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Chapter2〈4 クラスの王様〉
ep38 足音のオーケストラ
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一学期の初めにあるイベント、体力テスト。今日は、20メートルシャトルランが行われる事となっていた。
生徒たちが、体育館に引かれた白線に並び立つと、反対側の白線に向かって、ドレミファソラシドの音に合わせて一斉に走りだした。バタバタと大勢の足音が体育館の床を踏み鳴らす。20メートル間に引かれた白線を往復するうちに、音楽に遅れる生徒が徐々に出始めた。
運動が苦手な生徒は、10回目前後で早々に離脱している。30回になるとさらに半分近くまで人数が減り、90回になるとたったの5人以下にまで人数が下がった。
脱落した後はへとへとになって壁際に座り込み、走っている人間を応援したり野次を飛ばしたりして楽しんでいる。最後まで残ると強者扱いだ。
「お疲れ、惜しかったな」
重田は、神谷に手を振って声をかけた。
「んだよ、神谷。去年より随分記録が落ちたじゃんか」
「体力だけが取り柄の神谷だろ。何やってんだよ」
戻って来た神谷に対して、仲間たちが口々に文句を垂れる。体力だけは並みでは無かったからこそ、今年の記録は納得のいかないものだったようだ。
重田はまぁまぁと仲間たちをなだめ、神谷の背中を叩いて労わった。
「そう言うなよ。神谷だって怪我治ったばっかで本調子じゃないんだって。な、そうだろ?」
神谷は血走った目で重田を睨んだ。
「いや……ムリ……いま……話しかけんな……」
「あ、うん、ごめん」
全力で走って、ぜぃはぁと荒い息をして苦しみに喘いでいる。神谷は今にも悶死の勢いだ。
「まぁ、ゆっくり休めよ。山口だって見てたぜ」
「篠原くーん、がんばってー!」
今しがた帰還してきた神谷には目もくれず、全力で想いの人を応援している。そんな彩美を見て重田たちは閉口した。
「山口……マジで……、篠原しか……見えてねぇ」
「……神谷、もう喋るな」
疲れ切った神谷は、体育館の隅で重田とその他男子たちに惜しまれながら真っ白に散っていった。
シャトルランは150回を突入し、残っているのは悠真と咲乃の二人のみになった。ここまでくれば英雄だと、周囲の応援にも熱が入る。
「すげーな、あの転校生。まだ残ってるよ」
「弱そうな見た目して意外と体力あんだ」
既に脱落しペットボトルで水を飲んでいた日下や小林たちは、悠真と対等に走っている咲乃に驚いた。
白線手前で方向転換し、後ろ足で白線を踏む。蹴る力に任せて反対側の白線に向かって走る。
「去年の学年最高記録、悠真が出したんだよな。どのくらい行ったっけ」
「170回。先輩でも行けなかった気がする」
「マジかよ」
そして160回目、咲乃と悠真が同時に線を踏む。若干咲乃が出遅れはじめている。すでに逆方向へ向かっている悠真の背を追うように加速する。
「篠原、頑張れ!」
「悠真、負けんな!」
体育館中、二人を応援する声で盛り上がった。166回目、悠真が白線を踏み、切り替わりの音楽が鳴って咲乃は反対側の白線へ走る。あと一回、白線を踏むことが出来なければリタイアだ。
168回目、悠真が白線を踏む。続いて咲乃も音楽が切り替わる寸前のところで白線を踏んだ。171から172回目になると音楽のテンポがさらに上がり、二人の差は大きく開き始める。176回、ついに咲乃が離脱した。悠真が178回で脱落すると、咲乃と悠真の健闘を称える拍手の音に包まれた。
更衣室で着替えていると、咲乃は悠真から声をかけられた。
「お前やるじゃん。部活入ってないのに何であんな走れるんだよ」
「朝は毎日走ってるから。新島くんも今年の記録、校内で一番でしょう? 凄いよね」
「シャトルランで記録出したってしょうがねぇよ。勉強できる方が凄いって。桜花咲受けるって聞いたけど、マジ?」
「うん、志望校はそこしか決めてない」
悠真と話しながら着替えを済ませる。自然に、ほかの男子たちも会話に加わり、いつの間にかクラスメイトの男子たちとも打ち解けあっていた。
「クラスのLINEグループ作ったから、篠原も入れよ」
「うん、ありがとう」
すぐに咲乃のスマホに、悠真からグループの招待通知が届く。咲乃がクラスの一員として認められた証だ。
歴史の時間、男性教諭が教室のディスプレイに数々の資料を表示しつつ授業を行っている。
咲乃は自分のタブレットPCで、ディスプレイに映されている資料を確認しながら、ノートアプリで内容をまとめていた。
「――じゃあ、誰かここの文章を読んでもらおうか。西田」
「は……っ、はいっ」
生徒の一人の名前が呼ばれて立ち上がる。さっきまで寝ていたのが明らかで、口元を制服の袖で拭くと、慌てて教科書を開いた。手元の教科書をばらばらとめくり、どこを読めばいいのかわからずに目が泳いでいる。
「なんだ、寝てたのか?」
「す、すみません」
肩を縮めておずおずと小さな声で謝った。顔が真っ赤になっている。
「お前、もう受験生だろ。授業中に寝ている余裕はあるのか?」
「すみません……」
ますます身を小さくする西田に、先生は呆れた顔をした。
「じゃあ、森谷。代わりに読んでくれ」
「はい」
西田が席に座ると、その後ろに座っていた生徒が指名されて立ち上がった。押し殺した笑いが聞こえる。
