三十路の魔法使い

高柳神羅

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第25話 自分に相応しい魔法のカタチ

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 俺の魔法を受けた最後のグランドアイビーが煙を噴きながらその場に崩れ落ちる。
 ようやく全ての妖異を倒し終えた俺は、大きく息を吐いてその場に座り込んだ。
 長時間の激しい運動は、運動不足の体には結構堪えるな……
 魔法使いにはあまり体力は必要なさそうだと思っていたが、全然そんなことはない。身を守るためにはある程度は体を動かせるようにならないと駄目だと、深呼吸しながらそのようなことを考えたのだった。
「ハル、大丈夫? 顔赤いけど」
 そこらに散らばる妖異の死骸を器用に跨ぎながら、フォルテが俺の傍にやって来る。
 俺は呼吸を整えながら、ああと相槌を打った。
「やっぱり、幾つになっても体を鍛えるのって大事だな……」
「え?」
「……何でもない。独り言だ」
 ぼんやりと妖異の死骸に目を向ける。
 妖異の死骸は俺が見ている目の前で、陽炎のように姿が薄れていき、跡形もなくなった。
 こんな風に消えるのか、妖異の死骸って。何だかゲームみたいだ。
 ダンジョンに吸収されるっていうから、肉が溶けるとかもっとスプラッタな光景を想像してたんだけどな。
 あれだけあった妖異の死骸は全て消えてなくなり、幾分もせずに俺たちの周囲は元の何もないダンジョンの風景に戻った。
 本当は今すぐにでも探索を再開したいところだが、今の乱戦ですっかり体力が底をついてしまったようで、ちょっと休憩しないと動けそうにない。
「悪いけど、少しだけ此処で休ませてくれるか」
「このパーティのリーダーはハルだもの。ハルの好きにしていいと思うわよ。私は」
 ……いつから俺がこの面子のリーダーになったんだ?
 まあ、フォルテたちにあれこれ指示を出してるのは確かだし。そう思われても無理はないことなのか。
 特に困ることでもないし、好きに思わせておこう。
 鞄の中から飲み水が入った袋を取り出して、軽く喉を潤す。
 この世界の食材は基本的に鮮度が微妙だが、水は美味い。混ざりものの味が全くしないというか、日本の水道水にはある薬品臭さがない分新鮮に感じられるのだ。多分、この世界には水を汚すようなものが殆どないからなんだろうな。
 飲み水の袋を鞄に戻して、軽く背中を伸ばしていると。
 溜め息をつくユーリルの姿が、目に入った。
「……どうした?」
 何となく気になって声を掛けると、彼はゆっくりと俺の方に顔を向けて、ゆるゆるとかぶりを振りながら、小さな声で言った。
「こんなに多くの妖異に囲まれて危険な目に遭っているというのに……何故私は、魔法を使えるようにならないのでしょうか……」
 どうやら彼は、自分が一向に魔法を使えるようにならないことを悩んでいるようだ。
 彼が毎日真面目に魔法の勉強をしていることは知っている。その努力が決して浅いものではないことも分かっている。俺にできるのなら何とかしてやりたいとは思うのだが……
 生憎俺は、この世界の魔法使いとは根本的にあり方が違う。俺が彼に対して教えてあげられそうなことは何もない。
 俺は頭を掻きながらしばし考えて、ふと頭に浮かんだ疑問を口にした。
「思ったんだけどさ。あんたって、本当に魔法使い……魔道士、なのか?」
「?」
 怪訝そうに目を瞬かせるユーリル。
 ああ、言い方が悪かったか。俺は言葉を選んで、言い直した。
「えーと、つまり……あんたは、本当は魔道士じゃなくて神官だとか召喚士だとか、違う種類の魔法使いなんじゃないのか、って言いたかったんだよ」
 この世界の人間がどのようにして魔法使いの適正を見出しているのかは、俺には分からない。
 散々調べた結果、やっぱりお前には魔法使いとしての才能はなかった、ってことも、あるとは思う。
 でも、ユーリルはエルフだ。普通の人間よりは魔法を扱う才能がある種族なのだ。
 彼が全く魔法を扱う才能を持っていないとは、俺にはどうしても思えないのである。
 ならば、何故彼はこんなにも魔法を扱うことが下手なのか。
 それは──彼には単に精霊魔法を操る才能がないだけであって、他の種類の魔法ならば操れる可能性があるのではないだろうか。
 せっかく彼は魔道大全集を持っているのだし、今のうちに色々と試してみれば良いと思うのだ。
 ひょっとしたら、彼の中に眠っている才能の形が分かるかもしれない。それを知るために費やす時間は、決して無駄じゃないと思う。
 俺の言葉を真面目な面持ちで聞いていたユーリルは、胸元に抱えている魔道大全集に視線を落として、呟いた。
「私に眠る、本当の才能の形……」
 何やら考え込み──しばしして、納得のいく答えが見つかったのか、頷く。
「……そうですね。魔法の種類はひとつだけではありませんからね。この本で学んでいるうちに、私に相応しい魔法が分かるかもしれませんね」
「諦めないで何でも挑戦してみろよ。人間努力をしているうちが華だって昔の偉い人も言ってたぞ」
「はい」
 彼はにこりと笑った。
「ありがとうございます、ハルさん。何だか元気が出てきました」
 ……こいつ、本当に美形だな。女みたいに見えて一瞬どきっとしたよ。流石にときめきはしないけどな。
 俺は笑い返してゆっくりと腰を上げた。
 話をしている間に少しは体力も戻ったことだし、休憩はおしまいにして探索を再開しよう。
 俺の傍で大人しく伏せていたヴァイスの頭をぽんぽんと優しく叩いて、行くぞと呼びかける。
「ハル」
 俺の顔を横から覗き込んで、フォルテはふふっと笑った。

「ハルは優しいのね。私、ハルみたいな人好きだよ」

 唐突にストレートな言葉を掛けられて。
 俺は心臓を跳ねさせて、慌ててそっぽを向いた。
 ……たったこれだけのことで彼女の顔が見られなくなるくらいに照れ臭くなるなんて、一体どうしたんだよ、俺は。
 しっかりしろ六道春。彼女は伊藤さんじゃない、顔がそっくりなだけの別人だろ!
 俺ははあっと息を吐いて自分の頬を両手でばちんと叩き、気合を入れ直したのだった。
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