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第22話 イビルアイズ
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ダンジョンとは、生きた迷宮である。
一般的には、そのように認識されている。
生きているからその内部構造は常に変化する。自ら罠を作り、妖異を生み出し、宝を餌に外の世界から旅人を呼び寄せては殺してその命を食らい、成長する。ダンジョンの世界というのは、巨大な生き物の腹の中のようなものなのだ。
ダンジョンの中で妖異を倒しても、死骸は残らない。その命はダンジョンに吸収されて還元され、一定の時間が経つと再び同じ場所に同じ姿で生まれてくるという。
それは、人間も同じ。ダンジョンの中で死んだ人間の命もダンジョンに吸収され、ダンジョンが成長するための糧となるらしい。
ダンジョンに行ってそのまま行方不明となった人間が発見されることがない理由は、此処にある。荷物も何もかもダンジョンに食われて形が残らないからだ。
ダンジョンの中に存在する全てのものは、輪廻の理に支配されている。
輪廻。すなわち巻き戻りの法則。何かが起きてもその事象がなかったことになる力。
例えば。ある場所に設置されている罠を壊したとしても、ある程度の時間が経てば復元する。発見した宝箱の中身を取り出しても、中身が復活する。苦労して仕掛けを解いても、次に同じ場所を通ろうとした時には仕掛けが元通りになっている。など。
倒した妖異が再び同じ場所に生まれてくるのも、おそらくこの理のせいなのだろう。
それがダンジョンの恐ろしいところであり、地上にはない魅力であるとも言えた。
余談だが、その現象を起きさせなくする方法もある。
それは、ダンジョンを殺すこと──ダンジョンの何処かに隠されている『コア』と呼ばれるダンジョンの心臓を探し出して潰すことだ。
コアを失えばそのダンジョンは死に、ただの迷宮と成り果てる。妖異は生まれなくなり、壊した罠や解いた仕掛けが元通りになることもなくなる。その代わり、一度宝箱から取り出した宝が復活することも、なくなる。
どちらが世のためになるのかは分からない。ダンジョンは確かに危険な存在ではあるが、地上では得られないような恩恵を与えてくれるものでもあるからだ。
──────
冒険者ギルドで教わった話の内容を反芻しながら、俺は視線を天井に向けたり壁に向けたり正面に戻したりを繰り返していた。
俺の数歩前を、ヴァイスが歩いている。頭を低くしてしきりに床の匂いを嗅ぎながら、辺りの気配を探るようにして進んでいる。
俺の後ろには、フォルテとユーリルがいる。俺の前に出るなと釘を刺したからだ。
背後から何か来た時はすぐに教えるように言ってあるので、その時が来たら騒いでくれるだろう。
俺は基本的に気配を察するのは苦手だから、その辺のことに関しては協力してもらいたいと思う。
曲がり角を曲がると、急に光に照らされたことに驚いたのか、人間の足ほどの太さがある大きなミミズのような生き物が逃げるようにして床の中に引っ込んだ。
ダンジョンには妖異しか棲んでいないから、今のミミズも妖異なのだろう。
向こうが襲ってこないのなら、わざわざ追いかけるつもりはない。俺たちは妖異狩りに来ているわけではないのだから。
ミミズの穴を通り過ぎ、先へと進む。
十字路に差しかかった、その時。
じゃっ!
何か光るものがすぐ目の前を横切り、脇の通路へと飛び込んでいった。
それは床に当たって砕け散り、じゅわぁと揚げ物を熱い油の中に落とした時のような音を立てた。
音につられてついそちらを見やる。
光が当たった箇所が、微妙に抉れて白い煙を立てていた。
後少しタイミングがずれていたら、今の光は俺の顔に当たっていたかもしれないわけで。
今のは運が良かったと、背筋に冷や汗が噴き出た。
ウウウ、と光が飛んできた方向に向けて唸り声を発するヴァイス。
金色の瞳が睨んでいるのは──一メートルくらいの大きさの、半分溶けたプリンのような物体だった。
赤とピンクの中間のような色合いのボディ全体に、びっしりと握り拳大の人間の目玉が付いている。それぞれが規則性のない瞬きをしながら、俺たちのことをじっと見つめていた。
微妙に生臭いというか……生肉みたいな臭いがする。
これは……スライムってやつか?
「イビルアイズ……」
目玉スライムを見つめながら緊張感を露わにするユーリル。
「精霊魔法に長けた妖異です。それだけではなくて、睨んだ相手を麻痺させる力も持っていると言われています」
「……随分詳しいんだな」
「これでも、妖異の知識はそれなりにあります。お師匠様に、魔法だけではなく妖異のことを学ぶのも勉強だと常日頃から言われていましたので」
伊達に歳食ってるわけじゃないってことか。
魔法はできないかもしれないが、この妖異の知識はこのダンジョンを歩くのに役に立ちそうだ。
睨んだ相手を麻痺させるか……うっかり麻痺させられたところにさっきみたいな攻撃が飛んできたら厄介だ。
今は幸いこちらの様子を伺っているだけのようなので、動き出される前に先手を打つことにしよう。
俺はイビルアイズの体の中心を狙って魔法を撃った。
「フレアランス!」
どがっ!
