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第5話 勇者の武具選び-防具編-
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防具、と一口に言ってもその種類は色々ある。兜、鎧、篭手、腰当て、靴……そこから更に部位ごとに系統が細かく分かれ(例えば靴ならばグリーヴ、サバトンなどといったように)、使用されている素材によって価格は大きく変動する。
武器と防具を比較した場合、基本的に防具の方が武器よりも値段は高い。防具の場合は全身を守れるように一式揃えなければならないということもある上に、防具は命を守ることに直結する大切なものなので、その分職人たちが手を掛けて丁寧に作っているからだ。
ブルーノさんは上半身裸になったムツキを目の前に立たせて、体を直接触りながら色々と調べていた。
防具は自分の体格にきちんと合ったものを選ばなければ意味がない。ぶかぶかだと動きを妨げる原因になるし、重量を負担に感じるようだとすぐに体力が底をついてしまうのだ。
「こいつはまた……随分と肉が薄いな。凹凸がないじゃないか。万年引き篭もりの学者って感じの体だぞ、お前さん」
「ふ……くふふっ、ひっ……すっ、すみません、あまりくすぐらないでくれませんか、俺、くすぐられるの弱いんですよ……ふ、ふふふっ」
「くすぐってませんから、勇者さん。大人しくしてて下さい」
ブルーノさんがムツキの腹筋や胸筋を指でなぞる度に、ムツキは奇妙な笑い声を発しながらぷるぷると身を捩じらせている。
どれだけ触られるのに弱いんだ、この人……触手のある軟体生物系の魔物とか蔓で相手を捕獲する習性のある植物系の魔物と戦う時、やばいんじゃないか? 魔物の触手って、意味なく蠢いてるからなぁ……こんなんじゃ捕まえられた場合一環の終わりだぞ。
一通りムツキの体を調べ終わったブルーノさんは、彼の体から手を離した。
「ここまで筋肉がないんじゃ、プレートメイルみたいな重量系の鎧は無理だな。鎧の重みだけで動けなくなる。ブレストプレート系みたいな部分鎧で必要最低限の箇所を防護するか、革系の軽い鎧を選択した方が賢いな。……服、着ていいぞ」
「ああ、くすぐったかった」
ムツキはほっと息をついて、僕から受け取ったTシャツを元通りに着た。
胸にある『変態参上!』と書かれた文字が相変わらず物凄い目立ち方をしている。
着ている当人はこのデザインを何とも思っていないみたいだし、この世界の人は日本語なんて読めないから、あれを見て騒ぐ人は今のところは皆無だが……
もしも。仮にだが。ムツキがこの服装のまま魔王を討伐して英雄となったら、彼が着ているあのTシャツが『勇者が魔王を倒した時に身に纏っていた伝説の勇者の服』という名を得て永遠にこの世界に語り継がれることになるということなんだよな。
そればかりじゃない。世界中の服職人が、あのTシャツとそっくり同じデザインのものを作り上げて『勇者が着ていた伝説の服』という触れ込みで大々的に売り出す可能性だって皆無じゃない。
そうなると、世の中に『変態参上!』と胸にでかでかとプリントされたTシャツを着て誇らしげに外を歩く人が大勢増えることにもなりかねない。
そんなことになったら……とてもじゃないが、僕は耐えられない。そこかしこで『変態参上!』の文字を目の当たりにしながら暮らしていくなんて、色々な意味で精神が持たない。
何としても、此処でムツキに鎧を着せなければならない。それか、せめてあのTシャツ姿をやめさせてもっと普通の一般的な服を着せなければ。とにかく、あの胸の問題ありまくりな文字を『勇者の特徴』から排除しなければならないのだ。
僕はムツキに尋ねた。
