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第77話 生きるために捨てろ
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何故か衛兵の姿が消えている地下通路の出入口を抜けて上の階に出ると、そこは阿鼻叫喚の戦場になっていた。
逃げ惑う貴族たち。武器を片手に辺りを走り回っている闘技場の係員たち。
それらを追い回している、体長一メートル半ほどの真っ黒な狼の群れ。
よく見ると、狼の体は黒い石でできており、あちこちに紫色の岩のようなものが貼り付いている。胸の辺りには赤いボーリングの玉のような物体が埋まっていた。
虚無だ。
バルムンクはどうやって場が混乱するほどの騒ぎを起こすのかと思っていたが、成程……確かにこんなのが大量に現れたら場は混乱する。駆除のために人手を集める必要もあるから、警備を持ち場から引き剥がすことにも繋がるというわけだ。
人々の目は虚無に向いており、他が全く見えていない。今なら気付かれることなく此処から逃げることができる。
……でも……
あるものに目が向いた瞬間、一歩を踏み出しかけた俺の足は止まった。
それは、虚無に咬み付かれたのだろう、喉から大量の血を流して倒れている貴族と思わしき身なりの少女だった。
この虚無たちは、此処にいる人間を見境なく襲う。バルムンクはこの場を混乱させるためにこいつらを放ったのだろうが、その結果として大量の犠牲者が出ようがお構いなしなのだろう。
それは、そうだ。奴にとっては魔帝を良く思っていない人間はただの邪魔者でしかない。生かしておく理由など何ひとつないのだから。
──此処から無事に逃げ出すためには、此処にいる人たちを見殺しにする必要がある。そうしなければ、俺は助からない。
これは、生きるために仕方なくやることなのだ。大火事になった住宅街から逃げ出すのと同じこと。自分の身を守るためなのだから、仕方がないと皆もきっと許してくれる。
動け、六道春。今のうちに此処から逃げるんだ。俺の目的を果たすために、一刻も早く此処から離れるんだ。早く!
………………!
ぎりっ、と俺は奥歯を噛み締めた。
右手を広げて、その中で魔力を編み一枚の仮面を作る。右の頬の部分に花の意匠を彫り込んだ皿のようにのっぺりとした仮面だ。
俺はそれを被って顔を隠し、倒れている少女に駆け寄った。
抱き起こし、怪我をしている喉元に掌を当てて回復魔法を唱える。
効果を表し始めた魔法が、少女の怪我を癒していく。幸い傷は浅かったので、幾分もせずに傷痕は綺麗になくなった。
「ああ、アンリエッタ……!」
少女を安全な場所に運ぶために抱き抱えようとしたところに背後から年老いた男の声が聞こえたので、俺は反射的に肩を跳ねさせた。
振り向くと、如何にも贅を尽くしてる貴族って感じの恰幅の良い初老の男がいた。
少女の名前を知っているということは、この二人の関係はおそらく親子だろう。
「君! その子は……アンリエッタは、私の娘なのだ! 娘は、娘は無事なのかっ!?」
「わっ、ちょっ、落ち着いて、下さっ」
背後から肩を掴まれて思い切り揺すられたので、俺は思わずひっくり返りそうになった。
落ちそうになった仮面を右手で抑えて、男から距離を置く。
「怪我をしていたので、一応治療はしました。少しすれば目を覚ますと思います」
「おお、そうか……そうか! ありがとう、本当にありがとう!」
男は俺に近付いてきて左手を取ると、ぶんぶんと何度も振った。
それから懐から財布を取り出すと、金貨十枚を半ば強引にくれた。娘を助けた御礼だと言うので有難く頂戴することにしたが、貴族ってのは庶民の一月分の生活費をこうもぽんとはした金みたいに出すもんなんだな……金銭感覚の違いをまざまざと見せつけられた気分になった。
