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〈5 錯綜クインテット〉
ep70 再登校初日の空気が地獄過ぎて帰りたい。②
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ちなちゃんが元気になってくれたことにほっとしつつ、篠原くんは、どうして急にちなちゃんと付き合うことにしたんだろうと疑問に思った。友達としてしか見られないって言ってたけど、話し合ううちに、付き合うことにしたのだろうか。
確かに、付き合ってみないとわからないってことも、あるかもしれないもんな。ちなちゃんは良い子だし、きっと上手くいくと思う。篠原くんとちなちゃんの仲睦まじい姿が見られると、こっちも幸せな気持になるし。どうか、いつまでも幸せでいてほしいな。
「でね、その時篠原くんがね~」
山口さんの自慢話が続く中、わたしは、教室に入ってきた人物に気づいて嬉しくなった。
ちなちゃんだ。夏休み明けのちなちゃんは、全く日焼けしていなくて、むしろ可愛らしさが増した気がする。
わたしがちなちゃんに直接会ったのは、夏休み前ぶりだった。
「あっ、ちなちゃ――」
わたしが声を掛けるより先に、ちなちゃんは篠原くんに駆け寄った。
「篠原くん、おはよう!」
かわいらしい笑顔を見せて、ちなちゃんが篠原くんに話しかけた。山口さんは話の腰を折られて、不機嫌そうにちなちゃんを睨んでいる。
「ちょっと、何なの、いきなり」
山口さんに冷ややかに尋ねられ、ちなちゃんは怯えたように肩をびくりと震わせた。
「あ、ごめんね。ちょっと篠原くんに用があって……」
ちなちゃんは、小動物のように身を竦ませて言った。山口さんにあんな風な言い方去れたら、誰だって委縮してしまう。
「……篠原くん、今いいかな?」
ちなちゃんが控え目に尋ねると、篠原くんは、頷いて席から立ち上がった。
「ごめん、少し席を外させてもらうね」
「え……、ちょっと待ってよ!」
山口さんが引き止めるが、篠原くんは申し訳なさそうに柔く笑った。
「ごめんね」
教室を出て行くふたりを見送って、わたしは必死に、ゆるみそうになる表情筋を引き締めていた。
キャー。篠原くん、みんなの前で堂々とちなちゃんを特別扱いだ! 篠原くんとちなちゃんを見てると、きゅんきゅんしちゃう!
わたしがにこやかな気持ちで、ちなちゃんと篠原くんを見送ったのとは対照的に、教室内は困惑したようにざわついた。
――ねぇ、あれ見た?
――なんで、本田さんと……?
――今日、篠原くん、本田さんと一緒に登校してたのを見た子がいるけど……。
――はぁ? なにそれ、あのふたりってそんなに仲良かったっけ?
――まさか、付き合ってるんじゃ。
呆気に取られて声も出ずに立ちすくむ山口さんの後ろで、女子たちは興奮して口々に自分の憶測を喋りあっている。
ちなちゃんと篠原くんが付き合っているのを知っているだけに、わたしは内心ひやひやした。明らかに、女子たちの敵意がちなちゃんに向かっている。
ちなちゃんに、何もなければいいけれど。わたしは嫌なことを想像して、不安になった。
「あ゛ぁ゛あ゛あ゛っ、うっさいなぁ゛!」
突然、山口さんが机を叩いて叫んだ。女子たちのざわめき声が、一瞬にしてぴたりと止んだ。
「愛花、戻ろう!」
「え、うん」
山口さんが、女の子と一緒に教室を出て行くと、嵐が去った後のように、教室内は唖然として静まり返っていた。
しばらくして教室に活気が戻り、ようやくわたしは自分の席に座ることができた。そこはなんと、篠原くんの隣だった。ずっと山口さんが占領していた、かわいそうな席の子がわたしだったのだ。
なんで、篠原くんの隣……?
