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それって最強 〜腹をくくった攻め×信じられない受け〜

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 寮の談話室、四人掛けのテーブルの窓側。昨日のファーストフードのメンツで過ごす午後三時、勉強は早々と口実になっていて、ちゃんとテキストを開いているのは今やショウのみだ。

 オレはと言えば、絶賛ぼーっとしてるだけ。誘われて部屋から出てきたはいいけど、最初からずっと。昨夜はほとんど眠れなかったのだから許してほしい。たまにあくびは零れても、オレを夢の世界に連れていってはくれないのだ。

「純太眠いの? 部屋で寝てきたら?」
「んー……」
「戻ってもひとりだもんなー?」

 気遣ってくれるショウに乗っかって、タクがオレを冷やかす。そう、戻ったところで練習試合に出かけた凌平はまだ帰っていない。だけどこの憂鬱な気持ちの理由は、昨日と今日じゃ似てるようでまるで違う。


 昨夜、後ろ髪を引かれながらも凌平との電話を終えた後、自分の言動を思い返してオレは消えたくなった。電話越しにあんなことをして、凌平に触ってほしいだとかくっつきたいだとかあられもないことを言ったし、挙句の果てには半べそをかいて。いや、凌平にはどうにか誤魔化したけど、正直オレは涙を流した。凌平に会いたいあまりに。あんなの、全部全部お前が好きだと言っているようなもんだ。早く帰ってきてほしくて、そんなことも明け透けに伝えて、どうかしてたと思う。

 後悔ばかりがオレを襲って、だから眠れなくて、今こうやって唸っているわけだ。好きだとバレていたら、凌平がそれを嫌がって口も利いてくれなくなったら、オレはそれこそこの世からいなくなってしまいたい。


「あ゛~~……」
「どしたん。なんかあった?」
「なんか……ないといいなーって」
「ふーん?」 

 向かい側に座っているユウゴがオレの頭をぽんと撫でる。いつもよりトーンがひとつ柔らかいユウゴの気持ちがあたたかい。

 なあユウゴ、オレ見つけたんだ。ユウゴがくれたヒントの先で、凌平がどんな存在かってこと。

「なー、ユウゴはどうやって彼女と付き合ったの?」
「え? いきなりだな。俺から告ったけど」
「すげー……怖くなかった? フラれたらどうしようとか、これっきりになるかもーとか」
「まあな。でも正直脈ありだなって感じだったし」
「なかったら告ってない?」
「んー……時間の問題だったんじゃね?」
「マジか。ユウゴかっけーね」

 脈なんてものが見えたならオレも少しくらい告白を考えたかもしれないが、あいにくそんなものは見当たらない。凌平が優しいのは何もオレにだけじゃないし、抜き合いは“あるある”で、なんてったってオレとキスはしたくないんだから。他の誰ともあんなエロいことはしてないんだとしても、凌平にとってたまたま同室の相手というだけにすぎないのだろう。

 今までだったらそんな関係で十分だった――キスはしたかったけど――が、なんせオレは凌平への気持ちに気づいてしまったのだ。それだけじゃなく、あの手が触れるのがこの先もオレだけだったらいいのにって一丁前の独占欲がみるみる膨らんでいる。


 また情けなくて長いため息が出て、閉じたままのテキストを湿らせる。そんなオレに、目の前に座っているタクが何気なく訊ねる。

 当たり前みたいな素振りでそんなこと聞くの、オレは反則だと思うよ。

「純太は恋の病に悩まされてんのな」
「だなあ」
「凌平くんが好きだー、って?」
「そーう」
「付き合いたいわけ?」
「そりゃあそうだろ。……ん? 今なんて?」
「付き合いたいわけ?」
「いや、その前……」
「凌平くんが好きだー、」
「は、はぁ~!? な、なんで凌平の名前が出、な、」
「そんなん昨日から知っとるわ」
「……マジで?」

 呆然とするオレに、ショウが微笑んでユウゴはただただ頷く。昨日は夕方寮に帰って、それからはここに集まるまで顔を合わせてもいなかったのに。オレよりも先にみんなの方がこの気持ちに気づいていた、ってこと?
 