娘を背負って逃げて行く男を見送りながら、俺は貰った金貨をとりあえず懐の中に突っ込んだ。財布はボトムレスの袋と一緒にフォルテに預けていて手元にはないため、他に金をしまえそうな場所がなかったのだ。仕方ないだろ、この世界の服にはポケットなんて付いてないんだから。
ともあれ、仮面で顔を隠してさえいれば、すぐに正体がばれるといったことはなさそうだ。
闘技場の関係者に近付いたら俺だと知られてしまうかもしれないが、一般客は俺の顔なんて殆ど見ていないだろうし、こんな状況下じゃ人の顔をじっくり観察する余裕なんてないはず。
この場にいる一般客をできる限り多く外に逃がそう。俺が逃げるのはそれからでも遅くはない。
俺は……助けられる人を見捨てて自分だけ逃げるということが、どうしてもできなかった。
別に勇者を気取りたいわけじゃない。これは俺の昔からの性分なのだ。
「た、助け……!」
少し離れたところで、複数の虚無に囲まれた貴族風の男が腰を抜かして座り込んでいる。
俺は虚無を狙って魔法を唱えた。
「アルテマ!」
どんっ、と派手な音を立てて虚無が一体粉々に吹き飛んだ。
しかし他の生き残りが、一斉に男へと飛びかかっていく。
駄目だ、間に合わない!
男が目を見開いて悲鳴を上げた。その瞬間。
どがっ!
横手から急に飛び込んできた金髪の男が、虚無にドロップキックを食らわせた。
脇腹をまともに蹴られた虚無は近くにいる別の虚無をまとめて巻き込んで、床の上を滑るようにして転がっていった。
金髪の男は貴族の男を一瞥すると、邪魔だと言わんばかりに吐き捨てた。
「さっさと逃げやがれ、此処にいると食われるぞ」
「……ひぃぃっ」
貴族の男は生まれたての小鹿のように両足をぷるぷるさせながらも立ち上がり、よたよたと逃げていった。
金髪の男はそれを見つめて溜め息をつくと、こちらに振り返り、手にしている何かを投げつけてきた。
ばさり、と大きな白い布が俺の頭に被さる。
それは、大人用の外套だった。何処でも普通に手に入るようなやつである。
「……ったく、こんな場所で逃げもしねぇで何やってんだよ、おっさん」
金髪の男──リュウガは、呆れた顔をして俺を見ていた。
今の俺は仮面で顔を隠してるのに、こうもあっさりと俺だってバレるとは。
「……一応変装してるつもりなんだけどな。これでも」
「それは変装じゃなくて仮装って言うんだよ。服がそのまんまな上に声も変わってねぇとあっちゃ、知ってる奴が見たら丸分かりだっての。ほら、さっさと今渡したやつ着てそのおっさん体型を隠しな」
おっさん体型って……俺はそんなに太ってるわけじゃないぞ。ただちょっと筋肉質な体型からは離れてるだけだ。健康診断でだってメタボだなんて言われたことはないしな。
くそ、自分が若くて引き締まった体をしてるからって好き放題に言ってくれやがって。
……暇を見て筋トレでも始めようかな。ビールでたるんだ腹を引き締めるくらいには。
とりあえず俺はリュウガが言う通りに投げ渡された外套を着た。フードが付いていたので、それも被って髪を隠す。
見た目は、何処にでもいるような大人しめな感じの旅人になった。
「念のために用意してきて正解だったな。その面がありゃ、あんただってすぐにはバレねぇだろ」
「……ひょっとして、俺を助けに来てくれたのか?」
俺の問いに、リュウガはがしがしとこめかみの辺りを掻きながら、
「最悪此処の人間を丸ごと敵に回す腹積もりだったんだけどな。騒ぎが起きてて都合良かったぜ。おっさん、自力で逃げてきたのか?」
「…………」
敵である魔帝の下僕に助けられた、とは言わない方がいいだろう。
少し考えた後、俺は曖昧に答えた。
