光降る森

bluestar

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君を探して

4. 「裕太に出会えて良かった」

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ポツリと頬に雨の粒が当たり、静かに流れ落ちた。そろそろ大雨に変わるだろうと折り畳み傘をリュックから取り出す。
俺が傘を開くのを待っていたように、雨は次第に強さを増した。
嘘だろ…、と小さく声を漏らしたが、それは不断の雨の音の中に消えていった。

教室中にも雨に対してのイライラは充満していて、それは更にイライラを呼んだ。
騒がしい校舎に先生の声が放送を通して聞こえてくる。
「今日の体育祭は体育館で行います。荷物は教室に置いて、ハチマキなど競技に必要な物を持って集まってください」
廊下には皆の気だるそうな足音が響いて、やっぱりそれは気分のいいものではない。
ため息をついて、窓の外の暗い雲を見上げる。
結局俺らはリレーをやることになり、バトン練習を幾度となく重ねた。花盛との関わりが増えたのはもちろん、皆の花盛への見方が変わっていったのもこの練習からだろう。
けれど変わったのは皆の見方だけではなかった。何より花盛自身が気づいているだろうが笑うようになったんだ、声をあげて。
昨日なんかは「楽しいね」なんて俺だけが知っていたはずの笑顔を振りまき、皆の心を奪っていた。
まあ、花盛の誤解が解けたことが何よりなんだけど…。
このイライラに近い気持ちはどうして生まれたのか。そしてどこに置いてくれば良いのか。
また1つため息がこぼれた。

「村瀬くん」
不意に後ろから名前を呼ばれ、「花盛」と呟いた。もちろん、そこには俺が待っていた顔があって、彼女に笑いかける。
「雨、降っちゃったね」
「ね」
彼女はそう呟いて窓に手を寄せた。
「降っちゃったね」
もう一度呟かれたその言葉から彼女が楽しみにしていたことが分かるようで嬉しくなる。こうやって最近 感情を言葉の中に含ませるようになった。それが何より嬉しくて。
「でもね、」
彼女はパッと俺を見た。
「はい」
不自然に隠されていた右手から可愛らしいてるてる坊主が現れる。
彼女は笑うと「作ってみた」と照れたように言う。
「今日ね、途中から晴れるんだって言ってた。リレー、やりたいし」
「そっか」
にっこりと笑う顔のてるてる坊主を俺に預けると、教室の入り口を指差した。
言われた通りにてるてる坊主を提げるとまた満足そうに笑う。
「あとさ…」
ん?、と彼女に目を向けると、いきなり視線が合ったせいかあからさまに目を逸らした。
一応ちょっと傷ついてみたり…。
「何でもない。体育館、行こう」
微妙な雰囲気を察したかのように壮介が おっはよー、と間に入る。
もちろん察して入ってきたのではないとすぐに分かったものの、今は何となく壮介に感謝してしまった。

体育祭は順調に進んでいき、花盛が言ったようにお昼頃には雲間から光が差し込んだ。フィールドは濡れているものの走れない状態ではないと判断され、昼食を挟んだあとの競技からは外で行われることになった。
皆の喜びようは見てとれて、朝のイライラは既に雨と一緒に消えている。また彼女も嬉しそうで「てるてる坊主のおかげだね」と言うと ホント?、と笑ってみせた。
今日はたくさん笑う日なんだと、初めて学校の行事に参加して良かったと思える。
そして彼女の笑顔1つでこんなふうに嬉しくなる自分がいること、あの夏から変わってない。

「次の競技は選手リレーです。選手は本部前に集まってください」
すっかりと晴れた競技場に放送委員の声が高らかに響いた。
「花盛、行くよ」
頑張ろうな、と言った俺に便乗するように周りの皆も「花盛さん、頑張って」と声を上げた。その中には入学式早々 花盛の言葉に驚いていた男子たちもいる。
きっとこれこそが彼女本来の姿なのだと遠い目で見つめた。誰からも愛される、現に俺は出会ってから彼女との時間を大切に思うようになったわけで。
「いってきます」
花盛はそう言うと 行こ、と俺に呟いた。

ピストルの音が空に向かって飛んで行き、それと同時に1走目が走り出す。どこのクラスも最初を固めたようで1走目から皆好スタートを切った。
「壮介っ」
いつも近くにいたものだから壮介がどれだけの安心感があるのかを知っている。特に勝負ごとへの熱意だとか、また足の速さだって。今だって期待を裏切ることなく周りの陸上部と一緒に見事な走りで食らいついていた。
壮介としっかり目があった。そして掛け声とともに俺の手の中にバトンが渡っ…。
「あ」
放送委員がようやく来た盛り上がりを待っていたかのように大声で状況をペラペラと話し出す。その興奮した声は競技場全体に響いて、更に盛り上がりをみせた。
「ごめんっ」
「いいよ、大丈夫」
転がっているバトンを手に取ると花盛の背中を見た。3走目には花盛が待っている。
俺は必死に動揺で縺れた足を何とか前へと出す。周りの声はほとんど聞こえない。俺は目の前にいる彼女に情けなくも託すように息を上げて走るしかなかった。
「裕太っ」
聞き慣れていたはずの声。けれどいつもと何か違う。いや、ずっと前 確かに聞いていた声だった。
「花盛っ」
綺麗なバトン渡しだったと思う。
それと同時に花盛は俺ににっこりと笑ってみせる。
彼女が走り出した時、放送委員はまだ残っている興奮の熱を更に上げたみたいだった。
「おおっと。どんどん抜かしていくぞ。お、また1人!」
つられるように周りからもたくさんの歓声が上がった。
一気に4人を抜いたまま、アンカーにバトンが渡る。1位との接戦の末、手にしたのは2位という結果だった。
でも、だからこそ花盛の印象は余計に強くなってしまい、沸き上がった拍手と歓声のほとんどは彼女へと向けられた。
拍手の中、俺たちはクラスのテントに戻った。
クラスからも歓喜余った声が漏れ出し、彼女は今はもうクラスの中心にいる。

競技が次に移ると皆上がったばかりの熱をもて余したまま応援を始める。
ぼんやりとその光景を眺めながら、俺は彼女を探した。
…ただ無意識に。
それほどまでに彼女は俺の中心にいて、そして全てなんだ。笑顔も声も、彼女の存在事態が俺の今ここにいる存在理由なんだから。
立ち上がって1人歩く彼女の元へと足を進めた。
「花盛」
振り向いた彼女にそっと笑いかける。
「すごかったね。それに、とても楽しそうだった」
彼女は照れたように俺を見上げると「ありがと」と呟いた。
どうして?
ありがと、なんて感謝したいのは俺の方なのに。
キミの笑顔がまた見られたんだ。それ以上に俺が望むものはないから。
「私、人と関わること 怖かったんだ。あんな想いはもう嫌だから…」
小さく聞こえた声はもう風に乗って消えてしまっていて。残った彼女の顔にはその面影はなかった。
「だけど、私はやっぱり人と話すのが好きだから。そしてそう思えたのは裕太のおかげ」
裕…太?
花盛は俺を見つめた。変わらない、あの目で。
変わらない、あの笑顔で。
「私ね、裕太に出会えて良かった」
そう言った彼女をあの夏と重ねるように風が髪をなびかせる。

キミは覚えているんだね。あの日もこうやっておんなじセリフを言ったんだ。
疑いなんてもういらない。

「花盛…舞」
今ようやくキミの名前を呼ぶことができる。

──「来年会ったら、教えてあげる」

「舞、お疲れ様」
彼女はただにっこり笑ってこくりと頷いた。
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