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第69話 森姫の願い
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神樹の魔弓。それはエルフの国で代々大切に祀られてきた森の神の力が宿ると言い伝えられてきた魔法の弓だという。
弓と楽器、両方の特性を備えたこの品は、ひとたび弦を引けば全てのものを貫き、弦を爪弾けば全てを魅了する音色を奏でる、まさに神の作った道具と呼ぶに相応しい力を持っているのだそうだ。
この弓はエルフの国を治める王家の手によって大切に保管され、王家の者のみが手に触れることを許された国宝なのだという。
そんな代物を持っているということは、ひょっとしてアヴネラは……
「あんた……ひょっとして、エルフの国の、王族なのか?」
「そうだよ。別に隠す必要はないし、教えてあげる。ボクの名前はアヴネラ・リィン・グルーヴローブ。グルーヴローブ国の第一王女……正当な、次期王位継承者さ」
人間の国では王家の血筋を引く男が王位を継ぐのが普通だが、エルフの国の場合は逆で、王家の血筋を引く女が王位を継ぐと決まっているそうだ。
これには理由があって、エルフは他の種族と違い男の出生率が極端に低いため、王家の血筋を絶やさないために女が中心となって国を治めると定めたかららしい。他にも男は成人になったら最低でも五人以上の妻を娶らなければならないとか、人間の国ではちょっと考えられないような変わった決まりごとがエルフの国にはあるようだ。
五人以上の妻を持つって、まるで絵に描いたみたいなハーレムだな。この世界は人間の国も一夫多妻制が認められているらしいが、それを義務化しているというのは凄いと思う。
そう考えると、ユーリルは色々な意味でかなりレアな存在のエルフだったんだな……
「……で、そんな王女様とやらが、どうして国宝とも言えるものを持って人間の国を旅してるんだよ」
「それは、ボクたちの森を救うための方法の鍵が、この人間領に眠っているからさ」
アヴネラの母親であるエルフの国の女王は、日に日に小さく弱くなっていく森を見て、常日頃からこう言っていたという。
森が滅びつつあるのは、森を守っている神の力が弱まっているからだ。神が昔のように力を取り戻せば、森は再び大きく豊かになっていくだろう、と。
女王は森の神が力を取り戻すためには、森の神に穢れのない大量の魔力を捧げれば良いと考えた。そのために、国を挙げて森の再生を願うための祭を執り行うことを決めた。
そのために必要としたのが、大量の穢れのない魔力を蓄えた神樹の魔弓だった。
元々魔力を持っていた品に更に多くの魔力を宿らせるためには、特別な品が必要になるという。
それは。
「原初の魔石。長い年月をかけて結晶化した魔素──手にした者に莫大な魔力を与えると言われている伝説の石さ。この石を手にしたから、魔帝は現在の魔帝になったんじゃないかって考える学者もいるくらいだよ。それを手に入れることが、ボクの旅の目的なのさ」
その魔石が世に姿を現したのは今から五十五年前。魔帝が魔帝として世に認知されるようになったのも丁度その頃らしい。
それ以来、その魔石が人の前に現れることは一度もなかったというが──ある時、その魔石がある場所にあるらしいという情報を彼女は掴んだのだという。
その情報が本物かどうかは分からなかったが、本当であると信じて彼女はその場所に向かおうとした。
その矢先だった。肝心の弓が、あの魔法使いに奪われてしまったのは。
「……弓に宿っていた魔力は失われてしまったけれど、弓自体が消えてなくなったわけじゃない。原初の魔石を手に入れることができれば、この弓も、森も蘇るんだよ。ボクは絶対に諦めない……必ず、原初の魔石を手に入れてみせる。ううん、手に入れなきゃいけないんだ」
「……それを手に入れるためにわざわざ嫌っている人間の力を借りようとするなんて、そんなにヤバイ場所にあるのか? その石ってのは」
俺の質問に、アヴネラはこくんと頷いて。
「ルノラッシュシティにある闘技場という場所で開かれる、世界最強の戦士を決めるための大会──その大会に優勝した人間に賞品として与えられるのが、原初の魔石らしいんだ」
……何とタイミングの悪い話なのだろう。
さっきソルレオンから、できることならその街には行くなと警告されたばかりだというのに。
アヴネラが俺に求める協力というのは、俺がその大会に出場して優勝して賞品になっている魔石を手に入れることなのだろう。これまでの話の流れからしたら、それ以外考えられない。
この頼み、引き受けるのは正直言って気が進まない。
大体、その大会とやらの規模も出場する人間の強さも分からないというのに。下手をしたら魔帝の下僕並みに強いかもしれない人間を相手に、本気の殺し合いをしなければならないというのは……
俺が反応に困っていると、アヴネラは俺の目をひたと見据えて、言葉を続けた。