「勇者さん、勇者さんはどういう防具が欲しいって希望はあるんですか?」
「うーん……」
ムツキは気難しげな顔をして、腕を組みながら考え始めた。
「俺、正直言って防具って布の服だろうが鎧だろうが結局は一緒なんじゃないかって思うんですよね……耐久値の減り具合はどの防具も一律だから、むしろ防具にはあまりお金かけなくてもいいんじゃないかって風に最近は考えるようになったんですよ」
「耐久値? 何だそりゃ」
「耐久値っていうのは、その武具が後どれくらい敵の攻撃を食らったら壊れるかっていうのを示す数値ですよ。ゼロになったらその武具は消滅して使い物にならなくなるんです。せっかく特別な付与効果がある鎧を手に入れてもその仕様は同じだから、珍しい武具は勿体無くて使うのをつい躊躇っちゃいますよね」
「は? 消滅?」
「弾け飛ぶんですよ。敵の攻撃を受けたら、ぱーんと。敵地のど真ん中でそうなるとちょっと困りますよね。その先は新しい鎧を手に入れるまでパンツ一丁で戦う羽目になるわけですから」
「ちょっと待て! 鎧が弾け飛ぶって、そんな馬鹿みたいなことが起きるわけないだろ! いきなりパンツ一丁って、そんな酒場で泥酔した酔っ払いじゃあるまいし、何でそんなことになるんだよ!」
「敵の攻撃を避け損ねて、たまにやっちゃうんですよね……しかも鎧がなくなった時に限って大量に敵が沸くから避けるのも一苦労だし。足場の少ない川の傍とかでそうなった時はちょっと泣きそうになりましたよ」
「…………」
ブルーノさんがどう答えていいか分からずに表情をめまぐるしく変化させている。
きっと今の彼の脳裏には、大草原をパンツ一丁の姿で武器だけ持って魔物と相対しているムツキの姿が浮かんでいることだろう。
確かにそんな姿を見せられた日には、どういう感想を抱けばいいか分からなくなると思う。
何だか申し訳ない気持ちになって、僕はブルーノさんに静かに言った。
「ブルーノさん……勇者殿は、今まで粗悪な防具しか使ったことがないんで、本当の鎧が丈夫だということを御存知ないんです……どうか彼に、ブルーノさんが見立てた良い品質の鎧をお勧めしてあげて下さい」
「……ああ、そうだったのか……そいつはまた随分と苦労してきたんだな、勇者様……よし、俺が勇者様にぴったりの鎧を見繕ってやるからな! 期待しててくれ」
ブルーノさんは気合の入った声を上げて、店の奥に行き、幾つかの鎧を抱えて戻ってきた。
先程武器の時にやったのと同じように、ひとつずつ見やすいようにカウンターの上にそれらを並べていく。
「胸当てと革系の鎧を中心に幾つか見繕ってみた。サイズは後で俺が調整してやるから、気に入ったものを選んでくれ」
「確かに、軽そうなものが多いですね……触ってみてもいいですか?」
「ああ、もちろんだ」
ムツキはひとつずつ、カウンターの上に並べられた鎧を手に取って吟味し始めた。
なめした革を繋ぎ合わせて作った鎧、鉄製の胸当て、色々とあるが──その中で彼が最も興味を抱いたのは、銀色の部分鎧だった。
胸から上と肩を防護する形の小ざっぱりとした形状の鎧で、胸当てと普通の鎧の丁度中間くらいといった感じの品だ。余分な装飾もなく、なかなか動きやすそうである。
「これなんか、結構良さそうだな……あまり重くもないし、色も結構綺麗だし」
「それはハーフアーマーっていうんだ。剣術だけじゃなくて体術も使う双剣士なんかが好んで使ってる鎧だ。軽いし関節の動きを妨げない作りになっているから、お前さんでも十分に着こなせると思うぞ」
「そうですか。では、せっかくですしこれにします」
「そうか。代金は千五百リドルだ。サイズの調整代はサービスしてやるよ」
「ありがとうございます」
ムツキはハーフアーマーのサイズをブルーノさんに調整してもらい、Tシャツの上にそれを身に着けた。
