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08.サバト
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地下駐車場の天井の一角には大きな穴があいており、そこから差し込む月灯りのもと、不吉な集会が開かれていた。
ロウソクや篝火にうつしだされた人々の影が、黒々と長くゆらめき、あちらの影とくっついたり離れたりを繰り返している。二、三十人はいるだろうか。
真ん中には山羊の頭をした大きな男。その男を囲んで何人もの男女が優雅に侍っており、さらにその周りに幾重にも連なる人々が享楽に耽っている。
食い散らかされた食べ物の残骸があちらこちらに散らばり、転がされた酒瓶も細い口から飲み残しの液体を滴らせている。
山羊頭の男を中心に、酒と精液と血の匂いが充満していた。
その宴から少し離れたところに、いくつか廃棄されて錆びついた車が遺棄されている。そのうちのひとつ、大きめの黒いワゴン車の影に隠れながらセフィとルカが、狂騒の様子を伺っていた。
「あの真ん中のやつは、人間?頭の山羊はかぶりもの?」
「ううん、あれは高位悪魔。あの山羊頭は依代だから本体とは別だよ。そのちかくにいるのが低級悪魔。さらに周りをかこんでいるのが人間」
「依代とはいえ、高ランクの悪魔なんて来るのか?」
「ハロウィンは天使が絶対にこないから、みんなやりたい放題。あっ、今日は人間の子供が贄にされてる!」
小さく叫んだルカの指す先には、複数の鈍く光る檻。その中の一つに泣き疲れた子供がうずくまっている。小さな首には、セフィがつけられたものとそっくりな首輪が嵌められていた。他の檻には、うさぎやニワトリが落ち着き無くきょろきょろしている。
「子供を使うのか?」
「サバトの最後、オルギアが終わる間際に生贄の首を落としてその血をみんなで浴びながらイクっていうのは昔から好まれる余興だよ。普通、ニワトリを使うんだけど、洗礼前の子供を見るのは久しぶり」
ルカの言葉にセフィが唇を噛む。
「あの子を助けたい。ルカ、協力してもらえる?」
「セフィのためならもちろん。それに、私も無垢な魂が無為に刈り取られるのは好まないから」
ルカは嬉しそうに笑って大きく頷いて、セフィにぎゅっと抱きつく。セフィが男の子を助けたいといってくれたこと、そして、ルカを頼ってくれたことが嬉しかった。
宴は狂乱の一途を辿り、人々は激しくお互いを求めあう。セフィとルカが隠れているワゴン車まで、吠えるような嬌声が聞こえてきた。
淫靡な喧騒を背景に、セフィが深刻そうな絶望したような声音で呟く。
「あれちょっと楽しそうとか思っちゃう俺がいるんだけど、贄の証の影響かな……」
「セフィ、気を確かに!」
うっかりワゴン車の陰から出ていきそうになるセフィを、ルカが慌てて引き留めて床に押し倒す。
「思いっきり贄の証の効果だから!セフィは私のものだから、よそみしちゃだめって思ってて。そしたら所有紋の効果でマシになるから」
「じゃあ、もっと、俺にルカの印をつけて」
セフィがルカの首の後ろに腕をまわして、ぐっと引き寄せる。可憐な唇が首筋に当たるように抱き込んだ。
「キスマークってこと?」
「うん、キスマークでもいいし、噛んでもいいよ。ルカの意思で俺に印をつけてほしい」
セフィの首筋は、滑らかでほくろひとつなく、どこまでも白くて美しい。そんなところに印をつけるなんて、ルカにとっては恐れ多いにもほどがある。
たじろぐルカにセフィは懇願する。
「おねがい、ルカ。そうじゃないと俺、あっちに参加しちゃいそう」
「それは大変!」
思い切って、ルカはセフィの首筋に唇を押し当てた。何度か唇で強く吸って離す。雪原に華が咲くごとく、ルカの跡がセフィに刻まれる。
「ああ、綺麗なセフィの肌が……」
「ルカ、もっとつけて、おねがい。ルカにつけてもらうの、すごく気持ちいい」
ルカは、セフィにねだられるままに雪原に華を刻んでいく。首筋にも鎖骨付近にも、服をまくりあげてその胸元にも、脇にも、背中にも。
紅蓮の華が咲くたびに漏れる、小さく切なげな声をもっと聞きたくて、思わず無防備な首筋を甘く噛んだ。
「んっ……こんなに、いっぱい、嬉しい。ルカ以外にはよそみしないから。俺はルカのものだから」
