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第12話 後輩の頼み事
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約束の昼休憩の時間。僕は小泉と共に会社の近くにあるラクドナルドに来ていた。
小泉は昼飯はいつも此処で済ませているらしい。
ファーストフードなんて久々に食べるよ。僕はいつも会社の食堂で済ませてるからな。
適当に目に付いたバーガーとポテトのセットを注文する僕の横で、小泉は随分と大きなバーガーとナゲットのセットを注文していた。
あれを食べるのか? 大人しそうな見た目に反して結構がっつり食べるんだな。
「三好先輩、こっちです」
トレーを持った小泉が、階段の方に移動してこちらに向けて手招きをしている。
僕たちは二階の奥の席に座った。喫煙席からは随分と遠い角の席だ。
「あたし、煙草の匂い苦手なんです」
トレーをテーブルに置きながら喫煙席をちらりと見る小泉。
僕も、どちらかというと煙草は苦手だ。あの匂いを嗅いでると気分悪くなるんだよな。
会社のお客さんが吸っている時は我慢してその場にいるけれど……あれは本当に勘弁してほしいって思う。
ウーロン茶を啜る僕の前で小泉は自分の鞄をごそごそと漁って、中からウェットティッシュを取り出した。
一枚中から引き出して、僕に寄越してくる。
「どうぞ、先輩」
「え、別にいいのに」
「駄目ですよ、ちゃんと綺麗に拭かないと。食事するんですから」
半ば強引に押し付けてくるので、僕は礼を言ってそれを受け取った。
小泉もウェットティッシュで手を丁寧に拭いた後、ナゲットの箱を開けて細い指でそれをひとつ摘まんだ。
「付き合わせてしまってすみません。三好先輩にしかお願いできないことだったので」
マスタードを付けたナゲットを頬張る彼女に、僕はバーガーの包み紙を剥がしながら尋ねた。
「お願いって一体何だ?」
僕の言葉に、小泉はナゲットの油の付いた指先をウェットティッシュで拭いて鞄を漁り始めた。
そして、紙の袋を取り出して、その中身を僕に見せてくる。
それは、チケットだった。コンビニで売ってるやつだ。
チケットには『アロレイヤカフェ入場チケット』と書いてある。
「三好先輩、エキストラファンタジーって知ってますか?」
エキストラファンタジー……っていえば、世界的に知名度の高いロールプレイングゲームだ。
略称はEF。今年でシリーズは十五作目になる。クオリティの高い映像と壮大な音楽で生み出された世界は、新しいシリーズが生み出される度に数多くのファンを魅了してきた。
何でも秋葉原にEFの世界を再現したカフェがあるらしいのだが……
……ひょっとして、そこのチケットなのか? これは。
「あたし、このゲームの大ファンで……前から一度、このカフェに行ってみたいと思ってたんです」
「行けばいいじゃないか。そこの入場チケットなんだろ? これ」
「一人じゃ行きたくないですよぉ。こういう場所はパーティで行くのが鉄則! なんですから」
僕の言葉に唇を尖らせて反論する彼女。
……そういうもんなのか?
「三好先輩にお願いっていうのは……次の土曜の休日に、あたしと一緒にこのカフェに行ってほしいんです。ちゃんと、チケットは二人分用意しましたから」
彼女がチケットを持つ指をついとずらすと、重なっていたもう一枚のチケットが顔を覗かせた。
「何だったら、カフェで注文した料理の代金も全部あたしが持ちますんで! 一緒に行って下さい! この通りです!」
彼女はぱんっと顔の前で両手を合わせて、祈るようなポーズを取り始めた。
随分と必死な様子である。まるで買い逃したくないフィギュアの注文作業をしている僕を見ているようだ。
……秋葉原のカフェか……
僕はそのゲームのファンというわけではないが、そういう『遊び心のある場所』に行くのは嫌いではない。
しかし……
僕の脳裏に、ミラの顔がよぎる。
一人暮らしをしていた頃だったら二つ返事で頷いていただろうが、今は家にミラがいる。彼女を一人家に残して僕だけ一日出かけるのは如何なものか。
別に付き合ってるわけでも何でもない女なので遠慮なく家に置いてきてしまって構わないのだろうが、それで泣かれたりしようものなら……
ああ、何て厄介な存在なのだろう。三次元の女というものは。
現時点では返事できないな。一応同居人である以上はミラにきちんと話をしなければならない。
「返事は明日まで待ってくれるか。同居人に一日家を空けてもいいかどうか訊いてみるから」
「同居人? 三好先輩、一人暮らしじゃありませんでしたっけ」
「最近一人じゃなくなったんだよ」
「へぇ……彼女ですか?」
「そんなんじゃない。ただ一緒に暮らしてるだけだ」
「ほんとですかぁ?」
小泉の僕に向ける視線が微妙に陰を帯びたのは気のせいだろうか。
そんなんじゃない、と僕が繰り返すと、その陰はふっと取り払われたように消えた。
「ま、いいですよ。お願いをしてるのはあたしの方ですし……明日まで待っててあげます」
「何で偉そうなんだよ」
「気のせいですよ、気のせい」
小泉はへらりと力の抜けた笑みを見せると、チケットを鞄の中にしまった。
バーガーの包み紙を剥がして大きな口でそれにかぶりつきながら、彼女は機嫌良さそうに笑う。
「んーっ、美味しー」
どうやら、彼女の相談事というのはこれで終わりらしい。
休憩時間も無限にあるわけじゃないし、僕も食べるか。
僕は腕時計で今の時刻を確認して、バーガーを一口齧った。
