始まりの場所、約束の意味

bluestar

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番外編.

見つけたかも……なんてね

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その日は朝から賑やかだった。
「え……?」

白川悠里 十一歳

これでも精一杯驚いてる。
「言葉通りの意味だよ」
賑やかさは変わらないけど、俺の中では父さんの言葉だけが流れた。

『一緒に来ないか?今度の夏休みいっぱい執事の仕事についてほしいんだ』

それも相手はあの花沢財閥で、その一人娘までついてくると言う。
「でも、俺葉月様にしか仕えたことないし。それに仕えるって言っても一緒に遊ぶことぐらいしか……」
それもそうか、と父さんの呟きが聞こえる。
「兄貴に任せた方が絶対いいって」
父さんは俺の言葉に少し納得したようだけど、それでもやっぱり「やってみないか?」と再度誘った。
「その……葉月様は自己中心的なところがある……し、他の令嬢も同じなんだと思うが……」
あ、父さんかなり言いにくそう。てか、やっぱり父さんもそう思ってたのか。

俺が仕える葉月様というのは白川家が先代から仕えてきた西条家のお嬢様で、茶道の世界ではとても有名だ。それゆえ、彼女は小さな頃からおもてなしに対する意識が高く、それはこの世界でもよく知られている。その上品でお嬢様の鏡だと言われ続けた彼女の精神的苦痛と取り除くのが俺たちの仕事だった。

「執事の仕事に慣れるという意味で行ってみないか?もうすぐ西条家の専属執事になるための契約を結ぶときがやって来る。そうなったら、他の令嬢に仕えることはまずない。今回のように手伝いを申し込まれたときは別だけどね」
そしてそっと耳もとによると父さんは言った。

「お前は長男ではないから言っておこう。世界は広いぞ。知らないことがたくさんある。お嬢様は確かに皆自己中心的であるが、そうでない方もたくさんいる。我々は専属執事だから仕方がないが、本当に仕えたいと思えるお嬢様がきっとこの世界のどこかにはいるはずなんだよ。そのためにあの制度があるんだ」


E・B──


昔、父さんから聞いたことがあった。E・Bという制度があって、仕えたい主に個人的に仕えることができるという。それは専属を持っている執事にも当てはまった。
あのときは兄貴と怜と一緒に聞いて、それでも俺たちには関係ないか、なんて話したっけ。

「昔な父さんもこうやって親父から話を持ちかけられたんだ。父さん、散々嫌がってな、それでも仕方なく行ったんだよ。そのとき仕えたのは同い年のご令息だった。それからその何日かで私たちは仲良くなってね。あのときは本気で思ったんだよ。この人の側にいたいって。でも父さん、専属を捨ててまでE・Bの資格を取る覚悟がなくて……」
「なくて?」
「それっきりさ」
そう言って父さんは笑った。
「あの方が今どうしてるかなんて分からない。海外に行ったらしいからな。それでもときどき思うんだよ。私の選択は間違ってなかったのかな、なんてね」
父さんにそんな過去があったなんて。
父さんと旦那様はとても仲がいい。旦那様のストッパーの役割をしているのもどちらかというと佳菜子様より父さんなんじゃないかと思えるぐらいに。

「それにな、今回のことで私も花沢様のことを調べたんだが」

そう言って父さんは俺に写真を差し出した。
「葉月様と同じ年だから、お前の二個下だ。だけど、このとわお嬢様の性格、言動は葉月様と正反対みたいだぞ」
父さんは笑う。

「さ、どうだ?行くか、行かないか。行かないのならば、神田家のほうで執事を手伝いに回してほしいと言うけれど」
「え?」
「え?って。あの花沢財閥だぞ。専属がいるに決まってるじゃないか。だけど私はもう既にこちらから一人出すと言ってあるが」
「どうする?」と父さんの声が降ってくる。

そんなの決まってるじゃないか。

「行くよ」
「知っていた」
そう言って父さんは笑った。

◇◇◇

『え?俺一人!?』

全く、いきなり俺一人とか。昨日のうちに言ってほしい。
急な用事だって、あれ西条家との契約の話だろ。絶対前から決まってたはずだ。

タクシーを捕まえて、あの森を目指す。双海の中にある森だが、あそこだけは花沢財閥の所有地であった。だから、この森に入るのは初めてになる。

ここ、か?

