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11.目覚め

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 ゆらゆらとしたまどろみは、覚醒の予感。
 頬に触れる柔らかなシーツの柔らかさや、それとはまた違う身体の下のあたたかさに、ルカは身動みじろぎする。

 なんだか、身体の上に重いものが乗っていて動きづらい。ひとしきりもぞもぞした後、ルカはゆっくりと目を開けた。

 一面、真っ白だった。花の蜜を思わせる品のある甘い香りとともに、あたたかくて白くて大きなものに包まれている。
 よく知っている香りのような気がするが、ルカはうまく思い出せない。
 きょろきょろあたりをみまわそうと思ったが、どうにも身体が重くて動きづらい。四苦八苦しながらごそごそしていると、身体の上のあたたかな重みがぴくりと震えた。

「ルカ、起きた?待ってたよ」

 やさしげな声とともに引き寄せられて、ようやくルカは声の主に抱きしめられている事に気づく。

 頬に手を添え、のぞきこんでくるエメラルドグリーンの瞳。

その輝きに、ルカはサバトの後の一件をまざまざと思い出した。

 目の前で大好きな人間の男の子が、天使に変わる衝撃。
 もう一人の赤髪の天使に、身体に絡みつく鎖。

 びくりと反射的に身を引きかける。

「ルカ、おねがい、こわがらないで」

 震える身体をなだめるように、背中を撫でられ、額に唇がおしあてられた。

「ごめんね、俺が天使でごめん。ルカに怖い思いさせてごめん」

 セフィの言葉の響きに、妙な既視感があった。

⸺悪魔だと知ったら、人間は石を投げ忌み嫌うだろう

 ルカがいつも胸の奥に感じている鉛のようなわだかまり。

 悪魔だからそれだけで怖がる人間がいるように。
 天使だからという理由で、ルカはセフィに怯えている。

「ルカ、体調はだいじょうぶ?どこか痛いところはある?お腹減ったりしてない?」

 セフィが落ち着かなげに、ルカの頬をなでながら矢継ぎ早に質問してくる。なんだか、まるでルカの返事を聞くのがこわいみたいに。

 ルカはひとつ、大きく深呼吸した。

 意を決してぎゅっとセフィに抱きつく。指先に力が入らないけど、がんばって白い服の裾をぎゅっと握って、勇気を振り絞る。

「びっくりしたけど大丈夫!セフィ、ほんとに天使なんだね」

 くっついているセフィの肩から、少し力が抜ける。かわりにルカを抱きしめる腕に力がこもった。

「うん、黙っててごめん。拾ってくれたのがルカで良かった」

 愛おしげに、頬をルカのこめかみにあててすりすりしてくる。
 ルカもちょっとほっとしてセフィの頬に触れようとして、うまく腕があがらないことに気づいた。

「だいぶ鎖に魔力を吸われたから、力が入らないと思う。俺の力で補充してるから、もう少しこのままで。ルカからいっぱいもらったから、お返し」

 確かに、セフィに触れているところからゆっくりとあたたかな力が流れ込んでくる。少しずつ満たされるのが気持ち良い。

 このあたたかさをもっと欲しいとルカは思った。無意識のうちに、セフィの首筋に唇を押し当てる。跡をつけないように浅く吸う。

「んっ……それも、いいけど、こっちはだめ?」

 顔をずらして、セフィが唇をルカのそれに近づける。触れる寸前で、まるでルカの許可を待つようにぴたりと止めた。

 唇をかすめる吐息の甘さに、思わず触れたくなるのをルカは、ぐっと我慢する。

「いいの?私、悪魔だよ?贄の証ももう外れたし」
「悪魔でも悪魔じゃなくても、俺はルカがいい。贄の証も所有紋も、関係ない。それともルカは、やっぱり俺とは友だちがいい?」

