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✳︎Chapter1〈1 人間不信のドア越し攻防〉
ep10 本当の友達になるために②
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「い、嫌がるかな……と」
「聞いてくれても良かったのに」
「そ、そうですよね……ハハハ……」
そんなこと、聞けないよ。だって、嫌われるかもしれないじゃん。
「何でだろうと思わなかった?」
「……思ってましたけど……きっと篠原くんは、責任感の強い良い人なんだと……」
最初の頃は何かのいたずらかと思っていたけど、最近は純粋な善意から来ているのだと思うようになった。篠原くんて、どう見ても優等生っぽいし、プリントを届けに来てくれたのも、先生の言いつけだって言ってたし。良い人だから、わたしみたいなのに関わってくれるんだって、勝手に納得していた。聞いてもいいのかわからなかったから。篠原くんに、どこまで踏み込んでいいのかわからなかった。
「津田さんが思っているほど、俺は良い人なんかじゃないよ」
「……そう、なんですか?」
「うん」
わたしから見たら、篠原くんは充分“良い人”なんだけどな。
「津田さんを見ているとね、ある人を思い出すんだ」
「ある人?」
篠原くんはこくりと頷いた。
「前の学校の、同じクラスの子だった人。いつも一人で、教室の隅で静かに過ごしていた。大人しくて、目立たない子だった」
「そうですか……」
似てるって言うのは、雰囲気の話しだろうか。それとも、別の意味だろうか。
「幼い頃は、遊んだこともあったんだよ。でも、いつの間にかそんなことも無くなって、中学生になってまた、同じクラスになったんだ」
篠原くんはうつむいていて、わたしの方からはその表情は見えなかった。
「いじめが始まったのは、そのすぐあとだった」
息がつまるみたいな感覚に襲われて、ぎゅっと服のすそを握る。篠原くんから聞いていた、“その子”の見ていた風景が、わたしの記憶と重なった。
「後悔していることが沢山あるんだ」
篠原くんの声は、とても静かだった。前髪から僅かに見える目はどこか遠くを見つめている。
「でも、もう謝ることも出来ない」
「……」
お互い何も言えずに、黙り込む。息苦しいほどの重たい空気に、わたしは思い出したくもない昔のことを思い出していた。
わたしを囲んで罵倒するいじめっ子たちに、遠巻きからみているクラスメイト達。みんな、イヤそうな顔をしてその場から離れていく。いじめを見て見ないふりをしてしまうことは、よくあることだ。誰だって、巻き込まれたくはない。
「俺が今更、何をしようと償いにならないのは分かってる。津田さんとその子は関係ないし。でも、転校先に不登校中の生徒がいると知ったとき、チャンスなのかもと思ったんだ。もしかしたら俺も、変われるかもしれないって」
篠原くんは後悔していることをやり直すために、わたしに関わったの? 弱かった自分を、変えるために。
「そう、だったんですか……」
篠原くんの話を、どう受け止めたらいいのかわからなかった。わたしはいじめられてきた側だから、その子の気持ちがわかる。その子だって、きっと誰かに助けてもらいたかったはずだ。でも、現実は誰も助けてはくれいない。でも正直、巻き込まれたくない気持ちもわかる。わたしが許せなかったのは、いじめを見た時の、みんなの“目”だった。
別に、野次馬みたいに面白がるわけでも、憐れむわけでもない。ひどく迷惑そうな目が、わたしを遠巻きに見ていた。まるで、わたしのせいでクラスでいじめが起きていると言うような、いじめっこにではなく、いじめられているわたしを疎ましく思う目を向けられていたこと。それが、わたしには許せない。
「……本当は篠原くんのこと……怖いと思ってました……」
何とか言葉を探して、言葉を絞り出す。本音を伝えるのは、怖くて怖くてたまらない。でも、これ以上はごまかしきれない。だって、篠原くんが、自分から話したくないことを話してくれたから。
「だって、篠原くんはかっこいいし、頭が良いし、やさしいし、きっといろんな人にモテて人気者だろうし……。完璧な篠原くんに比べたら、わたしなんてダメダメですから。だから……その、どうか関わったらいいのかわからなくて……」
