【完結】推し活アラサー女子ゆっこのちょっと不思議な日常

日夏

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二章

-13- 行き先

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「お前は───っゆっこさん、本当ごめん。朝から大変だったでしょ?」

『コンビニ寄るぞー』『おー』でコンビニに着いて、店の中に入ってから『ゆっこに言ったらおにぎり作ってくれた』となっちゃんが口を開いた。

私がおにぎりのことを忘れたわけじゃない。
ただ、言い出すタイミングが掴めなかっただけだ。
なんの脈絡もなく『おにぎりを作って来ました』とは言いづらく、かと言って、『なっちゃんに言われたから作って来ましたよ』というのも言い訳がましい気がしたのだ。
や、その通りはその通りなのだけども。

ぎりぎりまで言えないでいたら、なっちゃんから伝えてくれた。
という前置きをちゃんと付け加えてくれるあたり、私はある意味被害者面ができる立場だ。
まるで子供みたいに正直な彼のこういうところを、私はとても好いている。
怒られるだろう内容だが、店の中に入ってから言うところが、なっちゃんらしい。
車内よりは、怒られる度合いが違うだろう。

ただ、私が言いだすまで待っていてくれたのだとしたら悪いことをしてしまったが、何はともあれおにぎりの存在をごく短い言葉で正確に伝えることが出来た。

「あ、ううん。朝早いわけじゃなかったから。
でも、お菓子もデザートもアイスもないからコンビニは必要かなって」
「よくわかってるね」

怜司君が面白そうに笑う視線の先には、お菓子売り場でタケノコの形をした抹茶味のチョコレート菓子と、カップに入ったスティック型のスナック菓子を嬉しそうに手にする壮絶美人な生き物がある。
ちなみにスナック菓子は、梅塩味だ。
どちらも期間限定である。
限定物に弱いらしい。

あんな美人がコンビニのチープなお菓子で満面の笑みを浮かべるのだ、可愛すぎる。

「車の中、いつも何かしら食べてるって聞いてたから」
「俺は車内で食べるのどっちかっていうと好きじゃないんだけどね、あいつ毎回何かしらこぼすし。でもとっくに慣れた……っていうか諦めた」

そう言いながらペットボトルの緑茶を怜司君が取ろうとしたので、言い忘れていたこともあったと口を開く。

「あ、緑茶もあるの。それと、サンドイッチも」
「え……ありがと」
「ううん。私ペーパー過ぎてとてもじゃないけど運転出来ないから、そのお礼ってことで。ハル君おにぎり大丈夫?」
「うん、平気。寧ろ楽しみ。木綿子ちゃんのおにぎりって、怜司と結城君が痴話げんかに発展したおにぎりでしょ?」
「あー…ね?そうみたい。なんか『これで証明できる』とか自信ありげに言われたけど、ただのおにぎりだからハードル上げないで欲しい」
「あはは」

近くのコンビニによる短い間に敬語が解け、『ハル君』『木綿子ちゃん』と呼び合う仲になったのはこのキラキラな彼のおかげだ。
木綿子ちゃんという呼び方は本当に久しぶりに聞いた気がするし、少しだけこそばゆく、なんだか聞きなれないからか、名前を呼ばれただけでドキッとしてしまう。

にしても、私のおにぎりの話はそこまで話題になってるのか。


「あ、唐揚げ食いたい」
唐突に呟いてお惣菜の紙パックに入った唐揚げを手にしようとしたなっちゃんに、『唐揚げもあるよ』と伝える。

「うっそ、マジで?何でもあんじゃん」
「なんでもは無いよ」
「ゆっこさん、欲しいのあったらなんでもカゴ入れてね」
「ありがと。じゃあ飴買ってもらおうかな」
「あ、飴ならこれが良いー」

そう言って、なっちゃんがキシリトールのいちごミルク味の飴袋をカゴに入れた。

「お前の好きなの入れんな」
「あ、でも、私もこれ好きだからこれで」
「遠慮してない?」
「うん、全然。柑橘系の飴って上顎痛くなるから苦手なんだ。ミルク系の方が好きなんだけど、これね、ミルクなのにすっきりしてるの。舌触りつるつるしてるのも良いし、あと、ちょっと冷たい感じが好き」
「だよな!」
「冬ならキャラメル系が良いなって思うんだけどね」
「わかる!」
「那智、うっさい」
「結城君はどこ行っても子供みたいだねえ」

