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第18話 おっさん、とんでもないものを召喚する
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朝飯は手軽に済ませようってことで卵とじ天丼にした。
昨日作った天ぷらが余ってたし、天ぷらは時間が経つと衣がべちゃっとしてきて風味が落ちるからな。手っ取り早く片付けるにはアレンジ料理にしてしまうのが一番だ。
といっても、作るのにそこまでの手間はかからない。余った天ぷらを醤油とみりんで味を付けた卵でとじるだけだ。簡単だろう?
炊いた御飯の上に出来立ての具を載せて二人に出してやると、二人は競うようにして食べていた。
フォルテは最初こいつを親子丼だと勘違いしていたようだが、卵の中に天ぷらが入っていることに気付くと、同じ天ぷらなのに全然違う料理みたいだと驚いていた。
俺は長いこと一人暮らしをしてきてその分自炊歴も長いから、余り物を使って何かを作るのは割と得意だ。食べる奴が三人もいるから作った料理が余ることはそうそうないだろうが、これからも色々アレンジ料理を披露して驚かせてやりたいと思う。
「ねえ」
朝飯を終えて一息ついていると、フォルテが俺の顔をじっと見つめながら唐突にこんなことを言ってきた。
「ハル、随分髭伸びたわね」
「……髭?」
俺は自分の顎に手を当てた。
指先に、じょりっとした固い髭の感触を感じる。それも、うっすらと伸びた固さではなく、休日に剃るのをさぼって伸びてしまった微妙に撓りのある固さだ。
……そういえば、俺、この世界に来てから一度も髭剃ってなかったんだよな……
俺の髭の伸びる早さはそれほどでもない方だが、流石に何日も剃っていなかったらこんなに伸びていてもおかしくはない。
こんな顔では、人からおっさんと言われるのも無理はない気がする。
といっても、手元には髭剃りなんてないしな……
そこで、ふと疑問に思う。この世界の男たちは、伸びた髭をどうやって処理しているのだろう?
俺は同じ男であるユーリルに尋ねた。
「なあ。此処では髭って何を使って剃ってるんだ?」
「髭ですか? スキンケアナイフを使って剃るのが一般的ですね。中には普通のナイフを使って剃る人もいるみたいですが……危ないので、手先の器用さに自信がなかったら普通のナイフを使うのはやめた方がいいと思います」
スキンケアナイフというのは、顔や髪を剃るために作られた薄刃の小さなナイフらしい。話から想像するに、理容師が使っているちょっと大きな剃刀みたいな形をした刃物って感じだ。普通のナイフよりも高価な品ではあるが、街の雑貨店とかで普通に売られているそうだ。
それを買ってもいいのだが……俺としては、やはり日頃から使い慣れてる日本製の髭剃りの方がいい。
フォルテに召喚してもらうか? ……いや、待てよ。
俺が自分で召喚するというのはありだろうか。
魔道士には使えないはずの回復魔法が使えたくらいなのだ。召喚魔法だって、ひょっとしたらできるかもしれない。
俺は持っていた空の器を横に置いて、立ち上がった。
「どちらへ?」
怪訝そうに小首を傾げるユーリルに、答える。
「ちょっと召喚魔法を試してみようと思ってな」
「へ?」
二人から少し離れた位置に移動し、手をぷらぷらと振って軽く準備運動をする。魔法を使うのに準備運動なんてものは全くもって必要ないのだが、まあ気分の問題だ。
そこらの地面に向けて右手を翳し──軽く深呼吸をする。
そして、魔法を発動させるための言葉を唱える!
