22 / 164
第21話 おっさん、危機感を求める
しおりを挟む
アマヌ平原は、現地人にすら何もないと言われていた場所であるが、改めて見ると本当に何もない。
生えているのは背の低い雑草。よく見るとイヌフグリの花によく似た小さな青い花がちらほらと咲いているが、これはシズクの花と呼ばれるこの世界ではさして珍しくもない雑草らしい。
これだけ草が生えてるなら草食性の動物くらいいそうなものなのだが、この程度の植物など腹の足しにもならないと思われているのか、動物の気配は全くなかった。小さなバッタのような昆虫が時々草の陰から飛び出しては飛んでいくだけだ。
こんな何もない土地など制圧する必要もないと言っているかのように、虚無の姿も全く見えない。
平和なのはいいことだとは思うけどな。
そんな感じで街を出て南を目指して歩くこと一時間。
さして苦労することもなく、ダンジョンの入口に到着した。
ダンジョンには、街のような固有名詞は付いていない。大抵の場合はそのダンジョンがある土地の名前を取って名付けられているらしい。
アマヌのダンジョン、と呼ばれているそのダンジョンの入口は、見た目は小動物の巣穴をそのまま人間が入れるくらいの大きさに引き伸ばしたような、地面に空いた穴だった。
剥き出しの土が固められて形成された穴の幅は、約二メートルといったところか。奥に進めばその限りではないかもしれないが、中で妖異に遭遇することを考えたら心許ない広さである。
アルテマみたいな強力な魔法を壁とか天井にうっかりぶつけたら、崩落して生き埋めになる可能性がある。使う魔法はよく考える必要がありそうだ。
早いところ目的のバレット・マンドラゴラとやらを見つけて帰ろう。
……それは、良いのだが。
「うわぁ……真っ暗ね。ランプとか用意してくれば良かったわね」
「自然系のダンジョンなんですね。濃い土の匂いがしますね」
入口から中を覗き込んでいる、まるでピクニックを楽しんでいるかのような様子のフォルテとユーリル。
何で、この二人まで一緒に付いて来てるんだ?
「……なあ」
俺は腰に手を当てて、少し離れた位置から二人を見つめながら問いかけた。
「俺、言ったよな。何があるか分からないダンジョンでは流石にあんたたちを守り切る自信がないから街で待ってろって。聞いてなかったのか?」
街を出発する前に、俺は二人に言ったのだ。
ダンジョンは地上と違って危険な場所らしいし、妖異がどれほどの強さを持った存在なのか分からないから、安全を考慮してあんたたちは街で待っていてほしいと。
ヴァイスはこんな見た目でも召喚獣だから自分で身を守る能力くらいはあるだろう。しかしフォルテが使えるのは日本の物しか呼び出せない召喚魔法だけで、ユーリルに至っては魔法使いでありながら魔法が一切使えない。
それでダンジョンを歩くなんて、絶壁を命綱なしで登ろうとするようなものだと思うのだ。
いくら俺が二人を守るといっても、俺の身体能力にも限界というものがある。もしも複数の妖異が一度に現れて別々に襲いかかってきたら、その状況を何とかする自信は俺にはない。
だったら、最初から俺一人だけでダンジョンに潜った方がよほど安全だ。俺も自分の身を守ることだけに集中できるし、傍で大怪我されて動揺することもないから。
そんな俺の気持ちを知ってか知るまいか、フォルテはやけに自信たっぷりな様子で答えた。
「ハルにだけ仕事を押し付けるわけにはいかないもの。大丈夫、自分の身くらいは自分でちゃんと守るから」
「どうやって?」
「これで」
言って彼女が取り出したのは、腰に下げたベルトを編んで作ったような形をしたホルダーに納められていた白い革張りの書物。何に使うものなのか用途が未だに分からない彼女の愛用品である。
それを片手で掴んでぶんっとハンマーのように振り下ろし、彼女は笑った。
「思いっ切り殴るのよ」
……その本ってそういう風に使うものじゃないはずだよな?