Tシャツに書かれている『変態』の文字だけが辛うじて隠れた。……まあ、これで多少は見た目に関してはマシになっただろう。と、思う……
「他にはどうする? 兜とか篭手とか。まあ、お前さんが持ってる資金次第の話でもあるがな」
「勇者さん、後どれくらい残ってますか? お金」
「うんと……二千リドルですね」
腰の後ろに下げていた革袋の中身を覗き込んで、ムツキが答えた。
金額を聞いたブルーノさんが、ふうむと唸る。
「二千か……安いやつならぎりぎり篭手と靴がセットで揃えられるな。それか兜にするかだが」
「幾らかは旅道具を揃えるための資金として残しておきたいですから、何処か一箇所だけ選びましょうか。勇者さん」
「そうですね。……あっ」
店内を見回していたムツキの視線が、ある一箇所で止まった。
「盾も置いてあるんですね。この店」
「ん? ……ああ、盾か。もちろん扱ってるぞ。片手で扱う武器を持ってる冒険者の大半は持ち歩いてるものだな」
ブルーノさんは、壁に掛けられている盾の中からひとつを選んで持ってきた。
綺麗に磨かれた銀色の面に、青色のラインが入っている大きな鉄製の盾だ。
「盾と一口に言っても種類は色々あって、種類によって性能が違ってくる。バックラー、スクトゥム、タージェ、ホプロン……木でできてる軽いものから革を蝋で固めて作ったもの、黒鋼が使われた重くて密度のある頑丈なものまであるぞ。特殊な品になると魔法を防ぐ結界を張ったりできるようなものもあるらしいが……まあ、そういうのは『神々の遺産』と呼ばれてる伝説級の代物だな。普通じゃまず手に入らんものだ」
『神々の遺産』とは、特殊な魔法の力を秘めた品に付けられている呼び名である。
武器。防具。道具……それらに秘められている力は、人間が作る普通の『魔法の道具』を遥かに凌駕すると言われている。いつの時代から存在しているものなのかは解明されておらず、それらを手に入れた者は世界を動かす力を手にすることに等しいと信じられているほどの品なのだ。
ブルーノさんの話に興味を示したのか、ムツキが顔を輝かせながら答える。
「神々の遺産……イージスの盾とか、エクスカリバーとか、ホーリーランスとか、そういう武具のことですよね! やっぱりこの世界にも伝説の武器って呼ばれるものが存在してるんですね! あ、因みに俺が一番好きな伝説の武器はやっぱりサイハの弓ですね。矢がなくてもビームが撃てるって素敵効果があってロマンじゃないですか? 結局手には入りませんでしたけど……」
「……ず、随分神々の遺産に詳しいんだな……俺は全然詳しくないから聞いたことのない名前ばっかりだが」
ムツキの勢いにブルーノさんが微妙に気圧されている。
因みに、神々の遺産にエクスカリバーとかイージスの盾と呼ばれている品が本当にあるのかどうかは分からない。神々の遺産に関しては、僕も噂程度の話しか知らないのだ。
「ま、まあいずれお前さんが本当に神々の遺産を手に入れるであろうとしてもだ。今はしっかりと、基本を守ってちゃんとした武具を使って身を守ることを考えなきゃいかんぞ」
「ええ、それくらいは分かってますよ。伝説の武器が手に入るのは冒険の終盤になってからって決まってますからね」
「分かってるならいいんだ。……で、どうするんだ? 盾を買うのか? 盾が欲しいなら、良さそうなのを俺が選んでやるが」
「うーん」
ムツキはブルーノさんが持ってきた盾を見つめながら、唸っている。
「冒険序盤に持つ盾の鉄板装備といったら、やっぱりあれですよね。鍋の蓋。あれは値段が安い割に性能も悪くないしいいと思うんですけど……此処では扱ってないんですか? 鍋の蓋」
