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14.ハロウィンの夜

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「一年ぶりのハロウィン~!いぇい!」

 赤みがかかったまんまるな満月を背景に、ぱたぱたとコウモリのような羽根でのんびり飛びながら、ルカは深呼吸する。片手には大きな茶色い紙袋。

「一年前のハロウィンは、ほんとに素敵だったな。ハロウィンだーいすき!」

 あの黒髪の人間の男の子、そして澄んだエメラルドの瞳を持つ天使。

 彼のことを思い出すだけで、いまだにルカは元気と勇気がわいてきて、心の中が温かくなるのだった。
 自分が悪魔で、大抵の人間に忌み嫌われているなんて、今のルカにとっては小さなことだった。ルカが悪魔でも、あの人はルカに好意を寄せてくれて、ルカの悪魔としての在り方にも理解を示してくれたのだ。

 あれから、ルカはいろんなことに自信が持てるようになった。

 魂狩りの成績が悪いと怒られても、堂々としていられたし。
 魔女集会で嫌なことされそうになっても、毅然と突っぱねることもできたし。
 苦手な魔術も練習して、他の悪魔からからかわれないようになった。

 いつも、迷ったときや悩んだときは、心の中でセフィのことを思い出して、勇気をもらうのだった。


 そんなふうに一年前のことを思い出しながら、上機嫌でパタついていたルカは、ふと手前の茂みに気づいた。

 確か一年前、ルカはセフィをここで拾ったのだ。

「なつかしいな。最初は素っ裸でびっくりしたんだっけ」

 ふふっと笑いながら、すいっと茂みに近づいてみる。
 思い出の場所に立ち寄ってみて、セフィのことを想いたくなったのだ。

「ん?あれあれ?」

 近づいて、ルカは目をこすった。
 なんだか茂みの横の空間が、ゆらりと揺れた気がした。

 じっと目を凝らして見てみると、茂みのすぐ脇が、まるでそこに景色と同じカーテンがかかっていたみたいに、ぺらりとめくれる。

 そして、ひょいっと黒髪の男の子が出てきた。寒くないようにちゃんと薄手の黒いダウンジャケットを羽織り、大きめの黒いリュックサックを手に持っている。

 その子はすぐにルカをみつけると、にっこりと微笑んだ。

「ルカ!」

 なんだか照れたように笑って声をかけてくるその男の子に、ルカはびっくりして空中から落っこちそうになった。

「セ、セフィ!?」

 紛れもなく、それはルカが一年前にであった人間のセフィだった。

 半分落ちそうになりながら、もどかしげに羽根を動かしてセフィの元へ行く。

 空中から抱きつくように、セフィの元へ降り立った。

「セフィ!」
「ふふ、ルカ、落ち着いて、落っこちたら怪我しちゃう」

 ぎゅーっと抱きしめて、ぺたぺたとセフィの頬に触れる。漆黒の瞳はやさしげにルカを見つめて微笑んでいる。

「どうしたの!?人間で、魂きれいなんだけど!大丈夫!?悪魔とか、あぶないよ!?」
「落ち着いて」

 セフィが、くすくす笑いながら、ルカをなだめるように抱きしめる。

「ルカに会いに来たんだ。今日なら、天界にも見つからないし」
「大胆!嬉しいけど!セフィ、大胆」

 ルカはぎゅっとセフィの首元に顔を埋める。花の蜜のような、懐かしくて大好きな匂いがした。ずっとこうしたかったのだと、改めて思い知った。

「セフィ、やっぱり大好き」
「俺も好きだよ、ルカ」

 しばらく抱きしめあって、お互いの熱を確かめ合う。

 かさりと、ルカの手に持っていた茶色い紙袋が音を立てた。中には、今年もルカの戦利品の大漁のお菓子。

「今年も大漁だったね、ルカ」
「いたるところでハッピーハロウィンしてきたからね」
「そっか。じゃあ、俺もやらなきゃ」

 セフィはルカの両腕をぎゅっと握って、楽しげに漆黒の瞳でルカをみつめてくる。

「ルカ?トリック・オア・トリート!」
「えっ、えっと、お菓子、お菓子とれないけど!」

 両腕を押さえ込まれたまま、ルカがあわあわする。
 そんなルカを見て、セフィは嬉しそうに目を細めた。

「じゃあ、今年もルカにイタズラしちゃう」

 まんまるになっているルカの真紅の瞳を満足げに眺め、セフィは彼女の両腕を引き寄せて、さっと唇を重ねた。


おしまい
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