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本編

-99- りんごのクレープ

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セオが帰宅を知らせるために一足先に戻ってくれたから、僕らが戻ってきたときには、セバスにそのままコンサバトリーに案内された。
席に着くと、あたたかい紅茶と、りんごのクレープが運ばれてくる。

紅茶も良い香りだし、クレープはりんごとキャラメルの甘くて美味しそうな香りが広がった。
大きな花柄の薄いプレートに、綺麗に折りたたまれた薄皮のクレープ、その横にキャラメリゼされたりんご、とろふわなカスタードクリームも一緒に添えられていて見た目にも凄く綺麗だ。

「お疲れさまでした。レン様のご希望で、本日はコンサバトリーでのお茶をお楽しみください」
「ありがとう、セバス。凄くおいしそうなクレープだね!とってもきれいだし、それにいい匂い」
「これは…随分手が込んでるように見えるが」
「ええ、イアンがいつになく気合を入れて作ってましたよ。さあ、あたたかいうちにどうぞ」

「いただきます。…んー!おいしい!」

セバスに促されてクレープにナイフとフォークをいれる。
りんごとクリームと一緒に頬ばると、じゅわりと甘さと酸味が口いっぱいに広がる。
しっかりキャラメリゼされたりんごは、甘いだけじゃなくて香りが良い。
ほんのり香ばしいキャラメルのほろ苦さも、カスタードクリームとよく合う。
それに、クレープの皮が薄くてしっとりしていて、とても繊細だ。

クレープと言ったら、真っ先に思い出すのは原宿のクリームたっぷりなもちもちクレープだ。
そういうクレープももちろん好きだけれど、このクレープは、そうじゃない。
もっと薄皮のクレープだ。
カスタードクリームも重くなくて、軽い口当たりだ。

「こんなクレープを食べるのは初めてだよ、凄くおいしい。蜂蜜も癖がなくてすっきりした甘さだし、りんご自体が甘さもあって美味しい。
カスタードクリームなのに、軽い口当たりなのも良いね?」
「それはようございました」
「それに、クレープが薄くてしっとりしてて、こんなに繊細なクレープは初めてだよ」

思わず笑顔になっちゃうくらい美味しい。
セバスもアレックスも満足そうに頷いてくる。
イアンのことが、誇らしいんだろうなあ。

「レンは、美味しさをちゃんと口にしてくれるから、作り甲斐があるだろうな」
「そうかな?凄く贅沢だなって思うんだけど…でも、心こめて作ってくれたんだなって伝わるから、嬉しい。あったかい味がする」
「イアンが泣いて喜びそうだ」

アレックスの言葉に、セバスが頷いてくる。

「レン様、街はいかがでしたか?領民の皆さんの対応には驚かれたかと思いますが…」

セバスが、そっと伺うように聞いてくる。
エリソン侯爵領が特殊らしいから心配してくれているみたいだ。

「うん、街並みが凄く可愛かった。
穏やかでいいところだね?アレックスが凄く人気でびっくりしたけれど、僕のことも歓迎してくれてるのがわかって嬉しかったな」
「そうですか」
「うん。薔薇が綺麗に咲いてていい香りがずっとしていたし、馬車が通るたびに皆声をかけてくれて、のんびりしてるけれど活気もあるし。
アレックスが慕われてるのが凄く良くわかってね、それだけ努力してるんだろうなって、改めて思ったよ」
「下手に帝都よりも豊かな暮らしが出来ていますからね。エリソン侯爵領出身の者は、地元が大好きな者が多いです。
他領であると、若者はすぐに帝都で働きたいと出ていく者が多いですが、エリソン侯爵領の若者は、領内の仕事に就きたい者も、出戻りも、どちらも多いのですよ」

セバスもセオも、エリソン侯爵領が大好きみたいだ。
おんなじ顔してるし、誇らしそう。

「初めてみた僕が住みよさそうって感じるくらい、良いところだったよ。
難しいかもしれないけれど、また今度ゆっくり街を歩いてみたいな、可愛いお店がたくさんあったから。
アレックス、また連れてってね?」
「ああ、勿論。今日はせわしなくて悪かったな」
「ううん、急に僕が言い出したのに、皆嫌な顔一つせずに付き合ってくれたでしょう?感謝しかないよ。
アレックスも、忙しいのに僕の服を真剣に選んでくれて嬉しかった」
「それならよかった」

アレックスもセバスも、僕が望んでこの世界に、この領地に来たわけじゃないから、かな?
凄く気を遣ってくれて、なるべく僕が過ごしやすいようにって思ってくれているみたい。
けして過剰な待遇じゃないけれど、当然として受け取るにはちょっと気が引けちゃうくらいに。
だから、受け取るかわりに僕が出来ることで返したいって思う。



「アレックス様、そろそろお着替えを」
「ああ」

アレックスは魔法省の仕事に戻る時間だ。
夕飯になったらまた戻ってきて、食べてからまた仕事に戻るみたい。
一日のうちに行ったり来たりさせてしまって申し訳ないなーって思うんだけれど、アレックスは面倒じゃないみたいだ。
強制的に戻らないと、仕事がどんどん増えるから丁度いいんだって。
モスグリーンの魔法省の制服は、アレックスにとても合ってる。

「夕飯になったらまた戻ってくるから一緒に食べような」
「うん。無理しない程度に、頑張ってね」
「ああ」

朝のことがあったから、僕からするキスにちょっとだけためらっちゃう。
でもこのまま送り出すのもさびしいなと、つい目が泳ぐと、その様子にアレックスがふっと笑って顔を近づけてくる。
そっと腰を抱き寄せてくれる。
ふんわり、オレンジのいい匂いがする。

「してくれないのか?」

ちょっといたずらじみた笑顔で見おろしてくる。
そんなふうに余裕だなんて、ずるい。

「何を?」

だから、思わず聞き返す。
思ってもみなかったのか、アレックスの顔が遠ざかる。
あ、凄く残念そうな顔してる。
何を?はなかったかな、僕の方が虐めてるみたいだ。
そんな顔、させたかったわけじゃない。

すぐさま両手をアレックスの肩へと回すと、一瞬驚いたような顔をして僕を見おろした後、嬉しそうに笑ってくれる。
不安にさせたかったわけじゃない。
ただ、余裕そうなのが悔しかっただけだ。
触れるだけの口づけを落とすと満足そうに微笑んでくれる。

「意地悪言ってごめんなさい」
「いや。俺も、してほしいと、そう言えばよかっただけだ」

ばつの悪そうに笑うアレックスは怒っても悲しんでもいなかった。
アレックスからも触れるだけの口づけを落としてくれる。
優しい口づけだった。
恋愛には駆け引きも重要よ、母さんはそう言っていたけれど、僕には駆け引きなんて無理みたいだ。
駆け引きなんかしなくても、アレックスの表情一つで心が揺れちゃうよ。
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