唇を赤くしてぺったりと胸元に頬をくっつけているルカを、セフィは優しく抱きしめて、赤い髪を撫でた。
遠くきこえるサバトの狂乱。さきほどまで、引っ張られるような誘惑があったその音は、今のセフィにはもう、何一つ魅力的に思えない。
ぎしりと、ワゴン車の屋根が揺れたのはその時だった。
「あらぁ、なかなか来ないと思ったら、こんなところで油売ってるなんて」
落ちる影に見上げれば、ワゴン車の屋根に一人の悪魔。見下ろす肩から、長い黒髪が行く筋も落ちて揺れる。
「イザベラ!」
「二人で楽しんでないで、さっさときなさい。みんなお待ちかねなんだから。それとも、力づくのほうがいいかしら」
ひゅっと風を切るような音に、ルカが三叉戟を掲げてセフィを背に庇って立つ。その背後からセフィが叫んだ。
「お前たちよりルカの方が魅力的だっただけだろ。でも、おかげでこんなにルカに可愛がってもらえたから、俺は満足」
これみよがしに服をまくりあげて、散々ルカがつけたキスマークをイザベラに見せつける。
「なっ、こんな、ルカみたいなのが魅力的ですって!淫魔でもないのに!」
「ああ、そうだ!悪いけどお前たちよりルカの方がずっといい!さっさと贄の証をはずせ!」
「ほんと、あったま来るわね!」
イザベラが腕を伸ばすと同時に鎖が現れ、じゃらりとセフィの首の贄の証にからみつく。イザベラがそれを引っ張れば、セフィがつんのめって膝をついた。
「このまま祭壇につれてってあげる」
「そんなこと、させるわけないでしょ!」
ブンと勢い良く振り下ろす音と同時に、鎖がルカの三叉戟で断ち切られる。
「私のセフィに勝手なことしないで。彼は私のものなんだから」
「くっ……」
悔しげに、イザベラがワゴン車の屋根から見下ろしてくる。
「ルカのいうとおりだ。祭壇とやらには、ルカが連れて行くのが筋なんじゃないか。お前に引っ張られなくてもいってやるから、さっさと贄の証を外してあっちへ行け」
ぎりっと、イザベラがセフィを睨む。
「その証は、捧げられるときに勝手に外れるわ。せいぜい、贄となった貴方を楽しませてもらうから」
苛立たしげに舌打ちをして、イザベラはワゴン車からふわりと降りて、セフィを促した。
「さあ、行くんでしょ。さっさと来なさい。もうオルギアも終わり頃よ」
ロウソクや篝火にうつしだされた人々の影が、黒々と長くゆらめき、あちらの影とくっついたり離れたりを繰り返している。二、三十人はいるだろうか。
真ん中には山羊の頭をした大きな男。その男を囲んで何人もの男女が優雅に侍っており、さらにその周りに幾重にも連なる人々が享楽に耽っている。
食い散らかされた食べ物の残骸があちらこちらに散らばり、転がされた酒瓶も細い口から飲み残しの液体を滴らせている。
山羊頭の男を中心に、酒と精液と血の匂いが充満していた。
その宴から少し離れたところに、いくつか廃棄されて錆びついた車が遺棄されている。そのうちのひとつ、大きめの黒いワゴン車の影に隠れながらセフィとルカが、狂騒の様子を伺っていた。
「あの真ん中のやつは、人間?頭の山羊はかぶりもの?」
「ううん、あれは高位悪魔。あの山羊頭は依代だから本体とは別だよ。そのちかくにいるのが低級悪魔。さらに周りをかこんでいるのが人間」
「依代とはいえ、高ランクの悪魔なんて来るのか?」
「ハロウィンは天使が絶対にこないから、みんなやりたい放題。あっ、今日は人間の子供が贄にされてる!」
小さく叫んだルカの指す先には、複数の鈍く光る檻。その中の一つに泣き疲れた子供がうずくまっている。小さな首には、セフィがつけられたものとそっくりな首輪が嵌められていた。他の檻には、うさぎやニワトリが落ち着き無くきょろきょろしている。
「子供を使うのか?」
「サバトの最後、オルギアが終わる間際に生贄の首を落としてその血をみんなで浴びながらイクっていうのは昔から好まれる余興だよ。普通、ニワトリを使うんだけど、洗礼前の子供を見るのは久しぶり」
ルカの言葉にセフィが唇を噛む。
「あの子を助けたい。ルカ、協力してもらえる?」
「セフィのためならもちろん。それに、私も無垢な魂が無為に刈り取られるのは好まないから」
ルカは嬉しそうに笑って大きく頷いて、セフィにぎゅっと抱きつく。セフィが男の子を助けたいといってくれたこと、そして、ルカを頼ってくれたことが嬉しかった。