 居た堪れなさにオレは突っ伏したまま両手で頭を抱えた。ちょっとした籠城だ。赤くなってるだろう頬と、潤んでいる目。どっちを隠すべきか分からないからこうするのが手っ取り早い。ついでに耳もふさいで、みんなの話すオレの恋バナから逃げようとした、それなのに。

 オレは随分と身勝手な耳を持っていたらしい。ふと零されたショウのひと言がやけに輪郭を持ってオレに届いた。

「あ、野球部帰って来たみたいだね」
「っ、マジ!?」

 ショウの言う通り、談話室の入り口の前を大きなエナメルバッグを抱えた野球部のみんなが次々と通っていく。クラスメイトが通ったのか手を振るショウの影に隠れるようにしがみつくと、タクが呆れたようにオレを見る。しょうがないだろ。だってまだ凌平と顔を合わせる心の準備が出来ていない、これっぽっちも。あんなに早く帰ってきてほしかったのに、今はただただ怖いのだ。


 目をぎゅっとつむっている間にどうやら野球部の波は終わったようだ。けれどほっと息をついたのもつかの間、オレの肩はびくんと跳ねる。どうしようと慌てた結果、テーブルの下に潜ることをオレは選んだ。

「純太? 何やってんの?」
「しっ! 凌平が来る」
「は?」

 凌平が部屋に戻ってくる時の足音をオレはよく覚えている。スリッパを少し床に擦りつけながら歩く癖も、歩幅も。近づいてくるほどに心臓の根っこが浮つくこの感じ、ああ、ずっとずっとオレはそんなだったな。

 タクたちに、凌平にはオレはいないと言ってくれと頼んで膝を抱えこむ。

「おー。野球部のキャプテンだよな? 合宿お疲れー」
「ああ、っす。なあ、サッカー部のヤツらだよな?」
「そうだよ」

 やはり凌平が談話室にやって来た。どこか遠慮がちに尋ねる凌平と、それに応えるみんな。クラスも違うし接点はなく、オレを介して知っている程度のものだろう。同じ学校に通う同級生と言えど、ちょっとオレまで緊張しながら息をひそめる。

「あのさ、純太が部屋にいなくて。どこにいるか知ってるか?」
「あー……どこだっけ?」
「どこか出掛けた……んだったような?」
「スマホ置きっぱでさ、そんな遠くには行ってねえと思うんだけど」
「あ、そか……じゃああれだ、トイレ? なあショウ」
「うん。もしくは誰かの部屋に行ってるとか?」
「あー、なるほどな……」

 久しぶり、と言ってもたった二日ぶりだけれど、直接聞こえる凌平の声が甘酸っぱくオレの体に響く。オレを探してくれている言葉たちが、耳じゃなくて肌から沁みこんでくるみたいだ。それは簡単に涙に変換されてしまって、鼻の奥がツンと痛む。ああ、好き。すげー好き。

 テーブルの下というへんてこな場所で、凌平への想いを再確認する。まだ怖いけど、何を話したらいいかすら分からないけど、凌平が部屋に戻ったらオレもすぐに行こう。凌平の顔が見たいから。

 そう決心しつつ、意外と続く四人の会話に耳を傾ける。話題がオレなのはちょっと気まずいけど。

「純太に急用だった?」
「あー、いや。そういうわけじゃねえんだけど……」
「もしかして早く会いたい~、とか?」

 おいタク、お前なに言ってんの。冷やかすような言葉に驚いて、オレはタクの足を小突いた。びくともしないのが悔しくて二発。そんなこと聞かれたら凌平が困るに決まってんだろ! そう思ったのに、意外な返事がオレのパンチを食い止める。

「まあ……そんなとこ」

 え、凌平、今なんつった? いや、昨日の電話で凌平も寂しいって言ってくれてたけど。それを疑っていたわけじゃなくて、みんなの前で言うなんて思ってもみなかった。きょとんと目を見開いたような顔をしてるんだろう、タクたちの反応が手に取るように分かる。