「来たれ、異郷に住まう神の子よ──我が願いを聞き届けたまえ!」
この言葉は、フォルテが召喚魔法を使う時に唱えているものと同じものだ。
召喚魔法は、召喚するものの種類に関係なく一律でこの言葉を力の行使の鍵とするらしい。
ヴン、と虫の羽音のような低い振動音が鳴り、俺の足下に光り輝く魔法陣が出現する。
その様子を目にしたユーリルが酷く驚いた様子で言った。
「そんな……対価を使わずに魔法を使うなんて!? しかも魔道士なのに召喚魔法を操るなんて! 信じられない……私は夢でも見ているのか!?」
ああ、俺が野盗相手にアルテマを使った時は距離が離れてたからな。俺が魔法を使う時に対価を使ってなかったことに気付いてなかったのか。
まあ、今は召喚魔法をちゃんと発動させることの方が大事だ。その辺の説明は後ですることにしよう。
俺は目の前の魔法陣に意識を集中させた。
魔法陣の中央に、小さな影が現れる。
「わう」
それは──体長二十センチくらいの大きさの、真っ白な毛並みをした犬だった。
ころころとした体。短い足。例えるならば、色こそ違うがゴールデンレトリバーの子犬によく似ている気がする。しかし尻尾が二本生えているのと、額にインド人が付けているような赤い石の飾りがあるので、これが単なる犬でないことは一目瞭然だ。
子犬はその場から全く動かず、金色の宝石のような瞳をこちらに向けている。
「……嘘でしょ、ハル」
子犬を見て掠れ声を発するフォルテ。
「二本の尻尾、額の賢者の石、金の瞳……間違いないわ。この子、エンシェント・フェンリルよ!」
エンシェント・フェンリル……何だか大層な名前だな。
そんなに凄い犬なのか? こいつ。
あ、欠伸した。
「何だ? その……エン……何とかって」
「エンシェント・フェンリル! 神の眷属とも言われてる最上位の召喚獣よ! 円卓の賢者の力を持ってしても召喚できるかどうか分からない、伝説の存在なのよ!」
「こんなちっこいのが、そんな大層な生き物なのか? そうは見えないんだけどな」
「多分、まだ子供なんじゃないかしら……でも、間違いなく召喚獣としての力は持ってるはずよ」
伝説の召喚獣……なあ。見た目は尻尾が二本あるだけのただの子犬なんだけどな。
まあ、何が出てきたかなんてのはこの際どうでもいい。
俺はただ日本から髭剃りを召喚したいだけなのだ。この状況で召喚獣を呼んでも与える命令なんてないし、扱いに困るだけである。
俺はエンシェント・フェンリルに向けて手を翳し、送還の魔法を唱えた。
「我、異郷の門を開き汝を此処に送らん」
俺の言葉が虚空に流れていく。
エンシェント・フェンリルは後ろ足で頭を掻いている。
………………
あれ?
魔法、間違ってないはずだよな?
俺は首を傾げて、再度同じ魔法を唱えた。
先程と同じように、俺の言葉が静寂に流れていく。
エンシェント・フェンリルは……相変わらず、そこにいる。
えぇ、何でだ? 何で送り返せないんだ?
俺は思わず自分の両手を見た。
「……何してるの?」
「いや、魔法が……」
フォルテの問いかけに俺は眉根を寄せて答えた。
ひょっとして魔法が急に使えなくなったのかと思い、他の簡単な魔法を唱えてみたら、それは普通に発動した。
どうやら、魔法の力が消えてしまった……というわけではないらしい。
しかし……困った。此処でこいつを送り返せないとなると、これから先俺がきちんと送還魔法を使えるようになるまでの間、こいつを連れて歩かなければならなくなる。
伝説の召喚獣がこんな場所に放置されていたら騒ぎになるだろうし、万が一こいつが怒って召喚獣としての力を振るったりしたら、下手をしたら此処ら一帯が焦土と化す──なんてことも起こるかもしれない。
それは流石に寝覚めが悪いからな。
召喚者の責任として、こいつが元の場所に還る時が来るまでは、面倒を見てやろうと思う。
俺は後頭部を掻きながらエンシェント・フェンリルに近付いて、その小さな体を両手で抱き上げた。
軽い。ふわふわもこもこで柔らかいし、本当に普通の子犬みたいだな。
エンシェント・フェンリルは抱き上げられたことを特に嫌がる様子もなく、俺の顔をじっと見つめている。
「おい、これからお前のことは俺が面倒を見るからな。大人しくしてるんだぞ」
「わう」
俺の言葉を理解しているのか、エンシェント・フェンリルは小さな声で鳴いた。
召喚獣だもんな。人の言葉を理解するくらいの知能はあって当たり前か。
俺は腕の中にエンシェント・フェンリルを抱いて、未だこの状況に呆気に取られている二人の元へと戻った。
「フォルテ、悪いけど髭剃りを召喚してくれないか?」
フォルテに呼びかけると、そこでようやく平静を取り戻したらしく、彼女は頷いて頭から髪を一本引き抜いた。
どうやら俺は……日本から物を召喚することには向いていないらしい。
日本の物を召喚できるフォルテが羨ましい。心底、そう思った。
昨日作った天ぷらが余ってたし、天ぷらは時間が経つと衣がべちゃっとしてきて風味が落ちるからな。手っ取り早く片付けるにはアレンジ料理にしてしまうのが一番だ。
といっても、作るのにそこまでの手間はかからない。余った天ぷらを醤油とみりんで味を付けた卵でとじるだけだ。簡単だろう?