「……は、鍋の蓋!? 盾!? おいおい、鍋の蓋は鍋の蓋以外の何でもないぞ! 盾じゃなくて調理道具だ! と言うか鍋の蓋って自分で言ってるくせに盾扱いって、お前さんの頭の中は一体どうなってるんだよ!」
「置いてないんですか? 鍋の蓋」
「あるわけないだろ!」
「そうか……残念だなぁ。あったら即決だったんだけど。それじゃあ……」
ムツキの謎発言に頭を抱え始めるブルーノさんを尻目に、ムツキは一人で店の奥に歩いていき、盾がまとめて並べられている一角で顎に手を当ててしばし考え込んで、ややあってひとつの盾を小脇に抱えて戻ってきた。
「これがいいです。これにします」
それは、片手で持つタイプの盾だった。カイトシールドという五角形の大型の盾を片手サイズに縮めたような形をしており、大きさは七十センチほど。種類は分からないが金属製で、中央に赤い薔薇に似た花の意匠が描かれている。
頭を抱えるのをやめてムツキが持ってきた盾を見たブルーノさんが、ふうむと唸る。
「そいつは……ライトカイトシールドだな。普通のカイトシールドよりも小型で軽いのが売りなんだが……それでも鉄製だからお前さんの腕力で扱うには重いかもしれんぞ。一応革帯は付いてるが、片手で構えられるのか?」
「大丈夫です。盾はそれなりに重い方が都合がいいんで」
「ふむ?」
ムツキの言葉に小首を傾げるブルーノさん。
装備はなるべく軽い方が動くのには有利だと思うのだが……
ムツキは盾の裏に付いている革帯を掴んで、盾を振るう動作をしながら、言った。
「重い方が敵に命中した時にダメージを与えられますから」
「は? 投げる? 盾を?」
「盾を敵に投げつけて攻撃するバウンスバックラーっていう技があるんですけど、勇者の技の王道ですよね。あれって防御にもなるし、一石二鳥の便利な技ですよね」
「ちょっと待て! 盾は体の前で構えて身を守るための道具だぞ! それを投げるって使い方明らかに間違ってるぞ! 何処の世界に盾をぶん投げる勇者がいるんだよ!」
「俺が知ってる勇者は普通にやってましたよ? それで普通に敵を倒してましたし。俺は彼のお陰で盾は投擲武器だって学んだんですよね。まあ、彼の場合は普通に頭突きしただけで敵を倒せそうな感じでしたけど。あの兜、角がえらい長かったし」
「その勇者絶対におかしい!」
ブルーノさんは叫んだ後、ムツキにその盾は重くてあんたには絶対に使いこなせないからやめておけと散々説得を繰り返して、どうにかムツキにライトカイトシールドを持つことを諦めさせた。
ムツキは残念そうにしていたが、最終的にはブルーノさんの助言を素直に聞いて、アッシュバックラーという小型の丸い木製の盾を選んでいた。軽いので魔道士が護身用の盾として選ぶこともあるものである。価格は八百リドル。鉄製の武具と比較すると若干安めだ。
ブルーノさんにサイズを合わせた革帯を付けてもらい、ムツキはそれを左腕に通して装備した。
鎧に、剣に、盾。どれも冒険者になったばかりの者が選ぶような武具ではあるが、見た目は結構勇者らしくなってきたじゃないか。
ひとまず装備に関してはこれで良しということにして、後は旅で必要になる小道具や傷薬なんかを調達しに行くことにしよう。
「勇者さん。これで武具は揃いましたから、次は雑貨屋に行きましょう」
「はい、分かりました。本当はもうちょっと色々見たかったんですけどね」
「それはまた別の機会にしましょう。……それではブルーノさん、色々とありがとうございました」
僕はブルーノさんに頭を下げた。
ブルーノさんが腕を組みながら笑う。
「他ならぬお前さんの頼みだからな。勇者様に早いところ一人前になって魔王を倒してもらいたいってのは俺たちの願いでもあるんだ。これくらいの協力なんて苦労のうちにも入らんさ。……お前さんもお勤め頑張ってくれよ」
「ありがとうございます」