「ふたりって仲良いよね。よく純太が凌平くんの話してる」
「え?」
「はは、いつも嬉しそうだよ。凌平くんが褒められるとなぜか純太が鼻高々って感じだし」
「へえ……うわー、マジか」
「あれ? 凌平クーン、もしかして照れてない?」
「……こっち見ないでもらえると助かる」
「あはは! ほんとだ顔赤い!」

 えー……何それ。今の会話で勝手に暴露されて恥ずかしいのはオレじゃない!? でも凌平は照れているらしくて、きっと顔を隠しているだろうにそれでも赤い頬が見えるとユウゴが笑っている。オレも見たくて思わず飛び出したくなるのをグッと堪える。


 冷やかすな、とどうにか取り繕った凌平は、オレを部屋で待つと言って談話室の出口へと向かう。この状況から脱せるとひとまず安心したし、オレもすぐに戻ろうと誓う。

 けれどタクが凌平を引き止める。

「なあなあ、凌平クン」
「ん?」
「アイツ、アンタのことマジで気に入ってるみたいでさ。馬鹿だけどいいヤツだし、“うちの”純太のこと、よろしく頼むわ」
「…………アンタに言われなくても」

 テーブルの下のオレにタクと凌平ふたりの表情は見えなくとも、どこか棘があるタクの口ぶりと、敏感にそれを拾う凌平に空気がピリつくのが分かる。どちらともとそれなりの時間を過ごしてきたから。

「はは、凌平クン顔こっわ!」
「タク感じ悪すぎ、やめろ……凌平くんごめん、タクは純太のこと気にかけてるってだけなんだけど……言って聞かせとくから」
「はぁ? ショウお前は俺の母ちゃんか」
「ガキくさいことするからだろ」
「へえへえ、すみませんね」

 途端に始まるタクとショウの掛け合いに、引き止められていた凌平が少し笑う声が聞こえた。それに空気が和んで、わだかまりも残らずに済みそうでオレもほっとする。

 けれどそれも束の間になったのは、凌平がとんでもないひと言を告げたからだ。

「ショウ、だっけ。別に怒ってないし大丈夫、ありがとな」
「ほんと? よかった」
「お互い純太が大事ってのはソイツと同じだもんな。まあ、絶対負けないけど」
「……わお」

 ええ、凌平、なにそこ張り合ってんの……オレだって、オレだって凌平を大事に想う気持ちは誰にも負けないけど! でもそれは、凌平に恋をしていると気づいたオレだからで。


 ぶわりと体温が上がった体を、ひゅうと口笛を吹いたユウゴのつま先がツンツンとつついてくる。さっきから色んなことが起こりすぎていて、オレはそろそろキャパオーバーだ。

「じゃあほんと部屋戻る。邪魔した」
「おー、じゃあな」

 タクも含め全員が凌平にバイバイと手を振っているだろうことに胸をなでおろす。凌平が戻って五分くらいしたらオレも行こうかな。

 そう思ったのに、凌平がとんでもないことを言い放つ。談話室の出入り口でしゃがんで、オレとしっかり目を合わせて。

「純太ー。はやく戻って来いよ」
「へ……っ、りょ、凌平おま、き、気づいて、」
「じゃあな」

 澄ました顔に熱っぽい瞳をたずさえて、ひらひらと手を振った凌平が去ってゆく。金魚みたいに口をパクパクするしか出来ないオレは、ショウに引っ張り上げられた。どうにか椅子に腰を下ろして、出入り口を見やったままのオレにみんなが次々と声をかけてくれるけど、それでもオレの頭は凌平で頭がいっぱいだ。仲間からの勇気に変えられそうな言葉たち、ちゃんと受け取りたいのに。

