エンケラドスの女

高柳神羅

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第35話 遊園地-昼御飯-

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 そのレストランは、背の高い木に囲まれた落ち着いた装いの店だった。
 建物は木造──風に見えるように設計されているだけで実際はコンクリートの建物なのだが──で、木の色とちょっと暗めの照明が目に優しい。
 入口には背の低いショーケースが並んでいて、その中には料理のサンプルが飾られていた。
 成程……此処ではこういう料理を出しているのか。紙のメニューを見るよりも分かりやすいな。
 それにしても……結構いい値段するな。駅前の牛丼屋の牛丼が五杯は食べられる値段じゃないか。
 やはり、特別な場所にあるものは何でもかんでも高値だ。
 まあ……このテーマパークに来た時から諦めてはいることではあるけれど。
「櫂斗さん、お料理が置かれていますが、誰かが置いていったのでしょうか?」
「それは作り物だよ。それと同じ料理を、あっちで注文するんだ」
 僕は店の奥を顎で指し示した。
 レジが並んだカウンターの前には、大勢の客がいた。まるでアトラクションの行列ばりに長い列を作っている。
 今は丁度昼時だもんな。人が多いだろうというのは予め予想は付いていた。
 席は空いてるんだよな? いざ料理を受け取っても座れる席がないなんてことになるのは流石に嫌だぞ。
「とりあえず、並ぶぞ」
 比較的人が少ない列を選んで並び、レジで料理を注文する。
 注文票代わりのレシートを受け取ったら奥のカウンターに進み、そこでレシートを渡して料理を受け取る。
 こんなに人でごった返していてもちゃんと出口用の通路が確保されている辺りは、流石日本だなって思う。外国だとここまで列が整然とはしていないらしいからな。
 料理を載せたトレーを持って、僕は客席が並ぶフロアを見た。
 やはり、席は何処も埋まっている。ぱっと見た感じでは、空いている席があるようには見えない。
 僕がうーんと唸っていると、ネネが僕とは反対方向を向きながら声を掛けてきた。
「あっちに階段があるよ。行ってみたい」
 あ、二階席があるのか。
 そりゃそうだよな。一日に何百って客を相手にするレストランなんだから、二階席がない方がおかしいか。
 僕たちは二階へと移動した。
 やはり二階も多くの客で溢れてはいるが、一階ほどの密度ではない。空いている席もちらほらと見受けられる。
 窓際の席が空いてるな。あそこにするか。
 僕は目をつけた席に移動して、料理をテーブルに置き椅子に腰を下ろした。
「ふう……」
 ただ席を取るだけだってのにたくさん労力を使ったような気がするよ。
 せめて食事をする時くらいはゆっくり体を休めよう。そう思った。
「良い眺めの場所ですね」
 窓から外を見つめてミラが微笑んでいる。
 確かに、此処から見える窓の外の景色はいい。緑が一杯で目に優しいし、店内から流れてくる音楽もゆったりしていて良い感じだ。
 混んでいる中でこの席を確保できたのは運が良かったかもしれない。
「さ、冷めないうちに食おう」
 僕はフォークに手を伸ばした。
「このお料理、形が可愛いです。食べるのが勿体無いですね」
 キャラクターの形をしたトマトライスをフォークの先でつつくミラ。
 僕たちが注文した料理はスペシャルメニューと言うそうで、トマトライスに添え物の野菜にデザートのムースにと、色々な部分にキャラクターのモチーフがあしらわれているのだ。子供だけではなくブログを書いている大人にも受けが良さそうな、見た目に遊び心が満載の料理なのである。
 流石は日本最大のテーマパークである。取れるところでしっかりと金を取れる工夫がされている。
 テーマパークで金を使うというのは、ひと時の夢を買うようなものなのだ。だからこんなに高額でも誰も文句は言わないし、皆笑顔でそれを買っていく。
 夢を買うというのは、僕たち二次元愛好家がフィギュアを買う感覚と似ている。幸せな気分に浸りたいから、買うのである。
 此処で買った夢は、手元に形としては残らないが──心には何らかの形として残る。そういう金の使い方も……たまには悪くはないと、思う。
「ふわぁ、美味しいです……幸せ」
 食べるのが勿体無いとか言っておきながら結局料理を食べているミラを視界の端に捉えながら、僕も綺麗にカットされている鶏肉のソテーを頬張った。
 柔らかい鶏肉は口の中ですぐに崩れて、胃の中に消えていった。
 こういう場所で出す料理って、一体どうやって作っているんだろう?
 そのようなことを考えながら、付け合わせのキャラクター型をした人参にフォークを突き立てる。
 と。
 すっと、唐突に目の前に差し出される鶏肉。
 何だと思い視線を向けると、こちらに鶏肉を差し出しているミラと、目が合った。
「櫂斗さん。はい、あーん」
「…………」
 僕は半眼になって、人参を口の中に放り込んだ。
「何してるんだよ」
「こうすると、男の人は喜ぶって青木さんが教えてくれました!」
 ……一体何を吹き込んでくれてるんだ、青木の奴。
 ミラもミラだ。人の言うことをいちいち真に受けるんじゃないっての。
 ミラのやることの意味を理解していないのだろう、ネネが怪訝そうにミラと僕の顔を交互に見つめている。
「はい、あーん」
「公衆の面前でそういうことをするんじゃない」
 僕が溜め息をつくと、ミラの笑顔がふっと水を掛けられた炎のように消えた。
 悲しそうな顔をして、彼女が問いかける。
「……やって下さらないんですか?」
「…………」
 何かを訴えかけるような、縋るような目で見つめられて僕はうっと呻いた。
 この女……だんだんおねだりの仕方が上手くなっていってる気がする。
 僕はごくっと喉を鳴らして、彼女のフォークに刺さった鶏肉を一息でぱくっと頬張った。
 食べているのは同じ料理のはずなのに、何だか違う味がしたような気がした。
「美味しいですか?」
 期待を込めた眼差しで、ミラが僕を見つめてくる。
 美味しいかって……そりゃ美味いに決まってるだろ。同じ料理食べてるんだから。
 僕は鶏肉を飲み込んで、彼女から目をそらし、呟いた。
「……美味いよ」
 耳に入ってくる音楽が、何だかこの雰囲気を後押しする恋のメロディのように聞こえた。
 何を雰囲気に飲まれてるんだ、しっかりしろ三好櫂斗。お前の恋人は二次元世界にごまんといるだろう!
 自分にそう言い聞かせ、僕は食べかけのトマトライスにフォークをがつっと突き立てたのだった。
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