ブルーノさんに別れを告げて、店を出る。
ムツキが隣の店の入口に置かれている壺をやけに食い入るような目で見つめている……それを駄目だと一喝して、通りの向こうにある雑貨屋を目指して進んでいった。
武器と防具を比較した場合、基本的に防具の方が武器よりも値段は高い。防具の場合は全身を守れるように一式揃えなければならないということもある上に、防具は命を守ることに直結する大切なものなので、その分職人たちが手を掛けて丁寧に作っているからだ。
ブルーノさんは上半身裸になったムツキを目の前に立たせて、体を直接触りながら色々と調べていた。
防具は自分の体格にきちんと合ったものを選ばなければ意味がない。ぶかぶかだと動きを妨げる原因になるし、重量を負担に感じるようだとすぐに体力が底をついてしまうのだ。
「こいつはまた……随分と肉が薄いな。凹凸がないじゃないか。万年引き篭もりの学者って感じの体だぞ、お前さん」
「ふ……くふふっ、ひっ……すっ、すみません、あまりくすぐらないでくれませんか、俺、くすぐられるの弱いんですよ……ふ、ふふふっ」
「くすぐってませんから、勇者さん。大人しくしてて下さい」
ブルーノさんがムツキの腹筋や胸筋を指でなぞる度に、ムツキは奇妙な笑い声を発しながらぷるぷると身を捩じらせている。
どれだけ触られるのに弱いんだ、この人……触手のある軟体生物系の魔物とか蔓で相手を捕獲する習性のある植物系の魔物と戦う時、やばいんじゃないか? 魔物の触手って、意味なく蠢いてるからなぁ……こんなんじゃ捕まえられた場合一環の終わりだぞ。
一通りムツキの体を調べ終わったブルーノさんは、彼の体から手を離した。
「ここまで筋肉がないんじゃ、プレートメイルみたいな重量系の鎧は無理だな。鎧の重みだけで動けなくなる。ブレストプレート系みたいな部分鎧で必要最低限の箇所を防護するか、革系の軽い鎧を選択した方が賢いな。……服、着ていいぞ」
「ああ、くすぐったかった」
ムツキはほっと息をついて、僕から受け取ったTシャツを元通りに着た。
胸にある『変態参上!』と書かれた文字が相変わらず物凄い目立ち方をしている。
着ている当人はこのデザインを何とも思っていないみたいだし、この世界の人は日本語なんて読めないから、あれを見て騒ぐ人は今のところは皆無だが……
もしも。仮にだが。ムツキがこの服装のまま魔王を討伐して英雄となったら、彼が着ているあのTシャツが『勇者が魔王を倒した時に身に纏っていた伝説の勇者の服』という名を得て永遠にこの世界に語り継がれることになるということなんだよな。
そればかりじゃない。世界中の服職人が、あのTシャツとそっくり同じデザインのものを作り上げて『勇者が着ていた伝説の服』という触れ込みで大々的に売り出す可能性だって皆無じゃない。
そうなると、世の中に『変態参上!』と胸にでかでかとプリントされたTシャツを着て誇らしげに外を歩く人が大勢増えることにもなりかねない。
そんなことになったら……とてもじゃないが、僕は耐えられない。そこかしこで『変態参上!』の文字を目の当たりにしながら暮らしていくなんて、色々な意味で精神が持たない。
何としても、此処でムツキに鎧を着せなければならない。それか、せめてあのTシャツ姿をやめさせてもっと普通の一般的な服を着せなければ。とにかく、あの胸の問題ありまくりな文字を『勇者の特徴』から排除しなければならないのだ。
僕はムツキに尋ねた。
「勇者さん、勇者さんはどういう防具が欲しいって希望はあるんですか?」
「うーん……」
ムツキは気難しげな顔をして、腕を組みながら考え始めた。
「俺、正直言って防具って布の服だろうが鎧だろうが結局は一緒なんじゃないかって思うんですよね……耐久値の減り具合はどの防具も一律だから、むしろ防具にはあまりお金かけなくてもいいんじゃないかって風に最近は考えるようになったんですよ」