 答える代わりに、ルカはそっと唇を重ねた。

 間近でエメラルドの瞳と紅の瞳が交錯する。そのままルカは勢い良く抱きしめられた。
 ぐるりと仰向けにされて、何度も角度を変えて深く唇を貪られる。背中にまわされた大きな手がもどかしげにルカの羽根を撫でる。セフィの肩越しにばさりと白い翼が羽ばたいた。

「ルカ……ルカ……」

 まるで、うわ言のように何度も呟く声に、ぞくぞくする。

 流れ込む力に、ルカの手足も体も、少しずつ軽くなっていく。まだ重みの残る手を持ち上げて、セフィの首に回してキスに応えた。
 呼吸をのみこむように深く舌を絡められて、たちまちルカの息があがる。

「セフィ、くるし……」
「ごめん、我慢できなくて」

 深い口づけから、甘くささやかな唇への軽いキスへ。
 荒いルカの呼吸を邪魔しないように、何度も唇の端に甘い柔らかさが降り積もる。


 激しいキスの余韻でぼんやりしつつ、ルカはふと周囲をながめた。

 そういえば、ここはどこだろう。

 見渡せば真っ白なシーツが敷き詰められた丸い空間で、天蓋から吊り下げられた、これまた白い布で周りから遮断されている。ふわふわしている感触は、まるでベッドの上のようだ。シーツの上には白いクッションがたくさん敷き詰められており、ルカが寝やすいよう、羽根に負担がかからないよう、うまく配置されているのだった。

「ん……セフィ、ここは……?」

 いまだ降り積もるキスの合間に問う。

「ここ?天界だよ」
「天界!?」

 慌てて飛び起きるルカを、セフィが抱きしめてベッドに引き戻す。

「落ち着いて、ここは俺の部屋だから他の天使はこないし、俺と一緒なら安全だよ。許可証もあるし」

 ほら、と、ルカの首元に手を導く。そこには、しっとりとした手触りの首輪がはまっていた。

「ほんとはこんなの、ルカにめたくないんだけど、流石にこれがないと、他の天使に見つかったときに危いから。それから、悪魔の力は使えないから気をつけて」

 確かに自分の格好を見れば、いつも魔力で編んでいる服の代わりに、白いゆったりとした服を着ている。今、セフィが着ている服に似ていた。

「裁きの場は……?」

 不安げなルカの声に、セフィは安心させるように首を振る。

「ルカを断罪なんてさせない。でも、あのまま逃がすことはさすがにできなくて。勝手に連れてきてごめん」
「そっか、セフィが助けてくれたんだね」

 あのときは、殺されてもおかしくない状況だった。なんとかして、あの場から救い出してくれたセフィには感謝しかない。

 すぐ近くのセフィの滑らかな白い頬にキスをして、厚い胸板を手でそっと押す。ゆっくりと身体を起こして、セフィと体勢を入れ替えた。
 ルカが馬乗りになる形で、上からセフィを見下ろす。人間の時よりも、身体が大きくてしっかりと筋肉がついているのを、指でつんつんして確かめた。

 セフィはきょとんとしながらも、されるがまま仰向けにねっころがって、翼の位置をちょっとずらしたりなんかしている。

 そのあどけなさは、あの黒髪の人間の男の子にそっくりで。

 ぱむっ!と、ルカは自分の頬を両手で勢い良く叩いた。恐怖や悩みや迷いをふっ切って、素直な自分の気持ちに向き合うことにした。

「やっぱりセフィ、大好き!」

 屈託なく笑うルカに、セフィも微笑み返した。

「よかった、もう俺のこと怖くない?」
「うん、もう全然!怖くないってとこみせてあげる。友だち以上ってとこもね!」

 ルカはいい笑顔を浮かべつつ、勢い良くセフィのローブの帯を解き、はだけた肌に唇を押し当てる。

「えっ、待って」

 慌てたようなセフィの声と、容赦のない衣擦れの音が、天蓋のカーテンで仕切られた空間に響いた。
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