茜色の光の槍が生まれ、イビルアイズの体を串刺しにした。
フレアランス──爆発魔法の一種で、槍状に収束させた破壊の力で標的を貫く魔法だ。アルテマと比較すると威力は大分劣るが、それでも爆発魔法に分類されるだけあって他の精霊魔法よりも高い貫通力を持っている。効果範囲も狭いので、これなら間違ってダンジョンの壁や天井に当ててしまっても崩してしまう心配はないだろう。
魔道大全集、読み込んでおいて良かった。学んだ知識が早速役に立ったぞ。
体の中心に穴を空けられたイビルアイズがべちゃぁとその場に潰れるようにして広がった。
ぷちゅぷちゅぷちゅっ。
体中にあった目玉が、内側から押し出されるように飛び出してきた。
うっわ、きもいきもいきもい! 何処のスプラッタ映画だよ! 子供が見たら泣くぞ!
うう……もろに見てしまった。夢に出そうだ。
「流石ですね、一発で仕留めるなんて」
ユーリルは目玉が零れる様子を見ても何とも思わないのか、感心の声を上げている。
彼はイビルアイズの死骸に歩み寄ると、潰れた肉の上に転がっている目玉をひとつ拾い上げた。
「イビルアイズの目玉は、薬の材料として重宝されているそうです。結構高値で取引されているらしいですよ」
……この目玉が、薬の材料? 何ができるんだ、一体。
こんな目玉からできた薬なんて飲みたいとは思わないな……
まあ、高く売れるって言うんなら、少し拾っていくか。
うわ、ぶにぶにしてる。感触が気持ち悪い。まるで鶏の皮を揉んでるみたいだ。
俺は感触に微妙に忌避感を覚えつつ、目玉を何個か拾って圧縮魔法を掛けて鞄の中にしまった。
床の上に放置しておいたらダンジョンに吸収されて消えてしまう妖異の死骸だが、素材として剥いだり拾ったりしたものは消えずに手元に残るらしい。手に入れたい素材があったら死骸が消える前に手早く作業を済ませるのが鉄則ってことだな。
この目玉がいい値段で買い取ってもらえますようにと願いつつ、俺たちは先の道へと進んだ。
一般的には、そのように認識されている。
生きているからその内部構造は常に変化する。自ら罠を作り、妖異を生み出し、宝を餌に外の世界から旅人を呼び寄せては殺してその命を食らい、成長する。ダンジョンの世界というのは、巨大な生き物の腹の中のようなものなのだ。
ダンジョンの中で妖異を倒しても、死骸は残らない。その命はダンジョンに吸収されて還元され、一定の時間が経つと再び同じ場所に同じ姿で生まれてくるという。
それは、人間も同じ。ダンジョンの中で死んだ人間の命もダンジョンに吸収され、ダンジョンが成長するための糧となるらしい。
ダンジョンに行ってそのまま行方不明となった人間が発見されることがない理由は、此処にある。荷物も何もかもダンジョンに食われて形が残らないからだ。
ダンジョンの中に存在する全てのものは、輪廻の理に支配されている。
輪廻。すなわち巻き戻りの法則。何かが起きてもその事象がなかったことになる力。
例えば。ある場所に設置されている罠を壊したとしても、ある程度の時間が経てば復元する。発見した宝箱の中身を取り出しても、中身が復活する。苦労して仕掛けを解いても、次に同じ場所を通ろうとした時には仕掛けが元通りになっている。など。
倒した妖異が再び同じ場所に生まれてくるのも、おそらくこの理のせいなのだろう。
それがダンジョンの恐ろしいところであり、地上にはない魅力であるとも言えた。
余談だが、その現象を起きさせなくする方法もある。
それは、ダンジョンを殺すこと──ダンジョンの何処かに隠されている『コア』と呼ばれるダンジョンの心臓を探し出して潰すことだ。
コアを失えばそのダンジョンは死に、ただの迷宮と成り果てる。妖異は生まれなくなり、壊した罠や解いた仕掛けが元通りになることもなくなる。その代わり、一度宝箱から取り出した宝が復活することも、なくなる。
どちらが世のためになるのかは分からない。ダンジョンは確かに危険な存在ではあるが、地上では得られないような恩恵を与えてくれるものでもあるからだ。
──────
冒険者ギルドで教わった話の内容を反芻しながら、俺は視線を天井に向けたり壁に向けたり正面に戻したりを繰り返していた。
俺の数歩前を、ヴァイスが歩いている。頭を低くしてしきりに床の匂いを嗅ぎながら、辺りの気配を探るようにして進んでいる。
俺の後ろには、フォルテとユーリルがいる。俺の前に出るなと釘を刺したからだ。
背後から何か来た時はすぐに教えるように言ってあるので、その時が来たら騒いでくれるだろう。
俺は基本的に気配を察するのは苦手だから、その辺のことに関しては協力してもらいたいと思う。
曲がり角を曲がると、急に光に照らされたことに驚いたのか、人間の足ほどの太さがある大きなミミズのような生き物が逃げるようにして床の中に引っ込んだ。
ダンジョンには妖異しか棲んでいないから、今のミミズも妖異なのだろう。
向こうが襲ってこないのなら、わざわざ追いかけるつもりはない。俺たちは妖異狩りに来ているわけではないのだから。
ミミズの穴を通り過ぎ、先へと進む。
十字路に差しかかった、その時。
じゃっ!