「おはよ、トンちゃん」
「おっ、おはようございます……!」
わたしが混乱していると、神谷くんがわたしに近づいて挨拶してきた。学校で、どんなふうに接したらいいのか分からず目を泳がせていると、神谷くんはニカっと人懐っこく笑った。
「なんかあったら、俺に相談しろよ。2年の同じクラス馴染みだろ? な、重田」
「え、あぁ! そっか、2年の頃同じクラスだった子か!」
神谷くんに言われて、重田くんは思い出したように目を見開いた。ずっと不登校だった2年のクラスメイトが、今頃ようやく学校復帰したのだと理解したらしい。
「ひさしぶりの学校は大変だと思うけど、がんばれな。篠原なら、面倒見てくれるから」
重田くんは、気さくな調子でそう言った。なるほど、篠原くんは本当に頼りにされているんだな。このクラスの学級委員長だし、当たり前なんだろうけど。
それにしても、2年生の頃不登校だったクラスメイトを、こんなに気さくに応援してくれるなんて、重田くんは良い人だ。
「あ、ありがとうございます」
わたしは緊張してもごもご言いつつ、重田くんにお礼を言った。
神谷くんと重田くんが教室を出て行くのを見送って、わたしはようやく自分の席に座る。
チャイムが鳴る頃に戻ってきた篠原くんは、わたしの隣に座ると、清々しいくらいさりげなく「これからよろしくね」と笑いかけてきた。
「あの……、質問しても、いいですか?」
「もちろん」
「席って、くじ引きで決めるん、ですよね?」
「うん、そうだよ」
「へー……こんな事ってあるんですねぇ……」
なるべく人目から逃れて生活したいのに、篠原くんの隣が一番視線の集中するところじゃ無いの?
初日から修羅場を見た身としては、今まさに針の筵状態のこの席で、どうやって安心した学校生活を送れというのか。
「実は、交換してもらったんだけどね」
「な、なんでですか!?」
「学級員長特権。津田さんが復学することを見越して、俺が隣に座った方が何かと助けになるだろうって、担任に進言したんだ。席が近い方が、何かと便利でしょう? 授業の進捗度合いとかも教えてあげられるし」
これはもう、苦笑いするしかない。気をつかってくれる篠原くんの気持ちはありがたいけど、お互いのために学校ではあまり関わらない方がいいと思うの。
*
朝礼の後は、数学だった。久しぶりの授業で不安だったけど、今日授業でやったものは、既に篠原くんと一緒に勉強した箇所だった。
既に分かっている箇所なので、問題もするする解けてしまう。以前だったら、先生の話が全く理解できていなかったのに、思いがけず暇になってしまった。
どうしよう……。先生の話を聞いてると、眠くなってくるしなぁ……。こんな時、篠原くんはどうしているんだろう。
こっそり隣を見ると、ノートを取っているふりをしながら、英単語の暗記カードをめくっている。篠原くんも、分かっている説明をずっと聞いているのは暇なんだ。真面目な性格だから、授業中も真面目に聞いているのかと思ってたら、そこの所は上手くやっているらしい。
1時間目の授業は無事に終わり、次の授業の準備をした。2時間目は音楽室で音楽の授業だ。
「久しぶりの授業はどうだった?」
「ま、まぁ……意外に平気でした」
篠原くんに話しかけられると、つい口がもごついてしまう。学校だと、いまいち篠原くんとどんな距離で話したらいいのか分からないのだ。
「良かった。何かあったら、遠慮なく言ってね」
「あ、はい……どうも」
頭を軽く下げ、そそくさと席を立って、西田くんと合流する。なんだか、篠原くんから逃げたみたいになっちゃったな。
罪悪感を込めてちらっと篠原くんの方を振り向くと、篠原くんは日下くんに話しかけられていた。