確かに分厚いし固そうだし、角がヒットすればそこそこの衝撃は与えられそうではあるが……いやいや。
本を物理的な武器として使って戦うのはゲームの中のキャラクターだけで十分である。
「私は、ハルさんと一緒にいて学んだのです……魔法を会得するためには、自分の身をわざと危険に晒して体に危機感を覚えさせなければ駄目だと」
ユーリルはいつになく真剣な面持ちで、魔道大全集を抱く両腕にきゅっと力を込めた。
「ダンジョンに入って妖異を目の前にすれば、私の中に眠る魔法の力が目覚めるかもしれません。その可能性に賭けたいのです」
それは……あれか? わざと自分を追い込んで無理矢理やる気を出させる、テスト前の学生がよくやる最終手段みたいなものか?
その発想は、あながち間違いでもないとは言いたいが……自分の命を天秤にかけてまでやらないでほしいものである。
これは遊びじゃないんだぞ。下手をしたら死ぬかもしれない命が懸かった仕事なんだぞ。
そういうのとは一切無縁の生活をしてきた異世界人の俺よりも危機感がないなんて……大丈夫なのか、こいつらは。
俺は溜め息をついて、それまで俺の足下でずっと大人しく座っていたヴァイスの頭を撫でた。
「……俺の頼りはお前だけだ。宜しくな」
「わんっ」
ヴァイスは背筋をぴんと伸ばして元気の良い返事をした。
こいつが伝説の召喚獣らしい働きをしてくれることを期待しよう。
俺は大きく息を吐いて、右の掌を上に向けた。
掌の上に風船を浮かばせるようなイメージを脳内に描きながら、魔法を唱える。
「ライティング」
握り拳ほどの大きさの真っ白な光の玉が生まれ出る。
これは、照明魔法と言われるものだ。闇を照らすための光を生む、ただそれだけの魔法ではあるが、ランプの光よりも明るくより遠くを照らすことができるので使えるとかなり重宝する便利魔法のひとつである。
その光を顔の高さで掲げながら、俺はダンジョンの入口の中へ一歩を踏み出した。
「……行くぞ」
アマヌのダンジョン、探索開始である。
生えているのは背の低い雑草。よく見るとイヌフグリの花によく似た小さな青い花がちらほらと咲いているが、これはシズクの花と呼ばれるこの世界ではさして珍しくもない雑草らしい。
これだけ草が生えてるなら草食性の動物くらいいそうなものなのだが、この程度の植物など腹の足しにもならないと思われているのか、動物の気配は全くなかった。小さなバッタのような昆虫が時々草の陰から飛び出しては飛んでいくだけだ。
こんな何もない土地など制圧する必要もないと言っているかのように、虚無の姿も全く見えない。
平和なのはいいことだとは思うけどな。
そんな感じで街を出て南を目指して歩くこと一時間。
さして苦労することもなく、ダンジョンの入口に到着した。
ダンジョンには、街のような固有名詞は付いていない。大抵の場合はそのダンジョンがある土地の名前を取って名付けられているらしい。
アマヌのダンジョン、と呼ばれているそのダンジョンの入口は、見た目は小動物の巣穴をそのまま人間が入れるくらいの大きさに引き伸ばしたような、地面に空いた穴だった。
剥き出しの土が固められて形成された穴の幅は、約二メートルといったところか。奥に進めばその限りではないかもしれないが、中で妖異に遭遇することを考えたら心許ない広さである。
アルテマみたいな強力な魔法を壁とか天井にうっかりぶつけたら、崩落して生き埋めになる可能性がある。使う魔法はよく考える必要がありそうだ。
早いところ目的のバレット・マンドラゴラとやらを見つけて帰ろう。
……それは、良いのだが。
「うわぁ……真っ暗ね。ランプとか用意してくれば良かったわね」
「自然系のダンジョンなんですね。濃い土の匂いがしますね」
入口から中を覗き込んでいる、まるでピクニックを楽しんでいるかのような様子のフォルテとユーリル。
何で、この二人まで一緒に付いて来てるんだ?