自分の服のすそをつかみ、とめどなくわき出る手汗をぬぐう。
「篠原くんに嫌われたらとか、変に思われたら嫌だなって、そればっかり気にしちゃって……。あっ、す、すいません、気持ち悪いですよね!? ブスがなに意識しちゃってんのって感じですよね!? で、でも、別に恋愛的な意味で言ったじゃないんで!!」
慌てて訂正して、ハハハとこぼれた笑いが白々しく響く。どこまで滑稽なんだろう、わたしは。篠原くんに嫌われたくなくて、必死に取り繕っている。
「……わかってるんです。わたしは篠原くんといる資格なんかないって」
恥ずかしくて俯いて、服の裾で手汗をにぎりつつ続けた。
「わたしなんか、篠原くんと関わっていい人間じゃないって」
わたしは、篠原くんが怖かった。わたしと違って、篠原くんは完璧で、そんな篠原くんに嫌われるのはすごく怖かったから。もう、誰かに嫌われて、あんな想いをしたくない。わたしなんて、普通にしていても誰かを不快にさせてしまう。
「……ただ、わたしは……仲良く、なりたかったんです……」
ブタにしては、過分な望みだ。篠原くんに嫌われたくなかった上に、仲良くなりたいだなんて。口に出すのも恥ずかしいくらいに。
怖いぐらいの沈黙だった。息を吐くのもはばかれるくらい。篠原くんの顔も見れない。
「約束して、津田さん。俺のこと、もう怖がったりしないって」
「……へ?」
おどろいて篠原くんの顔を見る。こんな恥ずかしい姿をさらしても、篠原くんの顔は優しかった。
「俺は、津田さんが思ってるほど完璧じゃないよ。俺だって、ダメなところは沢山あるし」
篠原くんは、わたしに小指を差し出して、ふわりと柔らかく微笑んだ。
「俺も、津田さんのこと嫌ったりしないから。だから、約束」
篠原くんは、わたしのこと気持ち悪くないのだろうか。困惑して、差し出された小指と篠原くんの顔を交互に見る。篠原くんの瞳の中にさした光は、鮮やかで温かくて、とても優しい色をしていた。
「……は、はい……わかり……ました」
恐々小指を絡ませる。わたしなんかが篠原くんの指に触れるのは申し訳なくて、遠慮がちに絡めると、篠原くんの長い指がしっかりわたしの指をつかまえた。
上下に揺らして、ゆびきりげんまん。
「あらためてよろしくね、津田さん」
ふわりと笑った篠原くんの顔があまりにも眩しすぎて、わたしは思わずまばたきした。
「……は、はい。お、おねがいします」
なんだか、信じられない。こんなブスを受け入れてくれたことが。
「これでもう、畏れ多いとか言って遠慮したり、俺を遠ざけたりするのはやめてね」
「が、がんばります」
篠原くんと対等でいるなんて絶対無理だと思うけど、篠原くんを避けたりするのはやめよう。
「それじゃあ、これからは敬語もなしにしようか」
「えぇ!? そ、それはちょっと……」
「なぜ? 友達だよね?」
「友ッ!?」
わたしはただ、人間関係的に仲良くしたいと思っていただけなのに、篠原くんの友達なんて畏れ多い!
「友達じゃなかった?」
篠原くんの哀し気な表情に、わたしは慌てて両手を振った。
「と、友達です! もちろん!」
「そう。良かった」
篠原くんがふわりと柔らかく微笑むのを見て、わたしは内心信じられない気持ちでいっぱいだった。わたしなんかが、本当に篠原くんの“友達”と言っていいのだろうか。遠慮するなと言われたそばから、畏れ多くて仕方がない。やっぱり、わたしが篠原くんと対等な“友達”になるなんて無理なんじゃないだろうか。
頭の中でぐるぐる考えていると、玄関が開く音がした。篠原くんは、おじさんと暮らしていると言っていた。変な子だと思われないように、きちんとしなきゃ。
「お帰りなさい。早かったんですね」
篠原くんは、おじさんが買ってきたショッピングバッグを受け取ると、それを冷蔵庫に入れつつ声をかけた。
「ネチネチうるさいやつがいるから、逃げてきちゃった。それよりも、お友達かい?」
「はい。同じクラスの津田さんです」
篠原くんに紹介されて、わたしはまっすぐ背筋を伸ばした。
「おっ、おじゃましてます。津田成海です!」
元気よく挨拶を心がけたつもりだけど、緊張しすぎて、結局どもってしまった。それでもおじさんは、優しいにこやかな顔で笑った。