宴は狂乱の一途を辿り、人々は激しくお互いを求めあう。セフィとルカが隠れているワゴン車まで、吠えるような嬌声が聞こえてきた。
淫靡な喧騒を背景に、セフィが深刻そうな絶望したような声音で呟く。
「あれちょっと楽しそうとか思っちゃう俺がいるんだけど、贄の証の影響かな……」
「セフィ、気を確かに!」
うっかりワゴン車の陰から出ていきそうになるセフィを、ルカが慌てて引き留めて床に押し倒す。
「思いっきり贄の証の効果だから!セフィは私のものだから、よそみしちゃだめって思ってて。そしたら所有紋の効果でマシになるから」
「じゃあ、もっと、俺にルカの印をつけて」
セフィがルカの首の後ろに腕をまわして、ぐっと引き寄せる。可憐な唇が首筋に当たるように抱き込んだ。
「キスマークってこと?」
「うん、キスマークでもいいし、噛んでもいいよ。ルカの意思で俺に印をつけてほしい」
セフィの首筋は、滑らかでほくろひとつなく、どこまでも白くて美しい。そんなところに印をつけるなんて、ルカにとっては恐れ多いにもほどがある。
たじろぐルカにセフィは懇願する。
「おねがい、ルカ。そうじゃないと俺、あっちに参加しちゃいそう」
「それは大変!」
思い切って、ルカはセフィの首筋に唇を押し当てた。何度か唇で強く吸って離す。雪原に華が咲くごとく、ルカの跡がセフィに刻まれる。
「ああ、綺麗なセフィの肌が……」
「ルカ、もっとつけて、おねがい。ルカにつけてもらうの、すごく気持ちいい」
ルカは、セフィにねだられるままに雪原に華を刻んでいく。首筋にも鎖骨付近にも、服をまくりあげてその胸元にも、脇にも、背中にも。
紅蓮の華が咲くたびに漏れる、小さく切なげな声をもっと聞きたくて、思わず無防備な首筋を甘く噛んだ。
「んっ……こんなに、いっぱい、嬉しい。ルカ以外にはよそみしないから。俺はルカのものだから」
唇を赤くしてぺったりと胸元に頬をくっつけているルカを、セフィは優しく抱きしめて、赤い髪を撫でた。
遠くきこえるサバトの狂乱。さきほどまで、引っ張られるような誘惑があったその音は、今のセフィにはもう、何一つ魅力的に思えない。
ぎしりと、ワゴン車の屋根が揺れたのはその時だった。
「あらぁ、なかなか来ないと思ったら、こんなところで油売ってるなんて」
落ちる影に見上げれば、ワゴン車の屋根に一人の悪魔。見下ろす肩から、長い黒髪が行く筋も落ちて揺れる。
「イザベラ!」
「二人で楽しんでないで、さっさときなさい。みんなお待ちかねなんだから。それとも、力づくのほうがいいかしら」
ひゅっと風を切るような音に、ルカが三叉戟を掲げてセフィを背に庇って立つ。その背後からセフィが叫んだ。
「お前たちよりルカの方が魅力的だっただけだろ。でも、おかげでこんなにルカに可愛がってもらえたから、俺は満足」
これみよがしに服をまくりあげて、散々ルカがつけたキスマークをイザベラに見せつける。
「なっ、こんな、ルカみたいなのが魅力的ですって!淫魔でもないのに!」
「ああ、そうだ!悪いけどお前たちよりルカの方がずっといい!さっさと贄の証をはずせ!」
「ほんと、あったま来るわね!」
イザベラが腕を伸ばすと同時に鎖が現れ、じゃらりとセフィの首の贄の証にからみつく。イザベラがそれを引っ張れば、セフィがつんのめって膝をついた。
「このまま祭壇につれてってあげる」
「そんなこと、させるわけないでしょ!」
ブンと勢い良く振り下ろす音と同時に、鎖がルカの三叉戟で断ち切られる。
「私のセフィに勝手なことしないで。彼は私のものなんだから」
「くっ……」
悔しげに、イザベラがワゴン車の屋根から見下ろしてくる。
「ルカのいうとおりだ。祭壇とやらには、ルカが連れて行くのが筋なんじゃないか。お前に引っ張られなくてもいってやるから、さっさと贄の証を外してあっちへ行け」
ぎりっと、イザベラがセフィを睨む。
「その証は、捧げられるときに勝手に外れるわ。せいぜい、贄となった貴方を楽しませてもらうから」
苛立たしげに舌打ちをして、イザベラはワゴン車からふわりと降りて、セフィを促した。
「さあ、行くんでしょ。さっさと来なさい。もうオルギアも終わり頃よ」
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