「脈ありじゃん、タク相手に嫉妬してたよな」
「な! バチバチだったぞ」
「ほんとタクは余計なことするよね……でも俺もユウゴに同意だな」


 オレは駆け出して、どうにか一度立ち止まって振り向く。三人が突き出してくれている親指を立てた拳に、鼻を啜りながら同じポーズを返した。

 試合中と同じくらい真剣に、オレは廊下を走る。寮だって学校と同じく走ったら怒られるけど、今はそれどころじゃない。オレたちの部屋は二階に上がって奥のほう。階段を二段飛ばしで駆け上がると、部屋のすぐ手前に凌平の背中を見つけた。

「りょ、凌平!」

 息を切らしながら叫んで、振り返った凌平に駆け寄る。ああ、凌平だ。思わず抱き着きたくなったのをどうにか我慢して凌平のジャージを掴むと、どこか気の急いた凌平が部屋の中へとオレを押しこんだ。

 
「純太……」
「凌平……」 

 扉が閉まったと同時にくるりと立ち位置が入れ替わって、オレはいつの間にか背中を扉にくっつけていた。そんなオレにぐっと顔を寄せる凌平。うわあ、すげえ近い。ただの友だちにこんなことしないでほしい、特にお前に恋をしているオレはご丁寧にドキドキしてしまうから。

 走った時よりテンポを上げる心音に鎮まってくれよと願いながら、オレは凌平の肩に額をあずけた。昨夜のことが恥ずかしくて消えてしまいたくたって、凌平を目の前にしてしまえば吸いこまれるように触れずにはいられなかった。

「おかえり」
「うん、ただいま」
「さっきマジでビビった。いつからオレがいるって気づいてた?」
「んー、トイレじゃね? って言われた時くらい?」
「すげー最初のほうじゃん」
「うん。で? なんで隠れてたわけ? 俺、純太に会うの楽しみにしてたんだけど」
「それは……って凌平なんかキャラ違くね?」

 
 オレたちはきっと、他の寮生たちより特別に仲がいい。それは抜き合いを始める前からだってそうだ。ああいうことをするようになって、それでも気まずくならなかった仲が嬉しくて、ただ、こんな目を向けられるのは初めてで。どこか拗ねたようなセリフと共に、だけど熱っぽく、オレだけをまっすぐに見ている。

「俺さ、昨日すげー嬉しかった」
「っ、昨日?」
「純太が早く会いたいって言ってくれたの。あとは俺に触ってほしいとか、くっつきたいとか。泣いてんのも可愛かったし」
「っ、な、泣いてんのバレてたの!? うわー恥ず……もう全部忘れてほしい……」
「無理、もう何回も思い出してるし。俺さ、勘違いしたくねえからずっと真に受けないようにしてたけど……もうそれもやめるわ。サッカー部のヤツらに牽制されたし?」
「……ごめん凌平、バカにも分かるように頼む」

 勘違いしたくないと言われるのは覚えている限りでは2回目だ。1回目は、初めてオレからも凌平に触れた日。そうだ、あの時もどういう意味だと聞きたかったのに、凌平に翻弄されて疑問はオレの中に引っ込んだままだった。

 聞いていいのかな、聞いたらオレたちの何かが変わってしまうんだろうか。怖くて、だけど凌平ともっと仲良くなれる可能性もあるのなら、オレはそっちに進みたい。


「俺さ」
「うん」
「純太にああいうこと言われると、舞い上がりそうになる。意味分かる?」
「う、ん。多分?」
「……でも俺と同じ意味じゃないだろうからって、あんまり考えないようにもしてた。お前みんなに人懐っこいし。まあそういうところも好きなんだけど」
「うん。……うん? いや、うん、それで?」

 さらっと言われた“好き”に思わず反応したけど、あれだ、友だちの“好き”だ。だってそれこそ勘違いしたくない。一種の防御反応なのだろう、まさかそんなはずはないしと端から可能性を捨てながら先を促すと、凌平はムスッとした顔を隠しもせず言った。

「純太」
「は、はい」
「好き」
「うん」
「……意味分かってる?」
「え、うん。友だちの好きだろ?」
「……違う。付き合いたい、って意味の好き。分かる?」
「…………」