何か光るものがすぐ目の前を横切り、脇の通路へと飛び込んでいった。
それは床に当たって砕け散り、じゅわぁと揚げ物を熱い油の中に落とした時のような音を立てた。
音につられてついそちらを見やる。
光が当たった箇所が、微妙に抉れて白い煙を立てていた。
後少しタイミングがずれていたら、今の光は俺の顔に当たっていたかもしれないわけで。
今のは運が良かったと、背筋に冷や汗が噴き出た。
ウウウ、と光が飛んできた方向に向けて唸り声を発するヴァイス。
金色の瞳が睨んでいるのは──一メートルくらいの大きさの、半分溶けたプリンのような物体だった。
赤とピンクの中間のような色合いのボディ全体に、びっしりと握り拳大の人間の目玉が付いている。それぞれが規則性のない瞬きをしながら、俺たちのことをじっと見つめていた。
微妙に生臭いというか……生肉みたいな臭いがする。
これは……スライムってやつか?
「イビルアイズ……」
目玉スライムを見つめながら緊張感を露わにするユーリル。
「精霊魔法に長けた妖異です。それだけではなくて、睨んだ相手を麻痺させる力も持っていると言われています」
「……随分詳しいんだな」
「これでも、妖異の知識はそれなりにあります。お師匠様に、魔法だけではなく妖異のことを学ぶのも勉強だと常日頃から言われていましたので」
伊達に歳食ってるわけじゃないってことか。
魔法はできないかもしれないが、この妖異の知識はこのダンジョンを歩くのに役に立ちそうだ。
睨んだ相手を麻痺させるか……うっかり麻痺させられたところにさっきみたいな攻撃が飛んできたら厄介だ。
今は幸いこちらの様子を伺っているだけのようなので、動き出される前に先手を打つことにしよう。
俺はイビルアイズの体の中心を狙って魔法を撃った。
「フレアランス!」
どがっ!
茜色の光の槍が生まれ、イビルアイズの体を串刺しにした。
フレアランス──爆発魔法の一種で、槍状に収束させた破壊の力で標的を貫く魔法だ。アルテマと比較すると威力は大分劣るが、それでも爆発魔法に分類されるだけあって他の精霊魔法よりも高い貫通力を持っている。効果範囲も狭いので、これなら間違ってダンジョンの壁や天井に当ててしまっても崩してしまう心配はないだろう。
魔道大全集、読み込んでおいて良かった。学んだ知識が早速役に立ったぞ。
体の中心に穴を空けられたイビルアイズがべちゃぁとその場に潰れるようにして広がった。
ぷちゅぷちゅぷちゅっ。
体中にあった目玉が、内側から押し出されるように飛び出してきた。
うっわ、きもいきもいきもい! 何処のスプラッタ映画だよ! 子供が見たら泣くぞ!
うう……もろに見てしまった。夢に出そうだ。
「流石ですね、一発で仕留めるなんて」
ユーリルは目玉が零れる様子を見ても何とも思わないのか、感心の声を上げている。
彼はイビルアイズの死骸に歩み寄ると、潰れた肉の上に転がっている目玉をひとつ拾い上げた。
「イビルアイズの目玉は、薬の材料として重宝されているそうです。結構高値で取引されているらしいですよ」
……この目玉が、薬の材料? 何ができるんだ、一体。
こんな目玉からできた薬なんて飲みたいとは思わないな……
まあ、高く売れるって言うんなら、少し拾っていくか。
うわ、ぶにぶにしてる。感触が気持ち悪い。まるで鶏の皮を揉んでるみたいだ。
俺は感触に微妙に忌避感を覚えつつ、目玉を何個か拾って圧縮魔法を掛けて鞄の中にしまった。
床の上に放置しておいたらダンジョンに吸収されて消えてしまう妖異の死骸だが、素材として剥いだり拾ったりしたものは消えずに手元に残るらしい。手に入れたい素材があったら死骸が消える前に手早く作業を済ませるのが鉄則ってことだな。
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