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第24話 魔法不可侵領域
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妖異は人間とは異なり、先程の蟻のように一部の例外もないわけではないが、徒党を組むといったことは基本的にしない。
しかし、群れで現れることはよくあることらしい。同族や他の妖異と一緒に現れては好き勝手に暴れ回り、脅威を振り撒いてくるのだという。
おそらくこれも、そのパターンなのだろう。
まあ、俺からしてみたら、これが単なる集団だろうが徒党を組んだ群れであろうが大差はないのだが。
「ハル! 後ろ! 狙われてるわ!」
「アイシクルランス!」
フォルテからの呼びかけに応じて、俺は振り向きながら魔法を放つ。
虚空に生まれた氷の槍はミサイルのように飛んでいき、そこに浮かんでいた巨大な目玉のような姿をした妖異を串刺しにした。
これは、フロータージュアイという名前の妖異らしい。精霊魔法を操るのが得意で、属性の力を光線のように飛ばしてくる能力を持っているそうだ。見た目はなかなか不気味ではあるが、光線を放ってくる前に潰してしまえばそう恐れるような存在ではない。
目玉の中心に穴を空けられたフロータージュアイは、謎の透明な汁を零しながら床に落ちた。
俺の後ろでは、ヴァイスがしきりに吠えていた。
吠え声が発せられるその度に、色鮮やかな光が生まれて目の前でひしめき合っている真っ赤な花のような妖異を次々と吹き飛ばしていく。
ヴァイスが相手にしているのは、グランドアイビーという植物型の妖異らしい。根っこを足のように使ってあちこちを徘徊しており、長い鞭のような蔓の先端に備わった針を獲物に突き刺して体液を啜り取る、可憐な見た目とは裏腹に結構えげつない生き物なのだそうだ。
流石はダンジョン、客に対して遠慮というものがない。意地でも殺して命を食らってやるという殺意をひしひしと感じる。
だが俺たちにとっては、こんな連中はただの壁だ。落ち着いて対処すれば、蹴散らすことは容易い。
さあ、早いところこいつらを片付けて、先に進まないとな!
俺は次の標的を狙って右手を突き出した。
その時、脳裏に突然聞き覚えのある声が大音量で響いてきた。
『ビール! 早く、ビールを私に献上しなさいっ!』
「!?」
全ての思考を阻害するようなそのきんきんとした声に、俺は放ちかけていた魔法の構成を霧散させてしまった。
……全く、こんな状況で話しかけてくるなんて、あの飲んだくれ女神、空気読めないのか!
横手からグランドアイビーの蔓が勢い良く叩き付けられてくる。
俺はそれを、足を縺れさせながらも何とか回避した。
『ちょっと、私の声、聞こえてるんでしょ! 何をぼさっとしてるの! 早くビールを献上しなさい!』
俺はちっと舌打ちをして妖異たちから距離を置きながら、頭の中で怒鳴り返した。
『今はそれどころじゃない! 取り込み中だ! 後にしてくれ!』
『貴方が今ダンジョンにいることくらい知ってるわよ、水鏡の間でずっと見てたんだから』
どうやらアルカディアは、俺のことを今まで観察していたらしい。
ずっと見てたって言うんなら、今俺が妖異と必死に戦っていて手が離せないことくらい察してほしいものである。
本当に、神というのはマイペースで我儘だ。
『ダンジョンにいてもビールをちょこっと召喚するくらいできるでしょ? さあ、さっさとビールを献上するのよ! ビール! ビール! ビール!』
『それ、今じゃなきゃ駄目なのかよ!』
アルカディアのビールコールは止まない。
……ああもう、やかましい奴だな!