 今なんて言った? 付き合いたいって意味の好き? それってオレと同じ、ってこと? 舞い上がりそうになったのも一瞬で、オレはぶんぶんと首を横に振る。

「う、うそだ」
「嘘じゃねーよ」
「だって、だって凌平、き、キスしてくんないじゃん!」
「っ、純太……」

 ああ、なんでこんな時に。胸の奥からこみ上げるように涙がこぼれ、とんでもなく恥ずかしくてオレはしゃがみこむ。情けないところを凌平に見られたくない、それでも優しい凌平は追うように一緒にしゃがんでオレの顔を覗きこむ。こういう優しいところも大好き。だから涙は余計に止まってくれない。オレ、泣き虫じゃなかったんだけどな。

「キスは、好きな人とするもんで、抜き合いの時はしないのが普通、って言われた」
「……誰に言われたのかとか気になるけど、それで?」
「オレがしたいって言っても凌平は絶対してくんなかったじゃん。オレも最初はなんでしたいのか分かってなかったけど……凌平は好きじゃないってことなんだなって……すげーショックだった」
「純太……それ、俺のこと好きって聞こえんだけど。勘違いはマジでしたくねーんだよ……」
「勘違いじゃねーよ、オレも……オレは、凌平が好き。すげー好き、だから涙も出んの!」

 ケンカなんてこの約二年したことなかったのに。オレは声を張り上げて、凌平の胸をトンと打つ。オレのせいで困った顔をする凌平を見ていられなかった。

 告白なんかするつもりはなかったけど、いつかそんな日が来たらもっとかっこよく決めたかったのにな。実際は鼻をグズグズと啜っている。そんな情けないオレの腕を立ち上がった凌平がそっと引く。

「純太、あっちに座ろ」
「……どうしても?」
「ああ、頼む」

 力を借りてどうにか立ち上がると、室内へといざなわれる。再び腰を下ろしたのはオレのベッド。並んで座ると、オレの右手は凌平の左手の中に納まってしまった。

「っ、なんで手つないでんの」
「いや?」
「……いやじゃねー。めっちゃドキドキする」
「うん、俺も」

 なあ純太、聞いてくれる? いつもの心地いいトーンの優しい凌平の声に、オレはいつだって断る術を持たない。うん、とだけ頷いて、不格好に抱えた膝に額を預けた。

「純太のこと、マジで好き。キスしなかった、ていうか出来なかったのは、好きだからだし」
「……もっと分かりやすく」
「ふは、うん。うーん、俺にとってもさ、キスって好きなヤツとするもんでさ。純太にしたいって言われた時すげー嬉しかったけど。純太はそういう意味でしたいんじゃないんだろうな、って思ったから。俺だけ好きですんの、虚しいな、っつうか、したらしたで止めらんなくなりそう、っつうか?」
「うう~」
「純太? ふは、なに唸ってんの?」

 オレの髪を空いたほうの手でかき混ぜてくる凌平。そのひとつひとつの仕草が全身をビリビリと痺れさせる。なんだこれ、なんだこれ。

「虚しくなるって思われてたのも、止めらんないかもって思われてたのもマジ? オレドキドキしすぎて死にそう……だって……めっちゃ好き、みたい、じゃん」
「うん、そう」
「っ、」

 ガバリと顔を上げたオレの視界は残念なことにゆらゆらと潤んでいるけれど、それでも凌平が微笑んでくれているのが分かった。

 なあ凌平、本当は分かってたよ、凌平がそんな嘘つくわけがないってこと。ただオレの中に特別光ってるこの気持ちが凌平の中にもあって、それがオレに向けられているなんて、自分のことが信じられなかっただけ。

 
 堪らなくなったオレは、凌平の首に両腕を巻きつける。頬に当たる凌平の首から、ドクドクと凌平の生きている音が聞こえて、オレはもう何回目かの涙を啜る。

「凌平、好き。マジで両想い? すごすぎん?」
「うん、すげーな」
「あっ……やば、い」
「…………? ハグしてるだけで?」
「ん、だけで、やばい」

 凌平はオレの腰に手を回してぎゅっと抱きしめてくれた。えろいことばかり沢山してきて、こういうスキンシップは初めてだからか、好きだと気づいたからか。たったこれだけのことに体がどうにかなりそうなくらい反応してしまう。息が上がって苦しくすらあるのに、離れたくない。

