三十路の魔法使い

高柳神羅

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第62話 アインソフセイバー

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『ただいまー。お待たせ、おっさん君』
 五分ほどして、アルカディアは戻ってきた。
 一体何処で何をしてきたんだろう、こいつは。
『はぁ、似たようなのがたくさんあるから迷っちゃったわよ。まあ雑然としてたお陰で、これを持ってきたことには気付かれずに済みそうだけど』
『……おまっ、それ……』
 ソルレオンが絶句する。
 彼は彼にしては珍しく慌てた様子で、声を張り上げて、言った。
『お前、本殿の神器保管庫から持ち出したのか!? それは神界の宝だぞ! 大主神様に知られたら……』
『大丈夫よ、ちょっと借りるだけだもの。あれだけ中がごちゃごちゃしてたら少しの間持ち出したことくらいバレやしないわよ』
 何やらアルカディアがとんでもないことをやらかしたらしいことはソルレオンの様子から何となく分かるが、何なのだろう。
 アルカディアはソルレオンの言葉をさらりと受け流すと、俺に言った。
『それじゃあ、おっさん君。今から、貴方にいいものを貸してあげるわ。有難く受け取りなさい』
 彼女の言葉が終わると同時に、俺の膝の上に白い光が現れて収束していく。
 それは瞬く間に形を形成していき、剣の柄のようなものになった。
 色は、ちょっとメタリックっぽい輝きを持った淡い水色。鍔はなく、手で持つ部分には細かい文字のような彫刻がびっしりと施されている。先端部分は平たく、そこだけが透明な水晶のような石でできている。そういうものだ。
 世界的に有名な超大作SF映画に登場する、精神力を光の刃に変える剣。見た目はあれに似ている感じがする。鍔が付いていない形とか、メタリックな色合いとかはまさにそのまんまって感じだ。
 持ち上げてみると、結構軽かった。ひょっとしてこれは金属じゃないのかな。
『それは、アインソフセイバー。柄に込めた魔法の力を刃として具現化する剣よ』
 アインソフ……ファルティノン王国のアインソフ魔道目録殿にも同じアインソフの名前が付いていたが、何か関係はあるのだろうか。
 まあ、名前のことはいいか。肝心なのは性能の方である。
 魔法の力を刃にする剣、と言っていたが、要は魔法剣技と同じようなものなのか?
 神界の宝、って割には案外普通の品のように思えるが……
『馬鹿ね、魔法剣技なんかとは比べ物にならないわよ。魔法剣技っていうのは剣術の形をしてはいるけど魔法と同じでね、一度何かに命中したらそこで効果が消えるのよ。それにあれは基本的に精霊魔法に属する一部の魔法しか武器に乗せることができないって欠点がある。人間が発動させるには普通の魔法と同じように相応の対価が必要になるし、御世辞にも使い勝手がいいとは言えない力よね』
 確かに、バルムンクは魔法剣技を発動させる時に自分の手を切って血を剣に塗っていたな。
 あれをいちいちやらなければ発動できないというのは、確かにちょっと手間がかかると思う。
『その点、アインソフセイバーは一度魔法の力を柄に込めたら効果がずっと持続するわ。何かを斬っても刃が消えることはないし、刃の具現化には基本的に大気中の魔素を利用しているから、使い手に魔力がなくても威力に差が出ない。更に込められる魔法の種類にも制限がないから、込める魔法次第で色々な使い方ができる。例えばちょっと強力な浄化魔法を込めてあげれば、死霊に対して無敵の効果を持った最強武器が作れちゃうってわけ。どう、ここまで説明すれば、それが如何に凄いものかってことが分かるでしょ?』
 成程……こいつに強力な浄化魔法を込めてやれば、対アンデッド用の特攻武器が出来上がるというわけか。
 それをリュウガに持たせれば、アンデッドとまともに戦える戦力が一人増えることになる。
 これは、かなり有難い。あのアンデッドたちに浄化魔法が効果あるかどうかはまだ分からないが、対抗できる手段はひとつでも多く用意しておくに越したことはないからな。
 でも……これ、神界の宝なんだろ? そんなものを人間の俺が受け取ったりしたら、俺が天罰を食らうんじゃ……
『……お前は多分大丈夫だ。お前は単にアルカディアからそいつを渡されたってだけだからな。アルカディアはバレたらどうなるかは分からんが』
 もう、怒る気力も慌てる元気もないのだろう。微妙に脱力した様子で呟くソルレオン。
『……いいか、オレは何も見てない。聞いてない。お前が神器保管庫に無断で入ってあれを持ち出したのはお前が独断でやったことだからな。もしも大主神様に事がバレてもオレはそう言うぞ。分かったな、アルカディア』
『大丈夫よ、あげたわけじゃないんだから。ちょっと借りただけなんだから。……いいこと、おっさん君。それは貸しただけであげたわけじゃないからそこは勘違いしないでね。召喚士の子をちゃんと助けたら、それはきちんと返すのよ? 分かったわね』
 神が盗みとか……本当に何をやらかしてるんだ、この女神は。
 まあ、今回は俺もそれに一枚噛ませてもらってるわけだから、これ以上は突っ込まないでおこう。
 アルカディアも、こうして俺にフォルテ救出のための力を貸してくれているんだから。
『後、それと。此処からが大事よ、おっさん君』
 何だよ、まだ何かあるのか?
『わざわざ大主神様に罰せられるかもしれないリスクを冒してまで貴方に神の秘宝とも言えるそれを貸してあげたんだから、その見返りとして次のビール献上の時には倍の量のビールを要求するわ。神の協力がタダで得られると思ったらそれは大きな間違いなのよ。いいわね?』
 ………………
 ……俺のために上司に罰せられる危険を背負ってまで力を貸してくれるなんていい奴だなとちらっとでも思った俺が馬鹿だったかもしれない。
 この女神は通常運転だ。こいつはビールのためなら本当に何でもやるんだ、間違いない。
 まあ……仕方ない。これもフォルテを助けるためだ。そのためだったら、多少のことは目を瞑ってやる。
 俺はアルカディアの要求を呑んで、次回のビール献上の時にはビールを二箱献上してやることを約束した。ソルレオンにも一応相談に乗ってくれた礼ということで、同じように倍の量のビールを渡してやると宣言した。
 神たちとの会話を終えて、手元に残ったアインソフセイバーを握り締めながら、俺は外に目を向けた。
 雨が、先程までと比較すると大分勢いが弱まってきている。この分ならじきにやむだろう。
 あいつらに対抗できるだけの戦力は揃った。待ってろよ……フォルテに手を出したことを骨の髄まで思い知らせてやるからな。
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