「耐久値? 何だそりゃ」
「耐久値っていうのは、その武具が後どれくらい敵の攻撃を食らったら壊れるかっていうのを示す数値ですよ。ゼロになったらその武具は消滅して使い物にならなくなるんです。せっかく特別な付与効果がある鎧を手に入れてもその仕様は同じだから、珍しい武具は勿体無くて使うのをつい躊躇っちゃいますよね」
「は? 消滅?」
「弾け飛ぶんですよ。敵の攻撃を受けたら、ぱーんと。敵地のど真ん中でそうなるとちょっと困りますよね。その先は新しい鎧を手に入れるまでパンツ一丁で戦う羽目になるわけですから」
「ちょっと待て! 鎧が弾け飛ぶって、そんな馬鹿みたいなことが起きるわけないだろ! いきなりパンツ一丁って、そんな酒場で泥酔した酔っ払いじゃあるまいし、何でそんなことになるんだよ!」
「敵の攻撃を避け損ねて、たまにやっちゃうんですよね……しかも鎧がなくなった時に限って大量に敵が沸くから避けるのも一苦労だし。足場の少ない川の傍とかでそうなった時はちょっと泣きそうになりましたよ」
「…………」
ブルーノさんがどう答えていいか分からずに表情をめまぐるしく変化させている。
きっと今の彼の脳裏には、大草原をパンツ一丁の姿で武器だけ持って魔物と相対しているムツキの姿が浮かんでいることだろう。
確かにそんな姿を見せられた日には、どういう感想を抱けばいいか分からなくなると思う。
何だか申し訳ない気持ちになって、僕はブルーノさんに静かに言った。
「ブルーノさん……勇者殿は、今まで粗悪な防具しか使ったことがないんで、本当の鎧が丈夫だということを御存知ないんです……どうか彼に、ブルーノさんが見立てた良い品質の鎧をお勧めしてあげて下さい」
「……ああ、そうだったのか……そいつはまた随分と苦労してきたんだな、勇者様……よし、俺が勇者様にぴったりの鎧を見繕ってやるからな! 期待しててくれ」
ブルーノさんは気合の入った声を上げて、店の奥に行き、幾つかの鎧を抱えて戻ってきた。
先程武器の時にやったのと同じように、ひとつずつ見やすいようにカウンターの上にそれらを並べていく。
「胸当てと革系の鎧を中心に幾つか見繕ってみた。サイズは後で俺が調整してやるから、気に入ったものを選んでくれ」
「確かに、軽そうなものが多いですね……触ってみてもいいですか?」
「ああ、もちろんだ」
ムツキはひとつずつ、カウンターの上に並べられた鎧を手に取って吟味し始めた。
なめした革を繋ぎ合わせて作った鎧、鉄製の胸当て、色々とあるが──その中で彼が最も興味を抱いたのは、銀色の部分鎧だった。
胸から上と肩を防護する形の小ざっぱりとした形状の鎧で、胸当てと普通の鎧の丁度中間くらいといった感じの品だ。余分な装飾もなく、なかなか動きやすそうである。
「これなんか、結構良さそうだな……あまり重くもないし、色も結構綺麗だし」
「それはハーフアーマーっていうんだ。剣術だけじゃなくて体術も使う双剣士なんかが好んで使ってる鎧だ。軽いし関節の動きを妨げない作りになっているから、お前さんでも十分に着こなせると思うぞ」
「そうですか。では、せっかくですしこれにします」
「そうか。代金は千五百リドルだ。サイズの調整代はサービスしてやるよ」
「ありがとうございます」
ムツキはハーフアーマーのサイズをブルーノさんに調整してもらい、Tシャツの上にそれを身に着けた。
Tシャツに書かれている『変態』の文字だけが辛うじて隠れた。……まあ、これで多少は見た目に関してはマシになっただろう。と、思う……
「他にはどうする? 兜とか篭手とか。まあ、お前さんが持ってる資金次第の話でもあるがな」
「勇者さん、後どれくらい残ってますか? お金」