このまま彼女を放置して妖異の相手に専念したいのが本音だが、流石にここまでうるさいと魔法の制御に集中できない。
うっかり魔法をしくじってダンジョンの壁や天井を崩したりなんかしたら目も当てられないし……
仕方ない。
俺はフォルテに向かって叫んだ。
「フォルテ、ビールを召喚してくれ!」
「え?」
急に何を言ってるんだこいつ、みたいな目で俺を見るフォルテ。
フロータージュアイからの光線攻撃を頭を低くして避けながら、俺は必死に説明した。
「この状況を何とかするために必要なんだよ! 急いでくれ!」
「わ、分かったわよ!」
『言っておくけど一本じゃ駄目よ。何本か欲しいわ』
「お願いだからあんたは黙っててくれ!」
つい言葉にして突っ込んでしまったが、この際気にするのはやめだ。
フォルテは髪の毛を対価に召喚魔法を唱え──ちゃんと缶ビールを召喚した。それも六本組の箱になっているやつだ。
これだけあれば、あの飲んだくれ女神もとりあえず文句は言わないだろう。
フォルテに投げ渡された缶ビールの箱を右手でキャッチして、それを頭上高く掲げる。
『ほら、さっさと受け取れ!』
缶ビールの箱が瞬く間に白い光に包まれ、消える。
無事に受け取ったのだろう、アルカディアのビールコールがぴたりと止んだ。
『ありがとう。これからは五日に一度は献上するようにしなさい。もちろん一本だけじゃなくて、今回みたいな束になってるやつよ』
『もう用はないだろ! 俺は忙しいんだから話しかけてくるな!』
『それじゃあ……約束だから、貴方に能力をひとつ授けてあげるわ』
俺の訴えも何処吹く風。相変わらずマイペースにアルカディアは話しかけてくる。
……そういえば、前に言ってたな。ビールを献上したら能力を授けてくれるって。
どうせなら、この状況を一気に何とかできるような役に立つ能力を授けてほしい。
アルカディアはふふっと笑いながら、言った。
『今回貴方に授けてあげるのは、私たち神の間ではアンチ・マジックと呼ばれている力。ありとあらゆる魔法を例外なく無効化する領域を生み出せる能力よ』
彼女は語る。
その力によって生み出された領域の中では、全ての魔法が無力化するという。精霊魔法も、召喚魔法も、契約魔法ですら、その領域の中では力を失って沈黙するというのだ。
その領域は、結界のように自分の周囲に施すだけではなく、武器などに纏わせれば魔法を切り裂く手段にすることもできるらしい。どういう形に領域を展開するかは俺の考え方次第だと彼女は言うのだった。
この能力を使うに当たって注意する点はひとつ。この領域を生み出している間は、俺自身も一切の魔法を使うことができなくなるらしい。魔法を操るか、アンチ・マジックを使うかは、状況をよく考えて選択しろとのことだった。
全ての魔法を無効化する能力か……この状況ではフロータージュアイの光線攻撃を相殺するくらいの役にしか立たないが、魔法をメインの攻撃手段として扱っている相手に対してはかなり強力な武器になりそうだ。例えば──そう、魔帝のような。
いつかは、魔帝の前に立つことになるのだ。対抗できる手段は、ないよりもあった方がいい。
『……はい、無事に能力は付いたわよ。本来なら神しか持っていない能力なんだから、授かったことを有難いと思って上手に使いこなしなさいよ』
ぷしゅ、とプルタブを引く音。
ごくごく、とビールを喉に流し込んで、アルカディアはやたらとハイテンションな声を上げた。
『……くーっ、これこれ、この喉越しを待ってたのよ! ビバ、ビール! それじゃあね、異世界人のおっさん君』
『……おい、何だよその呼び方! 俺には六道春って名前がなぁ! 断じておっさんじゃない……こらっ!』
俺が抗議しても、アルカディアからの返答はなかった。どうやら会話を一方的に打ち切られてしまったようだ。
全く、いつも一方的すぎるんだよ。凄い能力を授けてくれたのは正直に有難いことだとは思うけど、少しは俺からの話も聞いてもらいたいものだ。
溜め息をついて、俺はこの場に残っている妖異たちに意識を戻した。
俺がアルカディアと話している間にヴァイスが随分と頑張ってくれたようで、妖異の数はかなり減っていた。残りはフロータージュアイが一匹に、グランドアイビーが二匹か。
フロータージュアイが俺に狙いを定めて青白い色の光線を放ってくる。
丁度いい、授かったばかりの能力、試してやろう!