咲乃は笑い声に釣られて、タブレットPCから視線を外すと、西田という生徒を見やった。小柄の気弱そうな少年は、ノートに顔をうずめ赤くなった顔を隠している。
咲乃は再びタブレットPCへ目を落とし、意識を授業に戻した。
生徒たちが、体育館に引かれた白線に並び立つと、反対側の白線に向かって、ドレミファソラシドの音に合わせて一斉に走りだした。バタバタと大勢の足音が体育館の床を踏み鳴らす。20メートル間に引かれた白線を往復するうちに、音楽に遅れる生徒が徐々に出始めた。
運動が苦手な生徒は、10回目前後で早々に離脱している。30回になるとさらに半分近くまで人数が減り、90回になるとたったの5人以下にまで人数が下がった。
脱落した後はへとへとになって壁際に座り込み、走っている人間を応援したり野次を飛ばしたりして楽しんでいる。最後まで残ると強者扱いだ。
「お疲れ、惜しかったな」
重田は、神谷に手を振って声をかけた。
「んだよ、神谷。去年より随分記録が落ちたじゃんか」
「体力だけが取り柄の神谷だろ。何やってんだよ」
戻って来た神谷に対して、仲間たちが口々に文句を垂れる。体力だけは並みでは無かったからこそ、今年の記録は納得のいかないものだったようだ。
重田はまぁまぁと仲間たちをなだめ、神谷の背中を叩いて労わった。
「そう言うなよ。神谷だって怪我治ったばっかで本調子じゃないんだって。な、そうだろ?」
神谷は血走った目で重田を睨んだ。
「いや……ムリ……いま……話しかけんな……」
「あ、うん、ごめん」
全力で走って、ぜぃはぁと荒い息をして苦しみに喘いでいる。神谷は今にも悶死の勢いだ。
「まぁ、ゆっくり休めよ。山口だって見てたぜ」
「篠原くーん、がんばってー!」
今しがた帰還してきた神谷には目もくれず、全力で想いの人を応援している。そんな彩美を見て重田たちは閉口した。
「山口……マジで……、篠原しか……見えてねぇ」
「……神谷、もう喋るな」
疲れ切った神谷は、体育館の隅で重田とその他男子たちに惜しまれながら真っ白に散っていった。
シャトルランは150回を突入し、残っているのは悠真と咲乃の二人のみになった。ここまでくれば英雄だと、周囲の応援にも熱が入る。
「すげーな、あの転校生。まだ残ってるよ」
「弱そうな見た目して意外と体力あんだ」
既に脱落しペットボトルで水を飲んでいた日下や小林たちは、悠真と対等に走っている咲乃に驚いた。
白線手前で方向転換し、後ろ足で白線を踏む。蹴る力に任せて反対側の白線に向かって走る。
「去年の学年最高記録、悠真が出したんだよな。どのくらい行ったっけ」
「170回。先輩でも行けなかった気がする」
「マジかよ」
そして160回目、咲乃と悠真が同時に線を踏む。若干咲乃が出遅れはじめている。すでに逆方向へ向かっている悠真の背を追うように加速する。
「篠原、頑張れ!」
「悠真、負けんな!」
体育館中、二人を応援する声で盛り上がった。166回目、悠真が白線を踏み、切り替わりの音楽が鳴って咲乃は反対側の白線へ走る。あと一回、白線を踏むことが出来なければリタイアだ。
168回目、悠真が白線を踏む。続いて咲乃も音楽が切り替わる寸前のところで白線を踏んだ。171から172回目になると音楽のテンポがさらに上がり、二人の差は大きく開き始める。176回、ついに咲乃が離脱した。悠真が178回で脱落すると、咲乃と悠真の健闘を称える拍手の音に包まれた。
更衣室で着替えていると、咲乃は悠真から声をかけられた。
「お前やるじゃん。部活入ってないのに何であんな走れるんだよ」
「朝は毎日走ってるから。新島くんも今年の記録、校内で一番でしょう? 凄いよね」
「シャトルランで記録出したってしょうがねぇよ。勉強できる方が凄いって。桜花咲受けるって聞いたけど、マジ?」
「うん、志望校はそこしか決めてない」
悠真と話しながら着替えを済ませる。自然に、ほかの男子たちも会話に加わり、いつの間にかクラスメイトの男子たちとも打ち解けあっていた。
「クラスのLINEグループ作ったから、篠原も入れよ」
「うん、ありがとう」
すぐに咲乃のスマホに、悠真からグループの招待通知が届く。咲乃がクラスの一員として認められた証だ。
歴史の時間、男性教諭が教室のディスプレイに数々の資料を表示しつつ授業を行っている。
咲乃は自分のタブレットPCで、ディスプレイに映されている資料を確認しながら、ノートアプリで内容をまとめていた。
「――じゃあ、誰かここの文章を読んでもらおうか。西田」
「は……っ、はいっ」
生徒の一人の名前が呼ばれて立ち上がる。さっきまで寝ていたのが明らかで、口元を制服の袖で拭くと、慌てて教科書を開いた。手元の教科書をばらばらとめくり、どこを読めばいいのかわからずに目が泳いでいる。
「なんだ、寝てたのか?」
「す、すみません」
肩を縮めておずおずと小さな声で謝った。顔が真っ赤になっている。
「お前、もう受験生だろ。授業中に寝ている余裕はあるのか?」
「すみません……」
ますます身を小さくする西田に、先生は呆れた顔をした。
「じゃあ、森谷。代わりに読んでくれ」
「はい」
西田が席に座ると、その後ろに座っていた生徒が指名されて立ち上がった。押し殺した笑いが聞こえる。
咲乃は笑い声に釣られて、タブレットPCから視線を外すと、西田という生徒を見やった。小柄の気弱そうな少年は、ノートに顔をうずめ赤くなった顔を隠している。
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