「……ボクは、君に酷いことを言った。その自覚はあるし、言ったことを今更撤回して許してもらおうとも思ってない。でも……ボクにはどうしても原初の魔石が必要なんだ。お願い、ボクに力を貸してほしい。もちろんただでとは言わない。ボクに協力してくれたら、その代わりに、君からのお願いを何でもひとつだけ叶えてあげるから」
お願いします、と頭を深く下げる彼女。
……本当は、人間の俺相手に頭を下げるのも嫌だろうに。その思いを押し込めてまで、彼女は自分の故郷のために目的を果たそうとしているのだ。
まるで、取引先の嫌な客相手に必死に頭を下げている社畜時代の俺を見ているようだ。
そんな健気な姿を見ていたら……嫌だと断る気持ちは、何処かへと飛んで行ってしまった。
「……分かった」
俺はアヴネラの頼みを聞き入れることにした。
「どうせ、近くを通ることになってた街だ。俺がその大会で優勝できる保障はないが、あんたの頼み、聞いてやる」
「……本当?」
「その代わり、条件がある」
嬉しそうに顔を上げるアヴネラに、俺は言った。
「何でもひとつだけ願いを聞いてくれるって言ったな。……俺たちは今、理由があって魔帝に滅ぼされたっていう魚人族の生き残りを探しているんだが、それについての情報を得るためにあんたの国……エルフ領を目指している最中なんだ。もしも俺があんたとの約束を果たしたら、その見返りとして、あんたの国の女王に謁見する許可が欲しい。何でもいいから情報を手に入れたいんだよ」
国を治めている女王ならば、他国の情勢にもそれなりに詳しいはず。人間を嫌っている普通のエルフを片っ端から捕まえて無理矢理話を聞き出すよりは、その方が有益な情報が得られる可能性が高いと思うのだ。
アヴネラは俺の言葉に複雑そうな表情をしていたが、背に腹は代えられないと思ったのか、俺の申し出を承諾してくれた。
「……分かった。もしも原初の魔石を手に入れることができたら、その時はボクも約束を果たすよ。君を必ず、母上のところまで連れて行く」
「よし。それじゃあこれで取引は成立だ。宜しくな、アヴネラ……じゃない、王女様」
「アヴネラでいいよ。ボクは王女扱いされるのはあまり好きじゃないんだ。堅苦しいし、此処じゃそんな肩書きなんて何の役にも立たないしね」
「そうか。じゃあアヴネラ、改めて宜しくな」
俺が右手を差し出すと、彼女は微妙に躊躇いながらもそれを握り返した。
これで少しは溝が埋まった……とは言わないが、一応協力関係になったのだ。多少は、彼女もコミュニケーションを取ってくれるようになるだろう。
明日の朝になったら、フォルテたちにも事情を説明して、ルノラッシュシティを目指して出発しよう。
嘘つきばかりが暮らす、賭博と娯楽の街……か。一体どんな街なんだろうな。
弓と楽器、両方の特性を備えたこの品は、ひとたび弦を引けば全てのものを貫き、弦を爪弾けば全てを魅了する音色を奏でる、まさに神の作った道具と呼ぶに相応しい力を持っているのだそうだ。
この弓はエルフの国を治める王家の手によって大切に保管され、王家の者のみが手に触れることを許された国宝なのだという。
そんな代物を持っているということは、ひょっとしてアヴネラは……
「あんた……ひょっとして、エルフの国の、王族なのか?」
「そうだよ。別に隠す必要はないし、教えてあげる。ボクの名前はアヴネラ・リィン・グルーヴローブ。グルーヴローブ国の第一王女……正当な、次期王位継承者さ」
人間の国では王家の血筋を引く男が王位を継ぐのが普通だが、エルフの国の場合は逆で、王家の血筋を引く女が王位を継ぐと決まっているそうだ。
これには理由があって、エルフは他の種族と違い男の出生率が極端に低いため、王家の血筋を絶やさないために女が中心となって国を治めると定めたかららしい。他にも男は成人になったら最低でも五人以上の妻を娶らなければならないとか、人間の国ではちょっと考えられないような変わった決まりごとがエルフの国にはあるようだ。
五人以上の妻を持つって、まるで絵に描いたみたいなハーレムだな。この世界は人間の国も一夫多妻制が認められているらしいが、それを義務化しているというのは凄いと思う。
そう考えると、ユーリルは色々な意味でかなりレアな存在のエルフだったんだな……
「……で、そんな王女様とやらが、どうして国宝とも言えるものを持って人間の国を旅してるんだよ」
「それは、ボクたちの森を救うための方法の鍵が、この人間領に眠っているからさ」
アヴネラの母親であるエルフの国の女王は、日に日に小さく弱くなっていく森を見て、常日頃からこう言っていたという。
森が滅びつつあるのは、森を守っている神の力が弱まっているからだ。神が昔のように力を取り戻せば、森は再び大きく豊かになっていくだろう、と。
女王は森の神が力を取り戻すためには、森の神に穢れのない大量の魔力を捧げれば良いと考えた。そのために、国を挙げて森の再生を願うための祭を執り行うことを決めた。
そのために必要としたのが、大量の穢れのない魔力を蓄えた神樹の魔弓だった。
