完全に止められたわけではないが、何らかの進展はあるだろう。
 ひとまずはシキに任せて、俺たちは様子を見守ることにしよう。
 良い方向に話が進んでいってくれれば御の字なのだが……
「……俺たちは街の宿を拠点にしてるから、何かあったらすぐに教えてくれ」
「ん。オッケー」
 俺の言葉にシキは頷いて、ペットボトルに残っているコーラを一気に飲み干したのだった。
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