「いらっしゃい、成海ちゃん。ぼくは咲乃の叔父の雅之です。よろしくね」
「聞いてくれても良かったのに」
「そ、そうですよね……ハハハ……」
そんなこと、聞けないよ。だって、嫌われるかもしれないじゃん。
「何でだろうと思わなかった?」
「……思ってましたけど……きっと篠原くんは、責任感の強い良い人なんだと……」
最初の頃は何かのいたずらかと思っていたけど、最近は純粋な善意から来ているのだと思うようになった。篠原くんて、どう見ても優等生っぽいし、プリントを届けに来てくれたのも、先生の言いつけだって言ってたし。良い人だから、わたしみたいなのに関わってくれるんだって、勝手に納得していた。聞いてもいいのかわからなかったから。篠原くんに、どこまで踏み込んでいいのかわからなかった。
「津田さんが思っているほど、俺は良い人なんかじゃないよ」
「……そう、なんですか?」
「うん」
わたしから見たら、篠原くんは充分“良い人”なんだけどな。
「津田さんを見ているとね、ある人を思い出すんだ」
「ある人?」
篠原くんはこくりと頷いた。
「前の学校の、同じクラスの子だった人。いつも一人で、教室の隅で静かに過ごしていた。大人しくて、目立たない子だった」
「そうですか……」
似てるって言うのは、雰囲気の話しだろうか。それとも、別の意味だろうか。
「幼い頃は、遊んだこともあったんだよ。でも、いつの間にかそんなことも無くなって、中学生になってまた、同じクラスになったんだ」
篠原くんはうつむいていて、わたしの方からはその表情は見えなかった。
「いじめが始まったのは、そのすぐあとだった」
息がつまるみたいな感覚に襲われて、ぎゅっと服のすそを握る。篠原くんから聞いていた、“その子”の見ていた風景が、わたしの記憶と重なった。
「後悔していることが沢山あるんだ」
篠原くんの声は、とても静かだった。前髪から僅かに見える目はどこか遠くを見つめている。
「でも、もう謝ることも出来ない」
「……」
お互い何も言えずに、黙り込む。息苦しいほどの重たい空気に、わたしは思い出したくもない昔のことを思い出していた。
わたしを囲んで罵倒するいじめっ子たちに、遠巻きからみているクラスメイト達。みんな、イヤそうな顔をしてその場から離れていく。いじめを見て見ないふりをしてしまうことは、よくあることだ。誰だって、巻き込まれたくはない。
「俺が今更、何をしようと償いにならないのは分かってる。津田さんとその子は関係ないし。でも、転校先に不登校中の生徒がいると知ったとき、チャンスなのかもと思ったんだ。もしかしたら俺も、変われるかもしれないって」
篠原くんは後悔していることをやり直すために、わたしに関わったの? 弱かった自分を、変えるために。
「そう、だったんですか……」
篠原くんの話を、どう受け止めたらいいのかわからなかった。わたしはいじめられてきた側だから、その子の気持ちがわかる。その子だって、きっと誰かに助けてもらいたかったはずだ。でも、現実は誰も助けてはくれいない。でも正直、巻き込まれたくない気持ちもわかる。わたしが許せなかったのは、いじめを見た時の、みんなの“目”だった。
別に、野次馬みたいに面白がるわけでも、憐れむわけでもない。ひどく迷惑そうな目が、わたしを遠巻きに見ていた。まるで、わたしのせいでクラスでいじめが起きていると言うような、いじめっこにではなく、いじめられているわたしを疎ましく思う目を向けられていたこと。それが、わたしには許せない。
「……本当は篠原くんのこと……怖いと思ってました……」
何とか言葉を探して、言葉を絞り出す。本音を伝えるのは、怖くて怖くてたまらない。でも、これ以上はごまかしきれない。だって、篠原くんが、自分から話したくないことを話してくれたから。
「だって、篠原くんはかっこいいし、頭が良いし、やさしいし、きっといろんな人にモテて人気者だろうし……。完璧な篠原くんに比べたら、わたしなんてダメダメですから。だから……その、どうか関わったらいいのかわからなくて……」
自分の服のすそをつかみ、とめどなくわき出る手汗をぬぐう。