元々魔力を持っていた品に更に多くの魔力を宿らせるためには、特別な品が必要になるという。
それは。
「原初の魔石。長い年月をかけて結晶化した魔素──手にした者に莫大な魔力を与えると言われている伝説の石さ。この石を手にしたから、魔帝は現在の魔帝になったんじゃないかって考える学者もいるくらいだよ。それを手に入れることが、ボクの旅の目的なのさ」
その魔石が世に姿を現したのは今から五十五年前。魔帝が魔帝として世に認知されるようになったのも丁度その頃らしい。
それ以来、その魔石が人の前に現れることは一度もなかったというが──ある時、その魔石がある場所にあるらしいという情報を彼女は掴んだのだという。
その情報が本物かどうかは分からなかったが、本当であると信じて彼女はその場所に向かおうとした。
その矢先だった。肝心の弓が、あの魔法使いに奪われてしまったのは。
「……弓に宿っていた魔力は失われてしまったけれど、弓自体が消えてなくなったわけじゃない。原初の魔石を手に入れることができれば、この弓も、森も蘇るんだよ。ボクは絶対に諦めない……必ず、原初の魔石を手に入れてみせる。ううん、手に入れなきゃいけないんだ」
「……それを手に入れるためにわざわざ嫌っている人間の力を借りようとするなんて、そんなにヤバイ場所にあるのか? その石ってのは」
俺の質問に、アヴネラはこくんと頷いて。
「ルノラッシュシティにある闘技場という場所で開かれる、世界最強の戦士を決めるための大会──その大会に優勝した人間に賞品として与えられるのが、原初の魔石らしいんだ」
……何とタイミングの悪い話なのだろう。
さっきソルレオンから、できることならその街には行くなと警告されたばかりだというのに。
アヴネラが俺に求める協力というのは、俺がその大会に出場して優勝して賞品になっている魔石を手に入れることなのだろう。これまでの話の流れからしたら、それ以外考えられない。
この頼み、引き受けるのは正直言って気が進まない。
大体、その大会とやらの規模も出場する人間の強さも分からないというのに。下手をしたら魔帝の下僕並みに強いかもしれない人間を相手に、本気の殺し合いをしなければならないというのは……
俺が反応に困っていると、アヴネラは俺の目をひたと見据えて、言葉を続けた。
「……ボクは、君に酷いことを言った。その自覚はあるし、言ったことを今更撤回して許してもらおうとも思ってない。でも……ボクにはどうしても原初の魔石が必要なんだ。お願い、ボクに力を貸してほしい。もちろんただでとは言わない。ボクに協力してくれたら、その代わりに、君からのお願いを何でもひとつだけ叶えてあげるから」
お願いします、と頭を深く下げる彼女。
……本当は、人間の俺相手に頭を下げるのも嫌だろうに。その思いを押し込めてまで、彼女は自分の故郷のために目的を果たそうとしているのだ。
まるで、取引先の嫌な客相手に必死に頭を下げている社畜時代の俺を見ているようだ。
そんな健気な姿を見ていたら……嫌だと断る気持ちは、何処かへと飛んで行ってしまった。
「……分かった」
俺はアヴネラの頼みを聞き入れることにした。
「どうせ、近くを通ることになってた街だ。俺がその大会で優勝できる保障はないが、あんたの頼み、聞いてやる」
「……本当?」
「その代わり、条件がある」
嬉しそうに顔を上げるアヴネラに、俺は言った。
「何でもひとつだけ願いを聞いてくれるって言ったな。……俺たちは今、理由があって魔帝に滅ぼされたっていう魚人族の生き残りを探しているんだが、それについての情報を得るためにあんたの国……エルフ領を目指している最中なんだ。もしも俺があんたとの約束を果たしたら、その見返りとして、あんたの国の女王に謁見する許可が欲しい。何でもいいから情報を手に入れたいんだよ」
国を治めている女王ならば、他国の情勢にもそれなりに詳しいはず。人間を嫌っている普通のエルフを片っ端から捕まえて無理矢理話を聞き出すよりは、その方が有益な情報が得られる可能性が高いと思うのだ。
アヴネラは俺の言葉に複雑そうな表情をしていたが、背に腹は代えられないと思ったのか、俺の申し出を承諾してくれた。
「……分かった。もしも原初の魔石を手に入れることができたら、その時はボクも約束を果たすよ。君を必ず、母上のところまで連れて行く」
「よし。それじゃあこれで取引は成立だ。宜しくな、アヴネラ……じゃない、王女様」
「アヴネラでいいよ。ボクは王女扱いされるのはあまり好きじゃないんだ。堅苦しいし、此処じゃそんな肩書きなんて何の役にも立たないしね」
「そうか。じゃあアヴネラ、改めて宜しくな」
俺が右手を差し出すと、彼女は微妙に躊躇いながらもそれを握り返した。
これで少しは溝が埋まった……とは言わないが、一応協力関係になったのだ。多少は、彼女もコミュニケーションを取ってくれるようになるだろう。
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