久々に食べたバーガーの味は、マスタードの風味が効いていてそれなりに美味しいと思えた。
小泉は昼飯はいつも此処で済ませているらしい。
ファーストフードなんて久々に食べるよ。僕はいつも会社の食堂で済ませてるからな。
適当に目に付いたバーガーとポテトのセットを注文する僕の横で、小泉は随分と大きなバーガーとナゲットのセットを注文していた。
あれを食べるのか? 大人しそうな見た目に反して結構がっつり食べるんだな。
「三好先輩、こっちです」
トレーを持った小泉が、階段の方に移動してこちらに向けて手招きをしている。
僕たちは二階の奥の席に座った。喫煙席からは随分と遠い角の席だ。
「あたし、煙草の匂い苦手なんです」
トレーをテーブルに置きながら喫煙席をちらりと見る小泉。
僕も、どちらかというと煙草は苦手だ。あの匂いを嗅いでると気分悪くなるんだよな。
会社のお客さんが吸っている時は我慢してその場にいるけれど……あれは本当に勘弁してほしいって思う。
ウーロン茶を啜る僕の前で小泉は自分の鞄をごそごそと漁って、中からウェットティッシュを取り出した。
一枚中から引き出して、僕に寄越してくる。
「どうぞ、先輩」
「え、別にいいのに」
「駄目ですよ、ちゃんと綺麗に拭かないと。食事するんですから」
半ば強引に押し付けてくるので、僕は礼を言ってそれを受け取った。
小泉もウェットティッシュで手を丁寧に拭いた後、ナゲットの箱を開けて細い指でそれをひとつ摘まんだ。
「付き合わせてしまってすみません。三好先輩にしかお願いできないことだったので」
マスタードを付けたナゲットを頬張る彼女に、僕はバーガーの包み紙を剥がしながら尋ねた。
「お願いって一体何だ?」
僕の言葉に、小泉はナゲットの油の付いた指先をウェットティッシュで拭いて鞄を漁り始めた。
そして、紙の袋を取り出して、その中身を僕に見せてくる。
それは、チケットだった。コンビニで売ってるやつだ。
チケットには『アロレイヤカフェ入場チケット』と書いてある。
「三好先輩、エキストラファンタジーって知ってますか?」
エキストラファンタジー……っていえば、世界的に知名度の高いロールプレイングゲームだ。
略称はEF。今年でシリーズは十五作目になる。クオリティの高い映像と壮大な音楽で生み出された世界は、新しいシリーズが生み出される度に数多くのファンを魅了してきた。
何でも秋葉原にEFの世界を再現したカフェがあるらしいのだが……
……ひょっとして、そこのチケットなのか? これは。
「あたし、このゲームの大ファンで……前から一度、このカフェに行ってみたいと思ってたんです」
「行けばいいじゃないか。そこの入場チケットなんだろ? これ」
「一人じゃ行きたくないですよぉ。こういう場所はパーティで行くのが鉄則! なんですから」
僕の言葉に唇を尖らせて反論する彼女。
……そういうもんなのか?
「三好先輩にお願いっていうのは……次の土曜の休日に、あたしと一緒にこのカフェに行ってほしいんです。ちゃんと、チケットは二人分用意しましたから」
彼女がチケットを持つ指をついとずらすと、重なっていたもう一枚のチケットが顔を覗かせた。
「何だったら、カフェで注文した料理の代金も全部あたしが持ちますんで! 一緒に行って下さい! この通りです!」
彼女はぱんっと顔の前で両手を合わせて、祈るようなポーズを取り始めた。
随分と必死な様子である。まるで買い逃したくないフィギュアの注文作業をしている僕を見ているようだ。
……秋葉原のカフェか……
僕はそのゲームのファンというわけではないが、そういう『遊び心のある場所』に行くのは嫌いではない。
しかし……
僕の脳裏に、ミラの顔がよぎる。
一人暮らしをしていた頃だったら二つ返事で頷いていただろうが、今は家にミラがいる。彼女を一人家に残して僕だけ一日出かけるのは如何なものか。
別に付き合ってるわけでも何でもない女なので遠慮なく家に置いてきてしまって構わないのだろうが、それで泣かれたりしようものなら……
ああ、何て厄介な存在なのだろう。三次元の女というものは。
現時点では返事できないな。一応同居人である以上はミラにきちんと話をしなければならない。
「返事は明日まで待ってくれるか。同居人に一日家を空けてもいいかどうか訊いてみるから」
「同居人? 三好先輩、一人暮らしじゃありませんでしたっけ」
「最近一人じゃなくなったんだよ」
「へぇ……彼女ですか?」
「そんなんじゃない。ただ一緒に暮らしてるだけだ」
「ほんとですかぁ?」
小泉の僕に向ける視線が微妙に陰を帯びたのは気のせいだろうか。
そんなんじゃない、と僕が繰り返すと、その陰はふっと取り払われたように消えた。
「ま、いいですよ。お願いをしてるのはあたしの方ですし……明日まで待っててあげます」
「何で偉そうなんだよ」
「気のせいですよ、気のせい」
小泉はへらりと力の抜けた笑みを見せると、チケットを鞄の中にしまった。
バーガーの包み紙を剥がして大きな口でそれにかぶりつきながら、彼女は機嫌良さそうに笑う。
「んーっ、美味しー」
どうやら、彼女の相談事というのはこれで終わりらしい。
休憩時間も無限にあるわけじゃないし、僕も食べるか。
僕は腕時計で今の時刻を確認して、バーガーを一口齧った。
久々に食べたバーガーの味は、マスタードの風味が効いていてそれなりに美味しいと思えた。
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