 凌平の名前をくり返しながら鼻をすり寄せて、凌平のにおいを肺いっぱいに吸いこむ。体の中心が熱くなり始めるのは、もう条件反射のようなものだ。好きなヤツのにおいって甘い毒みたいだ。ドクドクと血液が体中を駆け回るのを感じながら、オレは凌平の目を覗きこんだ。

「な、凌平、両想いなら、してくれる?」
「ん?」
「キス、したい」
「純太……」

 凌平の手がオレの耳ごと包むように頭を撫でてくれる。コツン、と額が重なって鼻がぶつかった。それから凌平の親指の内っ側がオレのくちびるをひどくゆっくりと辿る。

「は、っ、凌平っ」
「俺もずっとしたかった……マジでするけど、いい?」
「ん、はやく」

 スローモーションのように、静かに凌平のくちびるが近づいてくる。途切れ途切れの息が恥ずかしくて、ドキドキは限界に達して、涙がぼろりと落ちた。凌平は濡れた頬をぺろりと舐めて、それから生まれて初めてのキスをオレにくれた。

 ちょん、と触れるだけのほんの2・3秒のキスは、頭がくらみそうなくらいの永遠だ。熱くて、やわらかくて、沈み合うくちびるでひとつになるみたいで。体の中から破裂しそうにやってくる“好き”に、体を引いてオレから離してしまった。もうひとつ、ふたつと落ちてくる涙を掬いながらめっちゃ泣くじゃん、と凌平がやさしく笑う。

「凌平~……」
「もっとする?」
「ん、する」

 頷いてすぐに抱きしめられたかと思ったら、気づいた時には寝転がった凌平の上にオレは跨っていた。それから抱き寄せられて、髪の中に指が差しこまれる。そろそろと地肌を這う感覚がゾクゾクと背中を震わせる。

「あっ、りょ、へい」
「もっとするんだろ」
「うん、する、したい」
「うん。ほら」

 オレから? なんて戸惑う数秒すら惜しかった。ガブリと噛みつくみたいに一度合わせて、それからはもう夢中になった。あむあむってくちびる同士を滑らせるみたいにくっつけて、興奮を伝えてくれる短い凌平の息に腰が震えて。何度も繰り返すと、開けて、と凌平の指が口の中に入ってきた。ちゅる、とそれを一度吸っておずおずと開ければ今度は凌平の舌がツンツンとオレの舌をもてあそぶ。

 ユウゴはなんて言ってたっけ、あっつくて、ぐにぐにして……昨日のことを思い返そうとしたけど1秒で放棄。凌平がくれる全部をひとつ残らず飲みこみたかった。

 ぬるぬると舌が絡んで、昨日見つけた口の中の上の気持ちいいとこ、上顎をつっつかれると高い声が漏れてしまった。恥ずかしさにじゅわりと唾液が溢れ、それを啜るみたいにする凌平の顔が気持ちよさそうに歪む。ああ、これが大好きだった。オレの快感を追っているくせに、自分まで気持ちよさそうにする凌平が。

「りょうへい、すき、ぐすっ、すき」
「ん、俺も、すげー好き。は、堪んね……」
「ん……~っ」

 話したいけど、キスを止めたくない。触れ合わせたまま好きだと言うと、凌平も言ってくれてまた泣きそう。そのまま半開きでくっつけたくちびるの間で舌を触れさせ合う。ああこれ、すげー好き、なんだかめっちゃえろい……そう思うといよいよ腰が揺れはじめる。正直もう随分前からそこは張りつめていて、いっそ痛いくらいだった。したい、触りたい、触ってほしい。