「……色々あってな。出られたのは運が良かったんだ」
「そうか」
そこまで深く追求する気はなかったらしい。リュウガはあっさり頷くと、おそらく建物の出口がある方向であろう通路の一方に目を向けた。
「このまま外に出るぜ。あいつらとは街の外で合流する手筈になってる。さっさと此処からはおさらばするぞ」
「……おい、まだ逃げ切れてない一般人が何人もいるんだぞ。それを放ったまま……」
「馬鹿か、おっさん。てめぇの身が危うい状況で何の関わりもねぇ赤の他人の心配なんざしてる場合か」
彼から肩越しに向けられた視線は、何処か氷のような冷たさを含んでいた。
「あんたはいい歳して正義の味方ごっこでもしてぇのか? そんなことなんざしたって誰も褒めちゃくれねぇぞ。それどころか此処の人間にとっ捕まって牢屋に逆戻りだ。そんなのは単なるお花畑野郎以外の何でもねぇ。現実を見ろ、此処ではあんたがわざわざ働く必要はこれっぽっちもねぇんだよ」
それは、この世界に来てから今までを一人で生き抜いてきた彼だからこそ言える言葉だった。
状況を冷静に判断して、必要に応じて不要なものをばっさりと切り捨てることができる思い切りの良さを持っている。
それは、この世界に来てから今までを一人で生きたことのない俺にはない力だった。
俺の方が年上なのに……何だか情けないな。
「此処の警備の連中はそれなりに強ぇ。この程度の騒動なんざあっという間に解決できるさ。だからこの場は此処の連中に任せて、行くぞ。今なら目につく場所を通っても逃げる客くらいにしか思われねぇだろ」
「……分かった」
でも、と言いたい気持ちはあるが、此処はリュウガの言い分が正しい。俺が此処から無事に逃げるには、今しかチャンスがない。それは事実なのだから。
先に駆け出すリュウガを追って、俺も走り出した。
完治していない右足が床を踏む度に痛みを訴えたが、我慢して懸命に前へと進んだ。此処から出たらちゃんと怪我を治療しよう、そのようなことを心の片隅で考えつつ。
逃げ惑う貴族たち。武器を片手に辺りを走り回っている闘技場の係員たち。
それらを追い回している、体長一メートル半ほどの真っ黒な狼の群れ。
よく見ると、狼の体は黒い石でできており、あちこちに紫色の岩のようなものが貼り付いている。胸の辺りには赤いボーリングの玉のような物体が埋まっていた。
虚無だ。
バルムンクはどうやって場が混乱するほどの騒ぎを起こすのかと思っていたが、成程……確かにこんなのが大量に現れたら場は混乱する。駆除のために人手を集める必要もあるから、警備を持ち場から引き剥がすことにも繋がるというわけだ。
人々の目は虚無に向いており、他が全く見えていない。今なら気付かれることなく此処から逃げることができる。
……でも……
あるものに目が向いた瞬間、一歩を踏み出しかけた俺の足は止まった。
それは、虚無に咬み付かれたのだろう、喉から大量の血を流して倒れている貴族と思わしき身なりの少女だった。
この虚無たちは、此処にいる人間を見境なく襲う。バルムンクはこの場を混乱させるためにこいつらを放ったのだろうが、その結果として大量の犠牲者が出ようがお構いなしなのだろう。
それは、そうだ。奴にとっては魔帝を良く思っていない人間はただの邪魔者でしかない。生かしておく理由など何ひとつないのだから。
──此処から無事に逃げ出すためには、此処にいる人たちを見殺しにする必要がある。そうしなければ、俺は助からない。
これは、生きるために仕方なくやることなのだ。大火事になった住宅街から逃げ出すのと同じこと。自分の身を守るためなのだから、仕方がないと皆もきっと許してくれる。
動け、六道春。今のうちに此処から逃げるんだ。俺の目的を果たすために、一刻も早く此処から離れるんだ。早く!
………………!
