三十路の魔法使い

高柳神羅

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第45話 狙われた竜と道化の企み

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 竜。それは強靭な体と高い知能を持つ一種族の呼び名である。
 気が遠くなるほどの昔には人間と地上の覇権を争っていたこともあるというが、現在は人が足を踏み入れることのない秘境なんかに身を隠し、ひっそりと暮らしていることの方が多いらしい。
 性格は、基本的に思慮深く冷静。しかし人間を種族の敵と認識している部分は昔から変わっていないようで、近付いてきた人間に対しては容赦がないらしい。竜の方から人里に下りてきて暴れるといったことはしないが、自分の棲み処に入ってきた旅人を殺してしまうことはよくあることだそうで、そのせいで未だに人と竜との争いは絶えないのだという。
 市場では、竜の素材は稀少品として高値で取引されている。鱗や牙、爪は武具の素材として、目玉や内臓、血は薬の材料として、肉は高級食材として取り扱われており、竜を狩った者は一財産を手にすることができるとまで言われているそうだ。
 普通に暮らしていたらまず出会うことのない、生き物の王者とも呼ばれている存在。
 それが、どうしてこんな秘境でもない森の中にいるのだろう。
 俺はゆっくりと、竜の子供に近付いた。

「それはアタシの獲物よォ。触らないでちょうだい」

 それを制止する、微妙に間延びした少女の声。
 思わず足を止める俺。その目の前に、やたらとカラフルな格好をした小さな体が落ちてきた。
 赤と青と黄色。目が痛くなるほどに色鮮やかな原色の布切れをつぎはぎして仕立てたようなひらひらとした装束は、サーカスなんかにいる道化師を彷彿とさせる。房が三つある服と同じ色合いの帽子を被っており、顔には蔓草のような模様が描かれた白い仮面。それのせいでどんな顔をしているのかは分からないが、帽子の中から金の髪がちらりとはみ出しているのが見えた。
 手には、トランプと同じくらいの大きさのカードを扇状に広げて持っている。如何にも道化師らしいアイテムだ。
 道化師は俺の顔をまじまじと見つめて、小鳥のように小首を傾げて、あれぇと言った。
「君、ジークリンデが言ってた魔道士にそっくりねェ。ひょっとして、御本人様? アタシの計画、バレちゃった感じ?」
「……計画?」
 道化師が言う計画とやらが何なのかは分からなかったが、奴が魔帝の下僕であることは何となく分かった。
 その計画のために奴はこの竜の子供を襲ったのだろうが、魔帝が絡んでいる計画なんぞどうせろくなものでないことに決まっている。
 俺は竜をあのまま放置して先を急ぐつもりだったが、魔帝の計画が関わっているとなると話は別だ。
 俺は鞄からポーションを取り出して、傍らのフォルテに押し付けた。
 人間用の薬で竜の怪我が治せるとも思えないが、ひょっとしたらということもある。可能性があるならば何でも試してみるべきだ。
「フォルテ。これでその竜を治療しろ。目が覚めたらそいつを逃がせ」
「え……竜を、助けるの? そんなこと、普通はしないわよ」
「普通ならな。でも今は普通の状況じゃない。やってくれ」
「……分かったわよ」
「ちょっとちょっとォ、アタシを無視して話を進めないでよっ! ただのおっさん風情がラルガの宮廷魔道士様を蔑ろにするなんて、生意気よォ!」
 むきぃ、とヒステリックな声を上げて両手をぶんぶんと振る道化師。
 まさかこんな変な奴にまでおっさん呼ばわりされるなんてな。同じ魔帝の下僕でもジークリンデやバルムンクはまだ礼儀がなってたぞ。
 まあ、どうでもいいことだ。魔帝の下僕は放置しておけないことに変わりはないわけだし、連中の俺に対する態度のことなど気にするだけ無駄というものである。
 こちらには俺を含めて戦える人間が二人いる。あの道化師がどれだけ強力な魔法の力を持っていたとしても、全力で攻めれば決して後れは取らないはずだ。
 俺は傍にいるリュウガにちらりと目配せをして──
 その表情が、呆気に取られたものへと変わる。
 リュウガが、此処にいないのだ。
 ひょっとして、さっきヴァイスを追いかけた時にはぐれたか?
「……まあいいわァ。アタシの計画を邪魔してくれちゃった以上、君は生かしておけない。バルムンクは自分の獲物だから手を出すなって言ってたけど……こういうのって早い者勝ちって言うしぃ、魔帝様のためだもの、アタシがさっくり殺しちゃっても構わないわよねェ?」
 道化師は肩を竦めて笑うと、手にしたカードの扇で自らの手首を何の躊躇いもなく切りつけた。
 じわりと滲んだ血をカードの端に塗り付けて、それを一枚ずつ虚空に貼り付けるように並べる。
 円形に浮かび上がったカードが、くるくるとルーレットのように回転し始める。その輪の向こう側から覗き見るように俺を見つめながら、道化師は言った。
「さあ、おっさんらしく無様に踊り狂ってアタシを楽しませてちょうだいな!」
 回転していたカードが、白く光り輝いた。
 あのカードは、おそらく道化師の武器なのだ。わざわざ血を塗って汚すような真似をしたのは、バルムンクが自らの血を剣に塗って魔法剣を発動させたのと同じように、魔法の力をカードに乗せるためだろう。
 見た目はこんなだが、まがりなりにもラルガの宮廷魔道士を名乗るような奴だ。舐めてかかったら……殺される!
「ライティングレイ!」
 道化師の声に応えて、カードが纏っている光を光線にして撃ち出す!
 俺は両手を前に突き出して、叫んだ。
「アンチ・マジック!」
 俺の目の前に、虹色の壁が展開する。
 俺を寸分狂わず狙っていた光線は壁に阻まれて、俺に届く前に蒸発し、音を立てて消滅した。
「……嘘っ、アタシの魔法が……そんな魔法、見たことも聞いたこともないわよ! 何なのよっ、それェ!」
「……俺をただのおっさん風情と思うなよ」
 魔法を無効化されて明らかに動揺した様子を見せる道化師に、俺は冷静に言い放つ。
 アンチ・マジックフィールドを右腕の一振りで消滅させ、道化師を真っ向から睨み付けた。
「あんたの魔法は俺には通用しない。嘘だと思うなら幾らでも撃ってくるといい。あんたは俺の前じゃ単なる道化でしかないってことを、教えてやるよ!」
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