「うんと……二千リドルですね」
腰の後ろに下げていた革袋の中身を覗き込んで、ムツキが答えた。
金額を聞いたブルーノさんが、ふうむと唸る。
「二千か……安いやつならぎりぎり篭手と靴がセットで揃えられるな。それか兜にするかだが」
「幾らかは旅道具を揃えるための資金として残しておきたいですから、何処か一箇所だけ選びましょうか。勇者さん」
「そうですね。……あっ」
店内を見回していたムツキの視線が、ある一箇所で止まった。
「盾も置いてあるんですね。この店」
「ん? ……ああ、盾か。もちろん扱ってるぞ。片手で扱う武器を持ってる冒険者の大半は持ち歩いてるものだな」
ブルーノさんは、壁に掛けられている盾の中からひとつを選んで持ってきた。
綺麗に磨かれた銀色の面に、青色のラインが入っている大きな鉄製の盾だ。
「盾と一口に言っても種類は色々あって、種類によって性能が違ってくる。バックラー、スクトゥム、タージェ、ホプロン……木でできてる軽いものから革を蝋で固めて作ったもの、黒鋼が使われた重くて密度のある頑丈なものまであるぞ。特殊な品になると魔法を防ぐ結界を張ったりできるようなものもあるらしいが……まあ、そういうのは『神々の遺産』と呼ばれてる伝説級の代物だな。普通じゃまず手に入らんものだ」
『神々の遺産』とは、特殊な魔法の力を秘めた品に付けられている呼び名である。
武器。防具。道具……それらに秘められている力は、人間が作る普通の『魔法の道具』を遥かに凌駕すると言われている。いつの時代から存在しているものなのかは解明されておらず、それらを手に入れた者は世界を動かす力を手にすることに等しいと信じられているほどの品なのだ。
ブルーノさんの話に興味を示したのか、ムツキが顔を輝かせながら答える。
「神々の遺産……イージスの盾とか、エクスカリバーとか、ホーリーランスとか、そういう武具のことですよね! やっぱりこの世界にも伝説の武器って呼ばれるものが存在してるんですね! あ、因みに俺が一番好きな伝説の武器はやっぱりサイハの弓ですね。矢がなくてもビームが撃てるって素敵効果があってロマンじゃないですか? 結局手には入りませんでしたけど……」
「……ず、随分神々の遺産に詳しいんだな……俺は全然詳しくないから聞いたことのない名前ばっかりだが」
ムツキの勢いにブルーノさんが微妙に気圧されている。
因みに、神々の遺産にエクスカリバーとかイージスの盾と呼ばれている品が本当にあるのかどうかは分からない。神々の遺産に関しては、僕も噂程度の話しか知らないのだ。
「ま、まあいずれお前さんが本当に神々の遺産を手に入れるであろうとしてもだ。今はしっかりと、基本を守ってちゃんとした武具を使って身を守ることを考えなきゃいかんぞ」
「ええ、それくらいは分かってますよ。伝説の武器が手に入るのは冒険の終盤になってからって決まってますからね」
「分かってるならいいんだ。……で、どうするんだ? 盾を買うのか? 盾が欲しいなら、良さそうなのを俺が選んでやるが」
「うーん」
ムツキはブルーノさんが持ってきた盾を見つめながら、唸っている。
「冒険序盤に持つ盾の鉄板装備といったら、やっぱりあれですよね。鍋の蓋。あれは値段が安い割に性能も悪くないしいいと思うんですけど……此処では扱ってないんですか? 鍋の蓋」
「……は、鍋の蓋!? 盾!? おいおい、鍋の蓋は鍋の蓋以外の何でもないぞ! 盾じゃなくて調理道具だ! と言うか鍋の蓋って自分で言ってるくせに盾扱いって、お前さんの頭の中は一体どうなってるんだよ!」
「置いてないんですか? 鍋の蓋」
「あるわけないだろ!」
「そうか……残念だなぁ。あったら即決だったんだけど。それじゃあ……」