ぎりっ、と俺は奥歯を噛み締めた。
右手を広げて、その中で魔力を編み一枚の仮面を作る。右の頬の部分に花の意匠を彫り込んだ皿のようにのっぺりとした仮面だ。
俺はそれを被って顔を隠し、倒れている少女に駆け寄った。
抱き起こし、怪我をしている喉元に掌を当てて回復魔法を唱える。
効果を表し始めた魔法が、少女の怪我を癒していく。幸い傷は浅かったので、幾分もせずに傷痕は綺麗になくなった。
「ああ、アンリエッタ……!」
少女を安全な場所に運ぶために抱き抱えようとしたところに背後から年老いた男の声が聞こえたので、俺は反射的に肩を跳ねさせた。
振り向くと、如何にも贅を尽くしてる貴族って感じの恰幅の良い初老の男がいた。
少女の名前を知っているということは、この二人の関係はおそらく親子だろう。
「君! その子は……アンリエッタは、私の娘なのだ! 娘は、娘は無事なのかっ!?」
「わっ、ちょっ、落ち着いて、下さっ」
背後から肩を掴まれて思い切り揺すられたので、俺は思わずひっくり返りそうになった。
落ちそうになった仮面を右手で抑えて、男から距離を置く。
「怪我をしていたので、一応治療はしました。少しすれば目を覚ますと思います」
「おお、そうか……そうか! ありがとう、本当にありがとう!」
男は俺に近付いてきて左手を取ると、ぶんぶんと何度も振った。
それから懐から財布を取り出すと、金貨十枚を半ば強引にくれた。娘を助けた御礼だと言うので有難く頂戴することにしたが、貴族ってのは庶民の一月分の生活費をこうもぽんとはした金みたいに出すもんなんだな……金銭感覚の違いをまざまざと見せつけられた気分になった。
娘を背負って逃げて行く男を見送りながら、俺は貰った金貨をとりあえず懐の中に突っ込んだ。財布はボトムレスの袋と一緒にフォルテに預けていて手元にはないため、他に金をしまえそうな場所がなかったのだ。仕方ないだろ、この世界の服にはポケットなんて付いてないんだから。
ともあれ、仮面で顔を隠してさえいれば、すぐに正体がばれるといったことはなさそうだ。
闘技場の関係者に近付いたら俺だと知られてしまうかもしれないが、一般客は俺の顔なんて殆ど見ていないだろうし、こんな状況下じゃ人の顔をじっくり観察する余裕なんてないはず。
この場にいる一般客をできる限り多く外に逃がそう。俺が逃げるのはそれからでも遅くはない。
俺は……助けられる人を見捨てて自分だけ逃げるということが、どうしてもできなかった。
別に勇者を気取りたいわけじゃない。これは俺の昔からの性分なのだ。
「た、助け……!」
少し離れたところで、複数の虚無に囲まれた貴族風の男が腰を抜かして座り込んでいる。
俺は虚無を狙って魔法を唱えた。
「アルテマ!」
どんっ、と派手な音を立てて虚無が一体粉々に吹き飛んだ。
しかし他の生き残りが、一斉に男へと飛びかかっていく。
駄目だ、間に合わない!
男が目を見開いて悲鳴を上げた。その瞬間。
どがっ!