俺は魔法を放つ要領で右手を前方に翳して、叫んだ。
「アンチ・マジック!」
ヴン、と俺の目の前に虹色に輝く光の壁が現れる。
飛んできた光線は光の壁に当たり、じゅっと水が蒸発するような音を立てて溶けるように消滅した。
おお、これは身を守る手段としてかなり使えるぞ。今までは魔法で狙撃するか避けるかしか対処方法がなかったからな。
この領域を発生させている間は俺も魔法を使えなくなるのが難点だが──戦う手段を持っているのは俺だけじゃないし、後でゆっくり色々と上手い使い方を考えるとしよう。
とりあえず、今は目の前のこいつらを片付けるのが最優先事項だ。
「ヴァイス、後一息だ! 頑張れ!」
「わんっ!」
俺はヴァイスに檄を飛ばし、発生させていたアンチ・マジックフィールドを解除させた。
横手からヴァイスを狙っているグランドアイビーに狙いを定めて、魔法を撃った。
「ファイアボール!」
しかし、群れで現れることはよくあることらしい。同族や他の妖異と一緒に現れては好き勝手に暴れ回り、脅威を振り撒いてくるのだという。
おそらくこれも、そのパターンなのだろう。
まあ、俺からしてみたら、これが単なる集団だろうが徒党を組んだ群れであろうが大差はないのだが。
「ハル! 後ろ! 狙われてるわ!」
「アイシクルランス!」
フォルテからの呼びかけに応じて、俺は振り向きながら魔法を放つ。
虚空に生まれた氷の槍はミサイルのように飛んでいき、そこに浮かんでいた巨大な目玉のような姿をした妖異を串刺しにした。
これは、フロータージュアイという名前の妖異らしい。精霊魔法を操るのが得意で、属性の力を光線のように飛ばしてくる能力を持っているそうだ。見た目はなかなか不気味ではあるが、光線を放ってくる前に潰してしまえばそう恐れるような存在ではない。
目玉の中心に穴を空けられたフロータージュアイは、謎の透明な汁を零しながら床に落ちた。
俺の後ろでは、ヴァイスがしきりに吠えていた。
吠え声が発せられるその度に、色鮮やかな光が生まれて目の前でひしめき合っている真っ赤な花のような妖異を次々と吹き飛ばしていく。
ヴァイスが相手にしているのは、グランドアイビーという植物型の妖異らしい。根っこを足のように使ってあちこちを徘徊しており、長い鞭のような蔓の先端に備わった針を獲物に突き刺して体液を啜り取る、可憐な見た目とは裏腹に結構えげつない生き物なのだそうだ。
流石はダンジョン、客に対して遠慮というものがない。意地でも殺して命を食らってやるという殺意をひしひしと感じる。
だが俺たちにとっては、こんな連中はただの壁だ。落ち着いて対処すれば、蹴散らすことは容易い。
さあ、早いところこいつらを片付けて、先に進まないとな!
俺は次の標的を狙って右手を突き出した。
その時、脳裏に突然聞き覚えのある声が大音量で響いてきた。
『ビール! 早く、ビールを私に献上しなさいっ!』
「!?」
全ての思考を阻害するようなそのきんきんとした声に、俺は放ちかけていた魔法の構成を霧散させてしまった。
……全く、こんな状況で話しかけてくるなんて、あの飲んだくれ女神、空気読めないのか!
横手からグランドアイビーの蔓が勢い良く叩き付けられてくる。
俺はそれを、足を縺れさせながらも何とか回避した。
『ちょっと、私の声、聞こえてるんでしょ! 何をぼさっとしてるの! 早くビールを献上しなさい!』
俺はちっと舌打ちをして妖異たちから距離を置きながら、頭の中で怒鳴り返した。
『今はそれどころじゃない! 取り込み中だ! 後にしてくれ!』
『貴方が今ダンジョンにいることくらい知ってるわよ、水鏡の間でずっと見てたんだから』
どうやらアルカディアは、俺のことを今まで観察していたらしい。
ずっと見てたって言うんなら、今俺が妖異と必死に戦っていて手が離せないことくらい察してほしいものである。
本当に、神というのはマイペースで我儘だ。
『ダンジョンにいてもビールをちょこっと召喚するくらいできるでしょ? さあ、さっさとビールを献上するのよ! ビール! ビール! ビール!』
『それ、今じゃなきゃ駄目なのかよ!』
アルカディアのビールコールは止まない。
……ああもう、やかましい奴だな!
