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4.別れの言葉は誰のため?
俺じゃダメ?
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そんな見んなって。
そう言った怜の顔を私はきっと忘れない。
「ほら行くぞ」と伸ばされた手はさっきよりも熱を帯びていた。それはきっと私も同じで。
好き──だと言われた。
聞き間違いでなければ。なんて言っても、確かにはっきりとこの耳で聞いたのだし、怜は冗談でこういうことは……言わない。
ちらりと前を歩く怜を見上げる。多分、ここ少しの間は私に目を向けることもないのかもしれない。ただ前を見るその横顔でさえ、未だ照れが見てとれるんだから。
それが無性に笑えてきて、フフっと声を出す。
好きとか、そう言われたのは初めてで、でもこんなにも嬉しいものなのだと。
たった今まで白川のことでいっぱいいっぱいだったというのに。
それを簡単に変えてしまうんだ、怜という男は。
「俺は……」
前を見つめたまま怜が声を出す。
私の手を握る怜の手が強さを増したことに気付き、私もほんの少しそれに応えてあげたくなった。
「俺はとわの中にある白川の思い出に勝てるとは思ってないし、無理に俺を選ばせるつもりもないけど……。俺はいつだってとわの側にいる」
それだけは覚えとけ、捨てるように小さく告げた最後の言葉にはやっぱり照れが見えて。そんな恥ずかしいなら言わなきゃいいのに。だけどたとえどんなに恥ずかしくても伝わるまで言うのが怜だから。
そういうとこ、私はすごく好きだけど。
好き──……
◇◇◇
「え、じゃあ会っちゃったのっ?」
翔矢が身を乗り出して食いついてくるのを、怜は面倒くさそうに払った。
流生は私を見る。
「怜がここでこの話をするということは、とわ様は気付いてしまったということですね」
白川が誰なのか──。
こくりと頷くと、「そうですか」と流生は声を漏らした。
「でも、見ただけなんでしょ?」
怜と翔矢の話を聞いてからこっちに来たのだろう。涼は私を見つめた。
「うん。だけど分かったんだよね。あのとき目が合ってさ、それで白川──彼がとわって言ったの見えて……」
あのときの場面は鮮明に覚えている。ひとつひとつ順を追って、話を続け、全て話終わったとき、残ったのは静けさだった。
沈黙が続く。
これでようやく白川探しは終わりを告げたのに、これからが見えない。
流生たちにも計画というのがあったのかもしれないし。
だけど……いつまでもこれを続けるわけにはいかなかったわけで。終わって良かったんだと思う。
ずっと悩んでるわけにもいかないよね。
「暗い顔、やめてよ。こわいよ?みんな」
皆の目が集まる。気付かれないように息を吐き、今できる精一杯の笑顔を見せる。
「私は大丈夫だよ。だって皆がいてくれるんだもん。私は大丈夫だから」
涙は不必要。それと悲しい顔も。
それはもう怜の腕のなかに置いてきた。だから今は……
「笑わなくていいよ?逆に苦しいじゃん」
え?
涼は私の頭に手を置いて、顔を覗き込むようにして目線を揃えた。
「私もそう思います」
もういいんですよ、と流生も微笑んだ。
「無理してるとわ、僕見たくないよ」
何かの空気を感じてか、翔矢も声を上げる。
「翔矢……」
みんな、ありがと。
これだから私は大丈夫なんだって。私を見てくれる人、想ってくれる人、皆がいるから。だから私は笑えるんだって。
◇◇◇
ディナーを終え、「今日だけは一人にして」と伝えると、皆快く受け入れてくれた。
月明かりに照らされた窓に何気なく近づいて、その光を見上げた。
もう夏が終わる──
それをはっきりと感じた。
今思えば、これで白川を隠す必要はなくなったわけで、そしたら皆は?
皆はどうするんだろう。
帰るのかな……?
いや、帰るでしょ。だって役目は全部終わったんだもん。もうここにいる意味はないんだから。
「皆帰っちゃうのかぁ……」
皆は西条家の専属執事。
約束を交わした白川も、E・Bの資格も私のためじゃなくなってて。
「守りたい人が出来ちゃったんだね」
私以外に……。
カチャ
ドアが開く音がして、溢れそうな涙をサッと拭いた。
何も言わない彼に目をやる。部屋の暗さと私を包む月の明かりで、彼の顔はよく見えなかった。
怜……かな?