ムツキの謎発言に頭を抱え始めるブルーノさんを尻目に、ムツキは一人で店の奥に歩いていき、盾がまとめて並べられている一角で顎に手を当ててしばし考え込んで、ややあってひとつの盾を小脇に抱えて戻ってきた。
「これがいいです。これにします」
それは、片手で持つタイプの盾だった。カイトシールドという五角形の大型の盾を片手サイズに縮めたような形をしており、大きさは七十センチほど。種類は分からないが金属製で、中央に赤い薔薇に似た花の意匠が描かれている。
頭を抱えるのをやめてムツキが持ってきた盾を見たブルーノさんが、ふうむと唸る。
「そいつは……ライトカイトシールドだな。普通のカイトシールドよりも小型で軽いのが売りなんだが……それでも鉄製だからお前さんの腕力で扱うには重いかもしれんぞ。一応革帯は付いてるが、片手で構えられるのか?」
「大丈夫です。盾はそれなりに重い方が都合がいいんで」
「ふむ?」
ムツキの言葉に小首を傾げるブルーノさん。
装備はなるべく軽い方が動くのには有利だと思うのだが……
ムツキは盾の裏に付いている革帯を掴んで、盾を振るう動作をしながら、言った。
「重い方が敵に命中した時にダメージを与えられますから」
「は? 投げる? 盾を?」
「盾を敵に投げつけて攻撃するバウンスバックラーっていう技があるんですけど、勇者の技の王道ですよね。あれって防御にもなるし、一石二鳥の便利な技ですよね」
「ちょっと待て! 盾は体の前で構えて身を守るための道具だぞ! それを投げるって使い方明らかに間違ってるぞ! 何処の世界に盾をぶん投げる勇者がいるんだよ!」
「俺が知ってる勇者は普通にやってましたよ? それで普通に敵を倒してましたし。俺は彼のお陰で盾は投擲武器だって学んだんですよね。まあ、彼の場合は普通に頭突きしただけで敵を倒せそうな感じでしたけど。あの兜、角がえらい長かったし」
「その勇者絶対におかしい!」
ブルーノさんは叫んだ後、ムツキにその盾は重くてあんたには絶対に使いこなせないからやめておけと散々説得を繰り返して、どうにかムツキにライトカイトシールドを持つことを諦めさせた。
ムツキは残念そうにしていたが、最終的にはブルーノさんの助言を素直に聞いて、アッシュバックラーという小型の丸い木製の盾を選んでいた。軽いので魔道士が護身用の盾として選ぶこともあるものである。価格は八百リドル。鉄製の武具と比較すると若干安めだ。
ブルーノさんにサイズを合わせた革帯を付けてもらい、ムツキはそれを左腕に通して装備した。
鎧に、剣に、盾。どれも冒険者になったばかりの者が選ぶような武具ではあるが、見た目は結構勇者らしくなってきたじゃないか。
ひとまず装備に関してはこれで良しということにして、後は旅で必要になる小道具や傷薬なんかを調達しに行くことにしよう。
「勇者さん。これで武具は揃いましたから、次は雑貨屋に行きましょう」
「はい、分かりました。本当はもうちょっと色々見たかったんですけどね」
「それはまた別の機会にしましょう。……それではブルーノさん、色々とありがとうございました」
僕はブルーノさんに頭を下げた。
ブルーノさんが腕を組みながら笑う。
「他ならぬお前さんの頼みだからな。勇者様に早いところ一人前になって魔王を倒してもらいたいってのは俺たちの願いでもあるんだ。これくらいの協力なんて苦労のうちにも入らんさ。……お前さんもお勤め頑張ってくれよ」
「ありがとうございます」
ブルーノさんに別れを告げて、店を出る。
ムツキが隣の店の入口に置かれている壺をやけに食い入るような目で見つめている……それを駄目だと一喝して、通りの向こうにある雑貨屋を目指して進んでいった。
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