このまま彼女を放置して妖異の相手に専念したいのが本音だが、流石にここまでうるさいと魔法の制御に集中できない。
うっかり魔法をしくじってダンジョンの壁や天井を崩したりなんかしたら目も当てられないし……
仕方ない。
俺はフォルテに向かって叫んだ。
「フォルテ、ビールを召喚してくれ!」
「え?」
急に何を言ってるんだこいつ、みたいな目で俺を見るフォルテ。
フロータージュアイからの光線攻撃を頭を低くして避けながら、俺は必死に説明した。
「この状況を何とかするために必要なんだよ! 急いでくれ!」
「わ、分かったわよ!」
『言っておくけど一本じゃ駄目よ。何本か欲しいわ』
「お願いだからあんたは黙っててくれ!」
つい言葉にして突っ込んでしまったが、この際気にするのはやめだ。
フォルテは髪の毛を対価に召喚魔法を唱え──ちゃんと缶ビールを召喚した。それも六本組の箱になっているやつだ。
これだけあれば、あの飲んだくれ女神もとりあえず文句は言わないだろう。
フォルテに投げ渡された缶ビールの箱を右手でキャッチして、それを頭上高く掲げる。
『ほら、さっさと受け取れ!』
缶ビールの箱が瞬く間に白い光に包まれ、消える。
無事に受け取ったのだろう、アルカディアのビールコールがぴたりと止んだ。
『ありがとう。これからは五日に一度は献上するようにしなさい。もちろん一本だけじゃなくて、今回みたいな束になってるやつよ』
『もう用はないだろ! 俺は忙しいんだから話しかけてくるな!』
『それじゃあ……約束だから、貴方に能力をひとつ授けてあげるわ』
俺の訴えも何処吹く風。相変わらずマイペースにアルカディアは話しかけてくる。
……そういえば、前に言ってたな。ビールを献上したら能力を授けてくれるって。
どうせなら、この状況を一気に何とかできるような役に立つ能力を授けてほしい。
アルカディアはふふっと笑いながら、言った。
『今回貴方に授けてあげるのは、私たち神の間ではアンチ・マジックと呼ばれている力。ありとあらゆる魔法を例外なく無効化する領域を生み出せる能力よ』
彼女は語る。
その力によって生み出された領域の中では、全ての魔法が無力化するという。精霊魔法も、召喚魔法も、契約魔法ですら、その領域の中では力を失って沈黙するというのだ。
その領域は、結界のように自分の周囲に施すだけではなく、武器などに纏わせれば魔法を切り裂く手段にすることもできるらしい。どういう形に領域を展開するかは俺の考え方次第だと彼女は言うのだった。
この能力を使うに当たって注意する点はひとつ。この領域を生み出している間は、俺自身も一切の魔法を使うことができなくなるらしい。魔法を操るか、アンチ・マジックを使うかは、状況をよく考えて選択しろとのことだった。
全ての魔法を無効化する能力か……この状況ではフロータージュアイの光線攻撃を相殺するくらいの役にしか立たないが、魔法をメインの攻撃手段として扱っている相手に対してはかなり強力な武器になりそうだ。例えば──そう、魔帝のような。
いつかは、魔帝の前に立つことになるのだ。対抗できる手段は、ないよりもあった方がいい。
『……はい、無事に能力は付いたわよ。本来なら神しか持っていない能力なんだから、授かったことを有難いと思って上手に使いこなしなさいよ』
ぷしゅ、とプルタブを引く音。
ごくごく、とビールを喉に流し込んで、アルカディアはやたらとハイテンションな声を上げた。
『……くーっ、これこれ、この喉越しを待ってたのよ! ビバ、ビール! それじゃあね、異世界人のおっさん君』
『……おい、何だよその呼び方! 俺には六道春って名前がなぁ! 断じておっさんじゃない……こらっ!』
俺が抗議しても、アルカディアからの返答はなかった。どうやら会話を一方的に打ち切られてしまったようだ。
全く、いつも一方的すぎるんだよ。凄い能力を授けてくれたのは正直に有難いことだとは思うけど、少しは俺からの話も聞いてもらいたいものだ。
溜め息をついて、俺はこの場に残っている妖異たちに意識を戻した。
俺がアルカディアと話している間にヴァイスが随分と頑張ってくれたようで、妖異の数はかなり減っていた。残りはフロータージュアイが一匹に、グランドアイビーが二匹か。
フロータージュアイが俺に狙いを定めて青白い色の光線を放ってくる。
丁度いい、授かったばかりの能力、試してやろう!
俺は魔法を放つ要領で右手を前方に翳して、叫んだ。
「アンチ・マジック!」
ヴン、と俺の目の前に虹色に輝く光の壁が現れる。
飛んできた光線は光の壁に当たり、じゅっと水が蒸発するような音を立てて溶けるように消滅した。
おお、これは身を守る手段としてかなり使えるぞ。今までは魔法で狙撃するか避けるかしか対処方法がなかったからな。
この領域を発生させている間は俺も魔法を使えなくなるのが難点だが──戦う手段を持っているのは俺だけじゃないし、後でゆっくり色々と上手い使い方を考えるとしよう。
とりあえず、今は目の前のこいつらを片付けるのが最優先事項だ。
「ヴァイス、後一息だ! 頑張れ!」
「わんっ!」
俺はヴァイスに檄を飛ばし、発生させていたアンチ・マジックフィールドを解除させた。
横手からヴァイスを狙っているグランドアイビーに狙いを定めて、魔法を撃った。
「ファイアボール!」
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