「れ──」
「とわ」
誰だと思ったの?、なんて声を溢して顔を見せた。
「涼……」
彼は私に近づくと、ただ微笑んだまま私の頭に手を置いた。
「どうしたの?」
私の声に涼はそれでも何も言わない。
ずっとその微笑みを崩さないまま、私を見つめる。
それが妙に安心して、この安心は怜のときとは違うもの。こういうふうに接してもらうことに慣れていたんだと思う。
──そっか。
私は昔からこうやって慰められてきたんだ。
***
「か、神田?」
「出てきてください、お嬢様」
「やだっ。どうせそこにお父様がいるんでしょう?」
いませんよ、そう言って神田は笑う。
「さあさあ」と私を物置部屋から連れ出すと、神田は自分の部屋に入れてくれた。
「怒んないの?私、お父様の書類に落書きしたのに」
神田は微笑んだまま、私の頭に手を置いて首を振った。
それから神田は何も話さなくて、それでも頭に置いている手は私から離れなくて。
それになんだか安心して泣いちゃったんだ。
「寂しくてね。でもお父様、いつも頑張ってるから。お手伝いしようと思って……」
「寂しかったんですね」
「うん」
「お手伝い、したんですね」
「でも、お手伝いにならなかった」
いいえ、そう呟いて笑う。
「立派なお手伝いでしたよ。旦那様も気付いていらっしゃいました」
そのあとも、ぽつりぽつりと胸の内を明かすと神田は「そうでしたか」とか言って、私の言葉を反復させた。
***
そうだよ。神田に似ているんだ。
「あのね、大丈夫だよ。たださ、皆帰っちゃうのかなって思っただけで」
「そっか」
「大丈夫だよ?」
「大丈夫なの?」
分かった、そう言って涼は私の頭から手を離した。
「でもね、とわの大丈夫は無理してる証拠だから」
一度涼は月を見上げた。それにつられて私も見上げる。
「あのとき、とわは悠里とどんな空を見たの?」
「え?」
不意に呟かれた言葉に驚いて、涼に目を移す。変わらずに月を見つめる目はこっちに移りそうもない。
独り言……?
なわけないじゃんっ。
「思うんだ。たとえあの日、白川家から執事が来ようと俺もついていけば良かったって。そしたら、きっと──」
いきなり目が合う。
その突然さに驚いて目を逸らすと、「逸らさないで」と声がする。
もう一度目を合わせると、今度はそっと私の肩に手を置いた。
「俺じゃダメ?」
え?
「ずっと見てきた。とわの執事になりたくて。たった一度会っただけだけど、あのときから、とわの執事になろうって。この子を守りたいって……」
いつの、話を……してるの?
「好きだったよ、ずっと。悠里がとわに出会う前から。とわが悠里に恋する前から」
そう言った怜の顔を私はきっと忘れない。
「ほら行くぞ」と伸ばされた手はさっきよりも熱を帯びていた。それはきっと私も同じで。
好き──だと言われた。
聞き間違いでなければ。なんて言っても、確かにはっきりとこの耳で聞いたのだし、怜は冗談でこういうことは……言わない。
ちらりと前を歩く怜を見上げる。多分、ここ少しの間は私に目を向けることもないのかもしれない。ただ前を見るその横顔でさえ、未だ照れが見てとれるんだから。
それが無性に笑えてきて、フフっと声を出す。
好きとか、そう言われたのは初めてで、でもこんなにも嬉しいものなのだと。
たった今まで白川のことでいっぱいいっぱいだったというのに。
それを簡単に変えてしまうんだ、怜という男は。
「俺は……」
前を見つめたまま怜が声を出す。
私の手を握る怜の手が強さを増したことに気付き、私もほんの少しそれに応えてあげたくなった。
「俺はとわの中にある白川の思い出に勝てるとは思ってないし、無理に俺を選ばせるつもりもないけど……。俺はいつだってとわの側にいる」
それだけは覚えとけ、捨てるように小さく告げた最後の言葉にはやっぱり照れが見えて。そんな恥ずかしいなら言わなきゃいいのに。だけどたとえどんなに恥ずかしくても伝わるまで言うのが怜だから。
そういうとこ、私はすごく好きだけど。
好き──……
◇◇◇
「え、じゃあ会っちゃったのっ?」
翔矢が身を乗り出して食いついてくるのを、怜は面倒くさそうに払った。
流生は私を見る。
「怜がここでこの話をするということは、とわ様は気付いてしまったということですね」
白川が誰なのか──。
こくりと頷くと、「そうですか」と流生は声を漏らした。
「でも、見ただけなんでしょ?」
怜と翔矢の話を聞いてからこっちに来たのだろう。涼は私を見つめた。
「うん。だけど分かったんだよね。あのとき目が合ってさ、それで白川──彼がとわって言ったの見えて……」
あのときの場面は鮮明に覚えている。ひとつひとつ順を追って、話を続け、全て話終わったとき、残ったのは静けさだった。
沈黙が続く。
これでようやく白川探しは終わりを告げたのに、これからが見えない。
流生たちにも計画というのがあったのかもしれないし。
だけど……いつまでもこれを続けるわけにはいかなかったわけで。終わって良かったんだと思う。
ずっと悩んでるわけにもいかないよね。
「暗い顔、やめてよ。こわいよ?みんな」
皆の目が集まる。気付かれないように息を吐き、今できる精一杯の笑顔を見せる。
「私は大丈夫だよ。だって皆がいてくれるんだもん。私は大丈夫だから」
涙は不必要。それと悲しい顔も。
それはもう怜の腕のなかに置いてきた。だから今は……
「笑わなくていいよ?逆に苦しいじゃん」
え?