大人になってもこんなに賑やかなのが、なんだかとてもうきうきしてくる。
コンビニによっただけで、学生の小旅行のような気分にさせてくれた。


「相変わらずちっさいけど、うっまい!」
「……確かにうまい」
「うん、美味しい!」

どうやら皆の口にあったみたいだ。

「ほらー」
「なんで那智がドヤるんだよ」
「それでこそ結城君だよねー。でも、ほんと美味しいよ、おにぎり屋さんのおにぎりみたい」
「ありがと。きっと、お米と塩と海苔がちょっと良いやつだからだと思うよ」
「なるほどねー」

なんだかハル君は噛み締めて食べてくれている。
そのことが妙に嬉しい。

「わ、唐揚げも美味しい!」
「俺ゆっこのだし巻き好きー。あ、ソーセージっわかってんじゃん!俺これ以外微妙って思ってる」
「お前ソーセージの種類が違っただけで思いっ切り不機嫌になるもんな」
「だって他の美味くねーんだもん」

その話を聞いていたから、このソーセージを購入したのですよー…とは言わなかったがそのとおりだ。
どちらかと言えば高めだが、最寄り駅前のドラッグストアでは何故か毎日特価で売っているのだ。
特別高いわけじゃない。
皮がパリッとしていて、香辛料が多めだが辛くはないし、とってもジューシーだ。
なっちゃんが言う気持ちも分かる。
次から購入するのはこれにしよう、うん。
けして、この美しい生き物がいつ来ても良いように、という下心からではない。



運転手の怜司君がさくっと食べ終わると、車は安全運転で道路を順調に進んでいた。
進んでいたが、皆が食べ終わり、少ししたところで、はた、と気が付く。

南下している。
思っていた方向と違うのだ。
少し距離があるが、館山まで行くのだろうか?

「ところで、どこに向かってるの?」
「あ、言ってなかったわ、海ほたる」
「え、そっち?」
「また怜司と同じ反応ー」
「いや、お前のテンションからしたら普通そう思うだろ」

「や、悪くないよ?寧ろ良いんだけどね?でも九十九里に向かうと思ってたんだけど南下してるから館山かなって勝手に思っちゃって」

てっきり、外房、九十九里の方へ向かうのかと思っていたのだ。
そして南下してるのが分かった後は、館山だと思った。
まさか、海ほたるに行くとは思ってなかった。
行きは内房を回り木更津から、帰りは品川方面から舞浜に出ると言う。
なんともまあ贅沢な大人のドライブの楽しみ方だ。
都会っぽい。

「なにもわざわざ海渡らなくてもって俺も思うよ」
「いーだろ、一回くらい」
「どうせ、ひまでテレビつけたら限定の食い物特集してたとかそんなんだろ?」
「っうまそうだったから!行きたくもないアウトレット寄るんだからいーだろ」
「どっかで時間潰さないと昼には早いだろ?第一お前のを買うんだ、お前のを」
「はいはい」

なっちゃんと怜司君のやり取りに思わず笑いを吹き出すとハル君の笑い声と重なる。

「まあでも折角アウトレット行くなら俺も靴見たいし、海ほたる行くならカメラの出番もありそうだから楽しみだけれどね」
「わ、本格的なカメラだね」

ハル君の楽しそうな声に、彼の手にしたカメラに目を落とす。
私でも知っているメーカーの一眼レフのカメラだ。

「趣味で撮ってるんだ。風景も好きなんだけれど、人も。あ、見てみる?去年の花火大会のときの───これとか」
「わ、綺麗……」
「でしょ?」
「うん。綺麗だし、これはなかなかにして羨ましいベストショットだね」
「でしょ?俺もこれが撮れた時には奇跡が起きたと思った」

そこには、夜空に満開の花火をバックにした怜司君となっちゃんの浴衣姿があった。
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