 だけど、昨日までと今日は同じようでまるで違うのだ。

「純太、一緒にこするヤツする?」
「あっ、したい、したいけど、むりぃ」

 昨日電話でオレが好きって言ったヤツ、それをしようかと言ってくれる凌平をまたひとつ好きになった。それでもオレは首を縦に振ることが出来ない。

「なんで? もうすげー勃ってるけど」
「あっ、さわんな、バカ」
「純太……触りたい」

 ずるいと思う、いつも大人びた態度でオレを何でも見透かして、優しくしてくれるのに。凌平は甘えたようにそんな事を言って腰をぐっと擦りつけてきた。その一度の刺激だけで正直イッてしまいそうで、オレは慌てて腰を浮かせる。

「だめ」
「なんで」
「だって見られんの、すげー、恥ずかしすぎる」
「もう何回も見たし触ってんのに?」
「っ、そう、だけど! だってお前のこと好きって分かって、お前にも好きって言われて……初めてするみたいに恥ずかしいんだよぉ」
「っ、はー……」

 何故恥ずかしいのか、振り絞るように告げると凌平の口から零れるため息。一瞬ビクッと体が揺れたけど、呆れられたわけじゃないとすぐに分かった。いっそう興奮したように息を荒げた凌平に首を引き寄せられ、オレの口の中を凌平の舌が暴れまわる。

「あっ、りょ、へい、あ、あっ」
「は、あっ、純太、言っとくけど俺は最初から好きだから」
「っ、さいしょ、から? っ、はじめて、してもらった時?」
「そう。だから俺は触らせなかった。純太にされたら正気じゃいられねえと思ったから」
「あ……そんな最初から、オレのこと、ぐすっ」

 まるでもう一度告白されているみたいな台詞を次々と零しながら、凌平は一定のリズムで腰を押しつけてくる。もうその一回一回でオレ、イッちゃってんじゃないかな。そう思ってしまうくらいにバカみたいに気持ちがよくて、ぐずぐずと鼻を啜る。

「いや、もっと前から。一年の時から好き。純太だけがずっと好きだった、こんなん初めてだったよ」
「へ……あ、あ、だめだ凌平、イ、イくから、だめ、だめっ! んああ――……っ!」

 そして衝撃のひと言と一緒に強くグリグリと凌平の硬いそれを擦り付けられて、オレはついにそのままイッてしまった。パンツの中でびゅるびゅると溢れるのを感じながら、オレは凌平の上に崩れ落ちた。息を整えようと必死なオレの頭を熱くて大きな手が撫でる。

「りょ、へい……は、あ、」
「純太、純太……」
「あっ、あ、あっ……耳だめ、だめ、おかしく、なる」
「ん、いいよ」

 耳の中に差しこまれる舌の感覚に驚くほど体が跳ねる。逃げようと首をひねっても、今度は反対の耳を攻められてしまう。逃げられなくて、逃げたくなくて、また痛いくらいに勃ってしまう。でも、でも……どうしても恥ずかしさは出ていってくれなくて。決心できずにいるそんなオレに気づくところがやっぱり凌平だった。

「純太、じゃあ脱がなくていいから、そのまま一緒にしていいか?」
「そのまま……うん、いいよ」

 オレだって凌平のガチガチのそれを放っておくつもりはなかった。手でするのがいいかな、なんて思ったけど、凌平の提案は少し違うものだった。そのまま一緒に、ってどうやるんだろう。よく分からなかったくせに頷いたことを、オレはちょっとだけ後悔することになる。

 
 ありがと、と吐息と共に零した凌平は、オレを上に乗せたまま下だけを器用に脱ぎ捨てた。パンツの中から跳ね上がるように出てきたそれはオレを好きな証みたいで、目が離せなくてくらくらしてきた。触りたい、触りたい。手を伸ばそうとしたオレを、だけど凌平が制する。

「な、純太。パンツは脱がなくていいから。これ。ジャージだけ脱いでほしい」
「へ……う、うん、分かった」

 言われるがままにジャージに手をかけ、凌平から離れたくないオレは手間取りながらどうにかそれを脱いだ。ぐずぐずに濡れたパンツが露わになって恥ずかしくて堪らないけど、そんなことはすぐ忘れてしまいそうになる。凌平の両手がオレの腰を掴んでそのまま真下に下ろしたからだ。