「篠原くんも大変だよなぁ」
歩きながら、西田くんが同情するように言った。
「特定の子と仲良くしてたら、途端に大騒ぎだもんな」
同感だ。モテるのも大変だなと思う。
「ちなちゃん、大丈夫かな」
「5組の本田さん? どうだろうねぇ。本田さん、かなり目立ってたからなぁ」
ちなちゃんが嫌がらせをうけないか心配だ。嫉妬がいじめに発展する事だって無くはないのだから。
山口さん、すごい勢いでちなちゃんのことを睨んでたし、もしいじめに発展したら大変だ。篠原くんが、ちなちゃんを守ってくれるといいんだけどな……。
確かに、付き合ってみないとわからないってことも、あるかもしれないもんな。ちなちゃんは良い子だし、きっと上手くいくと思う。篠原くんとちなちゃんの仲睦まじい姿が見られると、こっちも幸せな気持になるし。どうか、いつまでも幸せでいてほしいな。
「でね、その時篠原くんがね~」
山口さんの自慢話が続く中、わたしは、教室に入ってきた人物に気づいて嬉しくなった。
ちなちゃんだ。夏休み明けのちなちゃんは、全く日焼けしていなくて、むしろ可愛らしさが増した気がする。
わたしがちなちゃんに直接会ったのは、夏休み前ぶりだった。
「あっ、ちなちゃ――」
わたしが声を掛けるより先に、ちなちゃんは篠原くんに駆け寄った。
「篠原くん、おはよう!」
かわいらしい笑顔を見せて、ちなちゃんが篠原くんに話しかけた。山口さんは話の腰を折られて、不機嫌そうにちなちゃんを睨んでいる。
「ちょっと、何なの、いきなり」
山口さんに冷ややかに尋ねられ、ちなちゃんは怯えたように肩をびくりと震わせた。
「あ、ごめんね。ちょっと篠原くんに用があって……」
ちなちゃんは、小動物のように身を竦ませて言った。山口さんにあんな風な言い方去れたら、誰だって委縮してしまう。
「……篠原くん、今いいかな?」
ちなちゃんが控え目に尋ねると、篠原くんは、頷いて席から立ち上がった。
「ごめん、少し席を外させてもらうね」
「え……、ちょっと待ってよ!」
山口さんが引き止めるが、篠原くんは申し訳なさそうに柔く笑った。
「ごめんね」
教室を出て行くふたりを見送って、わたしは必死に、ゆるみそうになる表情筋を引き締めていた。
キャー。篠原くん、みんなの前で堂々とちなちゃんを特別扱いだ! 篠原くんとちなちゃんを見てると、きゅんきゅんしちゃう!
わたしがにこやかな気持ちで、ちなちゃんと篠原くんを見送ったのとは対照的に、教室内は困惑したようにざわついた。
――ねぇ、あれ見た?
――なんで、本田さんと……?
――今日、篠原くん、本田さんと一緒に登校してたのを見た子がいるけど……。
――はぁ? なにそれ、あのふたりってそんなに仲良かったっけ?
――まさか、付き合ってるんじゃ。
呆気に取られて声も出ずに立ちすくむ山口さんの後ろで、女子たちは興奮して口々に自分の憶測を喋りあっている。
ちなちゃんと篠原くんが付き合っているのを知っているだけに、わたしは内心ひやひやした。明らかに、女子たちの敵意がちなちゃんに向かっている。
ちなちゃんに、何もなければいいけれど。わたしは嫌なことを想像して、不安になった。
「あ゛ぁ゛あ゛あ゛っ、うっさいなぁ゛!」
突然、山口さんが机を叩いて叫んだ。女子たちのざわめき声が、一瞬にしてぴたりと止んだ。
「愛花、戻ろう!」
「え、うん」
山口さんが、女の子と一緒に教室を出て行くと、嵐が去った後のように、教室内は唖然として静まり返っていた。
しばらくして教室に活気が戻り、ようやくわたしは自分の席に座ることができた。そこはなんと、篠原くんの隣だった。ずっと山口さんが占領していた、かわいそうな席の子がわたしだったのだ。
なんで、篠原くんの隣……?