涼は私の頭に手を置いて、顔を覗き込むようにして目線を揃えた。
「私もそう思います」
もういいんですよ、と流生も微笑んだ。
「無理してるとわ、僕見たくないよ」
何かの空気を感じてか、翔矢も声を上げる。
「翔矢……」
みんな、ありがと。
これだから私は大丈夫なんだって。私を見てくれる人、想ってくれる人、皆がいるから。だから私は笑えるんだって。
◇◇◇
ディナーを終え、「今日だけは一人にして」と伝えると、皆快く受け入れてくれた。
月明かりに照らされた窓に何気なく近づいて、その光を見上げた。
もう夏が終わる──
それをはっきりと感じた。
今思えば、これで白川を隠す必要はなくなったわけで、そしたら皆は?
皆はどうするんだろう。
帰るのかな……?
いや、帰るでしょ。だって役目は全部終わったんだもん。もうここにいる意味はないんだから。
「皆帰っちゃうのかぁ……」
皆は西条家の専属執事。
約束を交わした白川も、E・Bの資格も私のためじゃなくなってて。
「守りたい人が出来ちゃったんだね」
私以外に……。
カチャ
ドアが開く音がして、溢れそうな涙をサッと拭いた。
何も言わない彼に目をやる。部屋の暗さと私を包む月の明かりで、彼の顔はよく見えなかった。
怜……かな?
「れ──」
「とわ」
誰だと思ったの?、なんて声を溢して顔を見せた。
「涼……」
彼は私に近づくと、ただ微笑んだまま私の頭に手を置いた。
「どうしたの?」
私の声に涼はそれでも何も言わない。
ずっとその微笑みを崩さないまま、私を見つめる。
それが妙に安心して、この安心は怜のときとは違うもの。こういうふうに接してもらうことに慣れていたんだと思う。
──そっか。
私は昔からこうやって慰められてきたんだ。
***
「か、神田?」
「出てきてください、お嬢様」
「やだっ。どうせそこにお父様がいるんでしょう?」
いませんよ、そう言って神田は笑う。
「さあさあ」と私を物置部屋から連れ出すと、神田は自分の部屋に入れてくれた。
「怒んないの?私、お父様の書類に落書きしたのに」
神田は微笑んだまま、私の頭に手を置いて首を振った。
それから神田は何も話さなくて、それでも頭に置いている手は私から離れなくて。
それになんだか安心して泣いちゃったんだ。
「寂しくてね。でもお父様、いつも頑張ってるから。お手伝いしようと思って……」
「寂しかったんですね」
「うん」
「お手伝い、したんですね」
「でも、お手伝いにならなかった」
いいえ、そう呟いて笑う。
「立派なお手伝いでしたよ。旦那様も気付いていらっしゃいました」
そのあとも、ぽつりぽつりと胸の内を明かすと神田は「そうでしたか」とか言って、私の言葉を反復させた。
***
そうだよ。神田に似ているんだ。
「あのね、大丈夫だよ。たださ、皆帰っちゃうのかなって思っただけで」
「そっか」
「大丈夫だよ?」
「大丈夫なの?」
分かった、そう言って涼は私の頭から手を離した。
「でもね、とわの大丈夫は無理してる証拠だから」
一度涼は月を見上げた。それにつられて私も見上げる。
「あのとき、とわは悠里とどんな空を見たの?」
「え?」
不意に呟かれた言葉に驚いて、涼に目を移す。変わらずに月を見つめる目はこっちに移りそうもない。
独り言……?
なわけないじゃんっ。
「思うんだ。たとえあの日、白川家から執事が来ようと俺もついていけば良かったって。そしたら、きっと──」
いきなり目が合う。
その突然さに驚いて目を逸らすと、「逸らさないで」と声がする。
もう一度目を合わせると、今度はそっと私の肩に手を置いた。
「俺じゃダメ?」
え?
「ずっと見てきた。とわの執事になりたくて。たった一度会っただけだけど、あのときから、とわの執事になろうって。この子を守りたいって……」
いつの、話を……してるの?
「好きだったよ、ずっと。悠里がとわに出会う前から。とわが悠里に恋する前から」
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