「篠原くんに嫌われたらとか、変に思われたら嫌だなって、そればっかり気にしちゃって……。あっ、す、すいません、気持ち悪いですよね!? ブスがなに意識しちゃってんのって感じですよね!? で、でも、別に恋愛的な意味で言ったじゃないんで!!」
慌てて訂正して、ハハハとこぼれた笑いが白々しく響く。どこまで滑稽なんだろう、わたしは。篠原くんに嫌われたくなくて、必死に取り繕っている。
「……わかってるんです。わたしは篠原くんといる資格なんかないって」
恥ずかしくて俯いて、服の裾で手汗をにぎりつつ続けた。
「わたしなんか、篠原くんと関わっていい人間じゃないって」
わたしは、篠原くんが怖かった。わたしと違って、篠原くんは完璧で、そんな篠原くんに嫌われるのはすごく怖かったから。もう、誰かに嫌われて、あんな想いをしたくない。わたしなんて、普通にしていても誰かを不快にさせてしまう。
「……ただ、わたしは……仲良く、なりたかったんです……」
ブタにしては、過分な望みだ。篠原くんに嫌われたくなかった上に、仲良くなりたいだなんて。口に出すのも恥ずかしいくらいに。
怖いぐらいの沈黙だった。息を吐くのもはばかれるくらい。篠原くんの顔も見れない。
「約束して、津田さん。俺のこと、もう怖がったりしないって」
「……へ?」
おどろいて篠原くんの顔を見る。こんな恥ずかしい姿をさらしても、篠原くんの顔は優しかった。
「俺は、津田さんが思ってるほど完璧じゃないよ。俺だって、ダメなところは沢山あるし」
篠原くんは、わたしに小指を差し出して、ふわりと柔らかく微笑んだ。
「俺も、津田さんのこと嫌ったりしないから。だから、約束」
篠原くんは、わたしのこと気持ち悪くないのだろうか。困惑して、差し出された小指と篠原くんの顔を交互に見る。篠原くんの瞳の中にさした光は、鮮やかで温かくて、とても優しい色をしていた。
「……は、はい……わかり……ました」
恐々小指を絡ませる。わたしなんかが篠原くんの指に触れるのは申し訳なくて、遠慮がちに絡めると、篠原くんの長い指がしっかりわたしの指をつかまえた。
上下に揺らして、ゆびきりげんまん。
「あらためてよろしくね、津田さん」
ふわりと笑った篠原くんの顔があまりにも眩しすぎて、わたしは思わずまばたきした。
「……は、はい。お、おねがいします」
なんだか、信じられない。こんなブスを受け入れてくれたことが。
「これでもう、畏れ多いとか言って遠慮したり、俺を遠ざけたりするのはやめてね」
「が、がんばります」
篠原くんと対等でいるなんて絶対無理だと思うけど、篠原くんを避けたりするのはやめよう。
「それじゃあ、これからは敬語もなしにしようか」
「えぇ!? そ、それはちょっと……」
「なぜ? 友達だよね?」
「友ッ!?」
わたしはただ、人間関係的に仲良くしたいと思っていただけなのに、篠原くんの友達なんて畏れ多い!
「友達じゃなかった?」
篠原くんの哀し気な表情に、わたしは慌てて両手を振った。
「と、友達です! もちろん!」
「そう。良かった」
篠原くんがふわりと柔らかく微笑むのを見て、わたしは内心信じられない気持ちでいっぱいだった。わたしなんかが、本当に篠原くんの“友達”と言っていいのだろうか。遠慮するなと言われたそばから、畏れ多くて仕方がない。やっぱり、わたしが篠原くんと対等な“友達”になるなんて無理なんじゃないだろうか。
頭の中でぐるぐる考えていると、玄関が開く音がした。篠原くんは、おじさんと暮らしていると言っていた。変な子だと思われないように、きちんとしなきゃ。
「お帰りなさい。早かったんですね」
篠原くんは、おじさんが買ってきたショッピングバッグを受け取ると、それを冷蔵庫に入れつつ声をかけた。
「ネチネチうるさいやつがいるから、逃げてきちゃった。それよりも、お友達かい?」
「はい。同じクラスの津田さんです」
篠原くんに紹介されて、わたしはまっすぐ背筋を伸ばした。
「おっ、おじゃましてます。津田成海です!」
元気よく挨拶を心がけたつもりだけど、緊張しすぎて、結局どもってしまった。それでもおじさんは、優しいにこやかな顔で笑った。
「いらっしゃい、成海ちゃん。ぼくは咲乃の叔父の雅之です。よろしくね」
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