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〈2 ダイアモンドリリー〉

ep22 きみは優しいひとだから ②

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「でも神谷くんって、本当は優しいよね。今まではちょっと苦手な人だったけど」

 今日だって、初めて話しかけた結子に対しても、全く壁を作らず笑って受け入れてくれた。自分が人見知りする分、神谷の明るさには助けられる。

「あいつの優しさって、伝わりにくいから」

 咲乃は、神谷を厄介だと思いながらも、彼がどれだけ器用でバランス力に長けた人間だということを良く知っていた。

 神谷は何かと軽薄に見られがちだが、いつも周囲を見て自分の立ち位置を決めている。自分が道化になることで、自分より下の人間を作らないようにする配慮と、人に見下されないだけの地頭の良さを持っていた。しかし、あまりに自然に行うせいで、彼の配慮や気遣いは他人に気付かれないことの方が多い。ただの能天気の空っぽだと誤解されがちだが、しかしその実、神谷は誰よりも周囲の空気を汲んでいる。

 そんな風に空気ばかり読んでいたら気疲れしてしまいそうだが、神谷はちゃんと相手を利用する術も知っている。自分の利益はしっかり得るのだ。道化のふりをするからこそクラスメイトには愛されてもいるし、咲乃を女子たちから守りながら、ちゃっかり宿題をやってもらったり、ジュースをおごってもらっている。

 神谷の精神の図太さは、咲乃でさえ舌を巻くほどだった。

「篠原くん、神谷君のこと、本当に良く見てるんだね……」

「いつも付きまとわれていたら、嫌でも分かるよ」

 咲乃が転校して、一番最初に声を掛けてきたのは神谷だった。神谷と関わってから迷惑なことばかりだったが、クラスに溶け込むようになったのは、彼のその迷惑のおかげでもある。

「……私、神谷くんが羨ましい」

 結子が小さくつぶやいた。

「そう?」

 咲乃が聞き返すと、結子は頷く。

「だって、篠原くんに分かってもらえてるから」

 結子はスカートの裾を握りしめた。

「どうしたって、私は、篠原くんの友達・・にはなれないから……」

 結子の弱々しい瞳が、咲乃を見つめた。咲乃は、結子の左手の薬指へ目を落とす。結子の小指には赤い毛糸はない。

「あの毛糸の意味、実は知っているんだ」

「えっ」

 結子は驚いて目を見開いた。

「恋のおまじないでしょう?」

「……う、うん」

 まさか、咲乃にあの毛糸の意味を気付かれていたとは思っていなかった。男子はこういうことに興味がないだろうと、油断していたのだ。
 結子は恥ずかしくなって俯いた。

「おまじない好きなの?」

 咲乃が尋ねると、小さく頷いた。

「……馬鹿みたいって、思ってる?」

 中学生にもなって、幼稚で馬鹿げていると思われても仕方ない。彼は軽蔑しただろうか。

「中本さんをそんな風には思わないよ。それだけ想ってる人がいるんでしょう?」

 咲乃に、好きな人がいることを指摘されるのは恥ずかしくもあり辛くもあった。それはあなただと言えたら、どんなに楽か。

「昔からおまじないの本を読んでは、友達と一緒に試したりしてたの。効果があるなんて本当は信じて無いけど、夢を見ているだけなら、幸せだから」

 結子は内気な性格のせいで、ずっと自分の事に自信を持てずにいた。想いを伝えて傷つくのを恐れ、ただ自分の世界の中に浸っては夢ばかり見ている、そんな少女だった。

「中本さんは、もっと自分に自信を持って良いと思うけどな」

 咲乃がふわりと笑う。春風が一瞬吹くような暖かな日差し。柔らかい光が降り注ぐような花の香とぽかぽかとした陽気が、結子の心臓を温めるようだった。
 ぱちりと、結子は瞼を瞬かせる。顔を赤らめる暇も無く咲乃の笑顔に見惚れていた。

「中本さんは純粋で優しい人だから、そんな君を見てくれる人はきっといるよ」

 聞き心地よくかかる、柔らかい声。結子の上気に染めた瞳が揺らめく。

「俺は中本さんのこと、とても素敵だと思うよ」

 結子は焦がれるように苦し気な息をして、今にも泣いてしまいそうになって目を伏せた。



 バーガーショップから出ると空は暗く細かな星が散らばり、立ち並ぶ店の電子看板に光が灯っていた。輝き始めた夜の街を背にして帰路につく二人は、前方から歩いてくる山口彩美と鉢会わせた。

「篠原、くん」

 私服姿の彩美は、咲乃と結子を見た瞬間息を詰まらせたじろいだ。

「山口さん、これから神谷のお見舞い?」

 クラスの皆と神谷のお見舞いに行ったとき、彩美は一緒に来なかった。
 彩美は持っていた紙袋をぎゅっと胸に抱えると、咲乃と結子の横を足早に通り過ぎて行った。




 帰宅後、自宅の郵便受けに入っていた手紙には一言。


『おまえのせいだ』。


 それだけが書かれていた。

 ――あなたって、いつも誰かを不幸にするのね。

 嘲笑うような声が脳内に響いて、くしゃりと手紙を握りしめた。
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