「おはよ、トンちゃん」
「おっ、おはようございます……!」
わたしが混乱していると、神谷くんがわたしに近づいて挨拶してきた。学校で、どんなふうに接したらいいのか分からず目を泳がせていると、神谷くんはニカっと人懐っこく笑った。
「なんかあったら、俺に相談しろよ。2年の同じクラス馴染みだろ? な、重田」
「え、あぁ! そっか、2年の頃同じクラスだった子か!」
神谷くんに言われて、重田くんは思い出したように目を見開いた。ずっと不登校だった2年のクラスメイトが、今頃ようやく学校復帰したのだと理解したらしい。
「ひさしぶりの学校は大変だと思うけど、がんばれな。篠原なら、面倒見てくれるから」
重田くんは、気さくな調子でそう言った。なるほど、篠原くんは本当に頼りにされているんだな。このクラスの学級委員長だし、当たり前なんだろうけど。
それにしても、2年生の頃不登校だったクラスメイトを、こんなに気さくに応援してくれるなんて、重田くんは良い人だ。
「あ、ありがとうございます」
わたしは緊張してもごもご言いつつ、重田くんにお礼を言った。
神谷くんと重田くんが教室を出て行くのを見送って、わたしはようやく自分の席に座る。
チャイムが鳴る頃に戻ってきた篠原くんは、わたしの隣に座ると、清々しいくらいさりげなく「これからよろしくね」と笑いかけてきた。
「あの……、質問しても、いいですか?」
「もちろん」
「席って、くじ引きで決めるん、ですよね?」
「うん、そうだよ」
「へー……こんな事ってあるんですねぇ……」
なるべく人目から逃れて生活したいのに、篠原くんの隣が一番視線の集中するところじゃ無いの?
初日から修羅場を見た身としては、今まさに針の筵状態のこの席で、どうやって安心した学校生活を送れというのか。
「実は、交換してもらったんだけどね」
「な、なんでですか!?」
「学級員長特権。津田さんが復学することを見越して、俺が隣に座った方が何かと助けになるだろうって、担任に進言したんだ。席が近い方が、何かと便利でしょう? 授業の進捗度合いとかも教えてあげられるし」
これはもう、苦笑いするしかない。気をつかってくれる篠原くんの気持ちはありがたいけど、お互いのために学校ではあまり関わらない方がいいと思うの。
*
朝礼の後は、数学だった。久しぶりの授業で不安だったけど、今日授業でやったものは、既に篠原くんと一緒に勉強した箇所だった。
既に分かっている箇所なので、問題もするする解けてしまう。以前だったら、先生の話が全く理解できていなかったのに、思いがけず暇になってしまった。
どうしよう……。先生の話を聞いてると、眠くなってくるしなぁ……。こんな時、篠原くんはどうしているんだろう。
こっそり隣を見ると、ノートを取っているふりをしながら、英単語の暗記カードをめくっている。篠原くんも、分かっている説明をずっと聞いているのは暇なんだ。真面目な性格だから、授業中も真面目に聞いているのかと思ってたら、そこの所は上手くやっているらしい。
1時間目の授業は無事に終わり、次の授業の準備をした。2時間目は音楽室で音楽の授業だ。
「久しぶりの授業はどうだった?」
「ま、まぁ……意外に平気でした」
篠原くんに話しかけられると、つい口がもごついてしまう。学校だと、いまいち篠原くんとどんな距離で話したらいいのか分からないのだ。
「良かった。何かあったら、遠慮なく言ってね」
「あ、はい……どうも」
頭を軽く下げ、そそくさと席を立って、西田くんと合流する。なんだか、篠原くんから逃げたみたいになっちゃったな。
罪悪感を込めてちらっと篠原くんの方を振り向くと、篠原くんは日下くんに話しかけられていた。
「篠原くんも大変だよなぁ」
歩きながら、西田くんが同情するように言った。
「特定の子と仲良くしてたら、途端に大騒ぎだもんな」
同感だ。モテるのも大変だなと思う。
「ちなちゃん、大丈夫かな」
「5組の本田さん? どうだろうねぇ。本田さん、かなり目立ってたからなぁ」
ちなちゃんが嫌がらせをうけないか心配だ。嫉妬がいじめに発展する事だって無くはないのだから。
山口さん、すごい勢いでちなちゃんのことを睨んでたし、もしいじめに発展したら大変だ。篠原くんが、ちなちゃんを守ってくれるといいんだけどな……。
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