 パンツ越しにオレと凌平のそこがぶつかった。

「あっ、りょうへい! あ、りょうへいのが、あ、」
「ん、はぁ、純太のパンツもうすげーな」
「言う、なぁ! も、またすぐイきそうっ」

 そのまま一緒に、ってなるほどこういうことか。めまいがしそうなほど気持ちよくて、すぐに夢中になってしまう。さっき吐き出したものが手伝ってぬるぬると布越しに擦れるのがいけない。揺れる腰を止められず何度も往復させていると、寸止めをするかのように凌平の手に腰を持ち上げられてしまった。

「あっ! や、りょうへい、なんで、なんで、もっとしたいっ」
「一緒にするって言ったろ」
「してる、今してる! はやく!」
「ううん、違う、純太……この中、入れさせて」
「へ……あ、え、うそ、りょうへいっ!」

 何を言われているのか本当に分からなかった。だけど片手でオレの腰を支えたまま、凌平はオレのパンツの裾をぐいっと広げ、そこに……凌平の猛ったそれを突っ込んできた。それを頭が理解した途端、顔が信じられないくらい熱くなった。だってオレのパンツの中で、オレと凌平のが、ぐちゅぐちゅと絡んでいる。見えないけど、こんなの今までの比じゃないくらいえろい。やばい、やばい、こんなの、すぐに出る!

「ああ――……っ!」
「純太、イッた? 中またすげー」
「ひっ、イ、イッた! イッた! りょーへ、だめ、これえろすぎる、ってぇ」
「だって見られんの恥ずかしいんだろ? これなら見えないし」
「そう、だけどぉ! オレの、オレの、中で、りょーへのちんこ、が、ぬるぬるって、や、ばい、んああ」
「は、あっ、純太っ」

 凌平はオレの顔を注意深く見るようにしながらも、下から打ちつけ始める。オレたち何やってるんだろう、これってもうセックスじゃないかな。だって、凌平の重たい律動が体の底から脳まで駆け上がってきて死にそうなほど気持ちいい。ぬるぬる、ぐちゅぐちゅ、ずんずん、って。多分オレのそこはもう勢いのないままに小刻みに零してしまっていて、されるがままに凌平に抱き着く。凌平の胸もどこもかしこも汗に湿っていて、吸いつくみたいな感触が堪らない。

「りょーへ、りょうへい、好き、だいすき」
「純、太、俺ももうイく」
「ん……いいよ、このまま、凌平も気持ちいいの、オレ、うれし、あ、はぁ、オレも、きもちいい、んうっ」
「は、あっ! 純太――……っ!」

 凌平はオレを強く強く抱きしめながら、そのままオレのパンツの中にあっついものを解き放った。出しながらもぐっ、ぐって押しつけてくるのが堪らなくて、オレも多分イッて。気だるい体は溶けてしまいそうで、そのまましばらくふたりで抱きしめ合った。

 あれからオレたちはと言えば、かろうじて着替えだけは済ませた後、今度は凌平のベッドに潜りこんで一緒に眠ってしまった。合宿から戻ったばかりだった凌平は無理もないと思うし、凌平の寝顔に引きずられるようにオレもあくびが零れて、何より離れたくなかった。

 
 分からないもんだよな、ちょっと前まで談話室で突っ伏してうんうんと悩んでいたのに。降って来たような両想い、だけど凌平はずっとずっと想ってくれていたんだと知ってしまったから。

 オレもこの気持ちをもっとちゃんと、これから先もたくさん伝えよう。まだすうすうと寝息を立てている凌平の顔を頬杖ついて眺めながら、オレはそんなことを思う。

 
 だってこんなに凄いことはない。凌平がオレに向けてくれていた片想いは、この世界中でオレにしか叶えられないなんて。オレを凌平が幸せにしてくれたように、それはどんな力にも抗えない事実だ。それならありったけのオレを、友だちから恋人になった、ううん、友だちで恋人のお前に。


 なあ凌平、それって最強じゃない?
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