炊いた御飯の上に出来立ての具を載せて二人に出してやると、二人は競うようにして食べていた。
フォルテは最初こいつを親子丼だと勘違いしていたようだが、卵の中に天ぷらが入っていることに気付くと、同じ天ぷらなのに全然違う料理みたいだと驚いていた。
俺は長いこと一人暮らしをしてきてその分自炊歴も長いから、余り物を使って何かを作るのは割と得意だ。食べる奴が三人もいるから作った料理が余ることはそうそうないだろうが、これからも色々アレンジ料理を披露して驚かせてやりたいと思う。
「ねえ」
朝飯を終えて一息ついていると、フォルテが俺の顔をじっと見つめながら唐突にこんなことを言ってきた。
「ハル、随分髭伸びたわね」
「……髭?」
俺は自分の顎に手を当てた。
指先に、じょりっとした固い髭の感触を感じる。それも、うっすらと伸びた固さではなく、休日に剃るのをさぼって伸びてしまった微妙に撓りのある固さだ。
……そういえば、俺、この世界に来てから一度も髭剃ってなかったんだよな……
俺の髭の伸びる早さはそれほどでもない方だが、流石に何日も剃っていなかったらこんなに伸びていてもおかしくはない。
こんな顔では、人からおっさんと言われるのも無理はない気がする。
といっても、手元には髭剃りなんてないしな……
そこで、ふと疑問に思う。この世界の男たちは、伸びた髭をどうやって処理しているのだろう?
俺は同じ男であるユーリルに尋ねた。
「なあ。此処では髭って何を使って剃ってるんだ?」
「髭ですか? スキンケアナイフを使って剃るのが一般的ですね。中には普通のナイフを使って剃る人もいるみたいですが……危ないので、手先の器用さに自信がなかったら普通のナイフを使うのはやめた方がいいと思います」
スキンケアナイフというのは、顔や髪を剃るために作られた薄刃の小さなナイフらしい。話から想像するに、理容師が使っているちょっと大きな剃刀みたいな形をした刃物って感じだ。普通のナイフよりも高価な品ではあるが、街の雑貨店とかで普通に売られているそうだ。
それを買ってもいいのだが……俺としては、やはり日頃から使い慣れてる日本製の髭剃りの方がいい。
フォルテに召喚してもらうか? ……いや、待てよ。
俺が自分で召喚するというのはありだろうか。
魔道士には使えないはずの回復魔法が使えたくらいなのだ。召喚魔法だって、ひょっとしたらできるかもしれない。
俺は持っていた空の器を横に置いて、立ち上がった。
「どちらへ?」
怪訝そうに小首を傾げるユーリルに、答える。
「ちょっと召喚魔法を試してみようと思ってな」
「へ?」
二人から少し離れた位置に移動し、手をぷらぷらと振って軽く準備運動をする。魔法を使うのに準備運動なんてものは全くもって必要ないのだが、まあ気分の問題だ。
そこらの地面に向けて右手を翳し──軽く深呼吸をする。
そして、魔法を発動させるための言葉を唱える!