横手から急に飛び込んできた金髪の男が、虚無にドロップキックを食らわせた。
脇腹をまともに蹴られた虚無は近くにいる別の虚無をまとめて巻き込んで、床の上を滑るようにして転がっていった。
金髪の男は貴族の男を一瞥すると、邪魔だと言わんばかりに吐き捨てた。
「さっさと逃げやがれ、此処にいると食われるぞ」
「……ひぃぃっ」
貴族の男は生まれたての小鹿のように両足をぷるぷるさせながらも立ち上がり、よたよたと逃げていった。
金髪の男はそれを見つめて溜め息をつくと、こちらに振り返り、手にしている何かを投げつけてきた。
ばさり、と大きな白い布が俺の頭に被さる。
それは、大人用の外套だった。何処でも普通に手に入るようなやつである。
「……ったく、こんな場所で逃げもしねぇで何やってんだよ、おっさん」
金髪の男──リュウガは、呆れた顔をして俺を見ていた。
今の俺は仮面で顔を隠してるのに、こうもあっさりと俺だってバレるとは。
「……一応変装してるつもりなんだけどな。これでも」
「それは変装じゃなくて仮装って言うんだよ。服がそのまんまな上に声も変わってねぇとあっちゃ、知ってる奴が見たら丸分かりだっての。ほら、さっさと今渡したやつ着てそのおっさん体型を隠しな」
おっさん体型って……俺はそんなに太ってるわけじゃないぞ。ただちょっと筋肉質な体型からは離れてるだけだ。健康診断でだってメタボだなんて言われたことはないしな。
くそ、自分が若くて引き締まった体をしてるからって好き放題に言ってくれやがって。
……暇を見て筋トレでも始めようかな。ビールでたるんだ腹を引き締めるくらいには。
とりあえず俺はリュウガが言う通りに投げ渡された外套を着た。フードが付いていたので、それも被って髪を隠す。
見た目は、何処にでもいるような大人しめな感じの旅人になった。
「念のために用意してきて正解だったな。その面がありゃ、あんただってすぐにはバレねぇだろ」
「……ひょっとして、俺を助けに来てくれたのか?」
俺の問いに、リュウガはがしがしとこめかみの辺りを掻きながら、
「最悪此処の人間を丸ごと敵に回す腹積もりだったんだけどな。騒ぎが起きてて都合良かったぜ。おっさん、自力で逃げてきたのか?」
「…………」
敵である魔帝の下僕に助けられた、とは言わない方がいいだろう。
少し考えた後、俺は曖昧に答えた。
「……色々あってな。出られたのは運が良かったんだ」
「そうか」
そこまで深く追求する気はなかったらしい。リュウガはあっさり頷くと、おそらく建物の出口がある方向であろう通路の一方に目を向けた。
「このまま外に出るぜ。あいつらとは街の外で合流する手筈になってる。さっさと此処からはおさらばするぞ」
「……おい、まだ逃げ切れてない一般人が何人もいるんだぞ。それを放ったまま……」
「馬鹿か、おっさん。てめぇの身が危うい状況で何の関わりもねぇ赤の他人の心配なんざしてる場合か」
彼から肩越しに向けられた視線は、何処か氷のような冷たさを含んでいた。
「あんたはいい歳して正義の味方ごっこでもしてぇのか? そんなことなんざしたって誰も褒めちゃくれねぇぞ。それどころか此処の人間にとっ捕まって牢屋に逆戻りだ。そんなのは単なるお花畑野郎以外の何でもねぇ。現実を見ろ、此処ではあんたがわざわざ働く必要はこれっぽっちもねぇんだよ」
それは、この世界に来てから今までを一人で生き抜いてきた彼だからこそ言える言葉だった。
状況を冷静に判断して、必要に応じて不要なものをばっさりと切り捨てることができる思い切りの良さを持っている。
それは、この世界に来てから今までを一人で生きたことのない俺にはない力だった。
俺の方が年上なのに……何だか情けないな。
「此処の警備の連中はそれなりに強ぇ。この程度の騒動なんざあっという間に解決できるさ。だからこの場は此処の連中に任せて、行くぞ。今なら目につく場所を通っても逃げる客くらいにしか思われねぇだろ」
「……分かった」
でも、と言いたい気持ちはあるが、此処はリュウガの言い分が正しい。俺が此処から無事に逃げるには、今しかチャンスがない。それは事実なのだから。
先に駆け出すリュウガを追って、俺も走り出した。
完治していない右足が床を踏む度に痛みを訴えたが、我慢して懸命に前へと進んだ。此処から出たらちゃんと怪我を治療しよう、そのようなことを心の片隅で考えつつ。
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