「……なあ」
俺は腰に手を当てて、少し離れた位置から二人を見つめながら問いかけた。
「俺、言ったよな。何があるか分からないダンジョンでは流石にあんたたちを守り切る自信がないから街で待ってろって。聞いてなかったのか?」
街を出発する前に、俺は二人に言ったのだ。
ダンジョンは地上と違って危険な場所らしいし、妖異がどれほどの強さを持った存在なのか分からないから、安全を考慮してあんたたちは街で待っていてほしいと。
ヴァイスはこんな見た目でも召喚獣だから自分で身を守る能力くらいはあるだろう。しかしフォルテが使えるのは日本の物しか呼び出せない召喚魔法だけで、ユーリルに至っては魔法使いでありながら魔法が一切使えない。
それでダンジョンを歩くなんて、絶壁を命綱なしで登ろうとするようなものだと思うのだ。
いくら俺が二人を守るといっても、俺の身体能力にも限界というものがある。もしも複数の妖異が一度に現れて別々に襲いかかってきたら、その状況を何とかする自信は俺にはない。
だったら、最初から俺一人だけでダンジョンに潜った方がよほど安全だ。俺も自分の身を守ることだけに集中できるし、傍で大怪我されて動揺することもないから。
そんな俺の気持ちを知ってか知るまいか、フォルテはやけに自信たっぷりな様子で答えた。
「ハルにだけ仕事を押し付けるわけにはいかないもの。大丈夫、自分の身くらいは自分でちゃんと守るから」
「どうやって?」
「これで」
言って彼女が取り出したのは、腰に下げたベルトを編んで作ったような形をしたホルダーに納められていた白い革張りの書物。何に使うものなのか用途が未だに分からない彼女の愛用品である。
それを片手で掴んでぶんっとハンマーのように振り下ろし、彼女は笑った。
「思いっ切り殴るのよ」
……その本ってそういう風に使うものじゃないはずだよな?
確かに分厚いし固そうだし、角がヒットすればそこそこの衝撃は与えられそうではあるが……いやいや。
本を物理的な武器として使って戦うのはゲームの中のキャラクターだけで十分である。
「私は、ハルさんと一緒にいて学んだのです……魔法を会得するためには、自分の身をわざと危険に晒して体に危機感を覚えさせなければ駄目だと」
ユーリルはいつになく真剣な面持ちで、魔道大全集を抱く両腕にきゅっと力を込めた。
「ダンジョンに入って妖異を目の前にすれば、私の中に眠る魔法の力が目覚めるかもしれません。その可能性に賭けたいのです」
それは……あれか? わざと自分を追い込んで無理矢理やる気を出させる、テスト前の学生がよくやる最終手段みたいなものか?