確か父さんから連絡が入っているはずだから、呼び鈴を鳴らせば神田さんという花沢財閥の専属執事が出てくると思う。

呼び鈴を鳴らすと、少ししてから「はーい」という声と共に足音が聞こえた。
ゆっくりと扉が開く。

あれ?この子は……

「ぷっ」
え?
いきなり笑うとか……このお嬢様、かなり失礼じゃないか。
「何ですか?」
「スーツって初めてでしょ」
ほんとに失礼だな!んなわけないだろっ。毎日着てるよ、スーツくらい!

口に出せない怒りでいらいらしていると、彼女の後ろから父さんと同じ年くらいの男の人が出てきた。
この人が神田さんか。

神田さんはこの目の前の子に何やら言っている。
うん、間違いない。

この子が「とわ様」だ。

「よく来ましたね」
神田さんの言葉に軽くお辞儀すると、俺はリビングに通された。
そして説明を受けたあと、これから俺の部屋となる場所へと案内された。

・・・

神田さんが出ていってから何分かたった。
すごいな。ここ、俺の部屋か。
持ってきた荷物は少ないし、整理は簡単に終わった。
説明は再度行うということで、昼までゆっくりしていていいらしい。

どうしよっかなあ。

ゆっくりって言われてもすることないし、森へでも行くか?
いやいや、執事でありながら勝手な行動なんて許されるわけがない。

トントン

いきなり扉が叩かれた。
「はい」
「入るよ~」
「えっ?」
そう言って入ってきたのは、あのとわ様だった。
てか、なんか汗かいてない?
「どうしたんだ?その汗」
「あなたの部屋を捜し回ってたの。いろんなとこ回ったけど、まさか私の隣だったなんて」
そう言って彼女は笑った。
「そうだな」
……そうだな?

あ、やべっ。敬語!

「申し訳ありませんっ」
そう言ってから、彼女の前にひざまずく。
「大変申し訳ございません。執事である身にも関わらず……」
一通り謝ったとき、上から笑い声が降ってきた。
また、このお嬢様はぁっ! 
でも俺は執事だから、仕方ないか。
「どうかしましたか?」
そう言って、彼女を見上げると、この子は俺に手を差し伸べた。
え?
彼女はにっこり笑っていて、それは本当に綺麗だと思ったんだ。
「やめてよ。年だってそんなに変わらないでしょ?堅苦しいのは好きじゃないの。あなたがそうだと、私とあなたの間にすんごーく深い溝があるみたいじゃない。私はそーいうの求めてないもん」
「ですが……」
俺は執事だぞ? 
「もしかしたらこれがあなたの執事としての誇りとかプライドとかに傷ついてしまうかもしれないけど、さっきみたいなあなたの方がよかったな」

このお嬢様は……

『世界は広いぞ。知らないことがたくさんある』

堅苦しいのが好きじゃない、とか。
てか、執事がタメ口おっけーとか、ちょっとずれてるだろ。
それでも……
「ね?」と伸ばされる手に自分の手を重ねて、そっと握る。

こんなお嬢様はそうそういないだろうな。

「よろしくね、白川」

『本当に仕えたいと思えるお嬢様がきっとこの世界のどこかにはいるはずなんだよ』

父さん、俺見つけたかもしれない。
……なんてね。
でも、もうちょっと一緒に過ごしてみたいなんて思うのは、初めてだよ。

◇◇◇

「ねえねえ、白川の名前教えてよ」
名前……だって?
「名前?」
「うん。だって白川って呼ぶのも変じゃない?」
あれ、俺まだ名前言ってないんだっけ?てか、神田さん言ってないの?
でも……
「いいや」
さすがに悠里なんて女っぽい名前、こいつには言いたくないんだよな。
「とわの執事になったことに変わりはない。神田さんと同じように俺のことも「白川」って呼んでよ。そのほうが執事って感じがして俺は嬉しいけど」

いつかまた会えたときに教えるから、それまでは今のままでいいだろ?
もっと格好よくなって、名前を気にしなくなる年頃まで。お前にだけは格好いい姿だけをみせたいから。

「そっか」

それまで待っていてよ。
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