「来たれ、異郷に住まう神の子よ──我が願いを聞き届けたまえ!」
この言葉は、フォルテが召喚魔法を使う時に唱えているものと同じものだ。
召喚魔法は、召喚するものの種類に関係なく一律でこの言葉を力の行使の鍵とするらしい。
ヴン、と虫の羽音のような低い振動音が鳴り、俺の足下に光り輝く魔法陣が出現する。
その様子を目にしたユーリルが酷く驚いた様子で言った。
「そんな……対価を使わずに魔法を使うなんて!? しかも魔道士なのに召喚魔法を操るなんて! 信じられない……私は夢でも見ているのか!?」
ああ、俺が野盗相手にアルテマを使った時は距離が離れてたからな。俺が魔法を使う時に対価を使ってなかったことに気付いてなかったのか。
まあ、今は召喚魔法をちゃんと発動させることの方が大事だ。その辺の説明は後ですることにしよう。
俺は目の前の魔法陣に意識を集中させた。
魔法陣の中央に、小さな影が現れる。
「わう」
それは──体長二十センチくらいの大きさの、真っ白な毛並みをした犬だった。
ころころとした体。短い足。例えるならば、色こそ違うがゴールデンレトリバーの子犬によく似ている気がする。しかし尻尾が二本生えているのと、額にインド人が付けているような赤い石の飾りがあるので、これが単なる犬でないことは一目瞭然だ。
子犬はその場から全く動かず、金色の宝石のような瞳をこちらに向けている。
「……嘘でしょ、ハル」
子犬を見て掠れ声を発するフォルテ。
「二本の尻尾、額の賢者の石、金の瞳……間違いないわ。この子、エンシェント・フェンリルよ!」
エンシェント・フェンリル……何だか大層な名前だな。
そんなに凄い犬なのか? こいつ。
あ、欠伸した。
「何だ? その……エン……何とかって」
「エンシェント・フェンリル! 神の眷属とも言われてる最上位の召喚獣よ! 円卓の賢者の力を持ってしても召喚できるかどうか分からない、伝説の存在なのよ!」
「こんなちっこいのが、そんな大層な生き物なのか? そうは見えないんだけどな」
「多分、まだ子供なんじゃないかしら……でも、間違いなく召喚獣としての力は持ってるはずよ」
伝説の召喚獣……なあ。見た目は尻尾が二本あるだけのただの子犬なんだけどな。
まあ、何が出てきたかなんてのはこの際どうでもいい。
俺はただ日本から髭剃りを召喚したいだけなのだ。この状況で召喚獣を呼んでも与える命令なんてないし、扱いに困るだけである。
俺はエンシェント・フェンリルに向けて手を翳し、送還の魔法を唱えた。
「我、異郷の門を開き汝を此処に送らん」
俺の言葉が虚空に流れていく。
エンシェント・フェンリルは後ろ足で頭を掻いている。
………………
あれ?
魔法、間違ってないはずだよな?
俺は首を傾げて、再度同じ魔法を唱えた。
先程と同じように、俺の言葉が静寂に流れていく。
エンシェント・フェンリルは……相変わらず、そこにいる。
えぇ、何でだ? 何で送り返せないんだ?
俺は思わず自分の両手を見た。
「……何してるの?」
「いや、魔法が……」
フォルテの問いかけに俺は眉根を寄せて答えた。
ひょっとして魔法が急に使えなくなったのかと思い、他の簡単な魔法を唱えてみたら、それは普通に発動した。
どうやら、魔法の力が消えてしまった……というわけではないらしい。
しかし……困った。此処でこいつを送り返せないとなると、これから先俺がきちんと送還魔法を使えるようになるまでの間、こいつを連れて歩かなければならなくなる。
伝説の召喚獣がこんな場所に放置されていたら騒ぎになるだろうし、万が一こいつが怒って召喚獣としての力を振るったりしたら、下手をしたら此処ら一帯が焦土と化す──なんてことも起こるかもしれない。
それは流石に寝覚めが悪いからな。
召喚者の責任として、こいつが元の場所に還る時が来るまでは、面倒を見てやろうと思う。
俺は後頭部を掻きながらエンシェント・フェンリルに近付いて、その小さな体を両手で抱き上げた。
軽い。ふわふわもこもこで柔らかいし、本当に普通の子犬みたいだな。
エンシェント・フェンリルは抱き上げられたことを特に嫌がる様子もなく、俺の顔をじっと見つめている。
「おい、これからお前のことは俺が面倒を見るからな。大人しくしてるんだぞ」
「わう」
俺の言葉を理解しているのか、エンシェント・フェンリルは小さな声で鳴いた。
召喚獣だもんな。人の言葉を理解するくらいの知能はあって当たり前か。
俺は腕の中にエンシェント・フェンリルを抱いて、未だこの状況に呆気に取られている二人の元へと戻った。
「フォルテ、悪いけど髭剃りを召喚してくれないか?」
フォルテに呼びかけると、そこでようやく平静を取り戻したらしく、彼女は頷いて頭から髪を一本引き抜いた。
どうやら俺は……日本から物を召喚することには向いていないらしい。
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