その発想は、あながち間違いでもないとは言いたいが……自分の命を天秤にかけてまでやらないでほしいものである。
これは遊びじゃないんだぞ。下手をしたら死ぬかもしれない命が懸かった仕事なんだぞ。
そういうのとは一切無縁の生活をしてきた異世界人の俺よりも危機感がないなんて……大丈夫なのか、こいつらは。
俺は溜め息をついて、それまで俺の足下でずっと大人しく座っていたヴァイスの頭を撫でた。
「……俺の頼りはお前だけだ。宜しくな」
「わんっ」
ヴァイスは背筋をぴんと伸ばして元気の良い返事をした。
こいつが伝説の召喚獣らしい働きをしてくれることを期待しよう。
俺は大きく息を吐いて、右の掌を上に向けた。
掌の上に風船を浮かばせるようなイメージを脳内に描きながら、魔法を唱える。
「ライティング」
握り拳ほどの大きさの真っ白な光の玉が生まれ出る。
これは、照明魔法と言われるものだ。闇を照らすための光を生む、ただそれだけの魔法ではあるが、ランプの光よりも明るくより遠くを照らすことができるので使えるとかなり重宝する便利魔法のひとつである。
その光を顔の高さで掲げながら、俺はダンジョンの入口の中へ一歩を踏み出した。
「……行くぞ」
アマヌのダンジョン、探索開始である。
0
お気に入りに追加
877
あなたにおすすめの小説
私のお父様とパパ様
棗
ファンタジー
非常に過保護で愛情深い二人の父親から愛される娘メアリー。
婚約者の皇太子と毎月あるお茶会で顔を合わせるも、彼の隣には幼馴染の女性がいて。
大好きなお父様とパパ様がいれば、皇太子との婚約は白紙になっても何も問題はない。
※箱入り娘な主人公と娘溺愛過保護な父親コンビのとある日のお話。
追記(2021/10/7)
お茶会の後を追加します。
更に追記(2022/3/9)
連載として再開します。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
食うために軍人になりました。
KBT
ファンタジー
ヴァランタイン帝国の片田舎ダウスター領に最下階位の平民の次男として生まれたリクト。
しかし、両親は悩んだ。次男であるリクトには成人しても継ぐ土地がない。
このままではこの子の未来は暗いものになってしまうだろう。
そう思った両親は幼少の頃よりリクトにを鍛え上げる事にした。
父は家の蔵にあったボロボロの指南書を元に剣術を、母は露店に売っていた怪しげな魔導書を元に魔法を教えた。
それから10年の時が経ち、リクトは成人となる15歳を迎えた。
両親の危惧した通り、継ぐ土地のないリクトは食い扶持を稼ぐために、地元の領軍に入隊試験を受けると、両親譲りの剣術と魔法のおかげで最下階級の二等兵として無事に入隊する事ができた。
軍と言っても、のどかな田舎の軍。
リクトは退役するまで地元でのんびり過ごそうと考えていたが、入隊2日目の朝に隣領との戦争が勃発してしまう。
おまけに上官から剣の腕を妬まれて、単独任務を任されてしまった。
その任務の最中、リクトは平民に対する貴族の専横を目の当たりにする。
生まれながらの体制に甘える貴族社会に嫌気が差したリクトは軍人として出世して貴族の専横に対抗する力を得ようと立身出世の道を歩むのだった。
剣と魔法のファンタジー世界で軍人という異色作品をお楽しみください。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
異世界でお取り寄せ生活
マーチ・メイ
ファンタジー
異世界の魔力不足を補うため、年に数人が魔法を貰い渡り人として渡っていく、そんな世界である日、日本で普通に働いていた橋沼桜が選ばれた。
突然のことに驚く桜だったが、魔法を貰えると知りすぐさま快諾。
貰った魔法は、昔食べて美味しかったチョコレートをまた食べたいがためのお取り寄せ魔法。
意気揚々と異世界へ旅立ち、そして桜の異世界生活が始まる。
貰った魔法を満喫しつつ、異世界で知り合った人達と緩く、のんびりと異世界生活を楽しんでいたら、取り寄せ魔法でとんでもないことが起こり……!?
そんな感じの話です。
のんびり緩い話が好きな人向け、恋愛要素は皆無です。
※小説家になろう、カクヨムでも同時掲載しております。
私は逃げます
恵葉
恋愛
ブラック企業で社畜なんてやっていたら、23歳で血反吐を吐いて、死んじゃった…と思ったら、異世界へ転生してしまったOLです。
そしてこれまたありがちな、貴族令嬢として転生してしまったのですが、運命から…ではなく、文字通り物理的に逃げます。
貴族のあれやこれやなんて、構っていられません!
今度こそ好きなように生きます!
悪役令嬢は処刑されました
菜花
ファンタジー
王家の命で王太子と婚約したペネロペ。しかしそれは不幸な婚約と言う他なく、最終的にペネロペは冤罪で処刑される。彼女の処刑後の話と、転生後の話。カクヨム様でも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる